10話―休息
「カラス美味しいな」
「でしょ」
「エスペは異形のカラス食べたことあったのか?」
「ないよ?あ、でも普通のカラスは食べたことあるよ」
「なるほど...だから上手く料理できるのか」
「いや、上手くって言っても塩振って焼くだけだけどねー。ただコツがあってね、カラスは皮の部分が美味しくないから、そこを取り除いて焼くといいんだよ」
そう言われて焼かれているカラスの肉を見る。
皮まで綺麗に処理された肉は、あの異形だった頃の姿からは想像出来ないほどに美味しそうにこんがりと焼かれ、その筋肉質の硬そうな見た目と違い、しっかりとその肉から油が滴り落ちている。
食べてみるとこれがなかなかに美味しかった。味は鴨肉のような少し独特の血の香りがあるが、慣れればこれも美味しく感じてくる。
筋肉質なのか少し硬めではあるがエスペが隠し包丁のようなものを入れてくれたのだろう。硬さはあれど噛みごたえ、一種の食べ応えのようなものが感じられて、噛んでく事に肉汁や旨みがこれでもかと流れてくる。
味付けが塩だけとは思えないほどに、ちゃんと美味しい味がついていた。
「普通のカラスもここまで美味しいのか?」
「いやぁ、普通のカラスより何倍も美味しいね。異形になると美味しくなるのかも」
「昨日熊を食べた時も思ったが。俺、異形狩りになったら、ついでに美食家にでもなろうかな」
「デセスならなれるよー!その時は私が料理してあげよう」
「あ、あぁ、ありがとう」
「歯切れの悪い返事だなぁ、まあいいけど」
「そいえばメルはどうした?」
「メルはカラスを食べて、今は寝ています」
近くの木の根元を指さしながらエスペが答える。
メルが丸まって木の下で気持ちよさそうに寝ていた。なんとも緊張感のない狼だな。
「ああ見るとまるで犬だな」
「同じ系統だからしかたないね」
「たしかに」
数刻無言の時間が過ぎる。
お互いに喋らない沈黙の時間。普通はあまり居心地が良くないのかもしれないが、不思議と今のこの時間は心が安らぐのを感じる。
ふと疑問に思い俺は口を開く
「昨日まではご飯のタイミングずらしたりとか、背中を向けたりで顔を隠していたが、今はもういいのか?」
「あー、見られちゃったからね。もう隠す理由もないかなって。でも、見苦しかったら隠すよ?」
「いや、俺は綺麗だと思うから構わないぞ」
「綺麗か......そんなこと言ってくれるのお父さん以外で初めてだよ」
ここでまた少しの沈黙が訪れる。
そんな事ないだろ。そう返そうと思ったが過去の話を聞いたばかりでそれは違うと思ってしまった。
要するに返す言葉が見つからなかった。
次にこの沈黙を破ったのはエスペだった。
「嫌だったら言わなくてもいいんだけど」
「なんだ?」
「デセスがいつも使ってる武器ってどこにしまってあるの?」
「そのことか、いつかは聞かれると思っていた」
「言いたくなかったらほんとに大丈夫だからね!」
「いや、いいよ。大した話じゃない。ただの才だよ」
「やっぱり...てことはデセスは才を2つ持ってるってこと?」
「あぁ、その通りだ。詳しくは話せないが子供の時にすこしな。エスペの昔の話聞いたのにすまないな」
「いいよいいよ!寧ろ少しでも話してくれてありがと」
「そう言ってくれるとありがたいな。」
肩を竦めながら答え、俺はこう続ける
「気になってたんだが、幻惑は俺の認識だと五感全てに干渉できるよな?なんで視覚でしか使わないんだ?」
「え?全部に干渉してるよ?」
「そうなのか...てっきり幻を見せてるだけだと」
「あぁ、なるほどね。例えばさっきの大鷹の幻だと、大鷹を視覚で認識させて、大鷹の鳴き声を聴覚で認識、更に嗅覚で大鷹の匂いを感じさせて、大鷹の羽ばたきの風の流れを触覚で認識させる。更に口にすこしの血の味を味覚で感じさせる。ここまでして完璧に大鷹の幻を出したって言えるんだよ」
「凄いな...それを完璧に頭の中でイメージするのか?」
「まあ、そうだね。私、村から出たあと森の中とかで結構サバイバル?みたいなのして、それで動物とかはイメージしやすいんだ」
「なるほど...思ってたより断然すごかった」
「いやぁ、大きい炎とかを完全にイメージできればそっちの方が使いやすいんだろうけどね...」
「どういうことだ?」
「ん?大きい炎とかそういうのを完全にイメージできたら、相手に自分の才が幻惑だってバレないで勘違いさせられるでしょ?」
「確かにその使い方なら、相手が人だったり知能がある敵なら相当有利になるな。幻惑の幻で傷をおわせることはできるのか?」
「どうなんだろ........少なくとも今までは出来たことはないかな?幻で攻撃なんてしようと思ったことないし」
「まあ、確かにそうだな」
エスペの手前ああは言ったが、エスペの過去の話を聞く限り恐らく可能なのだろう。
俺の才じゃないしだからどうってことはないが。
「そろそろデセスは寝たら?私が先に見張りやるよ」
「そうだな、よろしく頼む」
そう言い残し俺は木に寄りかかり眠りにつく。
あと2日か、このまま大きなことは何も無く終えれるといいが。
今日は朝こそ色々とあったが、比較的何事も無かったからな。このくらいの日が続いて欲しい。
現実はそう上手くは行かないものだ。それはよくわかっているのだが、願わずにはいられないな。
神をたいして信仰してない俺が何に願うのかは疑問だが。
そんなくだらない事を考えながら俺は眠りに落ちていった。