勇者との出会い
眩い光がステージを照らす。
今か今かと待ちわびた観客の声が、怒号のように目の前のステージにいる私たちを揺らす。
勇者はギターを握りなおすとマイクに向かった。
「待たせたな!!!行くぞ!おまえら!!楽しんでってくれよなぁああああ!」
「「わぁーーーー!!!!」」
勇者の声に、観客が湧き立つ。
わずかに振り向いた勇者が他のメンバーと目配せをする。
ドラムの戦士と、ベースの僧侶、サブギターの魔法使いが頷いているのが見えた。
勇者はチラリと視線をこちらにやるとニカッと笑った。そして興奮の絶頂にいる観客の方へと向き合う。
観客の熱気に気圧されならが、ハーブ兼キーボード担当の私は思った。
どうしてこうなったのか、と。
始まりは半年前に遡る。
勇者のパーティに選ばれた私たちは王都でパレードで見送られてはじまりの村に来ていた。
この村の森の奥にある祠から、かつて世界を救った勇者クリムトは召喚されたと言われている。
異世界からやってきた勇者は女神の御加護を持ち、常人離れした聖魔法と剣で、それぞれの種族の仲間と共に魔王が率いる魔族の魔の手を振り払い世界に光をもたらした。
そしてそれから数百年の平和な時が流れ、今再びこの時代に魔王が復活したらしい。
魔物が活性化し始めたのは各所で確認されており、それぞれの種族の預言者が同時期に魔王の出現と勇者の誕生を預言したためほぼ間違い無いとのことだ。
その預言にのっとりエルフ族の中からは、私が勇者をサポートする仲間として選ばれた。
かつて勇者が旅立った村は、始まりの村と呼ばれている。
今は誰も住んでいない。
一説には、先の戦いで勇者の復活を阻止しようと試みた魔物の群れが、この村を襲い、それから誰も住まない無人の村となり廃れていったらしい。それから数百年の歳月は経つが辺境な土地なので、自然と人が遠のいていったのだろう。
森の奥の祠に入れるのは、精霊の恩恵を受けているエルフ族のみだ。
なので他の仲間には、村にある建物の中でもまだ原型を留めている教会で待っててもらう事にした。
(ふー)
一呼吸つき、目の前の祠の中に入る。森の名もそうだったが祠の中は精霊の気配が強く、神聖な場所特有の張り詰めた雰囲気が漂う。
私には勇者の仲間としてサポートする以外にも、もう一つとても重要な仕事がある。
勇者を召喚すること。
祠の奥には女神と精霊が作った召喚術があるらしい。
それを扱う事ができるのは、魔力に長けており古くから精霊の気配を感じとる事ができるエルフ族のみとされている。
祠を進んでいくと突き当たりに大きな黒い石でできた扉が現れた。
扉には複雑で精巧な模様が刻まれている。
教わった通りに扉に手を当てて魔力を流すと、その部分から模様が淡く光り、扉がゆっくり開いていく。
中に入ると、扉を開ける際に流した魔力が、内部の壁一面に描かれた模様にも手前から奥に行き渡って行くのが見えた。
そして全体に行き渡ると、内部の魔力が作動する音がした。
燭台に聖霊の魔力でできた緑色の炎が宿り、祠全体をゆらゆらと照らす。
中は数百年放置されていたとは思えないくらい綺麗だった。
まるでついさっきまで誰かが掃除していたかのように埃もない。
精霊が魔法で管理しているのだろうか。
奥には女神像が鎮座しており、緑の光に照らされて優しく微笑んでいる。
部屋の中央付近には台座があり、それを中心にして床一面には精巧で緻密な魔法陣が描かれていた。
そして淡く緑色の精霊の魔力が血液のように循環していた。
ふと、神聖な魔力が圧縮された内部の空気に、気圧されて自然と身体に力が入っている事に気がついた。
(いけない、緊張はミスの元だ)
心を落ち着けるためにふぅーっと長くゆっくり息を吐き、深呼吸して身体の強張りを解こうと努める。
(大丈夫。私ならできる)
気持ちを集中させると、召喚に必要な贄を鞄からとりだしそれぞれ教わった場所に配置する。
念のためにMPポーションを飲み、台座の側の円く描かれた術師用の魔法陣の中に入り、床に手を当ててエルフ族に代々伝わる召喚術の詠唱を唱えていく。
魔力がゆっくりと両手から術式に流れていくのを感じる。流れた魔力は白く光、緑色に光る魔法陣に循環していく。そこそこ魔力が奪われるが、精霊の魔力がすでにある程度あるためか、思ったよりも魔力を温存できそうだ。
詠唱が終わるのと同時にその光は床一面に駆け抜けて、そして一瞬床に吸い込まれたかと思うと、目も開けられないくらい眩く輝き始めた。
「ッ!」
あまりの眩さに顔を手で覆う。
光が徐々に収まってきたので目を開けると、台座の真ん中に人影が見えた。
「やった!」
成功だ!!
その中心には異界の服を纏った男が尻餅をつきながら、嬉しさに思わず歓喜の声を上げる私をパチクリと見つめていた。
その人物ははこの世界では珍しく黒髪で黒目だった。
人懐っこそうな顔をしているが、小柄でまだ成人していないのかあどけなくて幼さが残る少年だ。
勇者というには頼りなさそうで、言っちゃあれだが弱そうだ。
「あの、」
少年はおずおずと声を発した。
その声にハッと正気に戻る。
「ゆ、勇者様!私の声に応えてくださりありがとうございます!どうか、この世界を救うためにそのお力をお貸しください!」
勇者と呼ばれた少年はポカンとした表情でこちらを見つめた。
「…え?」
「…え?」
この召喚に応じる者は事前に女神に会い、勇者になるという説明を聞いているはずだ。了承した者のみが償還されると聞いている。
しかし、少年はよく分からないといった表情を浮かべていた。
「…あの、こちらにくる前に女神様にお会いしませんでしたか?」
すると、勇者はあー、と考えるような素振りをした。
そして小さくそういうことかと呟くと立ち上がった。
「わかりました。」
「本当ですか!」
「はい。ただ、まだよく状況が分かってないので教えていただけますか?名前は…?」
「エラと申します」
「僕はリュートと言います。よろしくお願いします。」
にこりと笑う勇者の顔を見て、やはり勇者っぽくないなと思いながらこちらも頭を深く下げた。
それが勇者リュートとの出会いだった。