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ドラゴンスレイヤーズ  作者: 鈴本恭一
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第四話





 竜になったミュルツは城をその炎で焼き払うと、夜空に向かって囂々と吼えた。





 竜の瞳は、夜だというのに昼間と変わらずに見える。広く、遠くまで、視界に収めることが出来た。




 城下の町は、燃え盛る城に何が起きたのか分からず、騒然としている。まだ、狼煙が足りない。あれを呼ぶには。




 ミュルツは飛ぶ。翼をはためかせ、空中へ飛翔した。その巨体からは信じられないほど、体が軽い。どれだけ空中で動き回っても、自分が天と地の間のどこにいるのかが分かった。人間の感覚では味わえない、竜の世界だ。



 ミュルツは家々の上を飛びながら、火炎を撒き散らす。石さえ燃やすことの出来る、竜の焔だ。人間はあっという間に消し炭にさえた。炎はあちこちに燃え移り、路地という路地を火の海に変えてやる。火の粉が月光を受けて眩く煌めき、人間たちの絶叫に踊っていた。





 家という家と、人間という人間と、煙に変えて報せてやる。



 ミュルツの願いはそれだけだった。






 来い。来い。







 来た。







 竜の視覚の端、夜気を引き裂いて、遙かな高空から駆けて来るものがいる。



 ミュルツはさらに高く飛ぶ。対峙するために。



 完全に、認識できた。





 早い。おそらくは音の三倍近い速度を出している。翼はないが、明らかに自分の意志で飛行していた。黒曜石に似た、矢じりのような三角状の相手。





 《竜殺し》。







 ミュルツは啼いた。歓喜で。







 空中で翼を一振りし、空気を逆巻いて突進する。



 《竜殺し》は速度を緩めない。衝突する。ミュルツはそのまま敵手を歯牙で噛み砕いてやるつもりだ。






 激突する。





 ミュルツだけが。地面に。





「!?」





 何が起きたのか、彼には分からなかった。




 正面からぶつかるはずだった。けれど実際は、彼の巨体が自分から城下町に落下するよう突進してしまった。頭上を《竜殺し》が通り抜ける。





 その《竜殺し》は、複数体、飛行していた。



 全く同じ形状、全く同じ速度のそれが、何体も彼の上空を旋回している。






 幻覚だ。





 《竜殺し》が複数現れたことはミュルツの記憶にない。《竜殺し》が自分の視覚に幻覚をかけている。




 彼は竜の眼に力を入れた。複数を映していた視界は、それらを霞のように消し去り、相手本体の位置を探し出す。








 だが、再び異変が起きた。






 燃えていた町の色が、灰青色へ。燃え盛っていた橙色の炎も、苔のようなくすんだ緑に変化する。炎も、まるで溶けた鉄が空中で踊っているような奇妙な姿になり、家々は大量の粉末が崩れては集まるのを繰り返している、不可思議なものへ変異していた。





 これも幻覚だと理解する。




 竜眼が幻惑を打ち破り、抗おうとした。



 しかし、その異様な世界が消えることはない。天空では星々が無作為な軌道を描いて走り回り、月が驚くべき早さで満ち欠けをしている。





 そのうち、竜であるミュルツの身体感覚にも異常が出始めた。




 ミュルツは大地から立ち上がろうとするのだが、それが上手くいかない。手足を動かしているという実感はあるのに、目に映る手足はわずかも動いていなかった。



 目に映る風の向きと、鱗を通じて感じる風の向きも一致しない。何かが接近する音が確かに聞こえるのだが、それがどこからくるのか、いくつ来ているのかも分からない。





 まるで酩酊だ。



 自分の感覚が外を向いているのか、内側を向いているのかも分からない。





 ミュルツは辺り構わず、炎をばらまく。



 いや、炎を吐き出している感覚はあるのだが、本当にそうなのか、分からない。



 ありとあらゆる感覚が、妨害されていた。周囲の環境、風や家の素材が何で出来ているのか、どう動いているのかも、竜が掴めないように感知封鎖されている。



 ミュルツは、人間だった時には気づかなかった《竜殺し》の能力に戦慄していた。





 そして、確信する。



 この《竜殺し》は、違う種族を殺していたのだ。





 ミュルツの知る竜、空を飛び、炎を吐く、巨大な獣。それとは別種の、もっと高次の竜の種族があり、それを屠る為に、このような強力な幻惑能力を保有しているのだ。




 それがどのような類の竜なのかは、ミュルツには分からない。



 分かるのは、ミュルツの知る竜、彼が転生を願った竜の能力では、《竜殺し》の幻覚は突破できないということだ。






 それでいい、と彼は思った。



 これが自分の望みだ。





 《竜殺し》に比肩しうる竜などいない。清々しいほどの圧倒的な力の差で、屠られる。それが、《竜殺し》のうつくしさだと、彼は思った。






 夜の黒を移していた空が、紫色に変わり、次第に赤へ。赤色の空を《竜殺し》が舞う。




 《竜殺し》が変形した。



 三角だったその身を、コウモリのような翼を逆向きに生やした五角形へ瞬間的に変える。




 その一対の黒い翼の下に、一本ずつ、矛を抱いていた。



 矛が、揺らめく。消えた。





 2本の矛が再び現れたのは、ミュルツの目の前だ。



 矛が、爆破。






「!」






 爆風がミュルツの、竜の巨体を呑み込んだ。若竹色の熱風だった。




 変異した城下町を悠々と薙ぎ払い、粉々にする。




 異世界がさざめいた。金属のように光る細片が赤い空に吸い上げられ、逆に空を駆け回っていた星々が地面へ落下。



 星の落ちた大地は薄紫の波紋を立てて隆起し、一瞬で凍結する。 凍り付いた大地がひび割れ、中から真っ青な粒子が無数に飛び出た。






 そんな中、ミュルツはなんとか原形を留めていた。



 竜の鱗は吹き飛ばされ、肉と骨がむき出しだ。腹部からは内臓がはみ出て、大量の血を垂れ流している。頭部は半分無くなり、片方しかない視界で、ミュルツは《竜殺し》を探す。







 次が、最期だ。自分の。






 《竜殺し》は大地の粉塵を飲み続ける空の中を、白い軌跡を描いて飛翔している。



 形は、翼ある五角形から、二重螺旋の尾を持つ銛に似た姿だ。幾つもの突起状の刃を生やしていた。







 その刃が、赤い空を斬る。




 砂地に小枝で線を引くよう、赤い夜空に白線が刻まれた。






 白線が、増える。



 その白い線は夜空をいくつにも細分化し、ついには大地にも浸食した。崩壊と形成を繰り返す地上は区切られ、死に損なった黒竜も白線で切り分けられる。








 そして、世界が、別たれた。






 竜の躰も、意識も、魂も。







 崩れ落ちたその夜を、《竜殺し》が舞う。







 一匹の竜を町ごと葬り去って、《竜殺し》は菱形に変形した。そして夜天の彼方へ天翔る。















 こうして、其のとある王国は、王と王子たちを一夜にして全て喪った。





 王のいなくなった国は、隣国へ自然と吸収された。その国も、時代の流れの中で消え去り、別の名前になったっていった。








 竜のことは、だれも憶えていない。






 《竜殺し》も。魔剣使いの王子も。






 昔々の、時代の話だった。






                                     (完)

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