9話―観戦
「もう昼か」
森を抜けて、空を見上げながらそう呟く。
「うん、今日で3日目、やっと折り返しだね」
「あぁ、今日はこれ以上何も無いと嬉しいんだけどな」
「そうもいかな、ふぁ〜」
欠伸をしながらエスペが続ける。
「さっきの爆発の原因もまだわかってないし、上位がいる可能性もあるってなると」
「まあ、確かに不安は沢山あるが、とりあえず昼寝したらどうだ?昨日寝てないだろ」
「うん、じゃあ少し休ませてもらうね」
近くの木にエスペが寄りかかるのを見て周りの警戒を始める。よく晴れたいい天気だ。静かで平和だな。
こういうのをなんて言うんだっけ。
まあ、深く考えていても仕方がない。メルもエスペの隣で寝てるし、こうも何も無いと俺もやることがないな。あまり離れるわけにもいかないし。
「エスペの過去の話、あれは少し思うところがあるな...」
俺は手にいつもの短剣を出しながら呟く。
エスペのお父さんはまだ狩られていないということか、となると今は【名前付き】になってるかもしれない。
今まで出会った異形は下位。下位なら俺らもまだ余裕を持って戦っていける。
しかし上位となると話は変わるかもしれない。その上まだ分からないがここの区域に名前付きが居たら...。
長く生きている異形は強くなる。そうして強くなった異形は【スィスィア】が特徴に応じて名前を付け、それを一般に公開している。
その一覧に書いてある異形が【名前付き】と呼ばれ恐れられている。
一覧は年に一度更新されるが、新しいのだとまだ世間が認知していない異形もいるかもしれない。
俺も毎年確認してはいるが全部を把握しているかと言われるとなんとも言えないところだ。特徴が曖昧だったりほんとに名前と被害しか書かれていなかったり。スィスィアも案外適当なんだな。
そんなことを考えながら見張りをしていたら日もだいぶ落ちてきた。
「ほんとに何も無かったな......そろそろ起こすか」
「おはよぉ」
「おはよう。起きたのか」
「うん、何も無かった?」
「面白いくらい何も無かったぞ。逆に怖いくらいだ」
「まあ、何も無いのはいいことだと思うよ」
「それはそうなんだがなぁ...」
「あっ!」
「なに、どうした?」
「今日のご飯ない」
「急いで出てきたから食料もほとんど持ってきてないんだったな...」
「うん、まあ、あの熊は虫に食われてたからもうどちらにせよ食べれなかったけどね」
「もともと毎日満足に食べれると思っても無かったから、別に1日くらい構わないが...エスペも昼間に果実食べてたし、何も食べてない訳では無いだろ?」
「そうなんだけど...やっぱり何か食べたいでしょ」
「うーん、そうは言っても都合よく食料なんて落ちてないだろ...」
「カァカァ!!」
「ねぇ、今の声って」
「都合よく食料がきてくれたぽいな」
声の主をみると空中に巨大なカラスが飛んでいる。
片翼2メートルはありそうな巨大な羽を羽ばたかせ、紅く光った目をこちらに向けている。
「エスペ、カラスって食えるのか?」
「半分腐ってる狼が食べれたんだし何でも食べれると思うよ?」
「確かにそうだな。それはそうと空中だと俺との相性が良くない。ある程度任せて大丈夫か?」
「大丈夫だよー。沢山寝たしゆっくり見てて」
「危なそうだったら援護いくからな」
「その時はよろしくね」
さあ、お手並み拝見といこうか。
何だかんだエスペの戦闘をしっかりと見るのは初めてだからな。
エスペが手早くいつもの弓を取り出し、これまでも見たように先ずは一矢を放つ。
カラスは最小限の動きで綺麗にこれを躱すがその先に既に矢が放たれていた。
「ガァ!!」
羽に矢が刺さり痛そうに鳴く。だか1本刺さったくらいでは巨大カラスの動きは鈍らない。
エスペに向かって急降下を始める。
しかし唐突に身を翻しもう一度上昇を始める。
空中で先のように留まり大声で鳴き出す。
「カァカァカァカァカァ!!!」
何も無い空中に向かって鳴き続けるカラスを見てエスペが即座に矢を番え直す。
そして番えたそのままの流れで即座に放つ。
その矢が頭に刺さり、直後に爆破。
爆発音と共にカラスが落ちてくる。落ちてきてすぐにカラスの喉元に弓の刃の部分を突き立てる。
「完勝だな...」
「ふぅ、無事終わって良かったよ」
「凄いな...これまでの戦いも俺がやるより確実なんじゃないか...?」
「いやぁ、今回は上手いこと幻惑を使えたけど。昨日の熊は完全にはかからなかったし、私だけだとあんなにスムーズには倒せなかったかな」
「なるほど...空中で急に止まったのはどうしてだ?」
「あれはでっかい大鷹の幻を目の前に出したんだよ。カラスの天敵の1匹だね、ちゃんと普通のカラスの特徴を引き継いでくれてて良かったよー」
「天敵の幻を見せるか。その後に爆発矢を頭に1発と、ほんとに才の使い方が上手いな。いや、それよりも弓矢の扱いも一流か」
「まあ、あのくらいは出来ないと異形狩りの試験受けれないから」
軽く笑いながらエスペがそう返す。
「それはそうと、食料が手に入って良かったよ」
「やっぱり食うんだな...」
「デセス、さっき食べる気満々だったよね」
「まあ、たしかに...」
「じゃあ軽く捌いたりするから見張りお願いね」
「あぁ、わかった」
やはりエスペは強かったな。1番初めの戦闘で、狼が意味のわからない倒れ方しているのを見た時から、強いとは思っていたがここまで圧倒的だとはな。
俺がもしあのカラスと戦っていたら無傷では勝てなかったぞ。しかもエスペはカラスに何もさせずに勝っていた。
何もさせない。これが可能ならそれに越したことはないからな。それが実現出来るだけで本当に強い事がわかる。
「デセスー。そろそろ食べれると思うよー」
「あぁ。ありがとう」
この試験も残り約2日か。エスペとは仲良くなりすぎた。もう腹を括るしかないのかもな。