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疾走せよ、乙女!  作者: えあきる
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第六話―これからの決意―

「因みに、貴女には名前以外の、前世の知識というものがあるのかしら?」

 レイシアさまの問いに、私はコクリと頷いた。

 そんな私に、何故か質問した側のヒルドさまが目を大きく見開いて驚きの様子を見せた。

 私のように前世の知識を持つ者も多いから質問したのだろうと考えたのだが、どうやらそうでもなかったらしい。

「前世の記憶を持つ人って、あまり居ないのですか?」

「そう、ですね。私が知る限りは一人も……。別の地域では一人居ると聞いたことがありますが……」

 想像以上に少なかった。五千年で私含めてたった二人。奇跡と言っても過言ではない確率だ。

 そもそも、普通の生じたばかりのエルフは「前世とは何ぞや?」という以前に、まず生まれたばかりなので理解力に乏しいらしい。

(理解力が足りないのに、こんな難しい話を聞かされるのか……)

 遠い眼差しをレイシアさんに向けて、思う。

 が、前世持ちだったそのエルフは、並外れた理解力で説明を理解したと云う。更に、生活に慣れてくると、まるで人族のように新たな知恵を披露したり、ドワーフのようにモノを作り出したりし始めたのだそうだ。

 あまりに奇っ怪なその様子に、彼の保護者担当である導師さまが問い詰めたところ、彼は現世より前の記憶――前世の記憶を持ち合わせていることが判明した。

 彼の存在に、エルフ族の導師たちは何百年に一度しか実施されない、世界中の導師を集結させて実施する会議をして、彼の存在について話し合った。

 最終的な結論として、ユグドラシルが寄越したエルフなのだから何か神の意志が働いたに違いない、と判断された。

 それからも、彼は好き勝手にモノを生み出し世に広め、今もまだ世界を巡っているのだそうだ。

「ですから、私たちは貴女を縛ることも咎めることも致しません。貴女が前世の時に出来なかったことを、貴女の望むままに行ってくださいね」

 そう告げられて、再び眠たくなるような説明が始まった。

 その人、本当にこんな長い説明を理解したのか。凄い人だな。

 そして、私はチラリと傍らに横たわる相棒を見た。

 私がこの世界に来た理由。

 ドラグーンがこの世界に来た理由。

 私とドラグーンが、共にこの世界に来た理由。

 巡る想像に、運命という付加価値が芽生える。

 私は、このドラグーンと共にこの世界に成すべきことがあるに違いない。

 夢見がちな、青臭い話だ。

 学生でもない、社会人となったわたしがその青臭い話をその通りだと頷くのは馬鹿げている。

 多くの社会人が、十中八九馬鹿げていると回答するだろう。

 前世ならば。社会人となってしまった私にならば。

 しかし、どうも今世の私にはそれを行う時間もあれば、否定する者も居ないようだ。

「最後に、貴女にもいつかエルフとして世界の監視の旅に出てもらうことになるでしょうけど、その前に十年ほどこの地で世界を学んでもらうことになるわ」

 例えば文字の読み書きとかね、との言葉に私はうんうんと肯いた。

「表にモモちゃんとカトラちゃんを待たせているわ。二人に貴女の教育係をお願いしているから、これから分からないことがあったら彼らに相談してね。勿論、他の人でも良いし、私やフィーサンに相談しても良いわ」

(モモちゃん……)

 その名前にピンときたが、本名だったのかと内心苦笑した。

「わかりました」

「じゃあ、何か質問はあるかしら?」

「……一先ずは」

 そう告げると、レイシアさんはフィーサンさんへと視線を向け、口を開いた。

「では、貴女へ私から祝福を授けます。おまじないみたいなものですけど……。貴女が貴女の生を健やかに、そして飽くことなく過ごせますように、という」

 レイシアさんの説明の最中、フィーサンさんの操る蔓がしゅるしゅると動く。その蔓が、私の目の前へと近寄った。その蔓の枝には、固く閉ざされた真っ白な蕾があった。よくよく見ると、その枝にはいくつもの蕾があったが、どれもこれも固く閉じている。

「チハヤ、で良かったかしら?」

「は、はい」

 この時は何故そう態々訊ねられたのか分からなかったが、新たな名前を付けるかどうするか、という意味合いだったようだ。

 何だかんだと二十年近くその名で通っていたため、変える気は無いが、ちょっと言葉が足りない。

 名前をつけるか付けないかよりも、目の前の愛らしい蕾が気になっていた。花を愛でる趣味は無いが、嫌いではない。どちらかと言うと――この蕾が開いたらどんな花が咲くのだろうか――と思う程度には興味はあった。

 私がしげしげとその蕾を眺めていると、レイシアさんとフィーサンさんはお互いに向き合い、互いの両手を合わせた。

 途端、周囲の空気が変わった。

「導師レイシアの名のもとに、新たな同志ーーチハヤに祝福を与えん」

 レイシアさんの言葉を発端に、ポゥと淡白い光が固い蕾に宿る。

 否、よくよく見ると、蕾を付けた枝から、蔓の端から、川の流れのように光が流れている。

 その根本は、レイシアさんとフィーサンさんだ。

 二人の手から生み出された光が、フィーサンさんの身体を伝い、あちこちに張り巡らされた蔓を流れ、蕾へと届く。

 突然の、CGでも映像でもない、ファンタジーな光景に、私の胸はドキドキと高鳴り、身体中ゾクゾクと鳥肌が立った。

「綺麗……」

 思わず漏らした言葉は、どうやらレイシアさんに届いていたらしい。

 ほんの少し笑みを深めたその様子が、彼女の女神のような印象を更に強めた。

かのものがその使命を果たせますように」

「彼者が迷いし時、悲しみに沈む時、手を差し伸べる隣人が居ますように」

「彼者の灯火が消える時、彼者に安らぎがありますように」

 まるで身体を巡る血のように、光は蕾へと集まっていく。淡い光は太陽のように強い光へと変貌し、視界を真っ白に埋め尽くす。

 瞼を閉じても、その光は視界を覆う。

 レイシアさんの紡ぐ祈りが、まるで光に阻まれているかのように遠く遠くへと離れていく。

 瞼を開けない私は、次第に光に呑み込まれていった。

「……ドラグーン!」

 殆ど何も見えない中、記憶と感覚で相棒であるドラグーンの元へ歩みを進める。

 真っ暗闇よりも質の悪い、光に蝕まれた世界。

 しかし、そこにポツンと夜闇の光があった。

「ドラグーン!」

 恐る恐ると足を進め、ドラグーンの横にペタリと座る。

 腰を下ろしたそこは、大理石のようにツルツルとしている。

(おかしいな、さっきまでフィーサンさんの蔓の床だったのに)

 思考の端で生まれた疑問は、そのまま端に追い遣られる。

 真っ白な世界の中、ドラグーンだけは夜闇のように鮮やかな濃紺を光らせた。

 どんなにボロボロでも、傷だらけでも、私の中でこの相棒は光り輝いている。

 私の夢であり、希望であり、未来であり、過去であり、現実である。

 私のすべきこと。

 それは、この相棒が共に来てくれた事実によって、決定されている。

 否、それしかない。

 私は涙を落とした。

 生まれ変わった自分とボロボロのボコボコになった相棒。

 寿命の無い自分と動かない相棒。

 悲しくて堪らなかった。

 一人、溢れる涙を押し止めず、泣き続けた。

「ごべんね、ごめんね! わだじが、ぢゃんと……‼」

 言葉が続かなかった。

 未熟だった。夢に浮かされた青二才だった。

 故に、この結果だ。

 無機物であるそれに謝る私は、この地でもさぞかし異様な存在だろう。

 しかし、此処に居るのは私だけだ。

 いつの間にか、レイシアさんもフィーサンさんも居ない。

 故に、一頻しきり泣いた。

 泣いて、泣いて、泣いて。

 そして確固たる意志となったその思いと共に、私は決意した。

「あたしが、貴女を甦らせるからね……‼ 今度こそ、一緒に走ろうね‼」

 応える者は誰も居ない。

 これは私の自己満足でしかない。けれど、私の死だけでなく、私の転生したこの地まで共に付いて来てくれたこの無機物を、ただの無機物だと思えようか。

 否。否だ。

 この子は私の相棒。

 唯一無二の生涯の相棒だ。この世界に終末が来たるまで、共に走ろうじゃないか!

「あなたは私が必ず直してみせるわ!」

 背の足りなくなったその身体で、私はギュッと相棒を抱き締めた。

 最後に、ふわりと花の甘い香りが鼻孔を擽った後、私は意識を手放した。

お読みいただき、ありがとうございました。

次回から主人公動きます。

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