第十三話〜宴会〜
この世界のエルフ(って言うとかなり他人事に聞こえるけれど、前世の自我が強くてついそうなるの)は、基本的に肉や魚を食べない。しかし、所謂ビーガンとは違う。
この里の周囲は広大な森であり、そこには多くの生物が生息している。前世に居たような猪や鹿や兎などもいる。森の付近に村や街を構える人族やドワーフ族等は此処で狩猟もしている。だから、決して狩猟が出来ないから食べないと言うわけでもない。
単純に、本当に単純に、食べたいと思わないのだ。
「昔は大好きだったのに……。焼き肉」
ぽつりと呟く。焼いた肉の芳ばしいと感じていた筈の匂いが鼻につき、より心は悲哀に満ちた。
思わず溜息を吐く最中、肉汁滴るそれを嬉しそうにして、男は頬張った。
「いやぁ、こんな良い肉を独り占め出来るっつーのは最高だなぁ!」
片手に里の地酒を、片手に肉を刺した串焼きを持ち、交互に口に含んでは美味い美味いと笑った。
ルドの宴会が始まったのは、つい先程。
カトラや私以外にも里の人たちがわらわらと集まってきて、各々に固まって飲み食いを始めている。食事はバイキング形式で、好きなモノを好きなだけよそって自席で食べる様式だ。里の者だけではなく、里に偶々来ていた他種族の人たちも遠慮なく集まる。何せ出てくるお酒はエルフの里以外では滅多に味わえない米酒。酒を嗜める大人たちは嬉々として集まってくる。
酒は呑めなくても、普段は出ない肴を目当てに男女問わず、気が向いた者がここには集まっている。
エルフは肉は好まないが、お酒が好きな者は多い。好きでもなければ酒造なんぞしない。
宴会の準備は基本的に招く者が主導に、里の者がそれの手伝いをするという形で行う。
今回の主導役はカトラと私だ。カトラは事前に、この里から最も近いドワーフ族の里で肉や魚を調達し、里の食堂に依頼して調理してもらっていた。普段肉や魚を調理しないとは言え、ルドのように外から招かれる者は多く居る。その為、食堂の人も肉料理や魚料理も出来るのだそう。
カトラにその辺りをやってもらっていた私は、今現在ルドの隣でお酌を担当している。
「ルドさん、今度はこれ、どうですか?」
先程までルドに注いでいたのは、割と軽目だと言う水のように透明なお酒。次に出したのは、白く濁った濁り酒だ。
黒い陶器の瓶からなみなみとコップに注ぐと、ルドは更に笑みを深くして見せた。
「おっ、気が利くねぇ! 嬢ちゃんも呑めや!」
「あはは、もう頂いてるんで〜」
(お酒じゃないけどね)
私の手元のコップの中に注がれてるのは、搾りたてのりんごジュース。
確認すればすぐ分かりそうなものだが、ルドは何も考えてないようで、私の言葉を単純に鵜呑みしてくれ「そうか、そうか!」とこれまた愉快そうに笑った。
ルドは開始早々からお酒を浴びるように呑んでいた。急ピッチ過ぎるのでは、と思ったが、ルドの正面に座ったカトラが、止めなくて良いと視線で制したので私は様子見ることにした。
身体中真っ赤に火照らせて、陽気に拍車をかける。口の軽くなったルドは、私が訊ねるよりも先に色々な事を話し始めた。
北の方にあるドワーフの街の一つに、年中気温の低い地域に拓いた街がある。そこは冬になると外界との連絡手段が一切無くなってしまうのだそうだ。そのため、冬になる直前に「今年も無事冬を越せるように」という願いを神へ祈る冬眠祭と、雪がようやく解けた初夏の頃に「無事冬を越せた事を祝う」越冬祭がある。
冬眠祭では、メテと呼ばれる冬の王とそれに立ち向かうドワーフの若者達が決闘をする。ドワーフの若者が勝てば無事に越冬出来、逆に負ければその年の越冬は厳しいものになると云われている。
「そんなの、メテ役の人が負けたフリしてつまらないんじゃない?」
「ところがな、意外とそうはならないんだ」
「何で?」
「その街のドワーフ族にとって、メテに指名されるのは名誉あることなんだ。メテに選ばれる者はその街一番の強者と謳われるからな」
悪役だが英雄扱い、ということなのだろう。
「だがな、メテを倒さにゃ越冬が厳しくなる。だから街の奴らは挙ってメテ役を倒そうとあの手この手で戦いに挑む。メテ対住民全員、って状態だ。街の商店街を舞台に、参加者全員集まって、夜明けから日没まで逃げたり暴れたり、兎に角どえらい騒ぎになるんだぞ!」
「……それって、大丈夫なの? 死亡者が出そうだけど」
「ドワーフ族の身体は、どの種族よりも頑丈なんだ。ドワーフ五人分ほどの高さの煉瓦が崩れ落ちて下敷きになったドワーフが居たが、自力で這い出て崩れた煉瓦を元に戻したって話を、昔聞いたことがある」
そう説明したのは、カトラだった。
ドワーフの身長は、凡そ一メートル。それが五人分となると単純計算で五メートル。2階建て建物程の高さの煉瓦が総崩れ。煉瓦の重さを二、三kgと想定して……。
「す、凄いね……」
思わずそう呟くと、「だからコイツも直前イジメた程度じゃ凹まないから、大丈夫だ」と何が大丈夫なのか分からない説明を、ルドを指して言った。
そんなカトラの言葉に、「ひっでぇ!」とゲラゲラ笑いながら、ルドは傷付いてる様子なく返した。
カトラもそこそこお酒を呑んでいる筈だが、顔色一つ変えず、冷静さを欠かずにいる様子だ。こんな所でも二人は正反対だ。
再び話を再開したルドは、両腕を広げたり、ファイティングポーズをしたり、ルドは身振り手振りでその勢いを物語った。
そんなルドの話に、のめり込まない筈がなかった。
それに参加したい、とは口が裂けても言わないが、その様子を眺めてみたい。野球やサッカー観戦のよりも白熱しそうだ。
「ルドさんはいつも旅をしているの?」
「おぅ、俺の場合はあちこちのドワーフから呼ばれてるからな。ドワーフの居る場所ならあちこち行ったぞ。と言っても、大概鉱山付近だがな」
「そうなの? ……あ、錬金術?」
「そ、そ。あれの材料は殆ど鉱山で採れるものばかりだからな。どうしてもその付近になりがちになる」
「ふぅん、なるほど」
ふむふむ、と私は頷いた。
「嬢ちゃんは、あのバイクが直ったら、旅に出んだろ?」
ルドさんの空になったコップを満たしていると、ふとそう訊かれた。
「バイク直る前から旅に出る予定ですよ?」
何でそんな質問をするのだろう、と首を傾げつつ、私は答えた。
「そうなのか?」
真っ赤な顔の中の目が点になった。
「うん。だって、バイク直したいもの。バイク直すには、この里よりもドワーフの街へ行って錬金術習った方が良いと思うのよね」
目の前のナッツを摘み、ポリポリと咀嚼し飲み込んで、私は決めている将来を話す。
その話をすると、カトラは少し眉間に皺を寄せる。
この場に居ないモモも、この話をすると涙ぐんで「嫌だ、行くな、寂しい、私もついて行く」と抱き締めてくる。
とんだシスコン義兄達だ。
その愛着は酷く擽ったく、しかし胸を締め付ける様に苦しいが、だからと言ってそれに流されたりはしない。
「そうか……」
真っ赤になった顔から笑みが薄らぐ。代わりに、ルドが見せたのは真剣な眼差しだ。
「嬢ちゃん、俺と旅しないか?」
「ふぇっ?」
「は?」
私とカトラは、少し間抜けだ声色で困惑を見せた。
「俺なら錬金術も教えられるし、ドワーフ達にも顔が利く。どうだ? 悪くないだろ?」
「え、いや、うん、ええ?」
どうしてそんな風に誘ってくれるのか、困惑を隠せない。隠せないどころか混乱仕切っている。可視化出来るなら、頭の上にクエスチョンマークが乱立している事だろう。
「おい、ルド。お前、何ナンパしやがってんだ?」
カトラ兄、声がドス効いててヤバいです。
思わず鳥肌を立たせて、恐る恐るカトラを見た。
先程は薄っすらだった皺が、今は刻み付けたように眉間に浮かんでいた。その目線も、まるで射殺さんばかりの鋭さだ。
盃を持った手は、怒りに震えて戦慄いている。あ、今ミシッて言った!
対するルドは、そんなカトラの凄みを真っ向から受けているにも関わらず、一歩も引いていない。
その視線と視線が交差し、火花を散らしている。
(こ、これは、一体どういう事なの……)
そんな二人の間に座する私は、あっという間にその空気から弾かれてしまった。
お読みいただき、ありがとうございました。