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聖なる闇の紋章と  作者: 木庭秋水


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目覚める禍 その1



 一方その頃、カミュらはブラムの指示で偵察任務に出ていた。部隊は馬を持っている正団員――戦士(ウォリアー)のみで構成され、カミュ隊にはカミュとイリーナを含めて十名しかいない。


 傭兵団というものは、正団員は二割程度であることが多い。もちろん一割いないという所もあれば、逆に五割を越えるような所もある。しかし、おおよそで言えば、大体が二割程度になるのが普通である。


 いわゆる自由兵(フリー)というのは、それぞれの事情を持った者たちがそこそこ纏まった金を稼ぐためにやっているので、組織に縛られたくない荒くれ者やら繁忙期以外の農夫などが出稼ぎの感覚でやっていることが多いのだ。まさに寄せ集めた人間を投じた坩堝(るつぼ)のような状態なのが一般的だった。


 群狼を含めたここらの傭兵団が魔石採掘という収入源を持つように、大概の傭兵団は安定した固定収入源――仕事を持つ。彼らは、それを目当てに傭兵団へと集まってくるのである。


 それだけに、彼らに任せられる仕事はおのずと限られてくる。


 たとえば今のカミュらのように、情報の扱いに繊細さが求められるような任務に彼らを動員することは難しい。それらは正団員である戦士(ウォリアー)の仕事となる。自由兵たちの出番は、その後になる。すなわち、捕縛に動くその時だ。


 カミュとイリーナの二人は、群狼の拠点から北西方面に四キロメアほど行ったところにいた。


 森の中を走る道を進み、少し森の中へと入ったところにある高台でぼんやりと青空を眺めている。


 他にも二人の隊員が近くにいるが、彼らはもう少し先で同じように森を北に抜ける道を見張っており、残りは三部隊に別れて群狼の拠点から東方面で主要な街道へと繋がる道を見張っている。


 無論、捕縛する前にジョベルを逃がさないようにするためである。


 実際の捕縛作戦の準備の方はソルウェインが主となって進んでいるが、カミュの部隊の役目はそれが完了するまでの警戒だった。ハスも自身の飛蟲隊を使って空の警邏に励んでいる。


「しかし、元枢機卿の捕縛か……。ついこの間、紋章を授けられた身としては複雑な気分ね」


 草を食む愛馬のたてがみを撫でながら、イリーナがため息交じりにぼやく。


 それを聞いて、カミュは面白くなさそうに一つ鼻を鳴らした。


「ふん……聖職者と(うそぶ)いてはいても、人は人ってことだろう」


「随分と否定的ね」


「魔人に対抗する力を与えてくれたことには感謝をするが、それ以降に彼らがしたことで、彼らを聖職者と呼べそうなことって何かあったか? むしろ、騒動の種にしかなっていないように思えるが」


「そうとも言えるけど……。でもミラを信仰する者を増やしたことで、ミラの名の下にある種の秩序を作っているのも確かなのよ? ……まあ、貴方の場合はそんな秩序なんかよりも、俺に平穏を与えてくれって思ってしまうのかもしれないけれど」


「表向きの国割りとは異なる宗教世界の王国の発展とその秩序……ってか。クソ食らえだ。そんな『ごっこ遊び』なら内輪の中だけでやっていればいいんだ」


 カミュは吐き捨てるように言った。イリーナは、少し困った様な顔をしながら、


「そうね……。背景が違うだけで、実際の国とやっていることは変わらないものね」


 と宥めにかかる。


「だろ? だったら、そんなものは一つで十分だ。二つ目なんか――――」


 いらない――とカミュが続けようとした時、ヒュンヒュンとプラペラがまわるような音が小さく二人の耳に飛び込んできた。


 二人はほぼ同時にバッと音のする方へと振り向く。


 すぐに音の源は見つかった。しばらくして、森の中から一隻の飛空船がゆっくりと浮き上がろうとしているのが見えたのである。ブラムから聞いているジョベルらの隠れ家があるあたりだった。


「ちっ。大人しくしていてくれればいいものを」


 カミュは苛立たしげに毒づきながら、すぐさま愛馬に飛び乗る。イリーナはすでに馬の背にあり、手綱を引いて馬首をめぐらせている。


「カミュッ、早くっ! 拠点に戻るわよっ」


「ああ。せいっ!」


 馬の腹に踵を入れると、二人は拠点に向けて馬を走らせた。


 道の脇に生える木々が、ものすごい勢いで二人の後ろへと流れていく。


 馬首を押しながら、カミュはちらりと空を仰ぎ見た。


 ハスの飛蟲隊も飛空船を発見したようで一匹の甲蟲が飛空船に近づき、一定距離を保ったまま取り付いている。そこにもう一匹の甲蟲が飛び込んできて、やはり同様に船に取り付くのが見えた。


「ハス姐のところも気付いたみたいだッ」


 うっかりすると舌を噛みそうになる振動に注意しながらカミュがイリーナの背中に向かって怒鳴る。その声に、前を駆けていた彼女もちらりと視線を空に向けた。


 ちょうどその時、船の腹から突き出ている大砲の一本が大気を振るわせて炎を吐いた。


 イリーナもカミュも驚き、思わず目を見開く。船に纏わり付くように飛んでいた二匹の甲蟲は慌てふためくように、その飛行を乱した。


 そこへ立て続けに、更に三本の砲身の先が次々と煙を噴く。


 そして、


「ああッ」


 二人ともが全く同時に絶望の吐息を漏らした。


 取り付いていた二蟲のうちの一蟲に大砲の弾が直撃したのである。至近距離での直撃に、まるでかき消えるかのように二人の視界からその姿を消した。


「やりやがったなッ」


 カミュは思わず叫んでいた。


「あっ、カミュッ。前ッ」


 まなじりを吊り上げるカミュに、イリーナが声を張り上げる。


 カミュはその声に視線を前方へと向けた。


 すると、ものすごい速さで近づく巨大な飛蟲の姿が目に入った。ハスの蜻蛉だった。その少し後ろに、遅れて飛ぶ甲蟲の姿も三つ見える。


「よしっ、これで決まりだッ」


 近づくハスらの姿を見て、カミュは冷静さを少し取り戻した。


「そうね。私たちは、このまま急ぎましょう」


「ああ」


 カミュとイリーナは交戦状態に入ったハスらを横目で見ながら、さらに手綱をしごいた。


 そこからはハスの独壇場だった。


 浴びせるように大砲を放つ飛空船を後目に、ハスの指揮下に入った飛蟲隊は飛空船に群がり襲いかかった。投げ槍が飛空船の砲手を次々と捉えていく。そして、紋章を発動させたハスから放たれる炎の弾が、当たらぬ敵の砲撃を嘲笑うように着々と破壊と炎を船にもたらしていた。


 ジョベルの隠れ家から飛んだ飛空船はあっという間に大破した。


 船体から薄緑色に輝く光を大地にばらまきながら、あちこちから炎と煙を噴き上げて高度を下げていく。


 飛空船は群狼の拠点の上を通過し、トラン=キアの方へと飛んだ。


 その間も飛蟲隊の攻撃は止まらなかった。ハスによる紋章の力を使った攻撃こそ止んだものの、立て直させないように飛蟲隊の牽制は続いたのである。そして、船はとうとう大地へと落ちた。

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