第五話―世界について―
説明したらダラダラし過ぎたので諦めました……
――それから云時間後
「……一先ず、追々覚えていく、でも大丈夫でしょうか?」
「勿論よ……!」
「……」
此処には時計がない。
しかし、頭上の空が空色から茜色へと移り変わったところを見ると、どうも数時間に渡ってレイシアさんの説明は行われたらしい。
らしい、と言うのは、時間感覚が無くなってしまっているからだ。
結論から言うと、よく分からなかった。
初めこそ真面目に聞こうと背筋を正して聞いていたのだが、予想以上の長い長い――しかも口頭で、ただただ紡がれる歴史の話に、私の脳は早々に白旗を上げた。せめて学校で使うような教科書があれば……と思うのは元現代っ子所以だ。イラストや写真付きのカラフルな教科書、万歳である。
最終的には、寝ないように努めることに必死だった。手の甲を抓ったり、欠伸を噛み締めたり……。
そんな私の失礼すぎる努力も知らず、一生懸命に説明をされるレイシアさん。そして双方の様子を、文字通り第三者の目線で眺めていたフィーサンさんは、呆れ顔で溜息を吐いていた。
しかし、私のことを告げ口しないところ、あんな仏頂面で意地悪そうな顔をしているにも関わらず、空気の読める方なのかも知れない。
「良かったわあ、いつもだとここから更に同じ説明を四回以上はしないといけなくなるから……」
そう嬉しそうに、しかしはぁと溜息を吐いて告げるレイシアさんの頭を、慰めるようにフィーサンさんが撫でている。
その様子に理解した。フィーサンさんは、私の空気を読んだのではなく、飽くまでレイシアさんの空気を読んでいたのだ。つまり、レイシアさんが「すべて理解してもらうまで駄目です!」と言い張ったならば、恐らくこの椅子に縛り付けてでも私を此処から離さなかっただろう。
恐ろしい。レイシアさんが厳しくなくて良かった。
さて、そんな中でも分かった事を整理しよう。
とりあえず、このルファータという世界には、私が今まで住んでいた日本や地球は存在しない。
この世界は、私が居た世界が存在するよりも後に出来た世界なのだそうだ。
この世界の創造神がその世界の創造神と相談して創った世界だとか、超次元的なことを云われたので空想の物語でも聞いてる気分だ。それを真実として話すから、もう私には何も言えない。へぇ、としか言いようがない。
そんな話を淡々と長々と説明され、うとうとし掛かってきた頃に、レイシアさんは「次に」とこの世界を生きる種族について説明を始めた。
エルフ族について。
まず、長寿であること。
前世の日本も長寿大国だったが、食事とか運動だとか、そういう努力や工夫で伸ばしたものではないらしい。と言うのも、私にこの世界を教え説いてくれた絶世の美女と言っても過言ではない花盛りの女性が「私、こう見えて今度五千歳になるのよ」と鈴のような声でころころ笑って言ったことには目を剥いて驚いた。とんだミレニアム。世紀末五十回おめでとう。
長寿と言うのも正確ではなく、彼らはこの世界の終末まで生き、人為的な殺傷以外では死なないのだと云う。
エルフ以外にもこの世界には二つの種族が居るのだそうだ。
まずは人族。彼らは所謂前世のヒトと同じだ。
寿命は六十年ほど。
力や知識は他族に劣るものもあるが、それを応用する知恵がある。それによって世界は発展し続けていた。しかし、優劣を気にする種族故、そういった理由でよく同種族内で戦をするのだそうだ。
次にドワーフ族。
彼らは身体は小さく、性格はガサツで頑固だが、手先は器用で、何よりも作ることが大好きな種族なのだそうだ。
寿命は三十年とどの種族よりも短いが、寿命と言うよりは、モノ作り好き故に体を張って危険な事さえやってしまう、その強過ぎる意志によって彼らは短命なのだ、と結論付けられている。
人族によって生み出された知恵で、ドワーフはモノを作り、人々に使われる。
エルフはこの世界で何を担当しているのか、と言うと監視なのだそうだ。世界を創造した神がエルフの目を通して世界を見て、終末に向けて準備をするとか何とか。
「いつか滅ぶんですか、この世界は?」
はいっ、と右手をビシッと挙げて、私はレイシアさんに訊ねた。碧色の瞳が迷いなく私を見つめた。
「勿論です」
その潔さが、逆に恐ろしい。
「そ、それはいつですか?」
「いつか、は分かりません」
淡々と告げるレイシアさんの声に、瞳に、表情に、畏怖を覚える。
「……じゃあ、私たちは死ぬために存在しているのですか?」
肯定の言葉を覚悟して、私は訊ねた。しかし、想定外にもレイシアさんは首を横に振ったのだ。
「それは違います。人族やドワーフ族は、我らより短命ながらも様々なモノを生み出し、世界を育んでおりますでしょう? 確かに、神はこの世界をいつかは滅ぼします。これは変えようのない決定事項です。ですが、それは我々生命あるものが世界の成長を止めた時、或いは害成す者となった時なのです。我々が生きることを諦めない限り、そして神に歯向かわない限り、我々は終末を恐れることはないのですよ」
ニコリ、と私を安心させるかのように笑みを浮かべて否定した。
その声色から『今すぐどうこうなる話ではない』ことを理解して、安堵の溜息を吐いて頷いた。
「さて、では貴女のことについてお話しましょうか」
その言葉から始まった私のことについて。
私は現世に生じたばかり、つまり生まれたばかりの赤子同然なのだ。が、見た目は赤子ではない。
私の外見は、まだ子ども。五、六歳というのが妥当だろうか。
髪色は黒、と私的には見慣れた色だが、この世界では黒髪のエルフは居なかったらしい。元の癖っ毛ではなく、絹地のように艷やかな濡れ羽色。肌は日本人にはあるまじき、雪のように白く滑らかなもの。瞳は濃紺で、傍から見ると黒だが、よくよく見ると黒ではなく青みのある色だということが分かる。
目鼻立ちの整った天使とも妖精とも呼べる容姿で、鏡で確認した時には思わず「おおぅ」と呻き声をあげてしまったほどだ。自分とは思いもしない。
親は誰か、と言うと居ないらしい。
だいぶ理解に戸惑ったが、どうやら私は世界樹ユグドラシルに生み出された存在なのだそうだ。
先に言った通り、エルフは人為的な要因以外では死なない。しかし、死ぬことはある。
エルフの人口が減り過ぎると、世界の監視する目が不足する。その為、世界自らが命を与えるのだそうだ。
ここで気になるのが、エルフは生殖活動しないのか、という疑問だが、エルフ同士での生殖活動は生産性がないのだそうだ。
寿命が無いに等しい種族なのだから、自種族同士での生殖活動は無駄だとしているのかもしれない。
加えて、エルフ同士での恋愛感情も生じないのだそうだ。エルフは人口が少ない所為か、他人であっても同族は家族のような存在であると考えているからだそうだ。
では他種族とは、となるとそれは問題ないらしいのだが、産まれた彼らはエルフではなく、ハーフエルフと言う存在になるのだそうだ。
ハーフエルフは、しかしエルフではない。エルフの特性が出る者はほぼ居ない。居ても稀であり、それも他種族より少し長命だとかそういう具合。ハーフエルフもまた相当数が世界に居るようだが、その存在は秘匿とされている。
「何故ですか?」
「やっかみ、というのかしら? 主に人族の。つまりそういう事よ」
優劣を意識する人族。
ハーフエルフにはエルフから受け継いだ美しい容姿の者が多く、また一部は長寿である。何より彼らが妬むのは、エルフしか持ち得ない魔法と呼ぶ特殊能力だそうだ。
エルフは、魔法が使える。しかし、それは私が想像する――例えばほうきに乗って空を飛んだりだとか、そういうベタな魔法ではなく、自然を操る能力なのだそうだ。
エルフの身体には、マナと呼ばれる世界を循環する力が取り込まれているらしい。
それによってヒトやドワーフでは出来ないこと――例えば地にマナを流して畑を耕したり、汚れた水から不純物を除いて純水としたり、など――が出来るのだそうだ。
なるほど、やっかむ者はやっかむに違いない。
エルフ族は、それを生活の中だけでしか使わないとしてそれ以外で使うことを禁忌としている。
エルフ族は世界を牛耳たいわけではないからだ。
しかし、他の種族――特にこの世界の人族――はその力を喉から手が出るほど欲している。
人族全員が浅ましい者ばかりではないのだが、浅ましい人族が目をつけたのがハーフエルフだった。
しかし、残念ながら彼らに魔法は使えない。この事実は人族やドワーフ族にも伝えられてる筈だが、如何せんハーフエルフの数も限られるため、迷信だと思う者も多い。前世のように、インターネットやテレビなどの情報発信するものがないのが痛いところだ。
極々稀にマナを取り込める体質の者は居るらしいが、それでも魔法は使えないのだそうだ。マナを使えるのは、飽くまでユグドラシルより遣わされた生粋のエルフのみ。
話は逸れてしまったけれど、そんなわけで、エルフはユグドラシルからしか生じない。
お読みいただき、ありがとうございました。