14話―再開
1人で森を歩くのは何だかんだこの試験では初めて、か...。
メルの残してくれた印を追いながら、俺は森の中を歩き続けていた。
初めはこんな森の中で、木の下にある傷跡なんてすぐにでも見失ってしまうかと思っていたが、全く見失うことなく進めている。
メルが見失うか見失わないかのギリギリの所に傷跡を付けてくれている証拠だろう。
「この印がどこまで続いてくれるか、だな」
メルに何かがあり印が付けられない状況になった場合、その印が途切れる可能性は十分にある上にエスペもかなり危ない可能性がある。
そうならない事を祈るしかないが、かなりの時間が経っているからな。もしそうなった場合も覚悟しておかないといけない。
「それにしても静かだな」
異形の気配がここまでないのは珍しい。
この森はおそらくシーニの死体があった森と同じだ。爆発の場所まで行った時にはかなり多い異形の気配があったのだが。
「考えていても仕方がないか、今はエスペの為にも進むだけだ」
エスペの為か......
数日前の俺だったら自分のためにエスペを助けに行っていただろうな。
親父の話が本当なら、俺はこの後に行われることを知っている。
とはいえ、エスペは俺にとって大切な人だ。
失った時に真の価値が分かるってのはこういうことを言うんだろうな。エスペが連れていかれて、俺は俺の為ではなくエスペの為にエスペのことを助けたいと。そう思っている。
この後は、まあなるようになるさ。
突然俺の耳に自然にはない音が入ってくる。
何かが空を切る音。それを認識した時には俺の頬から血が流れていた。
「くっ、気付けなかった。気が緩んでたか」
正面を向き目に入ってきたのは狼、しかも体の半分が爛れている。
「初日に逃げ出した1匹か」
いつもの通りに手に短剣を出し、身体を加速させる。
「グルルルルルルル!!」
「敵討ちか?申し訳ないが急いでるんだ。さっさと死んでもらうぞっ」
狼に動かれる前に一瞬で距離を詰め、目を狙って上から下へ短剣を振り抜く。
「当たらない……」
初日に倒した仲間よりも確実に強いってわけか。
狼は上に跳躍しそのまま落下と共に牙を突き立ててくる。
それを後ろにステップをし躱しながら、狼の落下地点に短剣を加速を纏わせ投げつける。
加速は自分と自分の周りの物を加速させられる。俺から離れても少しの時間なら効果は継続される。
威力は上がらないが、命中率は格段に上がる。
その短剣を狼は躱しきれず、爛れた方の身体に突き刺さる。
「グルルルッ!!」
怒ったようにこちらを見つめ、間髪入れずに飛び込んでくる。
それを軽く横に飛びながら避けるが
「熱い...」
狼の攻撃に熱が乗っている?
何故だ動物には【才】は使えないはず......いや、1つ可能性はあるか。
手に新しい短剣を出しながら、狼の次の手を見る。
「ただの狼の異形じゃないと分かった今、迂闊には踏み込めないか」
目の前の狼は、口から炎のようなものが漏れ出し、爛れた身体は赤く発光してるように見える。
「あまり時間は取りたくないのだが、こうなったからには仕方ない。俺が死んでエスペを殺す訳にはいかないからな」
熱を纏った狼が俺に向かって突っ込んでくる。
それを発光していない方に向かって避け、回り込みながら短剣を狼の身体に突き立てる。
が、狼はそれを難なく躱し噛み付いてくる。
短剣を突き立てた勢いを殺しきれず、ステップへの回避に移れない。
「かするの覚悟で飛び込むか...」
勢いを無理に殺さず、逆にその勢いのまま前に飛び込み前転する。
右の脇腹に痛みが走る
前転後体制を整え、狼を視界の端で捉えながら傷を確認する。
「割と深いな。それと、やはり熱か」
傷口は深く、パックリと割れるように身体の中身を見せているが、傷全体に火傷のような跡があり、血は一滴も流れていない。
痛みはあるが、戦闘中にいちいち気にしていられない。そんな物に気を取られれば死ぬだけだ。
狼も休ませてはくれない。
一気に跳躍しもう一度噛み付いてくる。
同じ動きをしても意味が無い。そう判断し次は正面から狼を受ける。
噛みつかれる寸前に上に飛び、狼の頭に手をついて背中を切りつけながら後ろに回り込む。
後ろから狼の爛れていない方に狙いを定め、踏み込み、本気で全身を加速させる。
刹那
視界からの情報を脳が一切処理できなくなる。
腕に何かが刺さる感触を感じ手を離し、前方に走った後、加速を解除する。
「っ!」
目眩、頭痛が走り。周りが見え始める。
急いで狼の方を見ると脇腹に短剣が刺さったまま血を流し唸っている姿が目に入る。
「殺りきれないか」
それでも十分に傷は負わせた。頼むから一旦引いてくれそう思いながら狼の出方を伺う。
「ワオオオオオオォォォォォォォン!!!」
狼の鳴き声が森の隅々にまで行き渡る。
しかし、目の前の狼は吠えていない。
何故、どこから。
声の聞こえてきた方向に、無意識に目を向けてしまった。
「今それどころではな...い」
もう一度狼に視線を移すと
そこにはもう何も居なかった
「くっ、逃がしたか。いや、引いてくれたんだ、良しとするか。それにしても今の鳴き声はなんだったんだ。鳴き声の方向的に...」
そこまで考えて気づく。
「これは、少しやばいかもな」
急いで鳴き声のした方向に向かって走り出す。