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聖なる闇の紋章と  作者: 木庭秋水
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異形なる者



 その後ソルウェインは、町で流れている虚無の噂についてセレンから一通りの聞きとりをし、カミュもそれを横で真剣に聞いた。虚無討伐に駆り出されたと分かった以上、カミュもいつものようにのらりくらりとするわけにもいかなかったのだ。


 そして、話を聞いた後に二人は町の詰め所へと向かった。


 ヴァレリア王国はこの案件で群狼の顧客となる。そちらに群狼側の責任者として、ソルウェインが顔を出す必要があったためだ。


 こちらは、先ほどのようになごやかな世間話とはならなかった。ソルウェインとゴルヴァ・プロバンスとの真剣な打ち合わせが続いている。


 ゴルヴァ・プロバンスといえば、通称『黒騎士団』と呼ばれるヴァレリア王国・第二師団の師団長だ。隣国にもその名が轟く、ヴァレリアの黒の騎士団の将軍である。いくら重要拠点とはいえ、辺境での虚無討伐に駆り出されるには大物過ぎる人物だった。カミュも詰め所の奥に通されて出て来た人物に驚きを隠せないまま、二人の話をソルウェインの三歩後ろで黙って聞いていた。


「では、今標的はこの辺りということでよろしいでしょうか」


 ソルウェインが卓上の地図でトラン=キア東部の森の中を指す。


「うむ。如何せん虚無ゆえに一ヶ所に止まってはいないがな。目撃情報に合わせて騎士たちに巡回させてみたところ、ここ十日で三度発見できた。二度は数人が生き残っただけで虚無には儂の到着前に逃げられた。あと一回は儂への報告すらできずに全員やられたよ」


 老いを感じさせない声だった。張りがあり、よく通る。しかし、決して荒々しさなどはない。重々しく響く声一つとっても圧倒されずにはいられないとカミュは背中に汗を滲ませる。まして、その眼差しが己に向けられれば。


 ただ、それにしても……とカミュは思う。


 なぜ、時折こちらに視線を向けてくるのか、と。ゴルヴァが自分ごときを気にする理由が、カミュにはまったく思い当たらなかった。一応ソルウェインからブラムの息子ということで紹介はされたが、それだけだったからだ。


 しかし、そんなカミュの疑問に応える者はいない。


「それは……厄介ですね。黒騎士団の方々でも抑えきれないなんて……」


「うむ。虚無は神出鬼没ゆえに、発見するのにまず数がいる。しかも、今回のはなかなか難物のようだな」


 王国が群狼だけで討伐しろと言ってこなかっただけでもよかったと、カミュは思わずにはいられなかった。


 虚無というのは、これだけの戦力を用意すれば倒せるというのが予想しにくい。虚無となる前の紋章使いの技量で手強さが大きく変わるからだ。そもそも正常に紋章が発動している時ですら強化度合いはまちまちだというのに、そこからの暴走である。実際にやり合ってみるまで、どの程度の虚無なのかは分からないのだ。


「ゴルヴァ様に御出座いただけたこと、心強く思えます」


「本来は予定になかったのだがな。最近良質な魔石の採掘量が減ってきていることを陛下が憂慮されておられる。一度視察してくるようにと命が下った。着いてみれば、こんなものまでいたというだけの話よ」


 その言葉に、カミュは引っかかりを覚えずにはいられなかった。


 トラン=キアから国に納められる魔石の量が減っている……それはつまり、鉄騎側も採れていない、もしくは納めていないということを意味している。


 魔石の鉱場には群狼の団員が常駐しており、そこはまだ鉄騎に奪われてはいない。しかし、魔石の鉱床は少々特殊であり、石に含まれる魔力は同鉱床内であれば移動することがある。鉱床という視点でみると、別の場所から良質な魔石を奪われている可能性はあった。


 ところがゴルヴァの言葉は、それを否定しているに等しいものだ。


 やはり枯渇? いや、それとも……。


 口を挟めるような立場ではないことがカミュはもどかしくてならない。カミュを置き去りにして、ゴルヴァとソルウェインの話は進んでいく。


「それは……申し訳ございません」


「で、実際の所はどうなのだ? もちろん直に見もするが、群狼の将としては」


「それは我々と鉄騎に関して……ということでございましょうか」


 少し探るような目をしてソルウェインは尋ねる。ゴルヴァは、そんなソルウェインの視線に揺れることなく率直に肯定した。


「それも含めて、だな」


「……ご存じのように我々の関係は良好とは言えません。最近は小競り合いも増えてきております。それが影響して採掘量が減っているのも事実でございましょう。しかし、良質と言える石そのものの量が減ってきているように私は感じております」


 群狼と鉄騎の小競り合いは実際に増えている。団員同士で血を流すようなものから、つい先日カミュがその芽を摘んだザンザのような件まで。それがここら一帯での魔石の採掘量に影響を及ぼしているのは事実だろう。しかし、この一帯における産出量自体が大きく減っているとなれば、鉱床を真っ先に疑うしかなかった。


「掘り尽くしかけている……ということか」


 しかしソルウェインは、


「……ということなら、まだ良いのですが……」


 と言葉を濁して、視線をゴルヴァから外した。


「歯切れが悪いな。思っていることがあったら言うがよい」


 一度目を閉じると、意を決したようにソルウェインは再びゴルヴァと視線を合わせた。


「これは虚無の話が終わったあとでお伝えしようと考えていたのですが……もしかすると、世界樹が新たな種を落とそうとしているのかもしれません」


「……何?」


 ゴルヴァが初めて眉を曲げる。


 世界樹――――世界を作った樹。


 深い森をつくりながら世界を安定させ続けていると太古より伝えられる太く大きな『存在』。それは植物のようでもあり、動物のようでもでもあった。それが何であるか。人はいまだ答えを出せていない。分かっているのは、植物のように存在して種を『産む』ということ。


 そして、その種が問題だった。


 世界樹が種を作るたびに、人類は多大な被害を被ってきたのだ。


 村や町がなくなった。時には国ごとなくなった。何百年、時には千年という時を経てつくられたそれから生まれる『異形なる者』によって。


 そして、そんな樹がこのトラン=キアの地にも一本あった。暗き森の奥の奥に。


「まだ、確たる証拠があるわけではございません。ただ、採れない状況が気になります。魔石の場合、枯渇というならば掘っていったときに良質なものが採れる場所が急速に減っていくというのが常です。しかし、我々が直面している状況は鉱床そのものが細くなっていっていると表現するのが妥当と思われます。また、我々群狼は現在主に採掘を行なっている鉱床のほかにも二つほど鉱床を見つけておりますが、その二つともがまだ本格的な採掘を始めていないのにもかかわらず同様の状態にあります」


 魔石は瘴気が濃いところで見つかることが多い。トラン=キアもその例に漏れず、世界樹を中心として広がる暗き森の中に魔石の鉱床がある。森の中にいくつもあるのだ。傭兵団は、その中で採掘しやすいもの、搬出しやすいものを選んで掘っているのである。


「むぅ……」


 ゴルヴァは難しい顔をしたまま片手を机についた。視線は落ち、卓上の地図を見るとはなしに見ている。


「……我々人が魔石を使う様になって以降、こういったことは各所で起こっており、それが伝えられております。そして……、その後に異形なる者が現れて大いなる禍を我々にもたらしました。伝えられている話と我々の現状が合致しすぎているのが、非常に不気味です」


 ソルウェインは最後まで言葉を選ぶようにしながら、そう締めくくった。ゴルヴァは顔を上げると、静かながらも眉を顰めたままソルウェインに鋭い視線を向ける。


「……我々はまだ何も聞いていなかったが?」


「このようなことを、なんの確証もなしにどうお伝えしろと?」


「…………」


「本来は、まだお伝えするつもりではございませんでした。ただ、今回ゴルヴァ様がこちらに来られていると知り、団長ブラムは心を決めたようです。ゴルヴァ様だけに密かに伝えろと命を受けました」


「……そうか」


 カミュは話についていけていなかった。あまりにも、初めて知ったこと、浮き上がる疑問が多すぎた。


 しかし、それ故にカミュは思う。


 もしかするとソルウェインは、虚無のこと以上にこの話の場に自分を連れてきたかったのかもしれないと。


 その後、改めて虚無への対応策が話し合われた。


 しかし、もしも異形なる者が生まれようとしているならば虚無どころの話ではない。ゴルヴァは報酬額の増加を約束し、群狼の動員人数を増やすように命じた。虚無は群狼だけで対処しろとの言葉と合わせて。


 その言葉を承諾するソルウェインを見ながら、カミュは言い様のない不安を感じずにはいられなかった。

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