第十話〜学べよ、乙女〜
今日の朝ごはんは、シリアルとヨーグルトとフルーツだった。
凄く海外っぽい。想像が貧相過ぎるとか言わないで。
前世の私が毎朝納豆と味噌汁とご飯を食べていたからだよ。
実は、こちらの世界にも味噌や納豆はあったりするらしい。が、その製法がこの里に伝わっていないので、昨今来た旅人からお裾分けされたものを一度食べたきりだ。
いつか此処でも作りたい。カトラやモモには渋られるけど。主に納豆。美味しいのに。
私はこれでお腹いっぱいだし、モモは寝る前だからこれだけだ。しかし、カトラはこれの倍以上をペロリと食べる。
それは、カトラがこの里の防人だからだ。
防人とは、この里の自衛団のような役割だそうだ。
喧嘩があれば両成敗、怪我をした者が居れば治療院まで運び、自然災害があれば駆け付け、と西へ東へこの里の汎ゆる事件解決の為に奔走するのだ。
警察と消防署が一緒くたになったような存在である。
その仕事内容故、二十四時間交代制で、しかしカトラは私の保護者でもあるので、今は夜勤をしていないのだそう。それでも、人手が不足したら駆けつけねばならないので、本当に大変な職だ。
しかし、当の本人はこの職を大層気に入っている。
本来、エルフの最たる役目は旅をして世界の監視をすることなのだが、里の防人は除外される。希望があれば勿論旅に出られるそうだが、カトラはそれをしない稀なエルフだ。
曰く、世界を守るよりも身内を守りたいのだそう。
少しの照れも見せず、確固たる決意をした眼差しで告げるカトラの男前っぷりと言ったら……。
我が義兄ながらとんでもない男だ。こんなのが世に放たれてみろ。勘違い女子共が押し寄せて、最悪押し倒されて既成事実を作ってしまう。危険だ。カトラには是非このまま里の中で仲間を守って欲しい。
そんな彼の趣味は体力作りだ。毎日毎日里の隅から隅まで練り走りつつパトロールし、人が集まる場では筋トレ等をやりつつ辺りを監視する。
高い身長と鍛え上げられ続けている肉体、そして仏頂面が相まって、初見のエルフや他種族の旅人からは恐れられている。
任務を果たしているとは言え、恐れられている事には毎度ショックを受けている。この一年で何度慰めたことか。
顔は良いのにね。
さて、そんなカトラとは正反対に、眠気の余りうとうと船を漕ぎつつ、もそもそとシリアルを食べるのはモモ。
モモは、先の通り服飾関連の趣味と実益を兼ねた仕事をしている。
殆ど部屋に籠もっているその肌は普段から青白く、髪も伸ばしっ放しだ。決してお洒落を意識したわけではない所が悲しい限り。
作業に没頭しがちだが、ご飯の時間や三人で決めた団欒の時間にはきちんと顔を出す。
ラソワ曰く、ぼっちと仲間外れが嫌らしい。
そう、ラソワ。
ラソワは先にも言ったが、モモのパートナーである糸の妖精だ。
パートナーと言ってるのは、便宜上だ。
エルフは、真の意味で伴侶を持ちえない。エルフ同士では子を成せず、他種族同士では子は成せてもほぼ確実に先に死に逝く。
エルフは、仲間は居るが、独りだ。それは、肉体的に衰えないエルフにとって、この上なく辛いことだ。知恵を持ち、生きているが故に、精神的に破滅して行く。それでは本末転倒だ。
そんなエルフと共に、唯一同じ時を生き、死ぬ存在。それがパートナーである。
どのような者でもパートナーに成り得る。モモの様に妖精でも、レイシアのようにユグドラシルの眷属でも、例えば人族でも、ドワーフ族でも、動物でも。
但し、パートナーた成り得るかの判断は、世界樹ユグドラシルがする。どの様に判断しているかは誰も知らない。
ただ言えることは、その相手こそ、彼らに必要不可欠な存在である、ということだ。
一方的にパートナーになる事は出来ず、しかし両方の意思が同じでも、ユグドラシルが是としなければパートナーになれない。
そんなパートナー制度故に、パートナーを持つエルフも五割程だそうだ。何百年何千年と生きて漸くパートナーを見出す者も居れば、あっという間にパートナーを見出す者も居る。
私にもいつかそんな存在が現れるのだろうか。
ふとそんな事を考えては、そわそわと擽ったさを覚える。
独りは寂しいから、とやって来るモモだが、その傍らにはほぼ必ずラソワが居て、今のように各々が単独で行動しているのは珍しい。
私は知ってる。
ラソワは、モモの左隣にいつも居る。
だから、モモは一人しか座れない席を座るにしても少し右にズレて座る。左は必ず空ける。
ふと左を見て、口を開きそうになるモモを幾度と見た。
二人を見ると、パートナーというものを理解する。
「ご馳走さま。また後で」
そう告げて、食べ終えた食器をカウンターへと運んで、欠伸をしながら真っ直ぐ帰る。
「俺も行くわ」
皿が多く重なったトレーを片手に、カトラも立ち上がる。
「うん、また後でね。気をつけて」
私は残ったヨーグルトを食べつつ、カトラを見送った。
◇
さて、エルフ的に義務教育期間中の私は何をしているかと言うと、朝からお昼過ぎまでお勉強だ。
現在の生徒は私だけ。ちょっと寂しいけれど、先生がとても良い人でマンツーマンでも苦にならない。
文字の読み書きから始まり、歴史や現在の世界情勢、果ては火の着け方等を学ぶ。
他にも算数から始まる数学や常識を学ぶ授業がある。
前者は、試験を受けてクリア。試験内容は加算・減算・乗算・除算の基礎と応用。これ以上学びたい場合は人族の国にあるエルフも入学可能な高等学校へ入学することになる。
後者は、本と一度の授業で終了。一定期間の生活態度を見て受講の有無を確認すると聞いたが、何も無いという事は問題ないのだろう。ほっ。
それが終わったら、夕飯まで自由時間だ。
何をやっても良い。
初めは手持ち無沙汰になった為、里の中を散策して、あちこちのエルフの人たちの手伝いをしたりして過ごしたが、今は魔法の勉強をしている。
そうそう、魔法!
魔法の使い方――マナの扱い方についても学んだ。と言っても、これも数度の授業と試験で終わった。マナの扱い方が出来るようになればそれで終わり。
イメージは自動車学校の講習。
ある程度の実技と座学で学び、試験で問題ないと判断されれば良かった。
魔法は楽しい。
その可能性は、何千年と経ても未だ無限大と云われている。
自然が進化を遂げると同じく、魔法も日々進化を遂げると同時に、新たな発見もある。
私は、今これを研究している。
私は考えたのだ。ドラグーンを直す方法を。
この世界には、前世のようにゴムやプラスチック等の科学物質が今のところ存在しない。
ガソリンなどの燃料も無い。
しかし、この世界には錬金術というものが存在する。それを知ったのは、この里に現れたドワーフの旅人からだ。
ドワーフ族は、鉄等の鉱石を見つけ、それを加工する事に長けていると聞いた。エルフの魔法と同じように、その技術等も日々発見と進化を見出している。
そんな彼から、私はプラスチックやゴム等が存在しない事を聞いた。
しかし、材料と知識が分かれば作れるかも知れないと言う。その方法が錬金術だ。
錬金術も魔法とは違うが、マナを使用しているのだそうだ。マナはエルフにしか扱えないと言ったが、このマナの使い方は特殊なのだ。マナには世界の汎ゆる場所に流れているが、池や湖のように、一箇所に溜まる場所がある。その位置に、錬金術で使用する特殊な窯を用意する。その釜を介することにより、エルフ以外の種族がマナを扱う、つまり錬成が可能になるのだそうだ。
しかし、餅は餅屋という言葉があるように、その技術に長けているのはドワーフだ。
錬金術で使用するマナの流れがドワーフの血と相性が良いのだそうだ。
しかし、マナの扱いに特化したエルフもまた錬成はそれなりに出来るのだそうだが、その意欲はドワーフに劣る。ドワーフはモノ作りに人生を懸ける。その短い時を、ありったけの熱量に変えてモノを生み出す。
エルフの出来るとドワーフの出来るは違うのだ。
いつか、私はこの里を出てドワーフ族へその技を学びに行く予定だ。
さて、プラスチック等の外装問題はこれでどうにかなるだろう、と踏んでいる。
まあ、プラスチックをまま作るのは厳しそうなので、それの代用品になるだろうが。
残るのは、燃料だ。
この世にガソリンは存在しない。
あっても、それはこの世界に良い影響を与えないだろう。と、薄い環境問題に関する知識で思う。
それに、それを見つけるのは外装をどうにかするよりも難関そうだ。地中深く掘って、それを精製して?
無理。
で、考えたのだ。
別にガソリンが無くても良いのだ。
エンジンを動かすための爆発的なエネルギーさえあれば良いのだから。
それを、私は魔法で代用しようと考えている。
ぼんやりとした構想しか練れていないが、出来ると思ってる。
それだけの時間はあり、力も、今は無いが付けていく。
その為に、更なる訓練として色々な魔法を考えている。今朝言っていた防音魔法もそれの一つだ。
防音自体は可能だ。
音は空気の振動により伝わる。その振動を伝えさせなければ良いのだ。
音を封じるか。傍また音を遮断するか。
やり方もその手段も様々だ。
如何に効率よく簡単に使えるか。
それが私が課した課題だ。
発想力を養うことも出来るというわけだ。
それもまた、ドラグーンを蘇らせるには必要だ。
ここは前世の世界ではない。
前世の当たり前は役に立たず、しかしそれを果たす別手段が存在する。
私は、必ずドラグーンを復活させるんだ!
お読みいただき、ありがとうございました。