12話―道化師
「おいおい、やめてくれよ」
俺の目の前に爆発音の主が姿を見せていた。
顔は白く、口元から頬にかけてまるで口が裂けているかのように紅く塗られている。
右目は緑のダイアマーク。左目の下に涙のような青い雫のマーク。
全身を赤、黄色、紫、白、カラフルな衣装で着飾っていて、頭にはその派手な見た目にそぐわない黒のシルクハットを被っている。帽子の下から覗く髪色はまるで血のようなどす黒い赤だ。
背格好は痩せ型の身長は高め。化粧の下の顔はなかなかに整っているように見える。
左手でカラフルな風船を数個持ち、右手で赤青黄の三つの玉をお手玉している。
「器用だな」
「お褒め頂きありがとう。名も知らぬジェントルよ」
穏やかな口調。しかしハキハキとした口調で目の前の男が喋った。
「喋った!?」
「あぁ、もちろん喋れるとも。私は上位の異形。名は【クラウン】という」
クラウン。そうそれこそが、道化の仮面を被った恐怖の象徴。【名前付き】の中でも広く知られる異形のひとり。
「名も知らぬジェントルよ。そなたの名はなんと申す?」
戦う素振りは全く見せない。俺如き軽く潰せるその自信ゆえか、それとも本当に戦う気がないのか。
ここで無理に戦闘になった勝てるはずもない。せめて会話をして見逃してもらえるのに賭けるしかないか。
「デセスです」
「デセス。ふむ、良い名だ。デセス、そなたは何故先程からそんなに警戒をしているのだ?」
「貴方がクラウンだからですよ」
「ほぉ、その心は?」
片目を見開き顔を近ずけながらそう尋ねてくる。ただそれだけの動作なのに全身の鳥肌が止まらない。
「異形の中でも貴方の名前を知らない人はいない。この世界の人々は皆、恐怖の象徴として貴方を恐れている」
「ハハハハハハ!!」
オーバーリアクション気味に腹を抱えて笑い出す。
と、急に寂しげなそして真剣な表情になりこう話し始める。
「デセス、ときにそなたは異形とはなんだと思う?いや、言わんでも構わない。私は子供を楽しませたいその心で今までやってきたのだが、いつの間にか恐怖の象徴として、誰一人として私の動作や、言葉を見聞きしてくれなくなっていった」
クラウンと言えば子供の頃からずっと言われて育てられる。悪い事をするとクラウンに指を切られ殺されるぞと。
そして大人になると知る。クラウンは恐ろしい異形であり、子供の指を収集する快楽殺人鬼であると。
「まってくれ、クラウン。貴方は人を殺そうと思って殺していないのか?」
「殺す?なぜ楽しませるべき相手を殺さなければならない。確かに私を前に、叫びながら殺そうとしてくる者たちは、私の力を持って殺さねばならない。だが私の事を見て笑ってくれるもの達を、私が殺すわけが無いだろう」
クラウンはあくまでも道化師という訳か。
そうなるとより納得がいかない。何故人を殺そうと思ってないのに殺すことになった?この異様な空気をなぜ放っている?指を切るなんて話しはどこからでてきた?
そんな疑問が頭の中で渦巻く中、クラウンは続ける。
「異形に成った時。いや、成る少し前か、誰かに聞かれるのだよ。お前は異形と成り、その望みを叶えたいか。とね」
「それじゃあ異形は全員望んでなるのか...?」
「少なくとも私の時はそうだったが?恐らく皆もそうなのではないか?ただし、その代償は支払われる。」
「理性か?異形でここまでハッキリと話せるなんて話しは聞いたことない」
「いや、理性は初めのうちこそ無くなるが、永く異形でいるとそれは取り戻される。その時初めて何を失ったかに気づくのだよ。私の場合は」
その声を遮るように大きな爆発音がなる。
「ふむ、デセスよ。私はそろそろ行くとしよう。久々に話せて楽しかったぞ」
「こ、殺さないのか?」
「殺す理由がないからな。後ろのレディの事を大切にしてあげなさい。恐らく私の影響でそうなっているだろうからね」
「あ、あぁ。1つ聞かせてくれないか」
「かまわないぞ?」
「ここ数日のうちに人を殺したか?」
「さっきの爆発のことを言っているのだろう。私は殺していないぞ。私の爆発は私の周囲から動物や人を避けるためのものなのだよ」
そう言って左手の風船を1つ離す。
空中に投げ出された風船はしばらく漂ったあとに爆発した。
全身に悪寒が走る。身構えてないと耐えられなかったかもしれない。
「お父さん...お父さん............助けて...」
エスペがまた小声で呟き始める。
「エスペ!!大丈夫!!落ち着け!!!」
そう声をかけると少し落ち着いたように、また地面を見つめメルを撫で始めた。
「おぉ、すまないな。レディを怖がらせてしまったか」
「いや、大丈夫だ」
「ではそろそろ本当に失礼しようか。さっきの爆発を起こしているのは、そなたと同じ人間のはずだ。気をつけるのだぞ」
「俺の心配までするか。つくづくおかしな異形だな」
「おかしいか。道化師としては最高の褒め言葉だな」
笑いながらクラウンが続ける。
「また会うことがあったら、もう少しゆっくりと座ってでも話をしよう。それまで生きていてくれ」
そこまで言うとクラウンはまたゆっくりとした足取りで霧の中に消えていった。
時間にしてほんの数分。だが感覚では何時間も経っているかのような疲労感が全身に広がる。
自分の命があることに驚くと同時に、異形という存在についての疑問が頭の中に浮かんでは消えていく。
異形とはいったい何なんだ?