3.初仕事
まず息を整え、しっかりと柄を握る。
次に目標との角度を垂直になるよう見極めてから一撃で地面まで穿つつもりで打ち込む。
打ち込む際に力んでしまうと微妙に打ち込みの角度が変わってしまうので、息を吐きながら打ち込みを入れる動作を数回繰り返して感覚を確かめる。
動作を反復するにつれて、自然と肩の筋肉が弛緩していくことが理解できる。
「よしっ、いける」そう独りごちてから、足元にある目標を見定める。今しがた頭の中で整理した動作を、目を閉じてもう一度だけイメージする。
「フンッ!!」
肺に滞った空気を瞬間で絞り出すように息を吐き、右手に持った少し長い菜箸のような金属製の棒を目標に突き立てる。
体幹から右腕、右腕から金属棒の先まで、狂いなく力が伝わっていく感覚が判る。
動作を始めた瞬間から「この一撃は通る」と確信できた。
金属棒は目標に対して垂直に突き立てられ、棒の先に掛かった圧力が逃げ場を失くし目標の中へ侵入する。
プスリと針で肉を刺したような感触が指先を通して伝わってくる。
目標に突き刺さった金属棒は、突き立てられたその勢いを殺さずズブズブと抵抗なく目標の中心へ埋まっていく。
そして金属棒の半分程度が目標に埋まった頃、棒の先端が何か固いものにぶつかった感触が伝わってくる。ここで勢いを緩めず、地面まで貫くつもりで振りぬかないと失敗する。
最後の一押しで自分の全体重を棒の先端に注ぎ込むために右腕へ覆いかぶさるような姿勢になる。
そうすると棒の先端にあった抵抗が崩壊するようになくなり、その直後にもう一度金属棒が固いものに突き刺さる衝撃が手のひらに伝わった。
「やった!!」
思わず声を上げてしまう。鈍色をした金属棒に貫かれ地面に縫い付けられた粘菌の様な物体から、風船から空気が漏れるような音を立てている。
「オッケー合格だ。よくやった。」
背後に立つタケ兄から声がかり、俺は彼の方を見た。
腕を組みながら壁にもたれ掛かる彼は、口元を微かに歪めて微笑んでいる。
「自分、こんなクールキャラだったか?」と突っ込みを入れたい気持ちは置いといて、もう一度金属棒を突き立てた目標に目を向けると、蒸発するように粘菌状の物体がみるみる小さくなっていき、完全に消滅した。
粘菌状の物体が存在した場所には、地面に突き立てられた金属棒だけが残っている。
「すげぇ、蒸発して消えちゃったよ。」
俺は、初めて見る目の前の光景に驚愕する。
「あぁ、俺も始めは驚いた。ここの迷宮にいるヨロズは全部こうだぞ。」
「まじか、なんか全く理解できない場所だな。」
「だろうな、だからこそ究明のし甲斐があるんだけどな。それよりもヨロズの在った場所を注意してよく見ろ。」
タケ兄に注意されて、金属棒の突き刺さった根元辺りに視線を集中させる。
しばらく嘗め回すように視線を這わせると、地面がキラリと光る場所を見つけそこに注目する。
その場所には、米粒より小さい、炎の様な色をした金属粒が落ちていた。
「あったー!!タケ兄、見つけたよ。」
俺は思わず興奮しながら、摘み上げた金属粒を手のひらに乗せてタケ兄に見せつける。
「これがヨロズカネって事でいいんだよな?」
「ああ、それで正解だ。」
「で、これだと何グラムくらいなの?」
「まぁ、1グラムちょいってところじゃないか?でも、ヒルコの核から採れたにしては結構大振りだな。」
「まじかぁ、こんなで1万円か。世の中の物価の意味が解らねぇ!」
手の中にある獲物をまじまじと見つめつつ興奮で熱くなった体温を感じる。
「それだけ価値の有るものってことだ。ほらヨロズカネをコレに入れておけ。」
そう言いながら俺にジップ付きのビニール袋をタケ兄は俺に手渡す。
俺はそれに金属粒をしまい、その袋を光源の方に向け改めて見つめ直す。
燃える炎のような緋色の金属粒、これがあのヨロズカネかと感慨深い思いに浸る。
今から数時間前、中津国大学からタクシーでこの場所へ向かってきた俺とタケ兄は、ミリオ二ウム鉱山があるとされる場所についた後、その経営母体のKMI社の事務所で受け付け手続きを行った。
KMIの事務所では特に履歴書の提出や面接なども必要とせず、いくつかの書類に必要事項を記入して提出するのみであった。
提出した書類といえば、俺の国民登録情報開示を許可する同意書と、秘密保持・危険負担を個人で担うという誓約書、あとは採掘されたミリオ二ウムの下取り報酬を振り込んでもらうための口座登録程度だった。
受付事務員の男性からは採掘道具の貸与についても話を聞くことを勧められたが、タケ兄が不要というのでその話は聞いていない。
タケ兄曰くミリオ二ウムの採掘には特殊な道具が必要となるようだが、KMIから採掘用の道具一式を貸与されると報酬からレンタル料を相当にピンハネされるのでお奨めできないらしい。
だからタケ兄は大学にある設備を利用して採掘道具を自作しているとの事だ。
大学に荷物を取りに寄ったのも、その自作道具を取りに行ったという事らしい。
で、諸々の手続きを終えてからKMIの事務所に設置された談話コーナーに俺達は移動した。
オープンスペースに椅子とテーブルが数セット置かれただけの簡易的な場所ではあったが、ひとまずはそこに腰を落ち着かせる。
そして、タケ兄からミリオ二ウム鉱山での仕事の概要についての説明を受けたのだ。
結論から言えば鉱山のようなところで働くと想像していた俺は、タケ兄から説明された実際の仕事内容に驚愕した。
正直、最初から言ってくれればもう少し慎重になっていただろうと思われる。
しかしKMIに誓約書を提出していない人間に対して、この事を口外するのは厳罰対象になるから出来なかったらしい。
確かに先程事務員に署名して出した誓約書の内容を思い返す限りタケ兄の言う通りである。
ひとつ、当社の設備、業務内容、ミリオ二ウム採掘方法等のあらゆる情報について、KMI職員及び同様の誓約書を同社に提出した者以外にに対して、意図的もしくは過失に関わらず一切の口外を禁じる。
なお、万が一情報の漏洩が発覚した場合、その主体となった者はミリオ二ウム採掘に関与するための権限の一切を永続的に剥奪される他、刑事訴訟の対象として立件されることとなる。
たしか誓約書の秘密保持項目がこんな内容であったけど、ここの情報を関係者外に漏らしただけで前科者になってしまうなんて厳しい制約があればそう簡単には話すことはできないだろう。
しかしながら、同じく誓約書には「死んじゃっても文句言いませんよ」といった項目も入っており、俺としてはその点をもう少し事前に仄めかして欲しかったなと思う。
やはり美味しい話には裏があることはお約束なのである。
まぁ、つい今朝方まで「いっそ死ぬしかないかな」とぼんやり考えていたという事は棚みたいな所に上げさせてもらいますがね。
そして、大事なだいじなお仕事の内容としては口で言うには至ってシンプルな内容だ。
『求む!腕自慢で命知らずな益荒男達!
迷宮に潜り、未知の生物をしばいて希少金属をゲットする簡単なお仕事です!
とっても危険な場所なので命は保証できません。そこは自己責任だね!!』
何のゲームだよっ!と思わず突っ込んでしまった程に驚愕の業務内容だ。
敵をしばいてゴールドゲットなんてド●クエか何かですかと。
さすがにそんな展開は想定の遥か上空だった。
俺ごときの知らない世界はまだまだ多い。世界は広いのだ。
と、冗談のような本当の話を聞いて少し動揺してしまったが既に俺も腹を括っている。
当然こんな辺境くんだりまで来て敵前逃亡するつもりもない意思をタケ兄へ伝えた。
俺にとっては引くも地獄なのである。
なお、ミリオ二ウム鉱山改め、迷宮に潜る前に知っておかないことは2つある。
一つは当然、迷宮の事。
そしてもう一つはドル箱生物についてだ。
まず迷宮についてだが、これに関してはタケ兄も十分なことは把握できていないらしい。
判っていることといえば、八王子北部の地下深くまで広がっている巨大な自然迷宮である事、そして現在確認出来ているのは迷宮の中でもほんの一部に限られるという事だ。
探索者が新規の場所へと足を運んだ際には、迷宮のマッピングとKMI事務所へのその提出が義務付けられている。
そしてその報告情報を基にKMI事務所は迷宮全体のマップを日々作成し、その情報を迷宮探索者達へ公開するのだ。
しかし迷宮内で効率良く狩りをするために、文字通り命を懸けて得た情報を多くの探索者は開示しようとはしない。
命も生活も掛かっているんだから当然と言えば当然だろう。
そうした事も助長してか、迷宮の全貌は一向に明らかにならないという事だ。
タケ兄も10回程度のアタックでそれなりに広範囲に渡って迷宮探索をしているらしいが、それでもまだまだ底が見えないのだという。
この日本国内にまだそんな場所があったのかと驚愕の念を隠せない。
そしてもう一つの知るべきことは迷宮の中を住処にする謎の生物Xについてである。
この生物について関係者の間では「ヨロズ」という総称で呼ばれている。
ミリオ二ウムの和名が「ヨロズカネ」であり、それを体内に宿すから「ヨロズ」だそうだ。
また総称と述べたがヨロズ自体が単一種ではなく、様々な形態のヨロズが確認されている。
その多様な姿とその生態からもヨロズという総称がしっくりくるとの事だ。
で、こいつについても難問で、はっきりと判っている事は次の3点のみであるらしい。
その一、ヨロズは漏れなくミリオ二ウム粒を含有した生体核を持っており、その核に傷を負うことで生体機能を停止するという事。
そして生体機能を停止したヨロズは、体を霧散させて消滅し、その痕跡として生体核に内包したミリオ二ウム粒を残すという事。
その二、ヨロズの生体核は極めて強靭であり、それに傷を負わせるには相応の道具が必要になること。
ヨロズの生体核はモース硬度10のダイヤモンドより硬いため、生体核に傷を負わせその機能を停止させるためにはそれ以上の得物が必要となる。
現時点では鋼にミリオ二ウムを添加した「ミリオ二ウム鋼」製の道具でしか生体核の破壊に対応できていないという事。つまり迷宮に潜るためにはミリオ二ウム鋼製の得物を持って行く必要があるのだ。
その三、ヨロズは雑食性というよりも、同族以外であれば何でも接種しようとする習性を持っている事。
有機物でも無機物でも区別なく体内へ取り込むことが可能であり、人間もその対象の一つに過ぎない事。
「ヨロズの生態、その三やばいだろ!!」
俺は思わずタケ兄の説明の腰を折ってしまう。
そして、そんな生物のいる迷宮に10回もアタックするのが目の前にいるイカレ野郎なのである。
「あぁ、正直舐めてかかると命を失うレベルだ。ただお前が侵入する予定の場所には、それほどヤバいヨロズはいないから大丈夫だろうと思う。」
「それは単にヨロズって言っても色々種類があるから、ザコキャラ相手なら問題ないって事か?」
「その理解で間違いない。ただ、そんなザコキャラでも生体核に傷をつけるのは、専用の道具と技術が無ければ歯が立たないんだけどな。」
「それは、ヨロズの生態その二って事?」
「その通り。で、その生体核を傷つけるにはこの道具を使う。俺らは「針」と呼んでいる道具だ。」
そう言いながらタケ兄が、椅子に置いていたザックから金属製の棒を取り出して見せる。
鉄箸の片割れといった見た目で長さは30センチ程度か。
手に持たせてもらうと意外と重量感がある。持ち手の所は細いロープを巻いて滑り止めにしており、先端は針のように尖っている。
「これで、そのヨロズとかいうのをぶっ刺すわけか。」
そう言いつつ、俺は針を逆手に持って軽く振って見せる動作をする。
振り出すと想像以上に重くつい目の前の机に針をぶつけてしまう。
針は何の抵抗も無く机に突き刺さり貫通した。
机の天板はおそらくはベニヤ板の安物だろうが針がぶつかった際に音すら立たなかった。
その鋭さに鳥肌が立つ。
「なんだよコレ!!」
「さっきも説明しただろミリオ二ウム鋼で出来た針だ。危ないから気を付けろよ。」
「いやいや注意すんの遅いから。なんか鋭さえぐいんですけど。」
「ちなみにその針にはヨロズカネを5グラム程度原料として使っているから、原料価格だけで10万円は超える。大事に取り扱えよ。」
「は、はい。」
針の値段と鋭さに少し日よってしまった俺は、そっと机の上に針を置く。
なお、この針はタケ兄が研究室の機材を使って自作したモノらしい。
流石に冶金工学を専攻しているだけある。
また手続きの際に断ったKMIから貸し出される道具もこの針と似たようなものだという。
さしずめ、この迷宮探索における『ひのきぼう』的なポジションの得物なのだろう。
タケ兄から一通りの説明を受けた後、しばらくしてから手続きを行った窓口から俺の名前が呼ばれた。
どうやら迷宮に入るためのライセンスが発行されたようだ。
俺は窓口にカードを取りに行き樹脂製の変哲もないカードを受け取った。
迷宮へ入る際には、このカードを迷宮入口で待機している守衛に提示するのだそうだ。
またこのカードにより迷宮への入退場履歴を記録しているらしい。
迷宮入場時に申告した退場予定に対して、万が一大幅に退場の遅れた探索者がいた際には、その捜索隊が組まれる場合もあるらしい。
そうした説明をしてくれた窓口の男性に「迷宮に潜ったまま、出てこない人はそれなりにいるんですか?」と問い合わせたところ、マニュアル通りの応答で誤魔化された。
多分、相当数が迷宮内でお亡くなりになられているのだろうな。なむなむ。
カードを受け取った俺に対し、タケ兄は「これでヒロトもディグダーの仲間入りだな」と声を掛けてきた。
どうやら迷宮に潜る人々を『ディグダー』と呼称しているらしい。
迷宮に潜るための一通りの段取りが済んだので今日の内はとりあえず、練習がてらに迷宮出入口付近にいるヨロズを数体仕留める事となった。
もう時刻は17時を回っているが、迷宮は24時間開放されているので問題ないとの事だ。
また迷宮の出入り口付近は、分布しているヨロズの危険度が低いためKMIの「雇われ」ディグダーで日中は混雑しているらしい。
しかし、17時で彼らの勤務は終了らしく混雑にぶつかる心配はない。
なお、雇われディグダーはKMI社との雇用契約を結んでいるため日当が保証されている。
その反面で採取したヨロズカネの量に比例したインセンティブは低く、稼げても月に50万円程度だそうだ。世間一般からすれば高給取りの部類に入るのだろうが、命の担保がない職種としては割に合わないような気もする。
迷宮発見直後、当時のKMI社は雇われディグダーだけでヨロズカネの採掘事業を回そうとしていたらしい。
しかし相対的にうまみの少ない雇われディグダーの雇用条件では、ヨロズカネの収集率が思うようには上がらなかったのだ。
そこで、KMI社と雇用関係になく、ハイリスクハイリターンであるフリーのディグダーを迷宮探索に向かわせることしたのが現在の体制だ。
俺がなったのもフリーのディグダーで、ライセンスの登録条件も「日本国籍かつ身元がはっきりしている」という緩いものだ。
タケ兄に先導され迷宮のエントランスに辿り着いた俺は、守衛に対してライセンスを提示し「2時間程度で戻る」と伝えた。
守衛は俺のカードを専用の端末に読み取らせた後、金属製のタグが付いたブレスレッドを俺に手渡した。
このブレスレドは入場パスみたいなもので退場時にライセンスと交換する仕組みらしい。
ブレスレッドを渡す際「ご安全に」と事務的に声を掛けてきた守衛を背にして俺は迷宮の入口へと進む。
迷宮の入口は山の尾根にぽっかりと3メートル四方の穴倉を空け、それを重厚な金属製の枠で縁取った様門の形をしている。
その門の扉は開放されていて、穴倉の奥の方からは薄っすらと青白い明かりが灯っていることが確認できる。
「門を開けっぱなしにしておいて、ヨロズという生物が外に出てこないのか?」と前を歩くタケ兄に質問してみたがその心配はないらしい。
ヨロズは基本的に迷宮内の環境下でしか存在できな生命体のようで、自ら外に出てくるような事はあり得ないのだと。
迷宮の中へ足を踏み入れまずはその広さに驚いた。
自然迷宮と事前に聞いていたので、ボコボコした岩肌剥き出しの洞窟といった場所を想像していたのだがそこは予想とは全く異なる場所だった。
迷宮出入口付近は、そこそこ大規模の音楽会が開催できそうなホール程広さがあり、床や壁面は磨かれたように平坦であった。
また穴倉の中にも関わらず周囲が容易に確認出来る程明るい。
これは天井や壁から青白い光が照らしているためだ。
目の前に広がる不思議空間について俺はしばらくタケ兄を質問攻めにした。
迷宮がこんな広い空間を確保しているのは地層を主食とする種類のヨロズによるものである。
地面や壁が磨かれたように平坦なのもそのヨロズがやった仕事であり、ヨロズが食べたあとの地層は鏡面仕上げのような艶々のテッカテカになるらしい。
なお、そのヨロズは「ヒルコ」と呼ばれており初心者ディグダーのターゲットとされる。
もちろん今回の俺もヒルコを狩る練習をこれからするのだ。
また迷宮内の青白い光源はヒカリゴケの一種であるとの事。
ヒカリゴケはこの迷宮の固有種で迷宮内部に広く分布しているらしい。
そのおかげで滅多な場所以外は、大概明かりなしで探索できるとのこと。
タケ兄に答えてもらった内容を整理すると、迷宮の秘密は大体がこんなところらしい。
しかしタケ兄でもそれ以外の情報についてはまだまだ調査中で、確証に至れていないのだという。
一通りの疑問についてタケ兄から回答を貰いつつも、しばらく迷宮入口から少し離れた場所に陣取り待機する。
遠目で薄ぼんやりとだが人影が出口の方へ吸い込まれていくように移動するのが見える。
どうやら雇われ炭鉱夫達の終業時間のようだ。
タケ兄はそんな雇われディグダーの集団から見て死角になる場所で、ザックから取り出した砂のようなものを撒いている。
タケ兄が撒いた砂の様な物体は、ヒカリゴケの弱々しい明りに照らされて迷宮の薄闇の中で生白く浮き上がっている。
生白い砂の様な物体を撒き終えたタケ兄は、俺に「少し離れておけ」といって砂を撒いた地面から5メートル程離れた迷宮の壁面に寄りかかるように立っている。
俺もいそいそとタケ兄の隣へ移動する。
「これは何を撒いたの?」
一仕事終えて煙草で一服をつくタケ兄に問いかける。
どうでもいいが、ちゃんと吸い殻は持って帰れよ。
「市販の湿気取りをばら撒いた、物質名で言うとシリカゲルだ。ヒルコの撒き餌だな。」
「ヒルコはシリカゲルに寄ってくるの?」
「あぁ、厳密にはシリカゲルに含まれる珪素がヒルコの餌になるんだ。ただ、あまり知られていない情報だから口外するなよ。特に雇われの連中にはな。」
どうやらヒルコという種類のヨロズは動きも遅く危険性も低いので、雇われディグダーの主な獲物らしい。
しかしヒルコは普段は迷宮の壁や天井に張り付いてゆっくりと移動しているため、ディグダーが狩れるような場所にいる個体は必ずと言って良いほど取り合いになる。
ディグダー同士で得物を取り合って傷害沙汰になることもザラであり、時には人間同士のいざこざで死者も出ているのだという。
迷宮内部はある種の治外法権地帯の様で、殺人が在ったとしても「殉職者」としてシレっと処理されてしまうという。なお雇われディグダーには一身上の都合で迷宮に送り込まれた血の気の多い人達も少なくないのだという。
人間同士の諍いで人死にが出ているなんて、何ともゾッとしない話である。
そんな事を考えているとシリカゲルが散乱した地面の一角に何かが落ちてきた。
中身の詰まった麻袋が潰れるような音に思わず声が出てしまう。
「うわあぁ、なんか振ってきた!!」
「やっと餌に釣られてくれたな。あれがヒルコだ。」
そう言いながらタケ兄は指先で吸っていた煙草をはじく。
煙草はクルクルと赤い円を描きながら弓なりに飛んでいき迷宮の床に落ちた。
「いつも迷宮をキレイに使っていただきありがとうございます!!」
タケ兄に思いっきり皮肉を入れてみたが何のこともなく無視される。後で拾わせてやるからな。
俺は公共の場でのマナーにはうるさいのだよ。
「じゃあ最初は俺が見本を見せるから、ヒルコの仕留め方を良く確認しておいてくれ」そう言いながら、タケ兄は右手で「針」を逆手持ちし足音も気にせずにズカズカとヒルコの方へ向かっていく。
ヒルコの見た目は白っぽい透明の粘菌みたいだ。
アメーバに似ているのかもしれない。
ただしその大きさは子犬程あり結構エグイ外見をしている。
「やっぱ最初の戦闘はスライムからだよなー」とも思ったが、ヒルコのルックスはあくまでも洋物のRPGに出てくるリアル描写のやつの方で、国民的RPGの方の様なかわいらしいナリはしていない。
こんな奴と隊列を組んで冒険の旅に出るのは御免だ。
そして、その粘菌の様な物体の中心近くに青白く点滅する球体が見える。
おそらくあれが生体核なのだろうが何ともわかりやすい。
自分の弱点をそこまでアッピールする生物とはいかがなものか。
「えーっと見ててわかったかも知れないけど、このカラータイマーがヒルコの生体核だから。とりあえずこれを針でぶっ刺す。」
「了解。サクッと見せてくれ。」
手をひらひらと動かし、俺に合図を送ったタケ兄は一瞬で仕事を終えた。
緩急が効いた熟練の動作から足元に一瞬で針を突き刺す。
その直後ヒルコの生体核が放っていた青白い明滅は徐々に弱くなり、数度瞬いてからその灯を消した。
傍から見るそのシルエットはお子様ランチのチキンライスに刺さった爪楊枝の旗を連想させる。
簡単に獲物をしとめたタケ兄を見てこれはイージーモードだなと皮算用してしまう。
ぼんやりと目の前の光景を眺めていると、タケ兄がヒルコに突き立てた針を抜いて機敏に後方へ飛び去る。
そしてその場所に間髪入れずドスンとズタ袋が降ってきたような鈍い音がする。
「ほれ、今度はヒロトの番だ。」
そう言って、タケ兄は俺の方に針を持った右手を突き出してくる。
「ちなみにモタモタしてると次のヒルコが降ってくるから。ヒルコと言えども、一度取りつかれたらムシャムシャ齧られるから気を付けろよ。」
さっきまでの舐めてた過去の自分よごめんなさい。
時限付きなんて聞いてないです。結構スリラーでデンジャラスな狩場じゃないですか。
迷宮に入る際に「天井からヒルコが降ってくる事があるから頭上には慎重になれよ」とパツ金お兄さんも言っていた。
実際ヒルコに取りつかれた時点で独力で引き剥がす術は無く、じわじわと体を食われてお陀仏するのだそうな。
月に一人くらいそんな風な死に方をしているだそうな。
「シリカゲル撒くと獲物を探す手間は省けるのだけど結構あぶねぇんだわ。」
木琴のようにカラカラ笑うタケ兄が本当にただのチンピラに見える。
そんな風にごねていても仕様がないので俺も男の子だ腹を括ろう。
生唾を飲み込みタケ兄から針を受け取る。
そして足元で最後の晩餐に興じている物体Xに向けて狙いを定めて針を突き下ろす。
カチンッ!!と音がしたかは判らないが、針の先端が固いものに弾かれ、ヒルコの生体核を避けるように地面へ突き刺さる。
右手にはいささか痺れを感じている。
「なんじゃこりゃ!カッテぇぇ!!」
あのポーカーフェイスで通っている俺でも思わず声を上げてしまう。
「だからさっき説明したじゃねぇか。ヨロズの生体核はダイヤより硬いって。」
「たしかに聞いたけどさ、この針もエグイ鋭さしてたじゃん!!」
「いくら鋭い針でも下手くそな角度で突こうとしたら弾かれるくらい固いんだよ。優秀な頭を使って早く仕留めてみろ。」
後ほどタケ兄から追加で説明を受けたが、KMIから貸与される採掘道具はネイルガンで「針」を撃ち出すといった装備らしい。
自分の肉体を操作してヨロズの生体核に傷をつけることが出来るのは、ディグダーの中でも一握りの存在だという。
それが動かない的であるヒルコだとしてもだ。
では何故タケ兄はそんな高難度な事を俺にやらせようとしたかと言えば「多分、ヒロトなら出来るだろうと思ったから」だそうだ。
僕ちんってば周囲の期待を一身に受ける罪な奴だな。
と、冗談はさておき一応「俺に出来そう」と彼が考えた事についてはそれなりの理由があった。
ひとつは、俺は剣道三段の腕前で身体操作が人並み以上に出来ること。
そしてもう一つが「理合い」を理解できるだけの脳みそを持っているということだ。
一つ目の理由は言わずもがなではあるだろう。
自身のイメージした動作を実際に再現出来るだけの運動神経はこの迷宮では必須になるだろうから。
しかし、これならば人並み以上に運動の出来る人間であれば大抵はこなせるだろう。
そしてなかなかに難しいのは後者であり、率直に「これが理解できなければこの迷宮では生きていけない」といっても過言はない事柄だ。
なぜならば、この迷宮ではヒルコ以外に多くの未知のヨロズが生息しており、その全てが漏れなく生体核を持っている。
そしてその生体核を破壊できない限りヨロズを仕留める事が出来ず、自分が餌食になってしまう。
例えば、ヒルコの様に球形の生体核を持ったヨロズであれば、いくらミリオ二ウム鋼製の針が鋭かろうとも打ち込みの角度を間違えればその力を受け流されてしまう。
だから、そこに「理合い」が必要になってくるのだとタケ兄は言う。
球形の物体を破壊するための有効打を「論理的に理解」した上で、自身の体を持ってその動作を再現する必要があるのだ。
ではその理合いとは何かと言えば一般的な物理学の知識なり、人体構造に関する医学知識だったりするわけだ。
「考えるんじゃない、感じろ!!」という、昔の高名な格闘家が言い放った名言があるが、これはヤマ勘で戦えと言っているわけではないと俺は解釈している。
訓練において、考え、突き詰め、反復した動作を、実践では無意識で繰り出せる反射にまで昇華させろというありがたいお言葉なのだと。
そんなこんなで色々と苦戦はしたものの、本日はなんとか「針」の扱いを習得することが出来た。
「テレッテテ!!ヒロトはレベルが上がったー!」と頭の中で音が流れるが、現実はレベルアップなんて目に見えた成果を得られる程簡単ではない。
明日に備えて、これから動作を復習しようと思う。
なお、本日の成果は以下の通りであった。
ヒルコ撃破数 : 6体
ヨロズカネゲット: 5.8グラム
報奨金 : 58,000円也
まだまだ目標には届かないが、何とか出来るかもと希望が出てきた。