18話―殺させる
あれから数日、俺達はあのサバイバルがまるで嘘のように、静かで緩やかな日々を過ごしていた。
ふかふかのベットで寝起きし、朝昼晩と美味しい料理を食べ、愛する人と共に幸せな時間を過ごす。
初めこそこれらの待遇も、何かの罠なのではないかと疑っていたが、空腹に負け食事を口にしても何も無かったことからその疑いは晴れた。
もちろん何か仕掛けられるかもしれないと少し気を張ってはいたが、それも日常レベルだ。
普通に生きていても、こんな異形が蔓延る世界だと警戒を少しでもしていないと生きられない。
この日々が続いてくれればとそう心から思っていた。
だが、その日々も直ぐに崩れ落ちる。
「デセス、これ」
「あぁ、頭に直接言葉が入ってくる。久しぶりの感覚だな」
試験初日。初めの説明を受けた時に流れた声が、また頭に響いてくる。
「試験を生き残った4人の子らよ。よくぞ乗り切った。しかし、試験はまだ終わらぬ」
あぁ、そうだろうな。
隣に居るエスペから緊張感が漂ってくる。
「この4人の中で異形狩りとなれる物は2人。それを決めるのはこれから行う最後の試験じゃ」
最後の試験、やはりあるか。
親父からも聞かされていた。問題は内容だが、親父から聞いた試験内容はたしか―
「「殺し合い」」
俺と頭に響く声が同時に言葉を発する。
「ほぉ、知っている者がいるか」
声の主が面白がる様にそう呟く。
「殺し合いをしてもらう。相手は5日間共に戦ったパートナーと、じゃ。この試験を生き残った物を異形狩りとしてスィスィアに招く」
内容も同じか。
「デセス……」
エスペが血の気の引いた顔でこちらを向いてくる。
「俺が知っている内容と変わっていたらと、変わっていてくれと何度も祈ったよ」
少しの間の後覚悟を決めたように頷き、こう口にする。
「デセス、私を殺して。私の代わりに異形狩りとして生きて」
「いや、まて。まだ2人ともが生きられる道がな」
それを遮るように頭に声が響いてくる。
俺の希望など軽く潰すように容赦なく言葉が発せられる。
「2人ともが殺し合いをする気がない場合。どちらも殺す。2人ともが生き残る道は一切存在しない」
「くっ…」
「これから直ぐに2人1組で最後の試験場に移動させる。そこで殺しあえ。もちろん、武力ではなく言葉決着を付けても構わん。2人のうちどちらかが死んだと判断された時、生き残っていた方を合格とする。自害した場合は、生き残った方も殺す」
俺とエスペは光に包まれ始める。
希望の象徴とでも言うかの様に明るく神々しく輝く光。
「健闘を祈るぞ」
その言葉と共に周りの景色がいきなり変化する。
見渡すと辺り一面に、光を通し美しく輝くステンドグラス。
綺麗に整列された椅子、その向く方向には祭壇が見える。
内側には灯りはついておらず、外からの光だけで内部が照らされている。
その影響で少し薄暗く、不気味な雰囲気さえ感じさせる。
「教会……?」
エスペが小さく呟く。
「そうみたいだな」
周りの観察の後、自分の服装を確認する。
先程までは部屋着で、戦闘できるとは思えなかった服装が、今はご丁寧にいつもの戦闘時の服装に着替えさせられている。
「エスペ、どうにか2人とも…」
「無理だと思うよ?いつも冷静なデセスらしくないなぁ」
いつもの穏やかな口調で、でも少しの悲しみを含む口調で語りかける。
「ねぇ、お願い。私を殺して。まだデセスには生きて欲しい。私の分まで生きて」
悲しそうな笑みを俺に向ける。
「いや、それなら。俺を殺せばいい。俺もエスペに死んで欲しくない」
「それだとダメなんだよ…」
ぼそりとエスペが呟く。
「ダメ…?」
「とりあえずー!私はいいから、ね?」
何も口から出てこない。
こういう時こそ伝えたい言葉が頭に渦巻く。
こうなることは薄々わかっていたはずなのに、少しは心の準備も出来ていたはずなのに。
こういう時だからこそか、言葉として出てくれない。
「無理なら…力ずくでもデセスに生きてもらうよ」
空を切る音と共に、俺の頬に血が滲む。
エスペはフードを被り直しながらこちらに視線を向ける。
頬には輝く雫が流れているのが目に入る。
「…わかった。なら俺も、俺を殺させる」
そう言いながら手に逆刃の短剣を出し、握りながら加速をかける。