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疾走せよ、乙女!  作者: えあきる
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第二話―黒髪少女現る―

 突然の違和感に、思わず目を閉じた。まるで突然高い場所から落ちるような、そんな感覚だ。

 しかし、それは本当に一瞬の出来事。

 すぐにそれは無くなったことに気付いて、私は再びパチっと目を開いた。

「えっ?!」

 思わず声を上げた。

 目の前にあった筈の荒地は無く、その代わりに私の目に飛び込んだのは豊かな緑。

 サワサワと耳に心地良い葉の音。

 鼻を擽る花と緑の匂い。

 容赦なく肌を刺す小石ではなく、柔らかな草のクッションが横たわるナイトドラグーンと私の身体を包み込む。

 肌を撫でる木漏れ日は暖かく、瞼を閉じればすぐに微睡みそう。

 無意識の内に現実逃避をしようと瞼を閉じようとするが、傍らの男に阻まれた。

「ほら、ここなら裸足でも歩けるだろう」

「……」

「そいつもちゃんと持って行くから、とにかく立て。この駄々っ子め」

「駄々っ子じゃありません……」

 口を尖らせた私は、渋々ナイトドラグーンから離れた。踏み締めた草のクッションは想像以上に柔らかく、そしてヒンヤリと心地良い。木漏れ日の中にある草は、穏やかな温もりを感じ、これもまた心地良い。

 立ち上がり、グルリと辺りを見回した。

 大きな大きな大木やその子どものような大きさの木が辺りを囲うようにしていた。木々の中には花が咲き乱れているものもあり、それのおかげか、甘い香りが辺りを包んでいる。

 木々を根元を辿るように、さらさらと小川が流れ、その終着点には池がある。蓮の花だろうか。池の水面には数株の桃色の花が浮かんでいた。

 池や小川、そして木々の傍らには人が居た。時には子どもは駆け回り、大人は荷を運んだり談笑していたり。

 そして、彼らは総じて、カラフルな髪色をしていた。

 そう思うと、寧ろ、真っ黒な髪の自分の方こそ、この中では違和感だ。

「ちょっと離れろ」

 肩を掴まれたかと思うと、男性は私を自分の方へと引き寄せた。

 そしてナイトドラグーンに手を翳すや否や、まるで手品のようにスゥっとナイトドラグーンを宙へと浮かせてしまった。

「え、ええ?!」

「ふっ」

 私のあまりの驚きぶりに、男は鼻を鳴らして笑った。

 普段ならばムッとするのだろうが、私は目の前の事象にいっぱいいっぱいだった。いや、そもそも、さっきの瞬間移動のような事象にも理解が出来ていない。

 天国だか地獄だか分からないけれど、現世じゃないから魔法のような手品のようなことも出来てしまうのだろうか。

「こんな事で驚くなよ、駄々っ子ちゃん」

「さ、さっきから! もー、駄々っ子じゃないですから!」

 さっきから軽口を叩く男に、私はムキになって怒って見せた。

 そんな彼の髪もパステルカラーだ。と言っても、短く刈り上げているせいか、より紫に近いラベンダー色。瞳は葡萄の色だ。

 すらりと伸びた身長は、首を反らさないと目が合わないほど差がある。

 よく分からないが、私は体格が幼くなったのかも知れない。

(死後の世界だから? 輪廻転生って言うんだっけ? あれ、その中にバイク――無機物は含まれるのか?)

 小首を傾げていると、紫の男は「行くぞ」と私に声を掛けて歩き出した。その男の傍らを、ナイトドラグーンが宙に浮いたままついて行っている。

「ま、待って!」

 慌てて男の後を追い掛けた。しかし、すぐ追い付いた。どうやらゆっくり歩いてくれているらしい。

「あの、これから何処に?」

「言ってなかったか? 導師さまんとこだ」

「導師さま、って誰、……何ですか?」

「導師さまっつーのは、……あー、まぁ」

 紫男が口をモゴモゴとさせて呻いていると、助け舟が後ろからやって来た。

「エルフ族を導く、神へのリポーター。それが導師さまですよ」

 現れたのは、私に一番に声を掛けた男性だった。

 甘い香りが漂ってきそうなピンクの長い髪に梅花を連想させる濃いピンクの瞳。

 加えてにっこりと甘いマスクで話し掛けてくる彼に、イケメン慣れしていない私は思わず俯いてしまった。

「おや」

「へぇ、珍しい。大概の子どもはお前に懐くのにな」

「そうですね、寧ろ貴方の方に懐いていますね」

「はぁ? んなわけねぇだろ」

 桃色男の言葉に、紫男はツンとそっぽ向く。

 桃色男の言葉は遠からず当たっている。

 下手に優しくされるより、ちょっと素っ気ない方が私も好ましい。それに、軽口叩いてくれる方が“死”というぼんやりとした現実を忘れさせてくれる。

 死んだ、ということにピンと来ていない。確かに私は交通事故に遭った。

 右半身へ、ドカンと、もの凄い勢いで体当たりされたのだ。如何に凄まじいものだったか、それは紫男が運んでるナイトドラグーンの姿が指し示している。

 死なない方が奇跡としか言いようがない。生き返るような、そこまでの徳は積んでいない。

 そう、私は私が死んだことを理解している。なのに、何故か私は達観している。

 今が死の世界だと認識出来ていないのか。それはあり得るかも知れない。

 目の前に広がる生命力溢れる森を見て、誰が死の世界だと思えるのか。

(……いや、待てよ)

 さっき、桃色男はなんと言ったか?

(エルフ族? エルフって、あのファンタジーの? 耳が尖ってて、美男美女しかいないあの?)

 映画で見ただけの薄い知識を掘り起こす。

(……。あぁ、でも納得)

 よくよく見ると、紫男の耳は尖ってる。しかも桃色男も荒地にやって来た他の人たちも、皆揃って美形だった。

(待って、どういうこと? 死後の世界ってエルフが居るの? 初めて知ったー! へー! って、スマホ無いわ!)

 いつもの癖でSNSに発信しようと、慣れた仕草でスマホを探す。

 普段、デニムパンツのポケットへ閉まっていたこともあり、その辺りへ手を這わすが、今の私の装いはデニムでも無ければパンツでもない。

 スカッスカとワンピースの腰辺りを探る私を見て、桃色男が「どうかしましたか?」と訊ねてきた。

「あ、いえ、死後の世界ってエルフが居るって初めて知ったので、ついスマホを探しちゃって……」

 空笑いする私に対して、桃色男は「死後の世界? すまほ?」と小首を傾げた。

「あー、モモ」

(モモ⁉)

 紫男の話し相手は桃色男。まさかそのままの名前だったなんて!

 笑いそうになる口をギュッと必死に噤む。それに気付かない男二人は言葉を交わす。逆に、私は二人の会話を聞き逃したいた。

「ははぁ、なるほど」

 ふむふむと頷き、そうして何故か私をジッと見つめた。探るようなその眼差しに、私は身を縮こませる。

「何ですか?」

「いいえ。長い人生、そろそろ飽きてきたなと思ったけれど、案外転がってくるものだね。君みたいなイレギュラーが」

(イレギュラー? 私が?)

「よく分からない……」

 私の言葉に、二人は「そうだろうな」と苦笑する。

「けど、いつか君にも分かる日がくるよ。……必ず、ね」

 意味深に言葉を終えた桃色男に、私は口元をへの字に歪めた。

 まるで、「お前とは違って吸いも甘いも知っている」と言わているようだったからだ。

(一応成人してるのに!)

 生前の自分と同い年に見える彼らに、私はツンとそっぽ向くのだった。


 ◇


 私が後にしたこの土地に初めて降り立ったその場所。

 周囲に居た数人のエルフたちが一所に集まってひそひそと話をしていた。

「今回の授かり子の髪、凄い色だったな」

「あぁ、あんな黒の髪色は初めて見る」

「俺もだ」

「えぇっ?! 世界中周ったお前でもか?」

「世界中、っても、もう五百年くらい前の話だ。その間の授かり子は二、三人で、最後は二百年近く前の話だぞ? 何か遭ったらとっくに報告があるだろう」

「あぁ、そうか……」

 その会話に、気づけば続々と人が集まっていった。

 エルフ達は生を受けてから何百年、何千年と経っている者が殆どだ。故に、珍しい刺激に滅法弱い。

 彼らの話はその場に居た者だけでなく、偶然旅をしていたエルフも加わり、あーでもないこうでもない、と論議に花を咲かせた。

 エルフ族には多くの旅人が居る。

 世界で生じた新たな発明、新たな知識、新たな文化を彼らは第三者として楽しむ。

 成長を継続する世界を知り、学ぶ。

 それが彼らエルフ族の根本的な生きる意味なのだ。

 その対象は、他族に留まったものではない。

 今回のそれは、まさに良い例だ。

 果たして、美しい黒髪を持つ彼女は何者なのか。

 それを知り、それを遠隔地に居る同族へ伝える。

 それもまた、旅をするエルフ族の使命だ。結果によっては、エルフ族全員が歓喜するだろう。

 新たな命は風と共に新たな種子を蒔き、世界に花を咲かせる。

 彼らは多くの花を知る故に、花を咲かせたいと思う、他族と変わらぬ、成長を求める種族なのだから。

お読みいただき、ありがとうございました。

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