4話―共闘
一日目の夜は驚くほど静かだった。空に浮かぶ月を眺めながら火が燃える音を聞き一晩を過ごした。
こんな危険な場所でも月は一切変わらなかったな。いつも通り、ただ美しい神秘的な様子を俺に見せてくれた。昔から特に意味もなく月を眺めていた。いつかなにかを俺に与えてくれるのではなんてことを期待して。
さ、そろそろエスペを起こすとするか。
結局寝ずに一晩見張りを続けていた。まあ、数日寝ないくらいは慣れてるから問題なかったのもあるが、それ以上に気持ちよさそうに寝てるエスペを起こすのも忍びなかったからな。
「エスペ、おはよう」
そう言いながら肩を揺らす。
なかなか起きないな。見張りがいるからと言ってもこんな環境でここまで熟睡できるとは、なかなか図太い神経をしているようだ。
「ぅん、おはよぉ。デセス......もう朝、え、あ、見張りは.…..!」
「いや、気持ちよさそうに寝ていたからな、俺がずっと見てたから気にしなくて大丈夫だぞ」
「ごめん......」
「いや、起こさなかったのは俺だしな気にするな」
「ありがと。今晩は私が見張るからデセスは寝ててね!」
「あぁ、ありがとう。だが途中で変わるから一晩は起きてなくていいぞ」
エスペとの距離が昨日よりは近づいた気がする。戦闘して一緒に飯を食うだけでもやはり違うようだ。ただ朝だから素が出てるだけかもしれないが。まあこれなら戦闘での連携も詰まらずにすみそうだな。
とはいえ、これ以上は気を許さないようにしないとな。
「わかった。それで今日はなにする?」
「とりあえずは食料だな。今日分は狼でもいいが明日以降まで食える状態か分からないからな」
「そうね。それにしてもこの試験の内容不思議よね。特に目標も指示されずただ五日間生き延びろって」
「まあ、たしかにな。異形と戦える力を見るって言っても極端な話、五日間隠れてればそれでクリアになるもんな」
「このサバイバルの後に疲れたまま次の試験があるとかそう言う感じなのかな?」
「そうかもな」
エスペの言うことは割と当たっていたりする。親父から聞いた話だと試験は2段階。サバイバルともう1つの試験だ。その2つをクリアして始めて異形狩りとなれるらしい。
「デセス」
「あぁ」
何かがこちらに向かってくる気配がある。殺意のようなものは感じないが世の中には殺意なんてものを抱かずに人を殺す輩がいるからな。タチが悪いことこの上ない。
「やあ!! 昨日ぶりじゃないか!!」
あぁ、昨日の金髪の男か。どうやら一日目は無事生き残ったらしいな。
「昨日の襲撃を乗り切れたのか。流石だな」
「デセス、知り合い?」
「昨日試験が始まる前にすこしな」
「君こそ大した傷もなくすごいな!! 私はシーニだよろしく!」
「デセスだ、よろしくな」
「せっかく会ったんだ! これを餞別としてあげよう!」
そう言っていくつかの果実を差し出してきた。
「ついさっきに見つけたものだがなかなか美味しかったからぜひ食べてくれ! 食べ物はどちらにせよ必要だろうしな!」
「ありがとう。遠慮なく頂くよ」
「では私はこれで失礼するよ!! そろそろパートナーとの待ち合わせの時間だ!」
そう言って早々と去っていった。
相変わらずなんだったんだろうな。まあ、いい人なんだろう。
「なんだったの.…..?」
「試験前にあった時もあんな感じだったから...あれが素なんだろう」
「そう、まあ悪い人ではなさそうだったね」
「同感だ」
まあシーニのことはとりあえず置いとくとして果実か..….。こんな劣悪な環境でもそれがあるなら探せば食料もどうにかなりそうだな。
とりあえずシーニが今出てきた方に向かってみるか。これと同じ果実があるかもしれないし、なにより他に行くところがない。
「デセス、とりあえず今の人が来た方に行ってみない? もしかしたらこの果実の木があるかもしないし」
「ちょうど同じことを思っていたところだ。ここにいても何も変わらないしなとりあえず移動してみるか」
シーニが来た方に向かって歩いているが大して何も無かった。なんてことになって欲しかったなと今は思っている。
「デセスさん。あれは襲ってくるのかしら?」
「俺らの方を思いっきり見ているし…...確実に襲ってこようとしているようだが」
熊と言うには些か大きすぎるような気がする。体高約4m立ち上がった時の高さは考えたくもないな。異形に成ることによって変わったかそれとも元々かは分からないが気を抜くわけにはいかないな。
即座に手に短剣を握る。それと同時に体に加速をかける。横ではエスペも戦闘態勢に入っていた。
「幻惑は使えそうか?」
「使える…...けどかかりが少し薄くなるかもしれないわ」
「了解、援護を頼む」
そう言い残して前方に踏み込み一瞬にして熊の真下に潜り込む。潜り込まれた熊はというと一切反応せず正面の何もいない所を睨みつけていた。
これがエスペの幻惑か。立ち回りが一気に楽になるな。
真上に向けて喉から腹にかけて掻き切るように短剣を振り抜く。痛みによって幻惑が解けたらしい。前足を思いっきり振りかぶってくる。
先の攻撃で体重の移動が間に合わない。加速を使っても安全な距離を改めて保つのは不可能だろう。そう判断し真横へのステップに行動を切り替える。
横に体一つ分のステップを踏み終えた直後に前足が振り落ちる。さっき俺がいた場所よりも一、二人分ほど横を目掛けて振り下ろされていた。
これも幻惑の力か...才が強いというのもあるが使い方がとてつもなく上手い。俺の動きを先読みするかのように完璧なタイミングで完璧な内容の幻を見せているようだ。
内容はさながら俺の虚像だろう。熊という視覚以外にも様々な感覚を使う生き物に対してもここまでかかるのだから人相手に掛けれたら敵はいないと言ってもいいだろう。
回避行動はエスペを信じて捨てるか。
左手にも短剣を握る。短剣二刀だな。普段は空いている片手を防御や体のバランス受け流しなどの為に空けているが回避を捨てるのであれば行うのは攻撃だけだ。手数を増やして早々に討伐することが今俺がやるべき事だろう。
改めて前方に大きく踏み込み立ち上がった熊の腹目掛けて二刀を振り下ろす。体を回転させながらの合計9連撃を僅か1秒もしないうちに叩き込む。
傷が浅い。想像よりも皮膚が数段硬いようだ。
―ヒュン
顔の真横を掠めながら連撃を叩き込んだところに矢が刺さる。直後小爆発が起きた。熊の内側に入り込んだ矢じりが爆発したようだ。
これは流石にそこそこダメージが入ったようだ。矢が刺さっていた場所から赤い液体が流れる。
しかし熊も止まらない。俺に向けてボディプレスの容量で近くにいた俺に向かって倒れてくる。
それを危なげもなく回避すると満身創痍の熊が虚ろな目でにらみつけてきた。
自身のボディブレスによる衝撃で傷口から血液が流れ出す。
短剣を置き武器を大きく重い大剣に持ち替える。
真上に向けて跳躍しそのまま熊の首目掛けて大剣を振る。腕に鈍い感触が伝わってくる。どうやら骨までは切断しきれなかったみたいだ。首に大剣を抉りこませた状態で放置し熊から一気に距離を離す。
「どうだ、これで動かなくなってくれると助かるんだが」
抵抗するように起きようとするも大剣の重みで頭をあげることが出来ない。首の神経を幾つか切断できているようで体を思うように動かせて居ないようだ。
「とりあえずこれで討伐成功かな」
「ええそうね、お疲れ様」
後ろからエスペの声がかかる。
「それにしてもさっきの大剣はどこに仕込んでいたの?」
「まあ、色々あるのさ。気にしたら負けだ...とそれより」
「えぇ、何かいるわね」
倒れた熊の横の茂みから葉が掠れる音が響く。明らかに何かがいる。無意識のうちにため息混じりの声が漏れる。
「これはまだ休めそうにもないか......」