超人決戦・鋼鉄武装クロスカイザーvs指揮者(コンダクター)
超人と呼ばれる超常能力を持った人間が現れた現代。
世界では、ヒーローとヴィラン、二種類の超人が相争っていた。
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指揮者。
彼女は、そう名乗った。超人であり、他者を指揮し操る能力を持つという女だった。
黒髪にツリ目気味のキツイ印象の美人。何故か燕尾服姿という男装をしている。
「まだ分かりませんか? クロスカイザー。貴方ではボクに勝てない」
やけに細く長い指を掲げ、指揮者が僕へと手招きするように広げる。
まるで、巣に捕まった獲物に、今にも襲い掛からんとする蜘蛛の手足のように。
「クソ……動けない……!」
アマハラシティで一番高いビル・セントラルアマハラタワーの屋上。
晴天の下、僕――白銀の鎧に身を包んだ変身ヒーロー・クロスカイザーと、指揮者は二人、互いに向かい合っていた。
向かい合う、それだけだった。僕には、それだけしか出来ないのだ。
僅かに音楽が鳴っていた。ニュルンベルクのマイスタージンガー。やけに荘厳な音楽が、厳かに辺りに響いている。
「聞こえるでしょう? この曲こそがボクのチカラ。この曲はボクの中から流れていて――聞いた者を圧倒し、支配する。
この曲が流れ聞こえる領域において――ボクこそが支配者。ボクこそが指揮者なんですよ、クロスカイザー」
彼女はどこか嬉しそうに僕に語り掛ける。
「この音楽が流れている限り――勇猛と名高い貴方でも、何一つ出来ませんよ。凄いでしょう?」
「何故、こんなことをするんだ……!」
僕は指揮者に問いかける。
何故、こんなこと――自身の音楽をアマハラシティ中に流し、アマハラシティの全住人を支配・拘束するのか。
「街の皆の動きを止めて! お前は何がしたいんだ!!」
「――平和のためですよ。誰もが静止し、ただボクの音楽だけが響く世界――美しいじゃないですか。誰も動かないから誰も悪い事をしない。永遠の平和、永遠の平穏がここに実現しているのですよ」
僕のマスク越しの糾弾に、指揮者は真っすぐに目を向いて答える。
その目は真っすぐだった。ただひたすらに自分の目的を見つめる目。――狂的なまでに、虚ろな目。
「こんな状況、未来が無い! すぐにアマハラシティの異常は察知されて、他の所のヒーローがやってくる! お前の作った平穏は、すぐに崩されちまう!!」
「分かっていますよ。こんなの長続きしない。永遠なんて程遠い。分かっています。分かっていますよクロスカイザー。
――でもね」
彼女が僕に近づく。手は自身の音楽に乗せて、指揮するように優雅に動かしながら。
「でも、確かに今ここに、平和は在るんですよ、クロスカイザー。先が無くても。この瞬間には確実に、皆が――貴方が求める平和が在るんです」
だから、と指揮者は僕の目の前に立ち、言う。告白する。
「抵抗なんて辞めましょうよ。いずれ壊されるヴィランの悪事です。それでも平和なら。貴方が望む平和なのだから。
――一緒に、享受しましょう?」
言って、指揮者は僕を抱きしめる。白い鎧――パワードスーツに耳を包んだ僕のゴツイ体躯を、優しく包み込むように。
「ボクは知っています。クロスカイザー。鋼鉄の英雄。貴方がどれだけ頑張っているか。どれだけのヴィランと戦い、傷つき、それでも平和のために戦い続けているか。全部、全部分かっています。
――だから、今ぐらいは、いいじゃないですか。ちょっと休みましょう? 例えボクというヴィランによってもたらされた、仮初の悪意に満ちた平穏でも――平穏には違いないじゃないですか。だから――」
ちょっとぐらい、いいじゃないですか。
そう言って僕を抱きしめる指揮者。その手は優しく、愛おしむようで――巣に捕らえた獲物をなぶる蜘蛛の様に、傲慢だった。
「――君は、僕のためにこんなことをしたのか」
「うん、そうだよ。全てキミのためだ」
「――そうか」
確かに僕は、ずっとヒーローとして戦い続けてきた。それこそ寝る間も惜しんで、ヒーロー活動に身を投じてきた。
いつかアマハラシティに――世界に平和が訪れるようにと、世界を騒がし続けるヴィラン達と相対し続けてきた。
そんな僕を労うために、彼女はこの騒動を起こしたのだという。
――そうか。
胸中でもう一度呟く。僕のヒーローとしての戦いが、彼女を悪に駆り立てたというのなら。
僕のやるべきことは、一つだった。
――接続・カイザースーツ制御ユニット。
思考制御システム。僕のヒーロースーツ・カイザースーツに搭載された、思考でスーツを動かす機能だ。
――カイザースーツ・聴覚機能・切断・・・完了。
カイザースーツの聴覚機能を無効化。あらゆる音を聞こえなくする。
周囲の音が消える。指揮者のニュルンベルクのマイスタージンガーも聴こえない。
指に力を入れる。小指・薬指・中指・人差指・親指――微動だにしなかった身体が、動く。指揮者の能力から解放されたのだ。
「――悪いが、この平穏は受け入れられない!」
叫び、僕を抱きしめる指揮者の身体に腕を回し、拘束しようとする。
「――――!」
しかし、指揮者はするりと僕の腕の中から抜け出し、二十メートルほど離れた地点に静かに降り立つ。
――カイザースーツ・視覚機能・補助・読唇術起動・・・完了。
『――だろうね。キミはこんなこと望まない……知っていたさ』
指揮者の唇の動きから、会話内容を予測・合成音で聞き取る。
『だがそれでも、この平穏を――この幸せを! 受け入れてもらうよクロスカイザー! 例え力づくでもね!!』
彼女はそう言い、両手を翼のように広げる。するとまるでその動きに連動するように――足元のビルの屋上の壁面が割れ、無数の礫となって中に浮かび上がった。
『ボクは指揮者。ボクの音楽が流れるモノ全てを支配するモノ。止めるだけじゃない……こういう芸当も出来るのさ!』
叫び、指揮者が腕を振る。礫はその指揮に従う様に、一直線に僕へと叩きつけられてきた。
「うおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
僕もまた叫び、礫に向かって走る。叩きつけられる礫は大半はそのまま身体で受け、頭を狙うモノや大きい危険なモノは手で弾いていく。
僕は無音の世界で、叩きつけられる礫の衝撃が身体に響くのを感じながら、ただ前へ進む。前へ、前へ――指揮者の元へと。
――お前は、俺のために刹那の平穏を作ったのだろう。
――それでも。その平穏が、無辜の人々を犠牲にしている以上――鋼鉄の英雄・クロスカイザーは享受できない。
「――――」
やがて、僕は指揮者の前に立つ。礫はもう残っていなかった。彼女ももう為す術が無いのか、黙って両手を広げている。まるで全てを受け入れるように。
「――ヴィラン・指揮者。貴女を拘束する!」
僕は彼女の背後に周り、腰に下げていた対超人用拘束腕輪を取り出し、背に回した彼女の両手に嵌める。
対超人用拘束腕輪には能力封印の効果もある。これで指揮者の音楽も消え――アマハラシティは、元に戻るだろう。
――カイザースーツ・聴覚機能・再起動・・・完了。
スーツの聴覚機能を元に戻す。すると、指揮者の声がわずかに聞こえた。
「――いなぁ……」
「何か、言ったか?」
「何でもないよ、クロスカイザー――鋼鉄の英雄。
――キミは戦い続けるのだろうね、この先もずっと。いつか平和な世界が訪れると信じて。
ねぇクロスカイザー。一つ聞いていいかい? ――キミは本当に、この戦いの先に――キミが望む平和が、訪れると信じているのかい?」
「――どういう意味だ」
「今回はボクの悪事によってもたらされた平和だったワケだけどさ。キミの戦いの先に待つ平和が、キミの望むモノとは限らないよ? キミは先に何もない道を走っているのかもしれない。それでも、キミは戦い続けられるのかい?」
「当然だ」
僕は一瞬の逡巡も無く、彼女に答える。
「僕の戦いの先に、必ず平和が――僕が望む、誰もが笑い合える平和な世の中が訪れる。そう、信じている」
その言葉に、指揮者はふぅ、とため息をついた。
「だと思ったよ。それでこそボクのヒーローだ」
この先に何もないと知っている・僕と幸せになりませんか・指は細く長く、
以上の三題噺です。
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