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聖なる闇の紋章と  作者: 木庭秋水


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虚無討伐 その6



 ハスはトラン=キアの北から東にかけて果てしなく続く『暗き森』に調査にでかけていた。


 暗き森は大陸各所にあるが、その中でも有数の規模の森がトラン=キアにはあり、その奥の奥に一本生えている巨大な木――世界樹の様子を見てくるようにブラムから命じられたのだ。


 ものによっては小屋どころか家ほどもある蟲や魔獣たちまで住む森の木々は大小さまざまで、高く深く生い茂っている。広大な森の中には大河も流れ、剥き出しの岩肌を見せる切り立った岩壁も、そこかしこにあった。あきらかに人の来訪を拒絶している地だ。


 そんな森の奥深くに生える世界樹を見に行くためには、空ほど便利なものはない。自前の飛空船を持たない群狼では、飛蟲に乗るハスにその役目が回ってきたのは当然の成り行きだった。


 ハスとその部隊は、魔石の採掘状況に疑念を持ったブラムによって、『種子』の有無を含めた状況を確認するべく派遣されたのである。


 そして、そこで見たものは――――望まぬ現実。


 あきらかに知っていた世界樹の姿とは違っていたのだと、その時のことを尋ねられて答えるハスは、陣にやってきて初めて難しい顔になった。


 そうして話が進むにつれ、ソルウェインも眉間の皺が深くなっていった。ただ、カミュやイリーナは首を傾げてしまっている。


 昼間は気がつかない程度ではあるが、夜になるとはっきりと薄緑色に発光しているのが確認できる。それはまるで鉱床の魔石のようだった。周りの木の何十本分という太さの幹に大岩ほどの大きな窪みを発見し、『うろ』かと思って中を覗き込んでみれば、肉のような組織が脈動していて木のうろというよりも生き物の体についたえぐり傷のようだったなど、話を聞いていると彼女が何を調査しに行ったのかが分からなくなってくるような内容だったのだ。


 カミュやイリーナも、世界樹についての伝承はもちろんそれなりに知っている。しかし、彼らが世界樹と言われて想像する姿は、あくまでも樹木としてのそれだった。


 大きな木。世界を作ったというとてつもなく大きな木。漠然とそう認識していただけだった。間違っても、ハスが語るような得体の知れないものではなかったのである。


「……はあ。やっぱり『黒』か」


 ソルウェインは鬱々たる様相でガックリと肩を落とす。


「ええ。たぶん、あのうろのところに種があったのでしょうね」


「……なあ、ハス姐」


「何?」


「いや、ふつう種って木の幹にできたりしないだろ?」


「できるわけないでしょ。でも普通の木の種は、芽が出ても動き回ったりはしないわね」


「それは……」


「私だって世界樹が種を作っているところなんて見たことなんかない。でも、あの感じじゃあ、あそこに何かがあったと見るのが妥当でしょう」


 ハスは何事でもないかのように言うが、カミュはどうにも腑に落ちない。頭を抱えて考え込んでしまう。そして、そんな二人を見ながら、イリーナが確認するような目をしてハスに尋ねた。


「何かがあった……ってことは、それを見つけることはできなかったってこと?」


「ええ。何も見つけることはできなかった。ただ、世界樹の根元辺りの地面に、まだ比較的新しいと思われる何かを引きずったような跡があったわ。これをどう見るかよね……」


 種があったのかなかったのか。この痕跡が何かの偶然なのか必然なのか。


 現状どのようにも考えることができる。


 ただ、実際に調査を行なった者の意見として、『あった』と見るべきだとハスは言っているのだ。


「まあ、姐さんの言う通りだろう。あったと見ておくべきなのは、間違いない。だが問題は、なぜ痕跡しか残っていないかだ。もし、異形なる者が生まれてしまったというならば、異形なる者がすでに動き出してしまっているということになるし、そうではないと言うならば、何者かが持ち去ったということになる。どちらかと言えば、後者だった時の方がまずいな。あんなものを利用しようとするなど、正気の沙汰じゃあない。国でも滅ぼそうというのか……」


 ソルウェインは異形なる者の伝承を思い出しながら、これ以上なく渋い顔をした。


 伝承というものは長い時間をかけて荒唐無稽になっていくものだが、事実は事実として残る。


 村や街が潰れたというくらいまでは誇張できても、国がなくなったなどという誇張話は作れないのだ。仮想国家でもないかぎり。まして、大陸の東の果てにて、広大な暗き森の中で実際に眠りについているなどということもないのである。


「ま、でも、いまここで考えていても仕方がないわ。この件は本部に戻ってから、改めてみなで考えましょう。とりあえずは目の前の虚無よ」


 どんどん重苦しい空気が満ちていく中、ハスは言った。


「……ふぅ。そうだな、姐さん」


 ソルウェインもそれに同意する。カミュとイリーナも表情が晴れないながらも、それに頷いた。


 翌日、ハスの部隊を加えて本格的に虚無探索が開始される。


 ハスの飛蟲隊の機動力は、森の探索をするのに大いなる力となった。


 飛蟲――羽虫の怪を騎馬代わりに使う彼女の部隊は、上空から比較的安全且つ迅速広範囲に森の探索を進められる。


 だが、それでも虚無の行方は掴めなかった。


 そして、更に二日が経ち、とうとう探索に出ていたソルウェインの部隊の一隊が戻らなかった。


 翌日、その探索隊の出た方角に捜索に出たハスの部隊の者が見つけたものは、深い森のなか突然広く開けた焼け焦げた空間と、そこに転がった十体の人間だったもの。


 ある者はひどく切れ味の悪い刃物で叩き切られたような姿で絶命し、またある者はその体のすべてを炭化させて、降り注ぐ日差しの中で空に向かって腕を伸ばしていたという。


 傭兵団は死と隣り合わせの仕事である。しかし、戦争でもない任務にて、短期間でこれ程までに被害を出すことはまれであった。


 ただ、その犠牲も無駄ではない。カミュらが接触して以来、行方不明となっていた虚無の足取りがようやく掴めたからだ。


 ソルウェインは、此度の被害を鑑みて地上の探索隊は隊数を減らし、一隊の人数を更に増員する方向で調整した。的を絞ることにしたのだ。


 始めはとにかく広範囲を探索したいという意図から五人だったそれを、元の四倍となる二十人へと再変更したのである。


 そして、そこから更に三日が経ち、ついに虚無発見の報告がソルウェインのもとにもたらされた。拠点から少し離れた場所にある洞穴前にて発見されたのだ。

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