プロローグ ―こうして私はこの世に生まれた―
長期連載となります。
拙い文章ですが、精一杯頑張って書き上げていきます。
よろしくお願いします。
轟音。身軽に滑らかに風を切るその姿。私がそうであるかのように、一体感を覚えさせてくれる。
それは、初恋のようはものだった。
◇
可愛いものより格好いいものが好きだ。
おままごとよりもヒーローごっこ。
お人形よりもプラレール。
魔法少女のキラキラ変身コンパクトよりも、ヒーローの「ジャキーン!」とかSE鳴っちゃうタイプの武器アイテム。
女という性別に産まれたにも関わらず、私の趣味や興味は総じて男の子のそれだった。
根本原因は、父という存在だった。
両親共働きという、昨今珍しくもない家庭環境で育った私は、どちらかと言うと仕事と家事でてんてこ舞いの母より父に構ってもらうことの方が多かった。
父は、所謂オタクと呼ばれる類いの人で、特に特撮ヒーローが大好きだった。
日曜日の朝は目覚ましなしで放送五分前にしっかり目覚め、TVの前に陣取った父と並んで座り、一緒に彼らの活躍を楽しんでいた。
イベント会場にやってくるヒーローショーにも足繁く通った。
父がオタクであること、特に子ども好きというわけではなかったことから、私をダシにしていたのだろう。ついでに子供の世話も出来て、父の一方的な一石二鳥である。
人の視線など気にせず、娘よりも楽しむ父は、その娘から見ても本当に楽しそうだった。
そんな残念な英才教育を経て、幼少の私は男の子が好むものを好むようになった。
だがしかし、私は父のように特撮ヒーローのオタクになることはなかった。アニメや漫画やゲームのオタクにさえならなかった。
それよりも、私の胸をガッシリと鷲掴みにしたものがあったからだ。
それは、とある特撮ヒーローの代名詞ともされるものだった。
国民的ヒーローとして名高く、いくつものシリーズと共に何人ものヒーローを輩出したそれは、必ずその乗り物に跨っていた。
彼らは、バイクに跨ったヒーローだった。
彼らが跨るバイクに、私は生涯忘れることのない憧れを抱いたのだ。
リズムを取るように唸るエンジン音。
風のように走り抜けるその姿。
ただの乗り物なのに、人と一体化したかのようなその存在に、私も乗りたい、とその願望は胸に熱く刻み込まれた。
幼い頃は、免許が必要だとか車体を買うのに幾ら掛かるかなど分からず、何度も欲しいと言って駄々をこねた記憶がある。
免許を取るには、まずそれ相応の年齢になる必要がある、と理解させてようやく大人しくなったらしい。
そんな事もあり、ならばその年齢になるまでにバイクの事を知り尽くしてやろうと様々な雑誌を見たり、動画を見たり、中学生に上がる頃には専門書を読んでその構造などにもより詳しくなった。
流行りの服やアクセサリー、化粧なんかに全く興味を持たなかった私だが、私と同じような女子は少なからずいたお陰で、独りではなかった。
けれど、私の周囲には、私のように熱狂的なまでの二輪好きは同性には勿論、同世代には全く居なかった。
そのため、趣味の友だちと呼べる存在は大人ばかりだった。
近所の中古二輪車を扱う店のお兄さんやそこの常連さん。中には女の人も居て、私は彼女が居ると必ずその人に引っ付いて話を聞いた。
身長が足りるようになると、シートに跨がらせてもらえるようになり、益々私の憧れは強さと現実味を増した。
高校に入ると、私は学校以外をバイトに費やし始めた。
大型二輪免許を取得するまでの資金とバイクを購入する資金を貯めるためだ。
その頃には、将来はバイク整備士になることを決めており、その為の勉強も始めていた。
バイク整備士になるには、専門学校に入る必要があるのだが、その資金は某公立高校に入学するという母親から提示された条件を見事達成することが出来たため、問題ない。
私は必死に勉強とバイトに青春を費やした。
二輪車のためだと思うと、何も苦にはならなかった。
……嘘である。正直辛いこともあった。
幼い頃はなかなか友だちが出来ないことに悩んだし、今はバイクの勉強をして分からないことがあると、途端に不安に掻き立てられた。
その度にお店に行って、お兄さんや常連さんと話したり、分からないことを聞いたりして、私の心は救われた。
貯金が出来、無事に普通二輪の免許を取得、高校を卒業、専門学校入学、大型二輪の免許を取得、専門学校の卒業と経て、私は念願だったバイク整備士になった。
そして今日、とうとう私が悩みに悩んだ末に購入を決意したバイクが手元に到着した。
夜闇のような濃紺のボディのネイキッドタイプである。
少しシートは高いが、ブーツを履けば足もきちんと付く。
エンジンは四気筒。唸るエンジン音が胸を高鳴らせる。
免許を取ってから初めてのバイクなので、スピードはまだ慣れないが、これから長く長く共にするのだ。いつかは慣れるだろう。
沢山の道を走って、沢山の風を感じて、沢山の空気を吸って、唯一無二の存在になろう。
口元がニヤけるのを抑えず、光沢のあるボディを一撫で。
「これからよろしくね、相棒!」
無機物に声を掛け、しかも『相棒』と呼ぶなんて……。
傍から見れば怪しい女と揶揄されることは間違いないが、浮かれた女はそこまで頭が働かず、寧ろそう思われたところでどうでも良いとさえ思っていた。
その日の天気予報は晴天。
初めてのツーリングにはもってこいの、まさにツーリング日和である。
ヘルメットを被り、シートに跨って鍵を回す。
空気を震わすエンジン音に熱くなるボディ。
右足をステップに乗せる。左手でクラッチを握って、左足のギアチェンジを落とす。すると、バイクは「早く走ろう」と言うかのように前進を促した。クラッチを緩めながら右手でアクセルを回す。次第に、私の胸も高鳴った。
春先、早朝のまだ冷えた風をバイクが貫く。
アスファルトの道路は少しボコボコしていて、その感覚がダイレクトに車体から私の身体へ伝わった。
いつも車やバスで通った道がこんな道だったのか!と新たな発見が出来て、そんなことが嬉しくて堪らない。
少し寒いけれど、苦ではない。寧ろ、念願叶った私には寒さなど無いにも等しい。
(気持ちいい!)
口から漏れる吐息は熱い。
私は浮かれていた。
そう、浮かれていたのだ。
休日の早朝ということもあり、車道の車は少ない。
まだ慣れていない運転だったこともあり、私はその状況に甘えて標識に記された速度よりも少し遅い速度で走っていた。信号も勿論守っている。
この辺りはまだ地元の道で、普段から然程車通りも多くはない。
そのせいか、ここ最近この辺りで早朝帯に信号違反をする車がいるのだと言う。
警察も目を光らせているとのことだったが、彼らの努力も虚しく、悲痛な衝突音と共に最悪の事故が発生した。
その違反者は現行犯逮捕された。
被害者は私。
青信号になったことを確認して進んだ交差点で、信号無視かつ違反速度で突っ込んできたその車にはねられた。
痛いだとか、死にたくないとか、そんな事より何よりも、私は衝撃によって無理矢理引き剥がされた相棒と離れたくなかった。
これからずっとずっと、それこそどちらかが動けなくなるまで一緒だ、と。
勝手に誓っていたのだが、それがこんな形で果たせなくなることが何よりも悔しくて堪らなかった。
だから、私は頭の中で願わずにはいられなかった。
――離れたくない! 離れたくない!!
――あなたともっと走りたいの!
――行かないで! 私の、私の……!!
……
…………
………………
そうして目覚めると、目の前にはボコボコに破損してしまった私のバイク――ナイトドラグーンと、広大な荒地があったのだった。