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蛹の世界

作者: 阿賀沢 隼尾

 俺は一人だ。

 他の誰でもない。

 俺自身だ。


 俺は《誰か》になるなんて真っ平ごめんだ。

 俺は、俺以外の誰でも無いし、俺以外、《俺》になることは絶対に出来ない。


 死ね。

 きもいんだよ。

 ブス。

 殺すぞ。


 色んな人の声が聞える。

 ここには俺一人しかいないというのに。


「やめろ。やめろよ!!」

 壁に向かって枕や鉛筆、筆箱など、近くにあるものを投げつけた。

 が、当たったのは壁だけで――――。

 鈍い音が続く。


『声』は時間が経つと消えていった。


「なんなんだ。あいつらは。消えろ。消えろ……。消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消え消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ――――」


 気が付いたら、握られた拳は皮膚が切れて血まみれになっていた。

 良く見ると、壁には無数の穴や凹凸があり、僕の血痕が所々べったりと付いている。


 壁を見ると、《虫》が這っていた。

 多足類の虫だ。


 消えろ。

 失せろ。


 紙を丸めて棍棒を作り、その《虫》にすり足、忍び足を使って近づく。

 確実に仕留めるために。

 棍棒を構えて狙いを良く見定める。

「りゃぁ!!」


 やった!!

 が、《虫》はいつの間にか天井にいた。

 もう、あれではどうすることも出来ない。


 気が付いたら、床にナメクジのような虫が湧いていた。

 背筋がぞぞぞと凍る。


 いつの間に……。

「しね。この! この!」

 叩いても叩いても奴らは消えない。

 消えてくれない。


 死なない。


 いつの間にか虫たちは消えていた。


 はぁ。

 疲れた。


 ひと眠りしよう。

 カーテンの間からは太陽の光が薄っすらと一本の糸を紡ぐかのように差している。

 ベッドに横になる。


 目を瞑る。

 すると、真っ暗な世界が俺を待っていた。

 この世界が一番平和だ。

 だって、誰も傷つけないで良い。みんな平和にいられることが出来るんだから。


 あいつらの声が聞える。

 ――――『死ね』。

 ――――『消えろ』。

 ――――『きもい』。


 掻き消せ。

 心を無にするんだ。

 そうすれば、何も感じない。

 何も感じなければ、傷つけられることも無い。


 **********************************************

 **********************************************


 周囲を見渡せば、真っ暗な世界にただ一人ぽつんと立っていた。

「おーい。誰かいないのか? おーい」

 歩くて誰かいないか探すが、返事は無い。

 誰もいない。

 誰も返事をしてくれない。


 この世界は俺のものかもしれないが、虚しい。

 この世界はこの俺が支配している。


 ――――世界征服。


 これは人類の、歴史の独裁者が、英雄が、指導者が夢見てきたことだ。

 が、それがこんなに虚しく、儚く、悲しいことだとは……。


 これが、果たして世界征服と言えるのだろうか。

 確かに、これは広義には『世界征服』と呼べるのかもしれないが、俺の想像していた『世界征服』とは違う。


 でも、不思議と連帯感がある。

 この世界と自分は繋がっているような……。


「そうじゃな。確かに、これは世界征服とは言えぬかもしれん。じゃが、この世界は君そのものでもあり、世界でもあり、歴史そのものでもある」

「え?」

 どこから現れたのか、目の前には杖を持ったおじいさんがいた。


 童話に出てきそうなお爺さんだ。


 顎鬚はお腹の辺りまで生えて、純白のローブを羽織っている。

 立派な口髭も生えている。


 右手には、銀で造られた杖を持っている。

 先端には、蛇の頭をした取っ手が付いている。


「どういうこと?」

「ほっほっほ。これじゃ分からんのも当然じゃの。どれ。世界を見てみるかの」

 地面を二回杖で叩く。


 すると、空間が捻じれ、螺旋状に回る。

 ――――回る回る回る回る回る回る回る回る。


 無数の星が360度に無数に存在している。

 宝石が散りばめられている。


「これは?」

「これは、一つ一つが人の命の形じゃ。魂の形なのじゃ。良いか? 魂は個人個人に存在しているだけではない。一人一人の人間、人類に一つ一つの魂は繋がっているのじゃ。確かに、一つ一つは個人の個人の魂であり、全て異なる。が、だからと言って、全て離れているわけではないのじゃ。

 全て《糸》で繋がっている。孤独じゃと君は感じておるじゃろうが、本当に《孤独》な人間なぞ存在せぬのじゃ。それは、君の目が節穴、視界が狭いだけなのじゃ。君と同じことを感じている者はたくさんおる。人間は、人類は『心』の深い深いところではみな同じなのじゃ。君が一人になろうとしても、人は孤独には決してなれぬし、慣れぬものじゃ」


 老人は言葉を続ける。

「じゃが、君の魂は、君の『世界』は君一人でしか創り上げることが出来ないのも確か。今、君の『世界』は君自身の手によって創り上げていくしかない。でもね、その世界は時に一人の手では手に余ることもある。その時には、いつしか誰かの助けを求めることもあろう。今は、今はまだ一人でも良いのかもしれぬが……。一生懸命苦しめ。この時期苦しめ。そして、ゆっくり休め。君の殻はいつしか割れる。が、《世界の創造》はそれでは終わらない」


「終わらない? でも……」

「確かに、大半は終わっているが、《世界の創造》は死ぬまで変化し続ける。成長し続ける。死ぬときにそれは完成するだろう。君の。君だけの世界が」


 彼が言っていることの半分は理解できなかった。

 でも、この世界は綺麗だなと感じることが出来た。


 この星一つ一つが人の《心》――――《世界》なのだとしたら、宇宙というのはどれだけ広いのだろうと。

 もしかしたら、人のこ心は宇宙の様に無限に広がっているのかもしれない。


 ――――存在しえぬ地平線の彼方まで。



 その可能性が僕らにはあるのだ。

 その希望が――――。


「分かったか? これが人類の、人の心の可能性だ。全ては一つから始まった。無は全に繋がり、全は無へと繋がるのじゃ。そこに善や悪、道徳など存在せぬ。人の数だけその《心の形》はあるのじゃ。その《今頃の形》を大事にして欲しいとわしは思う」

「うん。分かった」

 ここが人類の居場所なのかもしれない。


 ――――人の心の在りか。


「卵はいつか孵化する。蛹もいつか成虫となる為の準備をする」

 老人は背中を向けて歩いた。

 俺はその背中を追う。


 安心する背中だった。

 ついていってもいいと思えるような背中だった。


 包容力があって、知性も感じる。

 その偉大さに俺は憧れを――――憧憬を抱く。


 と、同時に畏怖の念も抱く。

 敵に回してはいけないと。


 自分の力を超越した存在。

 その《影》に俺は彼の恐ろしさを見た。


 ――――力、権力。

 ――――独占欲。

 ――――暴力。

 ――――渇き。


 が、それは本当に一瞬の事で。


「良き部分も悪い部分も全てその人の一部分。苦しみながらでも良い。まずは『自分』を受け入れていくことが自分を知る第一歩になるのじゃよ」

 彼はその時初めて振り向いた。



 俺は《俺》を見た。

 白いローブを羽織った《俺》の姿がそこにはあった。


 鏡に映っているかのような気分だ。

 ドッペルゲンガーでも見ているかのような気分だ。


 《俺》は淡い光に包まれて消えていった。


 俺はこの夢を絶対に忘れないであろう。

 俺は《俺》であることを絶対に忘れないであろう。

 俺は――――。




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