11話―名前付き
「......ス...デ.........セス...」
誰かが呼んでる?
「デセス...!ごめん。何も無いかもだけど一応起きてもらっていい?」
「エスペか......」
エスペ...ん?俺は寝てた...のか
「エスペ!大丈夫か!何があった!」
「起きてもらって悪いけどまだ何も、ただ少し嫌な空気がね」
「いや、大丈夫だ。何かあってからより断然いい」
久しぶりに深く眠ってしまったな。あまり最近ちゃんと寝てないのもあるが、こんな状況で熟睡するのは俺の中では失態だ。
その思考を即座に切り替え辺りの状況の確認に入る。
周囲には昨日までの天気と打って変わって霧が立ち込めている。
かなり濃い霧で10メートルも離れると靄によって満足に見ることが出来ないほどだ。
エスペを見ると弓を握り周りを警戒している。明らかに戦闘体制だ。
メルはエスペの傍でいつもより険しい目付きで周りを見渡している。
天気を見るだけでもこの2人。いや、1人と1匹の行動は正解だと思う。
こんな天気では明らかに不意打ちを喰らいやすい。自然を味方にできる分、下位の異形と言っても油断は出来ないだろう。
しかし、天気だけでは無いな。
明確に言語化出来ないのがもどかしいが、この肌にねっとりとまとわりつく重く苦しい空気。少しでも油断すると意識を持ってかれそうな、そんなことを連想させるような空気。
恐怖や不安。
そんな感情が何も無いのに浮かんでくる。
俺、よく寝てたな
「エスペ、いつからこんな感じになってる?」
「デセスのことを起こす数分前だよ。なんか怖くなって...何も無かったらごめんね」
「いや、見張り変われなかったしな。それは問題ないが、エスペもやはりこの感覚があるか」
「うん、多分同じだよね。なんだろ、なんとも言えない怖さみたいな...」
「ああ、明らかにこれは何かある。何も無く終わったら心から喜ぶよ」
「ねぇ、この音...聞こえる?」
「音...?」
耳を澄ます。
爆発音のようなものが遠くから薄く聞こえてくる。
「爆発音ってことは...昨日のあれの犯人か」
「もしかしたらそうかも。どうするデセス。音とは反対方向に向かう?」
「この霧だと異形に会う可能性もあるしなんとも言えないな。エスペはどう思う?」
「私はここで待機がいいかな。今無理に動いても仕方ないし、音の原因とあったとしても私の才なら比較的安全に逃げれる可能性もある」
「なるほどな...逃げることになったときにメルの案内は頼めるか?」
「無理ぽいね。ただの霧なら何も問題ないねけど、この独特な雰囲気の中だと感覚が鈍るみたい」
「わかった。だがそれなら余計留まった方が良さそうだな」
警戒を始め数分が経った。空気の重さは相変わらず重く、霧も晴れていない。それだけならよかったのだが。
エスペの様子が明らかにおかしい。
先程から急に震えながら座り込み頭を抱え小さな声でブツブツと何かを呟いている。
いつもはそれなりに落ち着いているエスペがここまで取り乱しているのは初めて見る。
「エスペ!大丈夫か!」
「え、あ、デセス...大丈夫、大丈夫だよ。私は大丈夫」
「大丈夫じゃなさそうだな。エスペ!いいか!こっちを見て落ち着いて聞け!」
「な、なに...大丈夫だよ。私は、きっと。何も無いよ。落ち着いてる、、よ」
何かに怯えるように目を泳がせながら、一瞬こちらを見たがすぐに目線を地面へ移してしまった。
この状況はまずいな。エスペの状態がおかしくなってる原因は恐らくは恐怖心。
怖いと言っていたこの空気が、少しづつより濃密なものになっているのを、確かに俺も感じていたが。
何が原因でここまでの差がでる?
メルは少し怯える素振りを見せてはいるがエスペ程の動揺は感じられない。
「お父さん......お父さん........助けて.......」
エスペの呟きが聞こえる。
なるほど過去の体験か。
昔の恐怖心が一気に押し寄せてくる感覚か、それとも記憶のフラッシュバックか。
今やるべきことはエスペを落ち着かせることだな。
「エスペ!大丈夫!大丈夫だよ!!俺がついてる!」
軽く抱き寄せながら、落ち着かせるようにそう声をかける。
「お父さん.........」
エスペが少しづつではあるが落ち着きを取り戻している。
歩くことが出来るレベルまでは戻った。
「メル!エスペの傍についてて貰えるか?」
「ワォッ!ワォッ!」
怯えていた表情を振り切るように吠え、エスペの傍により励ますように身を寄せる。
これが功を奏したのだろう。エスペの震えは少しづつ落ち着いていき俯いてはいるが先程より明らかに落ち着いているように見える。
「エスペの過去の話を聞いておいてよかったな」
さぁ次は、この近づいてくる爆発音と音の主が誰かだな。
考えられるのはやはり上位の異形。それも【名前付き】レベルか。
今の俺では軽くあしらわれるはずだ。いや、それならまだいいか。
恐らくは地面に生える雑草を踏みつぶすが如くという所か。
もし仮に名前付きなら一体思い浮かぶ名前がある。
道化の仮面を被った恐怖の象徴
俺が産まれるよりもずっと昔から存在すると言われている。【スィスィア】のリストでは必ず上から10の名前を読むまでには含まれる。
頼むからそいつ以外で.........!そいつなら勝てる気はしないな。逃げれる気すらしない。
悪い予感ってのは案外よく当たるもんだ。それを実感するのは、ほんの数分後の話。