1話―異形狩り
「デセス.......私の分も...お願い...ね」
吐きそうになるほどの血の匂い。足元に流れてくる鮮血。目の前が暗くなっていく。自分が今どこにいるのか、それすらも分からなくなる混濁した意識の中で俺は、その言葉を聞いた。
「エスペ.......まって.........!」
少しづつ意識がはっきりとしていく。あの日から毎日のようにあの情景が繰り返される俺の中で初めての絶望。いや、あれは受けるべくして受けた絶望。この組織に入ることを決めた日から絶対に避けられない事だった。
「おい、デセス。いるなら早く起きろ」
ドアを叩く音と共にうるさい声が響いてくる。今俺のことを呼んでいるのは同僚で同期のリビってやつだ。騒がしいやつだが別に悪いやつでは無い...はず。
「リビ、起きてるから待ってくれ。朝から頭に響く」
「おいおい、そりゃあないぜ。こっちは朝からデセス起こしてこい!!って散々言われて困ってるんだ」
「お、そりゃあ悪いことをしたな。また明日もよろしく頼むぞ」
「うげぇ、また小言言われんのかよ!!」
軽口を叩きながら準備を終えて部屋を出る。少しは怒っているかと思ったが、思いのほか穏やかな顔をしてるリビが立っていた。
いや、さっきまで話していた上に待ってくれと言ったんだ。そりゃ居なくなりはしないか。
見た目23歳位の青年。顔はそこそこ整っていて髪型は短髪。性格も明るしいなかなかにモテそうだ。羨ましい限りだ。
「おはよう。相変わらず朝には弱いな?デセスさんよー」
「そういう訳ではないんだが.....」
「あぁ、まだ試験引きずってるのか。もう忘れろって。」
「俺も出来ればそうしたいとこだが.....エスペの意志を無下にしたくなくてな」
「お前のパートナーだった女か。その調子だと速攻で死ぬ未来が見えるぞ?」
「せいぜいそうならないように頑張るさ」
そんな話をしながら俺らの上司と言える人の所に向かう。それにしてもここは広いな。
今俺がいるのは組織の本部だ。外見はさながら城だな。高い塔が1本伸びていて禍々しい雰囲気を纏った城。うん、いいものではないな。俺ら【異形狩り】はこの城に住んでいる人が多い。
「やっと着いたか」
「あー、相変わらずこの部屋は隅っこにあるな。塔の1番上ってなんだよっっ!!」
「まあ、気持ちはわかるがあんまり大きい声で言うとまた朝の小言が増えるぞ」
「それは勘弁願いたいな。毎朝頭が痛いんだ」
塔の1番上の部屋に入ると年寄りの老人が何か言いたそうにこちらを見ていた。この老人が俺のいる組織【スィスィア】の最高指導者エグゾル・ツィーズムだ。
「リビすまなかったな。この部屋が遠くて」
「い、いえ!!エグゾル様の指示ですので」
「何をそんなに言葉に詰まる必要があるのじゃ?まあよい、デセス。お前に初めての大きな仕事を任せる」
「と、いうとやはり上位の【異形】の殺害ですか」
「あぁ、相変わらずお前は察しがいいな」
「お前には初めての上位になるが、恐らく大丈夫じゃろう。まだ成り立てじゃ」
「分かりました。この命に変えても狩って参ります」
「ハハハ、そんなに気負わんでもよい。場所と姿は追って伝えさせる。それまでは部屋で用意でもしててくれ」
「承知しました。では失礼します」
「あ、ちょ!おま.....」
後ろからリビの悲しげな声が聞こえたような気がするが恐らく気のせいだろう。エグゾル様の小言に付き合わされる前にさっさと部屋に戻るのがいいと俺の経験が言っている。
それにしても上位の【異形】か。上位を任されるのはもう少し後だと思っていたから少し驚くな。まあ、あの爺さんが言っているんだ。俺でもできるのだろう。
エグゾル様はああ見えてもなかなかに凄い人で全ての異形狩りに自ら仕事を割り振っている。異形狩りの人数は現在約1000人。この人数の性格や戦闘力全てを把握し適正の仕事を与える。そう思うとなかなかに人間離れしている。
昔は本人も異形狩りだったらしいが、今は城の外に出たという話を聞かないから隠居中というとこなのだろう。年齢はスィスィアの誰一人として知ることは無い。謎の多い爺さんだ。
そんなことを考えながら部屋につくと一通の手紙が届いていた。
デセス殿
城の南に約3kmほどの村で異形が現れた。
成ってから1日が経過している。
姿は人型で右腕が肥大化。
明日の早朝から向かってほしい。
今回の仕事は殺害だ。何も気にせず殺して来てくれ。
仕事を妨害する者に関してのみ殺害を許可する。
うん。なんで俺が部屋につくより先に手紙を届けられるんだ。
それはまあいい。やはり上位となると妨害か.…..。今から気が重くなる。
とはいえ仕事は明日からか。今日一日は何もせずのんびり過ごすとしよう。せっかくリビが犠牲になってくれたんだ。この時間を有意義に過ごすとしよう。
こうやってゆっくりとした時間を過ごしているとどうしてもあの試験の記憶が蘇ってくる。
異形狩りの試験は半月に1度の頻度で行われる。毎回数十人の人が受けて受かるのはほんの数人。俺の時は36人が試験を受け、異形狩りになれたのは俺とリビの2人だけ。
これまで数十万という人が受けているが異形狩りになれたのは1万にも届かない。それだけ過酷な試験といえる。
それでも受ける人は減らないのだが。それはこの世界で異形狩りの身分がなかなかに高いものだからと言えるだろう。
俺が異形狩りになろうと思った理由は......親父が異形狩りだったからだな。親父もあの非道な試験を受けたのか…...。
俺とエスペが出会ったあの試験を――
2話から本編スタートとなります!