第九話―転生少女、頑張ってます―
ふわり、と夢心地から覚めていく。
目蓋を開いた先には、漸く見慣れ始めた太い梁のある天井が視界に入る。
部屋の中はまだ暗い。
「……ふ、んんっ」
背伸びして深呼吸、その流れで指先をスイっと空で泳がす。
カタカタ、と壁が動いたかと思うと、次の瞬間にはがチャリと嵌め込まれた窓が開け放たれた。柔らかな朝の陽光が部屋の中へと降り注ぐ。
少し大きめの寝台、その隣には水差しとグラスの置かれたサイドテーブル。ライティングビューローとそれに合わせたウッドチェア。クロゼットに姿見。
既に見慣れた私の部屋だ。
寝台から降りて部屋履きを履くと、開け放たれた窓から顔をひょっこりと出す。
小鳥の囀りが賑わしく、顔を出した私を見つけては更にその声を高鳴らせた。
「おはよう」
挨拶すると、それに返答するように「ピーヨピー」という具合で小鳥の一群が囀った。思わず笑みを溢して、部屋へと戻る。
クロゼットからベージュの丸襟シャツワンピースとコーラルピンクのカーディガンを取り出して着る。ワンピースの下にはペチコートを履くのを忘れない。
足首丈の靴下を履いて、部屋履きの代わりに革のショートブーツを履く。
最後に姿見の前に立ち、少し寝癖の付いた髪をブラシで整えれば、あら不思議!
「相変わらずのめっちゃ美少女……」
いや、もうマジで。
ナルシストとか言わないで。
はてさて、この世界に転生してから早一年が経ちました。
私ことチハヤは、元気に二度目の人生を謳歌しております。
現世の私は、見紛う程の美少女です。日本に戻ったら即効でモデルとかにスカウトされそうです。
髪は絹地のよう。黒真珠にも似た艷やかな黒とそれと同色の大きな瞳。
前世よりもはっきりとした黒は、人族やドワーフ族にはそこそこ居るらしいけど、パステルカラーの一族には珍しいみたい。
肌は雪のように真っ白。
そして顔。
ぱっちりとした目はアーモンド型。少し吊り目で気が強そうだけど、まま性格に則していると思う。
頬は子供なせいか、いつも血色良く、火照っているようにも見える。
唇はぷっくりとしていて、口角は不思議といつも上がっていて、黙っていても微笑んでいるかのよう。まぁ、いつも笑ってるからかもだけど。
まだまだ子どもだが、将来的にこのまま進めば美人になれる。
まぁ、美人の前に「ただの」か「残念な」が付くが。
私は自分の容姿は可愛らしいと思うが、それをどうこうしようとは毛頭思っていない。使えるなら使うに越したことはないが、磨き上げる気はない。
これが前世だったならどうこうしてたかも知れないけれど。
身嗜みもそこそこに整えた私は、部屋の外へと出た。
部屋の外はデコボコとした木の壁の廊下があり、その横を逸れると螺旋階段がある。
此処はレイシアさんとフィーさんが作ったツリーハウスだ。
(フィーサンさんと呼んだら微妙な顔をされた後、フィーさんと呼ぶよう言われたのだ)
このツリーハウスは、大きな何千年もの歴史のある木に人が住めるような形に作り変えたものだ。
木の内側に螺旋階段を作り、そこから蟻の巣のようにして部屋を設けている、大木のマンションだ。
階段とは言ったが、階段を使う者は殆ど居らず、専ら使われるのは降りる用のスライダーだ。ぐるぐると落ちていくのは爽快感がある。但し、気を付けないと酔ってしまうし、勢いが過ぎると壁に激突する。
そんなスライダーを、慣れた仕草でスルスルと私は滑った。目的地まであと……五回転。四、三、二、一。
見慣れた部屋の扉に辿り着き、私はスライダーから飛び降りた。その勢いに前のめりになりながら、その部屋の前に辿り着いた。
「カトラ兄、 朝だよー?」
コンコンとリズミカルに二回ほどノックすると、すぐにその扉は開かれた。
「チハヤ、はよーさん」
「おはよう、眠そうだね?」
「モモがな。ったく、隣人の迷惑も考えろっての……なぁ?」
ふあぁ、と大欠伸をして少し怠げな猫背で螺旋階段ではなく、横並びにある隣の部屋へと向かう。
「もう少し待ってもらえれば、防音の魔法出来るから……」
「ん、そこそこ期待してる」
「そこそこ? そんなふうに言って良いのかなー? もうすぐ防音魔法完成するのに?」
「お前こそ、そんな脅ししても良いと思ってるのか?」
「え?」
思わぬ反撃の言葉に、私が目を丸くさせると、カトラはニッと歯を見せて笑った。
「ルドと連絡ついた」
「ほ、本当?! やったー! ありがとう、カトラ兄! 必ず今日中に防音魔法完成させるね」
抱き着いて満面に笑みを浮かべてお礼を示すと、カトラは少し偉ぶった態度から一転、照れを見せた。
「おはよう。チハヤ、カトラ。朝から何をそんなに喜んでるの? 私にも抱き着いて?」
最後の言葉は聞かなかったことにする。
「あ、モモちゃん、おはよう」
「はよさん。いい加減、日を越すまで服作んの止めろ、モモ」
「無理。だってもうすぐ夏だよ?! 可愛いチハヤの冬服、数が作れないから機能性と可愛さを充分に兼ね備えた服を作りたいんだよ!」
真剣な顔をして訴えつつ、モモは私の幼い身体をヒョイと持ち上げて、まるでぬいぐるみにするように抱き締めた。
「モモちゃん、苦しいから。てか、私そんなに大した服要らないって何度も言ってるじゃん」
私がこの台詞をモモに言うのも、これで何十回目だろうか。
何度も言っているにも関わらず、モモは頑なに首を縦には振らなかった。
因みに、今は初夏。
夏服も、本当はもっと作りたかったと言いながら、私のクロゼットをパンクさせた為、クロゼットに入る分だけ、と約束させた。しかし、そのせいか今度はその質を最大限に高める為に西へ東へ素材と裁縫技法を学んでいる。
元々、モモは服飾に対する興味が強く、しかも一から十まで自分で全てやり遂げたい性質らしい。興味のある事柄に対する知識の吸収力は並ではない。
私もバイクの事を知るのはとても楽しかったからよく分かる。
「モモにそんなこと言っても通じないわよ、チハヤ」
私の言葉にムスッと膨れたモモの後ろから、大きな欠伸をした少女が現れた。少女、と言っても私よりも断然年上だ。しかも人ではない。エルフでもない。
「ラソワさん、おはようございます」
「はよっす」
「おはよ、チハヤにカトラ。……ふわぁっ、失礼」
眠たげに欠伸を噛み締め、金の瞳を潤ませた。少し乱れた髪をポニーテールにした白金の髪、それは金の瞳と相まって貴さを思わせる。無駄な肉の付いていない肢体に纏うのは、黒のピッタリとした綿パンとそれに反してダボついたシャツ。そして素足。しかしその素足は地面には付いておらず、宙に浮いている。
誰かに抱き上げられているわけでもなく、彼女だけがそれこそ誰かに持ち上げられたように浮かんでいた。
彼女は糸の精霊ラソワ。その貴さを覚える見た目にそぐわず、ややだらしない格好の彼女は、モモのパートナーでもある。
「モモ。私寝てるから、作業再開になったら起こしてくれる?」
「了解、私もご飯食べたら仮眠するから」
「ふぁーい」
手をひらひらと振り、空いた手で口を抑えて部屋の中へと引っ込んで行った。
「ふぁあー、僕も早く寝たい……」
「てか、共同生活してるんだから、遅寝遅起きじゃなくて早寝早起きすれば良いのに」
「んー、そうなんだけどねぇ」
自分のことなのにコントロールが出来ないと、駄目な大人の台詞を言う。
「夜になった途端に色々集中力が上がってくるんだよねぇ」
「それの所為で俺やラソワは睡眠不足だ。自分だけならともかく、他人に迷惑掛けるな」
「ウウッ……申し訳……ふぁ」
欠伸に謝罪を邪魔され、効果は半減だ。
「早く朝ご飯食べに行こう!」
カトラとモモの服の裾を引っ張って、二人を促した。二人はそのままそれぞれの服を握った私の手を取る。
双方共に美丈夫。美丈夫な異性に手を取られる私。
これで私の身長もそれなりにあったなら、絵になったかも知れない。
しかし、残念ながら身長差がそれを許さない。どちらかとも言わず、所謂「捕獲された宇宙人」の図だ。
早く大きくなりたい。
「じゃあ行くよ」
そう声を掛けたのは私。
目蓋を閉じて外部からの情報を極力の防ぐ。そして集中。
身体を流れるマナを掴む。マナを掴むと言うのは、なかなか説明が難しい。それに、人……じゃなくてエルフによってそれぞれ感じ方が違うのだそうだ。
私の場合は、風。音。光。それを感じる。実際に風が吹いているわけでも、音が鳴るわけでも、光っているわけでもない。
ただ、そう感じる。
それを辿り、世界に流れるマナへ向かう。
(対象は私とカトラ兄とモモちゃん。ヴァストーク地方エルフの里にある食堂へ!)
そう念じるや否や、私の中のマナがじわりと熱を持つ。瞬間、風が吹くと、目の前はもう風景が違う。
「ん、前よりだいぶ早くなったな」
「そうだね、頑張ったね! チハヤ」
二人の大きな手が私の頭を交互に撫でる。
前世では成人したんだぞ!と思うけど、頭撫でられるのは嫌いじゃない。
甘んじて受けて、私は繋がれたままの二人の手を引っ張った。
「朝ごはん食べよ!」
そして、目の前にあるこの里唯一の食堂へと入って行くのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。