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青春という名の舞台の上で

作者: しきと

「…………あの!」

夕暮れが二人だけの教室を照らす。いつもなら目を奪われてしまうほど綺麗な景色なのに、今の私はそれに見向きもしなかった。

………今やらなきゃ、きっと後悔してしまう。

カラカラに乾いた喉が揺れないように、お腹に力をいれて、気持ちを残さず振り絞った。噛まないようにゆっくりと、でもちゃんと聞こえるように、しっかりと。

「ずっと……ずっと好きでした!私と付き合ってください!」

やっと言えた、この言葉。精一杯悩んで、考えて、ようやくたどり着いた答え。

少し裏返った声と、早足で駆け抜ける鼓動が耳に響いた。覚悟を決めたはずなのに、徐々に顔が赤くなっていく。身体中が熱を帯びていく。

「………どう、かな?」

無言と恥ずかしさに耐えきれなくなって、私では比べ物にならないくらいの身長を見上げながら、目の前の彼に返事を仰いだ。スカートの裾をきゅっと握ってしまうのは、昔からの悪い癖だった。

彼は少し考えたような動作をしたあと、その重い口ようやく開く。

……心拍数がまたどんどん上がっていき、私はいつも見ている顔を、直視することすら出来なかった。


「………ぜんっぜんダメだな。0点」


「………えぇ~……」

どうやら、まだまだ先は長そうだ。


・・・

「……まったく、お前はもうちょと、しっかり感情入れろって」

「めちゃくちゃ入れてたでしょ!?あれが私の限界だよ……」

長い階段を、鞄も何も持たずに下っていく。二つの影が伸びては揺れて、軽快なリズムを刻んでいた。………ここだけ見ればロマンチックだが、あいにく隣がコイツじゃその気にもならない。

……私たちは、とある学校の演劇部に所属していた。理由は単純、一年生の時に見た部活動紹介でめちゃくちゃ格好よかったからだ。いわゆる一目惚れってやつで、小さい頃からずっと続けていたバレーを止めてまでこの演劇部に入った。もともと演劇とかには興味もあったし、少女マンガとかでよく見る「お姫さま設定」にも僅かな憧れもあった。

…………ただ悲しきかな。私が一生懸命培った少女マンガの知識は、実際にはなんの役にも立たなかった。

セリフは噛むし、動きは鈍くてついていけないし、極めつけは「役になりきれない」ところだ。どんな役を演じても、恥ずかしくて上手く感情を込められない。

「あれが限界!?セリフは早口だし、ちょっと声裏返ってたし、おまけに少し噛んでなかったか?」

「しょうがないでしょ!………こ、告白なんてしたことないんだから…」

なぜこいつにこんな事を言わなければいけないのか……恥ずかしくて語尾がごにょごにょしてしまう。その様子を見てイライラしたのか、ふと頭に、軽い衝撃が走る。

「いった!?何すんのさー」

「お前がそんな風にしてるからだろ。まったく昔から変わんねぇな」

「そっちこそ、乙女心がわかってないのは相変わらずだね」

「さっきの会話のどこに乙女心があったんだよ…!」

クラスメイト件演劇部のこいつ、春樹とは幼馴染みだ。小さい頃から今まで、訳あってずっと一緒にいる。はじめは仲がよく、我が聖書(少女マンガ)も合間って運命的なものも感じていたのだが、今となっては呪いを類いを疑うほど。しかも春樹は演技が上手くて、私と同時に入ったくせに様々な役をこなしていた。

………それがなにより悔しい。こんなのに負けるなんて…


「……おい」

声に呼ばれて振り替えると、再び頭に衝撃が走った。…さっきのよりも痛かった。

「ちゃんとやってくれよ?じゃないと、俺が部長に言われるんだから」

「わかってるよ……はーあ、相手が春樹じゃなかったらやる気出るんだけどなー」

「はぁ!?」

幼馴染みということもあって、私の世話はなにかと春樹に押し付けられているみたいだった。迷惑をかけてしまっている半面、私のせいで困っている春樹を見るのはちょっと楽し……ごほん。

そうこうしているうちに、私たちはとある教室にたどり着いた。授業では使われることはないが、今は演劇部が部室として使っている。そこの少し古びたドアをガラガラとあけると、部員のみんなが練習を止めて、一斉に私の方に視線を集める。みんな回りのことに敏感で、音の正体が私だと知ると、また一斉に練習に戻った。

「やあお疲れさま。どうだった?」

「全然ダメっすね~」

「ちょっとちょっと!そうゆう言い方無くない!?少しは出来てたでしょ!」

私たちに声をかけてきたのは、この演劇部の部長。優しくて頼りがいのある、とても良い先輩だ。

「はは、まあはじめは難しいからね。少しずつやっていけばいいよ。告白だって、演技って分かってても緊張するでしょ?」

いつもの厳しくしない口調で部長はなだめてくれる。………遠回しに私が出来ない子扱いされている気がしたが、それには気づかないフリをしておこう。

「少しずつって、もう秋ですよ!?入ってからすでに6ヶ月ですよ!?」

「演技に時間なんて関係ないよ。いかに感情を込められるか、いかにその役になりきれるか。春樹くんだって、確かおじいさん役は苦手だったでしょ?」

「ま、……まあ……」

私たちの部活内容は、主に発声練習やセリフ読みなど、演技に関する練習がメインだ。そして週に一度、グループごとに別れて小さな演劇をするという実技練習なんてものもある。先ほどやっていた告白の練習も、そのためのものだった。

「さあみんな!そろそろ部活終わるよ~」

その言葉を合図に、みんなの集中モードが途切れた。ガヤガヤと楽しそうな会話をしながら片付けに入る。

「それじゃあ、今日一日お疲れさまでした~」

「「お疲れさまでした!!」」

みんなのそろった声が、何もない教室に響く。この一体感は、部活動ならではのものだ。瞬く間に部室が空っぽになったので、私も置いていた鞄を持ってここから出ようとしたとき、春樹から名前を呼ばれた。

「なあ……今日一緒に帰んね?」

「え?良いけど…急にどしたの?」

「別に……お前のダメ演技について話があるだけ」

「はい!?ちょっとそれは聞き捨てならないな~………春樹だって、おじいさん役ダメなんでしょ~?」

「お前は全役ダメだろうが!」

「えぇ!?ひどい……」

軽い口喧嘩をしながら、私たちは校門を潜り抜けていく。外の葉っぱはすでに赤く色づき、運動部はほとんど大会も終わって、この時間に帰る生徒はあまりいなかった。


「あーあ、今日も疲れた~!」

坂道の一番上で思いっきり叫んでみる。回りにはひと一人(春樹を除いて)いないため、羞恥心も何もない。

「何が疲れただ……俺はお前のせいで倍疲れたわ」

「あんたずっと座ってただけじゃん!」

……ちなみに、さんざん言い合ってるが私たちは決して仲が悪い訳ではない。悪口や暴言が飛び出るものの、幼馴染みということもあって、距離が近いためそれが普通みたいなところがあった。こうして春樹の悪口を笑い飛ばせるのも、もはや慣れてしまったものだ。

「なあお前……告白したことないってマジなの?」

帰り道も中盤に差し掛かり足音だけが二つ鳴り響くなか、春樹が唐突に口を開いた。

「そんな嘘つくわけないじゃん!大マジだよ」

ただでさえずっと部活一筋で、恋愛なんてする気もなかった。………恋愛経験なんて、少女マンガで事足りるのだ。

「いや足りてねぇよ、今だって出来てないだろ」

「え、もしかして口に出てた!?」

「まあな」

春樹はそう言いながら、そっと下を向いた。さっきと同じ沈黙のはずなのに、妙に気まずい。………え、私なにかしたかな!?

今日のことはもちろん、昨日も演技のことで質問したし春樹の練習時間削っちゃったり、あとは無理矢理教科書を借りたり持ってきたお菓子を勝手に食べたり部活終わりにジュースを買ってもらったり………うん。どれが理由か分からないや。


「………あのさ」

私が一人でアタフタしていると、春樹がようやく口を開いた。その口ぶりは神妙で、なぜか緊張してしまう。

「なに?急にどうしたの?」

「……その……」


「……俺が彼氏役やってやろうか?」

「………はい!?」

少しためらったのち、とんでもない爆弾発言をしてきた。彼氏役なんて聞いたこともないない。だがその響きに、なんとなく乙女の心が惹かれていた。

「だから、俺がこれから彼氏になってやるよ。演技だけどな」

「はぁ………なんでそんなめんどくさいことを」

「お前の演技力を高めるためだろうが。今週の実技練習でもお前彼女役なんだろ」

「まあそうだけど……いいの?自分で言うのもあれだけどめんどくさいと思うよ?」

「いいよ」

ふいに立ち止まって後ろを振り向くと、春樹とまっすぐ目があった。こんな真面目な春樹の顔を見るのはなんだか久しぶりな気がした。落ち始めた夕焼けが、私たちの影を伸ばしていく。

「……じゃあ、そうゆうことで」

先に目をそらしたのは、春樹のほうだった。私の前に立って、口元に薄い笑みを浮かべている。

「付き合っている"設定"。スタートだな」

こうして、私たちの奇妙な関係が始まった。


・・・

「……..とかカッコつけてたくせに……!」

あの日から2日後、私たちは前と同じように別の教室で練習をしていた。いつものように告白をし、いつものようにダメ出しをされていた時、ふと私は思った。……なにも、変わっていないと

「全然彼氏じゃないじゃん!そりゃ感情もこもらないよ!」

「しょうがないだろ~、俺も付き合ったことなんてないんだから」

「え、そうなの?へ~意外」

少し前、友達が春樹のことについて話していた気がする。やれイケメンだの、やれ校内でも人気があるだの。

確かに、顔は整っているほうだと思う。性格はあれだが気配りは上手だし、さりげない優しさだってある。女子に好かれる様子はいくらだって………あれ。


……いやいやいや、まさかそんなことない。ただ今までより少し距離が近くなっただけで、そんな簡単に好きになんて……


ちらっ……と目の隅っこで春樹を見る。今思えば、夕焼けが照らす教室でイケメンと二人きり………それこそ少女マンガでよく見る憧れのシチュエーションだ。春樹のことはそんな対象として見ていなかったのに、なぜか変に意識してしまった。

「は、春樹はそうゆうのに興味ないの?」

「ん?あるよ?」

意識をそらしために変な質問をするも、その返事は意外なものだった。春樹が誰かと付き合ったりとか、好きな人がいるとかそんな話は聞いたことがなかったから。

「へ~、……ちなみにどんな人がタイプ?」

「…………」

「あれ、無視!?おーい聞こえてる~?」

「はぁ……」

春樹は無視というより、何か考え事をしているみたいだった。

顎に手をあて、眉間にはシワを寄せている。その光景はとてもよく絵になっているのだが、何を考えているのかまったくわからな……

ーーードン

「…………へ?」

さっきまで机の向こうにあった春樹の顔が、なぜか今目の前にある。とっさのことで後ろに引こうとしたが、壁と腕に阻まれて上手く逃げることはできなかった。……あ、この光景、昔マンガで見たことある。確か壁ドンとかいう……

って、えぇ!?

「お前だよ。好きなタイプも………好きな人も」

春樹の髪が、私の鼻をくすぐった。それほどまでに近い距離になったのは初めてで、みるみるうちに顔が熱を帯びていくのが分かる。

「え……ちょあの……」

突然の出来事に、私は何も言えなかった。頭は回らず、でも心拍数はどんどん上がっていく。

「………なーんてな」

「へ?」

パッと腕を離し、ようやく春樹から解放される。

「な……何急に!」

「なにって、演技だよ、演技。彼氏っぽかっただろ?」

「はぁ!?」

ヘラヘラと笑いながらそんなことを言っているが、冗談にしてはすごく心臓に悪い。こんなことを平然と、しかも女子(仮)にやるなんて、やっぱりこいつは乙女心が分かっていない。

「…………馬鹿か」

「え、なんか言った?」

「別に…-。さ、もう部活終わるから行こうぜー」

そんな私の葛藤を知りもせず、春樹はそそくさと教室を出ていった。私もすぐにあとを追った。

………収まる気配もない心拍数が、やけに耳に響いた。


・・・

「先輩……私と付き合ってください!」

ようやく覚えたセリフを目の前の先輩に告げる。やっぱり緊張したけど、今まで練習してきたお陰でなんとかやりとげることができた。

「おーいいじゃん!練習のお陰だね」

「はい、ありがとうございます!」

部長にも誉められ、今日の実技練習は大成功だった。まあ全体を見てみればまだまだだが、私からすれば充分すぎる成果だ。

「よし、それじゃあ今日はここまでかな。お疲れさまでした」

「「お疲れさまでした~!!」」

みんなが鞄をもって帰る準備をしているなか、私はまっすぐに春樹の方へ向かった。最初はかなり怪しんでいたが、「一緒に帰ろう」という旨を伝えると、快く引き受けてくれた。


「いや~、今日は春樹のお陰で上手にいったよ。ありがとうね!」

誰もいない帰り道。私たちは横に並んで歩いていた。いつもは春樹が前にいるのだが、今日は私に合わせてくれている。

「ホント、よくここまで頑張ったよ俺」

「うっわそれ自分で言う!?やっぱ性格悪いなぁ」

くだらない会話をしながら、長い帰路を歩いていく。実は他に言いたいこともあるのに、うまくその話題を切り出せなかった。

「あ、そういえば、今日の春樹の演技……王子様役だっけ?めちゃくちゃ凄かったじゃん」

「はあ当たり前だろ?俺を誰だと思ってるんだ」

私たち特有の軽口………もとい言い争いをして、またいつも通りの無言に襲われる 。言わなきゃいけないと分かっていても、言葉が喉元で詰まって出てこない。今日は一段と、時間が流れるのが早く感じた。

………よし。


「「あの!!」」


「「………え?」」


ようやく声になったと思えば、今度はきれいに言葉が重なる。なんでこうゆう時に限って、神様はイタズラしてくるのだろうか。

「え、はい!?どうしたの?」

「いやいや、そっちこそどうしたのさ」

「あーいいよいいよ。大した用事じゃないから」

「それは俺もだよ。だからお先にどうぞ」

「いやいやいやいや」

「いやいやいやいや」

まるで漫才みたいな会話にもどかしくなる。

「はあ……もういいや。あのさ……」

頭をガシガシ掻きながら、春樹は大きくため息を吸った。まっすぐ向けられた目の中に、赤い夕焼けが写っている。


…………好きだよ


それは、私が言いたくて言いたくてたまらない一言だった。幼馴染みということで気づいたのは最近だったけど、それは間違いのない、確かな私の気持ちだった。

「………それは、もしかして演技の続き?」

心拍数を誤魔化すように、春樹のことをからかってみる。いつもやられている側だから、お返しだ。

「んなわけないだろ……ばか」

夕暮れで気がつかなかったが、春樹の顔が赤くなっていた。それがいっそう面白くて、少し心が和らいだ。………今なら、行ける気がする。

「ふふ……私も好きだよ。春樹」

設定でも、与えられたセリフでもない。それでも私の言葉を、苦手だった感情表現を、ようやくここで出来るようになった。

「それじゃあ、改めてよろしくね!」

「ああ………よろしく」


こうして、私たちの「彼氏役」と「彼女役」という設定は、本物になっていった。

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