第三話
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竜がどこにいるのか、魔剣が教えてくれなくなった。
それと同時期、それまで頻繁にあった竜の襲来が、ばったりと途切れてしまった。
ミュルツは途方に暮れた。
必ず昇るはずの太陽が、いつまで経っても現れないような感覚。焦燥だ。おそらく恐怖と呼ばれる感情に最も近いそれをミュルツに与える、あせり。
当て処もなく歩き回ったが、竜はどこにも現れなかった。人づてに聞き回っても、やはり竜に襲われた村の話を聞かない。人々も、ミュルツ同様に不思議がっていた。
だが数年も経つと、国は竜のいない状況を祝うようになった。
王も民も、自分たちを苦しめ続けた存在が消えたことを喜び、今まで奪われていた分を取り返すかのように、働き、田畑を拡げ、村を作った。
国は確かに、蘇りつつあった。その機運がほとばしっていた。
ミュルツを置き去りにして。
ミュルツは、もうずっと、竜を見ていない。
つまり、《竜殺し》も見ていないのだ。
寂しかった。
これが、寂しさなのだと、ミュルツは理解する。
人間たちが、仲間が死んでしまうと、自分の心まで壊れてしまうと言う、その原因。
《竜殺し》は、仲間ではない。人間ではない。
ミュルツは、人間なのか?
飲まず食わずでも苦しくなく、頭を割られても腕を切り落とされても死なない、そんなミュルツが。
彼と唯一、行動を、否、目的を共にしたのが、《竜殺し》だった。
それと、出会うことはない。
竜がいないのだ。
竜が、消えた。
いない。
莫大な喪失感が、ミュルツを襲った。
いつでもどこでも独りだったミュルツが、それまで経験したことのない、衝撃的で壊滅的な、激情。
彼は、山の奥、国境、森の中で、叫んだ。
叫ばざるを得ないほどだった。
そして、ミュルツはついに、自分の産まれた王城へ戻ることを決めた。
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城は相変わらず、ミュルツに冷たかった。
かなりの量に及ぶ竜の鱗や血を送られたはずの王から、労いの言葉ひとつ貰えなかった。
ミュルツがいない間、彼の血のつながらない兄たちは全て病死してしまったらしい。その為、もしも王に何があれば、王位はミュルツが継ぐことになる。
ミュルツは、理解した。
自分は殺されるのだ、と。
実際にミュルツを殺すことは難しいだろう、とミュルツ自身は思った。死にかねないことは自分でたいがい試している。火も毒も、ミュルツを殺すことはできない。
だが、自分を殺したい者がいる。
ミュルツは、殺す側から、殺される側になった。
殺される者。領民。竜。
竜の気持ちを想像して、できない。
ミュルツは竜ではなかった。
それで、ふと、思う。
その思いつきが、妙案に思えた。彼の望みを叶える、唯一の方法だと。
ミュルツはある晩餐で、それを実行した。
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毒の入った杯を、呑み干す。
食卓中の人間が、皆、彼を見ていた。
彼が殺される、殺されそうになっていることを知っている。誰も、彼に何も言わなかった。
死ね、でなければ、死んでも良い、と思っているのだとミュルツは思った。
彼は、彼らの願いを叶えてやった。
ミュルツは命じる。魔剣に。自分の母を殺した刃で、自分を刺す。
―――俺を、竜に生まれ変わらせろ。
魔剣はその通りにして、ミュルツを死なせた。不死は消え、杯の中の毒が彼を殺す。ミュルツの意識はすぐになくなった。彼の体がぐらりと倒れる。
そして、その肉体から大量の血が噴出した。
食堂中を赤く染め、人々から悲鳴が上がる。ミュルツの肉体は脈動し、見えない何かに捏ね回されているように変形していった。手足がいくつにも曲がり、胴体と一体化。そしてその肉塊は真っ赤な、楕円形の球体となる。
赤い球に、罅が走った。
咆哮。
中から、爆発するように、一匹の黒い竜が誕生した。
竜に転生した、ミュルツだった。