3話―初戦
「グルルルルルル!!!!」
唸り声をあげながら異形が姿を現す。野生の獣を体現したかのような獰猛さで涎を垂らしながらこちらを睨みつけてくる。
正面に3匹。背後に2匹。
狼のような見た目をしているが体の半分は爛れていて口も歯茎までむき出しになっている。
「狼の異形か」
「この世のものとは思えないほどおぞましいけどね」
「ああ、前の3匹は俺が殺る。後ろ2匹頼めるか?」
そう俺が言うが早いか、エスペは唐突に背後にいた2匹の足元に矢を放ちながら、無言で頷いた。
意識を前方へ移すと、今すぐにも襲いかかって来そうなのが3匹。いや、襲いかかってきている3匹か。
人間の脚力とは作りが違うようで明らかに早い速度でこちらに踏み込んでくる。距離約50mを目算わずか3秒。常人には明らかに早い速度だが――
「そのくらいの速さなら問題ないなっ」
すぐさま自身を加速させる。
牙が頭を目掛けて襲いかかってくる。それを寸でのところで躱しながら1歩ステップ、身を前方に思いっ切り振り全体重をかけて短剣を爛れた皮膚に突き立てる。
感触は腐った肉に包丁を突き立てた感覚だな。確かに刺した感触はあるが...…どうも手応えがない。
思考する間をくれる訳もなく、2匹目が空いた左半身に飛び込んでくる。直ぐに短剣を引き抜きその反動を使い2匹目の右目を狙う。
右目を切りながら、正面に立たないように横に回り込む。そのまま体を一回転させ2匹目の爛れていない半身を切りつける。
「やはりこっち側は手応えがあるな」
3匹目を視界の隅で把握するが一向に動く気配はない、これは甘えさてもらうか二匹に集中しよう。
2匹目が前足の爪で引き裂こうと腕を振り下ろすが、俺にかすることもなくもう1匹に命中する。
それによって動きが止まった1匹目の狼の背中に飛び乗り、そのままがら空きの頭に向けて短剣を突き立てる。
叫びにも近い鳴き声をあげながら、全身の力が抜けて倒れてそうになっている狼を踏み台にし、短剣を即座に引き抜く。
右目を潰してるから定石どおりここは右側だな。
片目から血を流しながらこちらに噛み付こうとしてはいるが俺にあたる気配もない。
全速力で右横まで移動し斜め下から肋骨を縫うように短剣を突き立てる。剣の柄の部分まで刺さったのを確認しすぐさま引き抜く。
引き抜いた直後傷口から溢れんばかりの血が流れ落ちる。上手いこと動脈まで傷を入れれたらしい。そのまま一切の抵抗を見せず狼は倒れ込んでいた。
3匹目、さっきまで動かずにいた狼に目を向けるがそこにはもう狼の姿はなかった。
「デセス......凄いわね」
感嘆するようなエスペの声が後ろから聞こえる。そちらに目を向けるとどうやらエスペの方も終わっているらしい。二匹の狼が共食いをするように倒れ込んでいた。
「いや。エスペこそ..….どういう戦い方をしたらそんな倒し方になるんだ」
「ちょっとお互いを敵だと思わせたのよ?」
「当たり前でしょ?みたいに言わないでくれ。それができるのはエスペだけだ」
「まあそうね。戦闘見てたけど2人で連携する時は私は援護に回ることにするわ。あんな速さでの攻防は私にはむりね」
「了解した。しかし、それはお互い様だろ?幻覚を見せてなんてのは俺には出来ない」
戦闘終わりにそんなことを言い合いながら周囲を見渡す。
他の参加者もまだ多くはあまり離れていなかったらしく爆裂音や燃え盛る火の手が所々で上がってた。
「はぁ、みんな派手な才でいいよな」
「えぇ、ほんとね。私たちのは見た目が地味すぎる。まあ地味な才同士改めてよろしくね」
「こちらこそ」
試験の初陣としては傷も負ってないしまずまずな出来だったと思う。
ただ3匹目が動かなかったことや目潰しが早々に決まったことこの辺りを考えると運が良かったとしか思えないな。
恐らくは異形でも最底レベルの相手だったと思う。そうそう油断も出来ないな。
今の狼の異形は分類的には下位のものに当たる。一般人からすると下位の異形でも1匹いると村が潰れる可能性があるレベルではあるが異形狩りからすると雑魚という認識らしい。
この当たりの知識は親父からの受け売りだがまあそれなりに信憑性はあるのだろう。
ただ稀に下位でも異質の強さを誇る異形も存在するらしい。
「あのレベルだったら五日間も余裕そうね」
「あのレベルだったら..….だけどな」
「どちらにせよこれからの事を考えないとダメそうね。食料もなければ落ち着いて寝れる場所もない。これだと異形に関係なく死ぬわよ?」
「ん、たしかに......寝るのは順番に見張りをするとして食料は死活問題だな」
異形との戦闘についてばかりに頭が行っていたためサバイバル自体について対して考えていなかったな。異形に殺されるならまだしも飲み食い出来なくて試験がクリア出来ませんでした。なんてことになったら笑えないな。
いや、異形に殺されるのも嫌だぞ?
「うーん、とりあえずそこの狼食べましょうか」
「ん?」
「他に食べれそうなものないし、量もそこそこあるしね」
この娘は何を言っているんだ?
「半分腐ってるんだぞ??絶対美味しくないぞ???ほか探したらもう少しマシな食料もあるんじゃないかな」
「探す時間も勿体ないし手間だしこの狼でいいわよ。腐ってないところ食べればいいでしょ」
「え、あ、うん、わかった。とりあえず処理だけしよう」
その後俺は特に何もすることなくエスペがとてつもない手際で半分腐った狼を処理していった。腐ってない半分は処理後みると普通の肉のようだったが肉質が硬いと文句言いながら処理してたな。
俺が食事の準備をしようとしたら私やるからと拒まれてしまった。何もしないのも気が引けたから火の番はとりあえず俺がすることにした。
「食料も異形が食べれるってことがわかったからどうにかなりそうね。飲水は近くに運良く川があったし」
「あぁ、そうだな。まさか食えるとは思ってなかったよ。とりあえずいつまた異形が出るかわからない、寝る時は交代で見はろう。飯用意してくれたし初めは俺が見とくよ」
「じゃあ初めはおまかせするわ、何かあったらすぐ起こしてね」
とりあえず初めの一日目は乗り切れたか...…。なかなかに好調なスタートだったと思っていいだろうな。とはいえ油断せずに頑張っていこう。
それはいいんだが異性を目の前にこんなに無防備に寝てるが、俺じゃなかったら襲ってるだろうに。いや、腕っぷしはなかなかに強そうだったし問題はないか。
話してみると普通の女の子だったな。食べてる時ですら顔は見せてくれなかったが。まあ、あまり過去に触れるのも良くないしな。色々と不思議な子だ。
あ、半分腐った狼はなかなかに美味しかった。