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疾走せよ、乙女!  作者: えあきる
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第十六話〜無理は禁物〜

 その翌朝、とうとうモモは部屋から出なかった。

 ノックを鳴らして漸く出て来たのは、眠たそうに瞼をシパシパ瞬かせたラソワ。

 彼女は、今にも倒れそうな青褪めた形相で「無理」と苦しげに呟いた後、有無を言わさずそのまま部屋へ戻って行った。

 私とカトラは顔を見合わせた後、珍しく二人だけで食堂へ向かった。

 もしかしたら、モモが居ない朝食は、これが初めてなのではないか?

 そう気付いたのは、カトラと二人で朝食を摂っていた最中だ。

「やっぱ、モモが居ないと寂しいか?」

「え?」

 顎をしゃくり、私の手元を指し示す。

 食事を始めてから既に十分は経過しているにも関わらず、食事に殆ど手を付けられていない。シリアルは牛乳でふやけてしまって、見るも無残な状態だ。

「ま、確かに、モモとラソワまでも朝起きれないって、今までなかったからな」

「……」

「今夜会ったら言っておけ。頑張るのも程々に、って」

「うん……」

 私はそう頷き、ふやけてしまったシリアルを口に含む。

 美味しくない。

 美味しくないのは、ふやけてしまったから?

「カトラが居なくても、寂しいからね?」

 私がそう伝えると、カトラは一瞬呆けた後、ニヤリと笑った。

「お前みたいな駄々っ子、一人にさせるわけないだろ?」

 頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でられ、私は「もぅっ!」と怒った。

 本気ではない。

 カトラも理解している。

 だから、笑って、ぐしゃぐしゃにした頭を只々ぽんぽんと優しく撫でてくれるのだ。


 ◇


 その日の夜も食堂に現れなかったモモに、私とカトラは不安を募らせた。

 流石に丸一日何も飲まず食わずで居たら、長寿のエルフと言えど死んでしまう。

 頼みの綱でもあるラソワさえ、姿を現さない。

 私とカトラは食堂の人にお願いをして、サンドイッチと水筒を用意して貰った。

 里の誰とも顔馴染みである食堂の人は、私たちと同じようにモモのことを心配していて、私たちが言うよりも先にそれを用意してくれていた。寧ろ、私たちが戻る時に声を掛けようとしていたのだと言う。

「ありがとう!」

 私とカトラ、そして食堂の人も言う。

 お互いがお互いに感謝だ。

 食堂の出口へ行く短い道すがらにも、里の人たちに「モモはどうしたのか?」と訊ねられた。

 あのモモと言えど、やはり丸一日も姿を現さないことは珍しいことなのだ。

「モモちゃん、大丈夫かな?」

 カトラと私は手を繋ぐ。

 用意してくれたサンドイッチは私が、水筒はカトラが持つ。

「倒れてるかも知れないが、まぁ死んではないだろ」

「……倒れてても駄目じゃん」

 私も「死んではいないだろう」と高を括っている。

 しかし、だからと言って「倒れている」のも見過ごしてはいけないだろう。

 目に見えてしょんぼりと項垂れる私を、カトラは「大丈夫だ」といつもの調子で声を掛ける。

「本当に危険な状況なら、ラソワがすっ飛んで来る筈だ」

「でも、ラソワも今朝元気無かったよ?」

「あれは力の使い過ぎだ。妖精だからちょっと寝ればすぐ回復する」

「ほんとに?」

「こんなことで嘘なんて言わない。……そんな心配ばっかしてないで、モモに言う文句でも考えとけ」

 そのついで、カトラは「ちょっと寄り道するぞ」と言った。

「何処に?」

「導師さまんとこ」

 それだけ告げると、次の瞬間には導師さまの居る社の前に飛んでいた。

 辿り着くや否や、カトラは社へ向かい、その扉をノックした。

「導師さま、夜分遅くに失礼します。カトラです」

 カトラがそう声を掛けると、社の扉の錠がガチャリと鳴らして開いた。

 ドアノブを回し、勝手知ってるように奥の部屋へと向かった。

 導師さまの元には、定期的に私も足を運んでいる。

 里に居る数少ない未成年者の私は、導師さまに現在どういう状況か、何をしているのか、困ったことはないかを報告しているのだ。

 まるで面談のようだが、正に面談である。私は前世の記憶を持つ私は特殊であるため、他の未成年者よりも気を使わせてしまっている。(何故なら、前回の記憶持ちが色々ヤラカシまくったから)

 私個人としては、綺麗なレイシアさんとフィーさんの姿を見れて眼福だし、出される蜂蜜入りのお茶もとても美味しい。

 少し緊張はするけれど、花と緑の香りに包まれる暖かなこの場は、決して居心地の悪い場所ではないのだ。

「いらっしゃい、カトラ、チハヤ」

 夜闇に包まれた室内には、あちらこちらに蛍の様な小さな明かりがふよふよと浮かんでいる。

 夜光花という、その名のとおり夜に光る花があちこちに咲いているからだ。

 この花は年中咲いていて、昼は蕾となって閉じているが、夜中になると花びらが開き、表面にある発光成分の含まれた鱗粉により今のように蛍のような光を放つ。

「すみません、突然」

「良いのよ、気にしないで。噂に聞いてたから」

 そう言うと、カトラの元へレイシアさんが向かい、その手に持っていた巾着袋を差し出した。

「モモちゃんの溺愛ぶりにも困ったものね」

「溺愛とプライドが重なっちまったからな。どうしようもない」

「あらあら」

 レイシアさんがクスクスと笑う。

 それに同調するように、周囲の草木が揺れる。

「チハヤも、良いお兄ちゃんに囲まれて良かったわね」

 そう言われ、私は隣のカトラを見上げた。

 カトラは照れ臭そうに、私からそっぽ向く。

「はい、カトラ兄もモモちゃんも、とっても優しいです」

 隣で真っ赤になってるだろうカトラにニヤニヤしながら、私は言った。

 そんな私に気づいただろうレイシアさんが「あらあら」とまた笑う。

「行くぞ、チハヤ。愚図愚図してると本当にモモのやつぶっ倒れるぞ」

 ぶっきらぼうな口調で、カトラは振り返り、足早に部屋を後にした。

「ちょ、ちょっと待って! あ、導師さまありがとうございます」

 何をカトラに渡したか分からないけれど、おそらく口振りからモモに関するものだろう。

 礼をしてカトラの後を追う私に、レイシアさんは「またね」とひらひらと手を振って見送った。

 ずんずんと先に外へ出たカトラに追い付くと、カトラは再び手を繋ぐ。

「ねぇ、カトラ兄。それは?」

「これか? 導師さま特製の丸薬だ。飲んで寝れば、起きた時には高熱で寝込んでるようなやつでも立ちどころに元気になる薬だ」

「そ、そんなものが!」

 私はしげしげとレイシアさんが渡した巾着袋を見つめた。

 しかし、丸薬と言うには、その袋越しに見える形はやけに大きい気がする。

 丸薬とは、飲み易く丸めた薬のことを言うのではないのだろうか。

 しかし、その袋から見えるそれは、明らかに私の拳ほどの大きさがある。

「ま、待って。これ、本当に飲めるの?」

「飲めるかどうかじゃない。飲ませるんだ」

「…………」

 私は唖然とする。

 しかし、カトラはまるで感情さえないかのように言葉を続けた。

「大丈夫だ。きっとあいつは、今頃寝てる筈だから」

「寝てる人にこんな大きなものを飲ませるの?!」

「……起こしても良いが、そっちの方が酷に思えるほどに苦い薬だぞ?」

「……飲んだこと、あるの?」

「あぁ、いっそ殺せと思った」

 遠い目をして、カトラは達観した物言いをした。

「待って。本当にこれ、元気になるの?」

「あぁ、飲むことを後悔するほどに苦くて飲むのもしんどい薬だが、確実に元気になる」

「……」

 なんと言うか、飲ませる気が全くない薬だということを理解した。

「一粒を小さくして飲む量を増やす、とか出来ないのかな……」

「出来ない。寧ろ、これ以上の軽量化さえ無理らしい」

「……」

「分かったらな、チハヤはちゃんと体調管理くらいしろよ?」

 私は深く頷いた。

 そして決意する。

 絶対に、この薬に頼らざるを得ない機会を作らないことを。

「じゃあ後はモモんとこ、行くぞ」

 私は神妙な顔をしたまま、カトラの手を握り、移動する。

 あっという間に切り替わった風景は、見慣れたツリーハウスの中だった。

 目の前にある部屋はモモの部屋。

 まず、一度ノックをする。

 しかし、反応は無かった。

 その時点で、カトラは早々に扉を開け、ずかずかとモモの部屋へと入って行った。

「モ、モモちゃん?!」

 結論から言うと、モモは作業台の上で突っ伏して、うなされながら眠っていた。

 いつもにこやかなモモには似合わず、眉間に深く皺を刻んでいる。

 部屋の奥にある寝台では、ラソワがスヤスヤと眠っていた。

 明かりは点けっぱなしで、服も昨日着ていたものと同じ。

 床には布やらデザイン画の描かれた紙が散乱している。

 そんな傍から見ると散らかり放題の部屋の中に、異質的に見えるものが二つ。

 綺麗に畳まれたそれは、ひどく懐かしいものだった。

「パンツだぁっ!」

 それは、デニムのパンツだった。

 足に当てると、ピッタリと私のサイズだった。

「凄い凄い! モモちゃんもラソワも!」

 私は嬉しさのあまりぴょんぴょんと部屋の中を跳ね回った。

「こっちはカトラのみたい!」

 そう言ってカトラのものらしきパンツを渡す。

 カトラは興味無さげに「ふぅん」と眺めた後、それをモモの眠る作業台の縁に置く。

「チハヤ、手伝ってくれ」

 飛び跳ね回る私に、カトラは手招きして呼び寄せた。

 そして、カトラの手に持つ巾着袋を渡された。

 巾着袋を私に渡したカトラは、作業台で突っ伏すモモの身体を起こし、椅子の背もたれに彼の上半身を預け、仰向けにさせた。

「よし、チハヤ。俺がこいつの口をこじ開けるから、そうしたらその丸薬をこいつの口に突っ込んでくれ」

「つ、突っ込む?! 正気?!」

「正気も何も、飲ませる為に貰ってきたんだから」

 何を言うんだ、とまるで私が非常識かのような具合で首を傾げるカトラに、私は抗議する。

「ち、窒息するよ?!」

「大丈夫だ。飲むことを後悔するような薬だけど、寝てても何故か飲めるように改良されてるから」

「改良する点間違ってるって!」

「ほら、ごちゃごちゃ言うな。行くぞ」

 そうしてカトラは無理やりモモの口を開かせた。

 狼狽える私に、カトラは容赦なく「早くしろ」と睨みつけてくる。

 そりゃあ、無理やり口を開けてる人からすればその気持ちも分からなくはないけれど!

「ごめん、モモちゃん!」

 私は心から謝罪しつつ、巾着袋から取り出したどぶ色の球体をモモの口の中へ放り込んだ。

「良し!」

 口の中に入った瞬間、カトラはモモの口を塞いだ。

 カトラの対応に反して、モモは静かに丸薬を口に入れたと思ったのも束の間。

「〜〜〜〜〜!!!!!」

 塞がれたモモの口から篭もった悲鳴が上がる。

 顔が真っ青になり、閉じられた瞼はカッと開かれる。充血した瞳が苦しさを訴えるが、カトラは決して口を開けさせなかった。

 拘束されていない手足がジタバタと暴れ、藻掻くが、片や防人、片や服飾作家。

 力の差は歴然だった。

 暫く、モモによる無駄な悪あがきが続いたと思うと、一瞬の身体の痙攣に合わせて喉がゴクリと大きな音を鳴らして上下した。

 漸く飲み込んだらしいモモは、身体を硬直させた後、ぐったりと四肢を投げ出して再び眠りに就いた。

「良し」

 カトラはふぅ、とひと仕事終えたかのような達成感を顕にする。

「本当に、大丈夫?」

 恐る恐る私はモモの手首に触れ、脈を確認する。

 トクトクとリズミカルに打つ脈に安堵しつつ、カトラの「大丈夫だ」と経験者特有の確信的な物言いで断言した。


 翌朝、昨夜青白い顔で突っ伏していた人と同一人物とは思えないほどの快活な様子で朝の挨拶をするモモがそこに居た。

 どうやら、本当に効き目があったらしい。

 飲みたいとは全く思わないけれど。

「ほら、これ」

 そう言って差し出されたデニムのパンツに、私は再びぴょんぴょん跳ねて「ありがとう!」とモモに抱き着いた。

 モモはやや複雑な表情で「でもなぁ、女の子なのになぁ」とぶつぶつとやや不満げに呟く。

 カトラは淡々と貰ったのだが、翌日から毎日履くようになり、モモに追加を頼んでいた。

 どうやら気に入ったらしい。

 カトラを見た他の人たちも、モモへ注文をしていた。

 やはり、デニムパンツは良いものなのだ。

「モモちゃん、もう無茶しちゃ嫌だよ? じゃないとまた丸薬飲んでもらうからね!」

 強めにそう言うと、モモはギクリと表情を固くさせた後、コクコクと「わ、分かった」と震えながら呟いた。

お読みいただき、ありがとうございました。

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