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疾走せよ、乙女!  作者: えあきる
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第三話―天国か地獄―

 紫男と桃色男の後を付いて行くこと、およそ十分、といったところか。

 木漏れ日すら届かない、鬱蒼とした森の中を通り抜け、到着した先は巨木の下だった。

「なに、これ……」

 巨木と一言で言える存在では、断じてない。この巨木の幹の面積だけで、某ドーム型野球場ほどの大きさはあるだろう。

 豊かに生い茂る葉は青々としており、よくよく見るとその中にキラキラと銀に輝く葉が混じっている。

 舞い落ちる銀の葉は、まるで木漏れ日が具現化したかのようにキラキラと輝きながら草原の中へと溶けていく。

 全長はどれ程あるのだろうか。

 天をも貫きそうなその巨木を、何度目かの呆け顔で見上げていると、桃色男が私へ振り返った。

「この木は、世界樹ユグドラシルの枝だよ」

「ゆぐどらしる? って、枝?」

 枝はあの空高くに生えているあれだろう、と指差し示すが、桃色男は首を横に振った。

「世界樹ユグドラシルは、世界の根幹に存在し、我々には決して届かない場所にある。それが年月を経て成長し、地中を介してようやく世界に姿を現したものがこれ。ユグドラシルの一部――つまり枝なんだよ」

「……枝で、これ」

 口をあんぐりと開け、私は引き続き呆け顔でその巨木の一部を見つめた。

「世界樹ユグドラシルは枝から世界の情報を吸い込み、それを変換する。変換したものはマナと呼ばれる世界の動力となる。マナは、世界中に広がったユグドラシルの根から土を介し、空気を介し、水を介し、世界へ排出される。マナにより、世界は成長する」

 桃色男に進むことを促されながら、私は彼がポツポツと説明する内容を咀嚼しようとする。初めて聞く単語が多過ぎて、混乱状態なのは言うまでもない。

 勉強はそれなりにしてきたつもりだが、残念なことに元の脳みそは然程でもない。

「ほら、あれが導師さまがいらっしゃるやしろだよ」

 促されるままにそのユグドラシルのもとへと向うと、そこには小屋――桃色男が言うには社があった。

 私の知る神社や教会と言った建物とは全く異なるもので、再び唖然とする。何故ならそれは、ナチュラルテイストな平屋のログハウスだったからだ。

 寧ろ、この巨木に対してあまりに小さ過ぎるそれに、私は疑わしいと訴える視線を向けた。

「ほら、導師さまが待ってんだから」

 疑わしい目をしていた所為か、紫男と桃色男に右手と左手をそれぞれ取られ、ずるずると引っ張られて行く。

(ううっ、天国なのか地獄なのか分からないけど、この扱われ方……!)

 そして、とうとう到着した社という名のログハウスの中へと入る。

 中は薄暗く、そして何もない。机とか椅子だとか、そういうちょっとした家具も一切なく、そこはただの、木で出来た空間だった。

 紫男が運んでいたドラグーンは部屋の床に置かれ、私は慌ててドラグーンの元へ向かう。

 私の唯一無二の相棒、本当は片時だって離れたくはない。

「俺たちはここで待ってるから」

 紫男がそう告げるのと同時に、扉が閉じられた。

「えっ、えぇ?!」

 離れたくない、と思った矢先。ドラグーンから離れ、慌てて閉じられた扉に手を掛ける。が、押しても引いてもビクともしない。

「ちょっと、開けて! 開けてよ‼」

 ドンドンと扉を叩くが、外から反応はない。

 まさか監禁?!

 さぁっと血の気が引き、私は更に扉を叩いた。一切の反応が無く、焦燥感は相当な勢いで高まった。

「ふっざけんな、サイテーイケメン! イケメン、爆発しろー‼」

 ギャーギャーと騒ぎながら扉をドンドン叩き続けていた、その時だった。

「ふふ、今日の授かり子はとっても元気ね」

「!」

 驚いて振り返ると、そこには木製の壁、ではなく、扉があった。先程までただの壁だと思っていたが、何故気付かなかったのだろう。

 天井にまで届く大きな扉で、ログハウスのナチュラルな見た目と違って荘厳な作りだ。ドアノブは碧色の石でできている。宝石だろうか?

 この扉で幾らするんだ、とまじまじと見つめた。

 扉の横には枝のようなものが伸びており、その上には二羽の愛らしい小鳥が二羽並んでいた。まるでそちらへ誘うような、はたまた監視をしているような様子に、緊張感が高まる。

「こちらへいらっしゃい」

 その声は、恐らく扉の向こう側から聞こえている。だと言うのに、その声は妙にはっきりと聞こえていた。

 頭に残る、優しい女性の声だった。

 罠かも知れないと思いながらも、私は恐る恐る扉へ向う。ゴクリ、と唾を飲み込み、フゥッと深呼吸をして、気合を入れたところでドアノブを握り締めた。少し背伸びをして、爪先立ちのまま、扉を押す。

「うぉっ、ととと、うわぁっ!」

 扉は想像していたよりずっと軽くて、思わず前のめりになったと同時に、爪先立ちが災いし、顔面から転んでしまったのだ。

「いーったたたぁ」

 鼻を思いっきり打った私は、鼻を抑えるようにして起き上がる。

「あらあら」

 おっとりとした声の後、するりと脇に何かが滑り込み、私の身体をふわりと持ち上げた。一度足も届かない高い場所へ上げられたかと思うと、そのまま扉の奥へと運び込まれた。部屋の中は暗いが、奥に仄かな明かりが見える。どうやらそこへ向かっているらしい。両脇に差し込まれた私を持ち上げているそれを見やると、何やら木の枝だと分かる。

(これも、魔法?)

「あっ、待って!」

 首だけを後ろへ向け、そこに横たわる相棒を見つめる。

「あら、それも?」

 何処から見ているのか。

 私の横を通り過ぎた木の枝が、そのゴツゴツとした見た目に反して滑らかな動きでドラグーンに巻き付き、ゆっくりと運び始めた。

 後ろを気にしていた私はと言うと、いつの間にか先程まで微かだった明かりに迫っていた。近づいて、ようやく分かった。

 私とドラグーンを運ぶ枝が、その明かりの先から伸びている。

(呼んでいるのは、この声の人?)

 鼓動はドクドクと激しく打ち付けたが、思いの外、頭は冷静だ。

 パステルカラーのエルフに、ドラグーンを運ぶような魔法や、瞬間移動の魔法を体験した後だ。今更自由自在に動く枝如きでは驚きもしない、ことはないが、耐性は出来つつある。

 心臓がこれ程にバクバクしているのは、この先に居る存在が何なのか分からないからだ。

(もしかして、この先にあの閻魔さまが……)

 絵本で見たような気がする朧気な、鬼のような見た目をした大男を思い浮かべる。

 しかし、飽くまであれは男だった。

 聞こえた声は男ではなく、女の、しかも裁きを下すような恐ろしい印象が皆無の優しげなものだった。

(いや、ここは期待しちゃいけない。私、聖人君子じゃないなら天国とか絶対無理だし……)

 甘い考えを振り払うように、私はかぶりを振った。

 そう、私は怯えていたのだ。この先に居る神か何か分からない――私の人生を裁く者と、その結果に。

(死んだら楽とか嘘だった! めっちゃ怖い‼ 痛覚も普通にあったし!)

 近づくほどに、冷静だった頭が目まぐるしく恐ろしい想像を巡らせる。

(あー、でもドラグーンと一緒に居させてくれるのはありがたい……。常世と違って、あの世の人は良い人だわ)

 ちらりと運ばれるドラグーンを見やり、再び先程より強まった明かりへと目を向けた。

(過ぎてしまったことは仕方がない! 盗みもしてなければ殺人も、少なくとも日本の刑に引っ掛かるようなことはしていない! 筈‼ だからそんなに酷い目には合わない! 筈‼)

 筈、が外せないのが悲しい限り。

 ギュッと唇をむすび、挑むような思いで導かれる。

 そして、明かりの中へと私は迎え入れられた。

お読みいただき、ありがとうございました。

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