17話―突破
「とりあえず、無事でよかった」
心の底からの安堵と共に、そんな言葉が思わず零れていた。
目の前で横になっているエスペを見ながら、俺は少し前の事を考え始める。
俺がこの場所にたどり着いた頃には、あの男とメルとの戦闘は終わっていた。
だが、メルは…。
俺がもう少し早く着いていたら。メルも異形にならないですんだかもしれないのに。
クラウンは異形は望んでなるものだと言っていた。
そう考えると、より後悔の波が押し寄せる。
メルはエスペのことを、もしかしたら俺の事まで助けるつもりだったかもな。
それなのに俺はメルを止めることすら出来なかった。
代償はあくまでも理性では無い。
それならば、一緒にいても大丈夫だったかもしれないのに。
混乱。
疲労と緊張感からの解放、安堵、自らへの失望。
様々な感情が俺の中で渦巻く。
渦巻くが、それが整理される事は一切ない。
こんな時はどう足掻いても何も出来ない。それはこれまでの経験上わかっている。
毒抜きのために無理やり傷付けたことによって貧血まで起こしている。
ため息をつきながら空を見上げる。
試験初日とは違ってよく晴れた澄み渡る青色。
日は落ち始めている。
「この試験も、もう終わりか」
そう呟いて俺も眠りに着いた。
意識が戻って最初に目に入ったのは天井。
「森の中で寝ていたはず…」
意識が戻ってきて身体の異変にも気づく。
明らかに体が軽い。
「デセス、起きた?」
隣を向くとエスペが横に座ってる。
いつものフードやマフラーを外していて、可愛らしく整った容姿が目に入る。
「エスペ、これは…?」
「あ、えっとね。私たちサバイバルの試験は合格したって。それでね、数日後に最後の試験があるから、それまではここで身体を休めろって」
「そうか、どのくらいが突破できたんだ?」
体を起こしながらそう返す。
「起きて大丈夫?あんまり無理しないでね」
「あぁ、ありがとう。身体の傷も治してくれてるぽいからな、とりあえずは大丈夫だ」
「そう、ならいいけど。えっと、突破できたのは私たち含めて4人。だから、2ペアだけだね」
「思いの外少ないな。もう少しいてもよかったと思ったんだが…」
「うん、びっくりしたよ。しかもやっぱりダメだった人はみんな」
「あぁ、それが異形狩りの試験だ。とりあえずは俺達が通った事を喜ぼう、な?」
「うん、そうだね」
少しの時間がながれる。
メルの事には俺達は触れてはいないが、俺も、エスペもちゃんと分かってる。
なんたってこの試験を共に戦った仲間だからな。
「あ、あの!」
「ん?なんだ?」
少し俯きながらエスペが俺に声をかける。
「助けに来てくれてありがとう…」
「そんな事か、当たり前だろ?エスペは俺の大切な…」
ここまで言って言葉が詰まる。
こう、なんて言うのだろうな。初めて動物を殺すときの1本踏み出せない。そんな感覚だな。
「大切な?」
「俺の大切な人だ」
「ね、ねぇ。それって、そういうこと?」
頬を少し赤くしながらエスペがそう返す。
エスペがいう、そういうって。そういうだよな。
俺はどうもこういう経験が少ない。まだ異形を相手する方が俺の中では楽だ。
そんなヘタレたこといつまでも言っていられないな。
「あぁ。そういうことだ」
笑みを浮かべながら俺に抱きついてくる。
「え、エスペ?」
こういう時どうすればいいんだ?
たどたどしい手つきで、俺はエスペの背中に腕を回す。
幸せな時間が過ぎていく。
ほんの一瞬の幸せな時間が。
俺はこの時すっかり頭から抜け落ちていたんだ。
知っていたはずなのに、ずっとエスペとの距離を保とうとしていたのに。