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ダンジョンのまち 八王子  作者: 朱馬 巌
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2.ミリオ二ウム(和名:ヨロズカネ)

横浜から八王子府へは国鉄八横線一本で行ける。急行に乗れば僅か40分足らずの旅路となる。

余談ではあるが、八王子がまだ市であった頃は、この鉄道は「国鉄横浜線」という名称であった。八王子が48番目の地方自治体として東京都から独立した際、この「横浜線」も「八横線」として改名されたのである。

当然の如く、当時の誇り高き浜っ子たちは、市から府へ繰り上がる隣の都市に嫉妬し「せめて横八線」にと必死に抗ったとのことだ。しかしながら、その想いは儚く散っていき、彼らは自らの相対的な地位低下に嘆き血の涙を流したといわれている。親子三代で浜っ子の俺としても遺憾に想うエピソードだ。

ん?もっと遺憾な出来事があるだろなんて皆まで言うな。



つい30年程前までは、八王子府は東京都下にある地方都市に過ぎなかった。人口50万人程度のベッドタウンといった地域で、首都圏にも関わらず多くの緑を残す東京の辺境といえる都市であった。

また当時、東京都では相対的に地価が安かったため、多くの大学が八王子に拠点を置いたことから学園都市としての機能も有していた。

昨今となっては想像もつかないが、地方から大学進学で上京してきた多くの学生が「故郷よりも田舎じゃないか」と仄暗い春を迎えたという逸話も多く残っている。

実際に「東京の大学」を前面に押し出し地方の高校生にゴリゴリPRして入学者数を荒稼ぎしたとある私立大学に対し、入学後にその期待を裏切られた学生が徒党を組んで民事訴訟を起こしたという冗談のような記録も残っている。


そうした八王子市の置かれる環境が激変したのは仁起10年の事である。八王子北部一帯の大地主であった黒森家(現:クロモリインターナショナル㈱創業家)が所有する原生林の開発途上に、その土地の一角から未知の金属類が産出されたのである。

そしてその翌年、件の金属について東京経国大学工科大学院に所属した八坂有朋工学教授が一本の論文を公表した。

「万能金属とその可能性に関する一考察について」と題されたその論文では、黒森家の原生林より産出された未知の金属が有する可能性と、その産業価値を世に知らしめた。



曰く、当該金属は新元素であること。

曰く、当該金属は優れた触媒としての機能を持っていること。

曰く、当該金属を添加することで、無機有機を問わず多くの素材がその性能を飛躍的に伸長させること。

曰く、当該金属の発見が更なる技術革新を起こすであろうこと。


その論文をきっかけに、多くの分野でその新金属についての研究開発が展開され、八坂教授が予言した通りの技術革新が巻き起こったのである。

新金属は、八坂教授の論文にて言及された「万能金属」という表現から「ミリオ二ウム(和名:ヨロズカネ)」と命名された。


ミリオ二ウムという金属は、単体では高い導電性・熱伝導性・耐食性を有する反面でモース硬度1にも満たない脆弱な特性を持っており、非常に扱い難い素材である。

一方、他素材へ添加することで、その素材が持つ機能性を大きく向上させるという、非常有用な特性を有している。

例えば、鋼へ微量のミリオ二ウムを添加することで超高硬度・超高靭性の鋼を精製することが可能であったり、銅との混合では金の3倍の導電性を持つ合金を作ることが出来る。またポリエステルの触媒にミリオ二ウムを用いることで高耐久かつ不燃性を有する繊維の原料となる。

これらのミリオ二ウムにより付与された機能革新は、精密機器等の軽小短薄産業を一層高度化し、航空機・原子力発電設備等の重厚長大産業の安全性を大きく進歩させたのである。


しかしながら、今日時点でミリオ二ウムを産出する地層は地球上において八王子しか確認されていない。

それゆえにミリオ二ウム発見から30年経つ現在においても、その産出量は累計で3,000t強程度しかなく、希少性が極めて高い金属なのだ。

産業的な需要の高さとその希少性から、東京商品取引市場に上場されているミリオ二ウム市場は、プラチナを優に超える値段で高止まりを続けている。


こうした幸運な事実は、多くの富をこの辺境都市へ集約させることとなった。

ミリオ二ウムを産出する土地を持つ黒森家が経営していた土建会社は、今や世界五指に入る規模の企業であるクロモリインターナショナル(KMI)へと成長した。

そして、その企業を抱える八王子市もKMIの城下街として大きく発展し、市単体で東京都を凌ぐ程の財を成すこととなったのだ。

際限なく富を肥大させる八王子市は、低成長の時代が慢性化した日本経済に対しても大きな影響を与えた。

その後仁起16年に、東京都が包有するには分不相応な経済規模へと膨張した八王子市を、日本国48番目の地方自治体とすることが参議院で可決されたのである。

このようにして八王子府が誕生した。


なお八王子府からミリオ二ウムが産出されるという事実はその影響力の大きさから、ミリオ二ウム発見の僅か2年後である仁起12年には国家主導で情報統制が敷かれた。

そのため、八王子府にミリオ二ウム鉱山が存在するという事実は、一般的には秘匿とされておりマスメディア等にて取り上げられる事はない。

故に、ミリオ二ウム鉱山の所在を知る人間は、役人・企業関係者・研究者等の利害関係か、一般人では旧来から八王子に住まう地場の人間に限られている。

利害関係者が情報を秘匿することは当然といえるが、地場の人間からミリオ二ウム鉱山の情報が漏洩しないのは、一重に辺境都市民の気風によるところが大きいだろう。






目的地へ向かう上り電車の中で、タケ兄から八王子とミリオ二ウム鉱山について大まかなレクチャーを受けた。歳の割には博学を自負する俺でも、件のミリオ二ウム鉱山については全くの無知であった。

これだけの規模で隠し事をする、八王子府民恐るべしだ。


では、なぜそんなマル秘情報を一介の大学生であるタケ兄が知っているのかという事も教えてもらった。それは、タケ兄が所属する大学の研究室が、最初にミリオ二ウムについての論文を公表した八坂教授のお弟子さんが顧問を務めているかららしい。タケ兄自身も他に漏れずミリオ二ウムの研究を行っており、ミリオ二ウム冶金を専門としているとのこと。

そんな研究を続けるには大量のミリオ二ウムがサンプルとして必要となるらしいのだが、なんせ対象が超高価な金属である。

「自身の研究サンプルを自前で調達するために鉱山潜っている」という事情を聴きタケ兄の旺盛な研究意欲に舌を巻いた。

基本的には鉱山から出たミリオ二ウムは、一律グラム1万円で鉱山経営母体であるKMIが下取りを行うきまりとなっているらしいが、ミリオ二ウムを研究開発目的で必要とする、一部の研究機関に所属する人材に対しては、本人が採取出来たミリオ二ウムの一割の所有を認めてくれるらしい。

なんとも懐深い企業だ。


また、グラム1万円という下取り価格に関しても、足元の東京商品市場ミリオ二ウム相場の半値以下ではあるものの、ずいぶん良心的な値決めだと感じる。

普通、炭鉱夫という職業は、どれだけ成果を上げても給与支給で済まされるので、個人の採掘量に対してインセンティブはつかないのではないだろうかと想像する。

まぁ仮に採掘したミリオ二ウムをポケットに忍ばせて、市中で捌こうとしても一瞬で足が付くだろう。

なんせ世界で1か所しか掘り出せない金属なわけだし。



そして、そんなタケ兄のレクチャーを通して感じるのは、現状を打破するための光明である。金の匂いがプンプンするのです。

彼は、ミリオ二ウム鉱山のバイトを過去10回程度こなしているようだ。「2・3百万円程度ならはした金だぜ」と豪語してい態度から、少なくともキロ単位でミリオ二ウムを採掘していると推測できる。

俺の目下ボーダーラインは50グラムのミリオ二ウムをゲトることにあるわけで、タケ兄のペースを参考平均すれば1回のアタックで十分賄えてしまう訳だ。

そりゃあ始めから熟練の炭鉱夫並みに上手くいくとは考えていないが、ミッションコンプリートする期待値は極めて高い。

「お前は何のために毎日剣を振っているのだ?」と小学生時代から通っている剣道場の爺さん師範に問われた事があるが、今なら胸を張ってこう答えられる。

「はい!ツルハシを力いっぱい振うためですっ!!」と。

あぁ、剣道やっててよかった。毎日欠かさず素振りやっといてよかった。俺の剣道三段の腕前から振われる、至極のツルハシ捌きが今宵唸るのだ。




そうこう問答している間に、電車は終点の八王子駅に着いた。

俺たちは、駅前の蕎麦屋で遅い昼食を取った後、一度タケ兄の通う大学に赴くことにした。彼の研究室に鉱山へ潜るための装備が保管されているためだ。それを拝借しに行く。

彼の通う中津国大学へは、八王子駅からタクシーを拾って向かった。さすが兄貴移動手段もブルジョアだ。大学へは20分程度で到着した。山一個切り開いてキャンパスにしたような広大な敷地が広がっている。

タクシーの運ちゃんには大学正門前にあるロータリーで待っていて貰い、タケ兄の研究室がある工学部棟へ向かう。

キャンパス内は春休み中のようで人はまばらで、正門から5分程歩いたところにある工学部棟へ行きつくまでの間ジャージを着た学生数人の集団とすれ違っただけだった。

遠目から見える工学部棟は、周囲の真っ白で無機質な建物の中では際立つ、レトロなレンガ調の外観をしていた。近づいてみると「ここの大学の工学部って冷遇されてるの?」と問い詰めたくなる程、趣深いガワをした建物であった。

タケ兄から後ほど聞いたが、動かせない実験機器なんかが詰まった建物なので、簡単に引っ越せないという事情があるらしい。

そしてそれとなく「他の学部よりも偏差値が低いわけではない」と、ささやかなエクスキューズをいただきましたが軽く聞き流す。

俺は下々の事など気にしないのだ。なんせ最高学府に内定しているのだからな。


工学部棟の中は薄暗く、リノリウム製の廊下のせいか、屋外よりもひんやりとした空気で満たされていた。人の気配も感じられず、俺達二人の足音がコツコツと建屋内を跳ね回る。

前を歩く輩に何を尋ねるもなく、俺は彼の後ろをぼんやりとついていく。

階段で3階まで上がった後、長い廊下を奥まで進んだ突き当りに「水無瀬研究室」という表札をぶら下げた木製のドア前でタケ兄は足を止めた。

ここが彼の所属する研究室のようだ。

ドアのすぐ隣の壁にはホワイトボードが設置されていて、研究室の学生の在不在を確認するための表が書き込まれていた。

どうやら先客がいるようで、ホワイトボードの「在室」を示す欄に、小暮という名前があった。

タケ兄はそれを一瞥して軽く舌打ちをしながらドアを引いた。ドアの内側からは燃えカスの様な匂いのする空気がほのかに漏れ出てきた。


研究室の中は高校の教室程度の広さで、一目では用途の想像もつかない実験装置が数台並んでいた。そして、研究室の片隅に置かれた大きな実験装置の傍に女性の後姿が目に入る。背は割と高い方かな。

夕焼けの様な色をした腰まで届く程の束ねられた髪が背中でゆらゆらと揺れている。また派手な新キャラが出てたな。

タケ兄の研究室では大学デビュー失敗組の会か何かですかと。目立てばいいってもんじゃぁないよ君たち。上から目線は胸にしまい「おじゃまします」と一応挨拶だけは彼女の背中に投げかけておく。

タケ兄は目の前の女性を無視して部屋の奥へと進んでいくので、その背中を追っかけることにしよう。

なんか、さっきの舌打ちと言い、タケ兄の不機嫌さが気になるので少し静かにしておこうと思う。


そう思って女性の後ろを通り過ぎようとしたが向こうから俺に声を掛けてきた。

「こんにちわぁ、って君だれ?」

「あ、はじめまして須山さんの地元の後輩の海崎といいます。」

「そうか後輩君かぁ。でぇ、こんなところに何しに来たのぉ?」

「須山さんとこの後用事あるんですが、なんか研究室に用事があるみたいでついてきたんですよ。」

「そうなんだぁ。この部屋ちょっと匂うかもしれないけど我慢してねぇ。」

そう言いながら彼女は、目の前の軍事用冷蔵庫みたいななりをした、大きな箱についた数値を確認してノートに記録していく。部屋に入った際に鼻を突いた焦げ臭さは、恐らくこの装置から漏れ出ていたのだろう。

「この大きな箱は何の装置ですか?」

つい見たことも無い実験装置に興味を持ってしまい、自分から会話を繋いでしまう。

「これわぁ、電子炉っていう装置だよぉ、実験の内容はヒミツだけどねぇ。」

そう答えてくれた彼女に適当な相槌を打ち会話を切り上げる。なぜなら部屋の奥にいるチンピラが目線で「こっちに来い」と合図を送ってきたからだ。


しかし何ともまぁ間延びした話し方をする女だというのが、彼女への第一印象だった。顔付は整っているし長身なので一般的に言うキレイ系の容姿をした女性ではあるのだが話し方が残念で台無しだ。そして無駄に派手な髪色をしているのに、彼女事態が纏う雰囲気と全く似合っていないチグハグ感。

「ユー磨けば光るのにもったいないよ」と言ってあげたい気持ちを我慢する。


そんな事を考えながらタケ兄の下へ歩み寄る。彼は研究室の物置から段ボール箱をひと箱取り出しその中身を確認していた。必要であろうモノだけを近くにあった机の上に一列に並べ、その他は雑然と床へ置いていく。その作業が一通りすむまで数分の間それを眺める。

「道具の詳しい説明は後でしてやるから、とりあえず机に置いた荷物をそこのザックに詰めておいてくれ」と、タケ兄は俺に言う。そしてそれに従い、俺も荷物をまとめる。タケ兄が箱から出した全ての荷物をザックに詰め込んだら、じゃあ出発するぞとタケ兄が言うので研究室を後にする。

出がけに赤髪の彼女へは軽く挨拶をしたが、装置の記録をつけていた最中であった彼女は「またねぇ」と等閑な挨拶を返してきた。相変わらずタケ兄は彼女に対してはしかとを決め込んでいる。あまりに極端な態度なので、いらない想像をしてしまう。

そして、正門のところで待たせていたタクシーに乗り込み、タケ兄が目的地の住所を告げる。タケ兄からはタクシーまでの帰路に、歩きながら今後の予定を聞いたが、どうやらこの足で鉱山に向かうらしい。具体的にどんな仕事をするのかは現地でしか説明が出来ないため、ひとまずは今日の内に導入を済ませ、明日朝一から早速採掘に取り掛かれるようにしておきたいとの事だった。

俺としても、一日でも早く目先の問題は解消しておきたいので、タケ兄の段取りの良さには感謝している。さて、そろそろ気持ちを引き締めて行こうかな。

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