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Brotherhood  作者: 逢桜カイン
Brotherhood 第一巻
6/14

Section 5

 二人を乗せた飛行機は約十二時間かけて羽田空港に着陸した。

 降り立った途端、なんとなく香ばしいような、しょっぱいような、そんな匂いがした気がするが、あまりに曖昧で何の匂いかはわからなかった。日本の空港はとても清潔で、他の国の空港ほど異国的な匂いはしない。ルカは好ましいと思ったが、悪く捉えようとすれば、異物があればすぐ目立つ空気感でもある。

 ターゲットであるアイリン・ホァンは日本を拠点にアジア諸国を飛び回っているらしく、今現在日本にいるかどうかはわからなかったが、まずはどのような悪事を働いているか、どのような精神汚染があるのか、または何らかの能力を悪魔に覚醒させられていたりはしないか、そういったことを調査する必要がある。

 悪魔憑きは普通の人間ではない。

 悪魔に感化され、人間社会で生きていくための平衡感覚を失い、時に人間離れした魔法や身体能力を会得している場合がある。

 いきなり襲撃して始末を試みるのは得策ではない。

 そういった事情を踏まえ、現在、二人はツバキの提案で歌舞伎町のとあるバーに向かっている。


「あなたはこういう街が得意なんですね」

「なんだそりゃ、皮肉か」

 夜でなくとも、その街が歓楽街であるのは一目瞭然だった。

 空港とは打って変わって、先進国とは思えない猥雑さだ。

巨大な駅のそばだというのにごちゃごちゃと小さな間口の店がぎっしりと並び、まだギリギリ朝と呼べなくもない時間だからということを考慮しても開店している店があまりにも少ない。それに日本語が読めないルカにも何の店かがわかるくらい露骨に猥雑な看板が時折視界に入るし、環境音がひどく雑多でうるさいのだ。

そんな街を、迷うことなくツバキは細い路地に入っていく。

 心なしか歩き方がいきいきとしていて、後ろ姿から余裕や調子の良さを感じられた。

 肌色とピンクのパッケージがきらきらしいアダルトディスク屋の脇の狭い階段を下っていくと、看板も表札も何もないドアがあり、ツバキは何の躊躇いもなくそのドアを開けた。

 馴染みの店らしい。

「いらっしゃい。随分健全な時間に来たわね。そろそろ寝ようと思っていたのよ?」

「ダメ元で来たのに開いてたからびっくりしたぜ」

 一瞬で夜になったかと思わせるほど薄暗い店内にはカウンター席が五つあるきりで、カウンターの向こうに店主と思しきレザーを纏ったスキンヘッドが一人、グラスを磨いている。

 ツバキが奥から二番目の席に座ったのでその手前の席に座ると、スキンヘッドの男はルカを見て目を細め、少し微笑んだ。

「あなたが例の」

「……?」

「そう、ルカちゃん。ハンサムだろ」

 スキンヘッドが日本語で喋っているのでルカはなんと言われたのかわからなかったが、ツバキが「ルカ」と発音したので紹介されたのだろうと思われた。

「シレン、どうやらこいつ日本語通じねぇから」

「あら。それもそうね。日本でしか通じない言語なんてわざわざ修得する必要ないものね。英語なら通じるわよね? ……はじめましてルカちゃん。アタシは紫蓮、こいつのお姉さんよ」

「だからどこがお姉さんなんだよ、頭ハゲ散らかしておいて」

「これはファッション! 全く散らかしてなんかいないわよ、綺麗にツルッツルでしょ!」

 ツバキと紫蓮は和気藹々と冗談を交わしているが、外見にも声にも血統を感じる要素が全くないので、姉というのは関係性に年齢的上下があり、紫蓮のジェンダーが女性なだけだろう、と判断する。

「もう、ルカちゃんが呆れてるわよ。……というより、あんたちゃんと説明して来たの?」

「いっけね、なんにも言わずに、話聞ける人間知ってるって言っただけで連れてきたわ」

「アンタのそういう、ひとり合点のクセは本当に治らないわね。ルカちゃん、よくこんな馬鹿についてきたわ」

「……ツバキから目を離さないのが私の仕事ですから」

 紫蓮がわお、と表情を作って、ツバキは「ほらな」と発言するも、ルカには何のことだかさっぱりわからない。

「アタシはお肉の仲卸屋さんをやってるんだけど、割とお友達が多いのも自慢ね」

 普通の肉の仲卸業者がこんな時間にバーでグラスを磨いていたりはしない。ルカはすぐになんのことか悟る。

「……人間の肉ですか?」

当然、人身売買は犯罪だ。

 しかし、ルカは《教団》の敵でない限りは、目くじらを立てたりはしない。むしろ、《教団》の役に立って大悪討伐の助けになるなら、小悪は見逃しても構わないと考えている。

 そもそも人間から悪や罪を消し去るのは不可能だ。

 だからこそ、救世主はその罪を肩代わりしたのだから。

「そうよ。売りたい人に買ってくれる人を紹介したり、その逆だったり、そういう仕事してるの。基本的におおっぴらに犯罪者になる予定の人とは付き合わないんだけど、職業柄、色んな話を聞いちゃうからかしらね、昔からこの子の面倒をよくみてる」

「そうですか。なるほど……」 

世には情報を商品にして生計を立てている情報屋だの情報ブローカーだのもいるが、紫蓮は贔屓にしている相手に無償で情報を流して守ることで自分のテリトリーを守っているらしい。

 情報を売れば金になるが、自分が信頼出来る人間というのは金で買えない。

「で、ツバキちゃん。今日は何? 新しいお友達を紹介する程度の用事で顔見せてくれるほどマメじゃないでしょ、あんた。ただの世間話ならネット通話でいくらでも出来るし」

「あぁ。急にこっちでの仕事が入ってよ。最近、そうだな、半年からここ数ヶ月くらいで、変な新参者はいねぇか」

「ジャンルは?」

「えーと、内臓の他なんだっけか」

「人身、内臓、違法薬物の類です」

「それなら組合に顔を出さない奴が、三組いるわ」

「組合、ですか」

「そ。ヨーロッパにはないの? この国にはイケナイお肉屋さんにも組合があるのよ。相場や市場を管理したり、あんたたちみたいなのに目をつけられないように相互に監視し合ったりするためにね。組合に顔を出さないってことは、大体が海外に向けた独自のルートを持ってるってことなんだけど、そういう奴らと関わりを持つと火の粉が飛んでくる可能性が大きいから、アタシたちとしても敢えて顔を出せとは言わないのよ」

 紫蓮はいかにも面倒くさそうな声音ではぐれ者の話をしながら、手元は丁寧に磨いたグラスを並べ、シェイカーを取り出した。

「真っ昼間だけど何か飲む? それとも仕事の話が終わってからの方がいいかしら?」

「ルカがちゃんと話聞いててくれるなら」

「なら、駄目です。私は昼だろうと夜だろうと酔っぱらいの面倒は見たくありません。もし何か頼まないといけないルールなら、私が頂きます」

「あら。ルカちゃん強いの?」

「普通です。が、彼と違ってコーカソイドですから」

「でも別にルールはないの。気分じゃないなら無理には勧めないわ。アタシは喉が渇いたから飲むけど、それは勘弁してちょうだいね。話はきちんと出来るから」

 そう言うと、紫蓮は屈んで(恐らくそこに冷蔵庫があるのだろう)缶ビールを取り出した。長めのつけ爪が付いているが器用に蓋を開けると「いただきます」とウィンクした。

 ツバキが顔をしかめるのを横目に、一気にゴクゴクと喉を鳴らして飲み干していく。

「ぷはぁ。……どうせ、あんたたちが探してるのは、チャイニーズの小娘でしょ? アタシが知ってることは全部話してあげるわ。こちらとしても迷惑してたのよ」

 まるで、生ゴミをカラスがつついて困る、そんな声音で話し始めた。



 なんか、五ヶ月くらい前かしらね、変な噂が流れ始めたのよ。

 死体が出る予定はありませんか、ってヤクザだの魔法使いだのなんだのに聞き回る女がいる、って。

 それだけでも相当怪しいし、不気味過ぎてアタシたち組合で結構話題にしたのよ。もしその死体を国内で売ろうっていうならシメてやらないといけないかもしれない、ってね。この国の警察は意外と抜け目ないから、そんなことを素人がやったらすぐ捕まるし、そいつがどれだけアタシたちのこと知ってるかは知らないけど喋っちゃったら警察だって今まである程度黙認してきた部分まで手を出さざるを得なくなるじゃない? だから。

 黙認っていうのは、あんたたち《教団》だって殺した悪魔憑きやとんでもない魔法使いの処分を誰かに頼んだりするでしょ? 人間って脆いし、生きてる限りは喋る生き物だし、死体は色んなところで出てくるから、そういう仕事を請け負う代わりに見逃してもらってる部分があるわけ。

 で、その女に迷惑かけられる前に自衛しなきゃ、ってことでちょろっと探り入れた奴がいて、そいつから聞いたのよ。中国人の女で、邪魔する者は神でも殺すって喚いてたとか、かなりイった言動してるけど切れ者だから、警察に嗅ぎつけられるようなことはないだろう、ってね。

 逆に寒気がしたわ。

 だって、それだけ賢いなら組合に顔を出して穏便に始めりゃいいものを、敢えて海外にルート作ってアタシたちとつるまずにやろうって言うのよ。よっぽどとんでもない額の大儲けがしたくて、しかもよっぽどの自信があるか、不安や恐怖っていうブレーキが完全に壊れてるかのどちらかよ。

 それに、なんでそいつが急にそんな商売に手を出したのか、って考えたら、一番安易な答えが悪魔憑きだもの。

 悪魔憑きが出て荒らした業界は十年で立ち直れたら良い方だわ。奴ら、人間技とは思えない手腕で徹底的にめちゃくちゃにしていくじゃない。

 けど、あの女は場を荒らす気配はなかったのよ。

 アタシたちとつるまないだけで、しっかり隠れてるし、市場に混乱を出したりもしない。

 気味が悪いけど何と繋がってるのかわからないから迂闊に手が出せないし、行動が奇抜とは言え冷静だから悪魔憑きかどうかも怪しくなって、傍観するしかなかった。

 けど、ここ二週間くらいよね。あの女、ついに仕入れが間に合わなくなったのよ。攫って殺し始めた。

 いなくなっても誰も気付かないか心配しない、或いは死んだことがバレたらマズいような人間を慎重に選んでるみたいで、まだ警察は動いてないみたいだけど、《教団》が動いたってことは、あの女やっぱり悪魔憑きだったのね。となると、もう遅かれ早かれ警察も動き出しちゃうわ。

 なんとか警察が動く前に始末してちょうだい。

被害者が増えたら、あまり待ってはくれないわ。


 

×××



 紫蓮の店を出た後、日本に帰ってきたらどうしても食べたいものが、とツバキがごねるので、昼食は駅のホームで、コンビニのおにぎりだった。

 海苔のパリパリとした食感を意地でも残したい日本人の強烈なこだわりに触れ、しかも日本人はこれを当たり前のものとして享受しているという事実を知り、ルカは日本人の食への執着について考えさせられた。

 今はそのホームから乗った電車に揺られている。

 上着を着たままだと少し暖房がきつい。

「結局、アイリンの具体的な戦力はわかんなかったなー」

「しかし、理性的で高い知能を発揮していたこと、最近焦ってそれが崩れてきていることは明らかになりましたよ。出没する場所もいくつか教えていただけて無料なのだから、かなりの収穫です」

真っ昼間とはいえちらほらと他の乗客もいるが、平然と話しているのは、英語のリスニングが得意な日本人が少ないこと、聞き取れても、悪魔なんて単語が出てきたら、恐らくゲームか何かの話だと勝手に思い込んでくれるのが日本人だ、とツバキが太鼓判を押したからである。

日本には、どういうわけだか大陸ほど魔法使いも悪魔も出没しないので、一般人の中にはその存在を疑っている者も少なくない。そういう存在がいるらしい、或いはいる、と思っている者も、多くは自分とは関係のない世界の話だと思っているに違いない。ましてや、《教団》の存在は一般人が知るところではないだろう。

「まぁ、出没場所で情報収集、あと張り込みか。出くわしたらどうする?」

「今のところはなんとも言えませんよ。ただ、殺すなと言われているわけではないので、強硬手段に出ても良いと思います。仮に逃げられても私が追えますし、牽制でも構いません。ただ、悪魔が出たら」

「俺は手を出さねぇ。お前、交渉は得意なんだろ。有無をも言わせずゴリ押ししてる印象しかねぇが突破力があるってのはいいこった。悪魔にも効くかは知らねぇけど。まぁ、それで出来るだけ情報引き出しつつ、大筋では逃げだな」

「えぇ……そうなりますね。あなた相手に交渉なんてした覚えはありませんけど」

 ダイヤが神経質なまでに正確で過密な日本の交通網は、評判通り、全ての駅を予定時刻に発車して二人を運んでいく。

 日本最大級の地下迷宮・新宿駅を出て十二分、新宿と比べたらかなり静かで落ち着いた駅に着いた。

 今度は行き先について、雑ではあるが、事前にツバキによる説明がなされている。

 ツバキの隠れ家の一つで、「無料で泊まれるし、多分飯が出るし、ホテルに比べたら盗聴や監視の可能性が薄い場所だし、どうせ同じとこに寝るんだったらホテルじゃなくていいだろ」とのことである。

 経費が削減出来るのは悪いことではない。

 駅から徒歩二十分という距離も、不便と言えば不便だが目を瞑れる範囲だ。

 道幅が狭く、狭い庭と塀で囲われた小さな民家や、玄関同士が近くて異常に狭そうな集合住宅が多い日本の住宅街は、ルカにとってかなり物珍しい光景だった。

 どの国も大都市は似たり寄ったりの景観になるし、田舎であっても観光地となると逆に写真や動画でよく見かけるが、その国における何の変哲もない住宅街というのは見る機会が少ない。

「ばあちゃん元気にしてっかなー」

「おばあさん? ですか?」

「そう。大家のばあちゃん」

 そう言うと、ツバキは一軒の民家の敷地に入っていく。周囲の家と比べて明らかに古く、そして少し大きい家だ。庭も少し広く、手入れされた鉢植えの花や植木が生い茂っていて、落葉樹も植わっているというのに、地面には枯れ葉一枚落ちていない。

「ばあちゃん、ただいまー」

 ツバキはインターフォンを使うことなく、いきなり玄関の扉を開けて日本語で声をかけた。

 程なくして、白いエプロンをつけた小さな老婆が二人を出迎えた。歳は七十を超えているだろう。髪はすっかり白髪で、衰え細くなった腕や脚は少し強く握ったら折れてしまいそうだが、足取りは思いの外しっかりしている。

「あらぁ! ツバキくんおかえりなさい、随分久しぶりじゃないの。あらあら、外国人のお友達を連れてきたの? 早く上がって、今日はゆっくりしていってくれるんでしょう?」

「あぁ、ばあちゃんごめんな、何の連絡もしなくて。……・えっと、こいつはルカ。同僚みたいなもんだ。一晩泊まっても良いかな」

「もちろん! ここはあなたの家だもの! ルカくんも一緒に?」

「うん、良い?」

「夕飯のお買い物に行かなくちゃね、久しぶりに賑やかになりそう、寿命が伸びちゃいそうだわ……!」

 ツバキが振り返って、何やらはにかんだような笑顔を見せる。

 その意味をはかりかねるし、日本語は全くわからないが、どうやら歓迎されているようなので、ツバキに続いて玄関の敷居をまたいだ。



「それにしても彼はハンサムね~。こないだ見た外国のフィギュアスケートの選手みたい。ツバキくんも見ないうちに男っぷりが上がったんじゃないかしら」

「そうかぁ? ちと老けたとか?」

「まぁだ若いのに何言ってるのよ。そういえば、ここへ初めて来た時は日本語がまだあんまり上手くなかったのに、随分流暢になったわねぇ」

「みんなといっぱい喋ったからなー。あぁ、そうそう、ルカは日本語わかんねぇから、俺が通訳するな」

「あら、そうなの? 気付かなくてごめんなさいね」

「ルカ、なんかあったら俺が通訳するから」

「えぇ」

 老婆に案内されて、リビングらしき部屋のソファを勧められたので揃って座ると、程なくして老婆がお茶と思われる液体の入った陶器のグラスを持って戻ってきた。グラスを置くと、エプロンを脱いで鞄を手にし、中身を確認し始めた。

「部屋は綺麗にしてあるから。私は急いで夕飯の買い物に行ってくるから、ちょっと留守番していて頂戴。夕方になっちゃうとあのスーパー、いい品物があまり残ってないのよ」

「そっか。そんなに豪勢じゃなくていいからな? ルカ、ばあちゃん買い物行ってくるって」

「そうですか。留守にして大丈夫なんですか?」

「まぁ、ここ俺んちでもあるから。俺の部屋でくつろいでようぜ。……ばあちゃん、気をつけて行ってこいよ」

「じゃあ、行ってくるわね」

 そう言うと老婆は少し慌てた様子で部屋を出ていき、玄関の引き戸がカラカラ音を立て、最後に施錠する音が聞こえた。

「ここシェアハウスなんだよ。ばあちゃん、早くに旦那亡くしてな。子供もいねぇ。一人っきりなんだが旦那が残した家を手放したくなくて、若い奴に部屋を貸して、飯とか洗濯とかの世話してんだ。俺は十五の時にこの家に来て、それ以来ずっと家賃払ってる」

「それで、あなたの家でもある、と」

「そういうこと。さて、とりあえず俺の部屋に引っ込むか。どうせ電話もかかってこねぇだろ。人が来りゃ窓から見えるしな」

 ツバキがグラスを持って席を立つので、ルカもそれに倣う。

 その心がやや上の空なのは、きっといかにも善良そうな老婆が寮母を営むシェアハウスに住んでいる魔法使いなど、初めて見たからだろう。

 ツバキは自らを魔砲と呼び、魔法使いではないときっぱり言ったし、ルカが今まで見てきた魔法使いは殆どが処分対象の悪党だったのだから、例外的な事情に遭遇しても当然ではあるが。

「今日はとりあえず回復に回させてくれ。一昨日魔法使ったし、昨日は悪魔にちょっかい出されたし、お前とはまだ会ったばかりだし、風呂にも入れてねぇし、落ち着かなくてしょうがねぇ。こんな状態で魔法を使うとしくじることが多いからよ」

「魔法はそんなに精神に負担がかかるんですか」

「人それぞれだろうけどな。俺の場合、例えば……コインをテーブルに立てるくらいの集中力を一瞬で使うから疲れるってイメージだな。コインを立てて並べるよりは魔法使う方が俺の技術的には楽だが、疲労はどっこい……って感じだ。多分、俺が普段自分の中に魔力一切ねぇから余計に魔力扱うのに疲れるんだと思う。他の奴はいつも財布に金が入ってる、使いたい時にそれを使う、って感じで、俺は財布じゃなくてトイレットペーパーくらいの強度の袋に金入れてるし、その金を常にまともな使い道で使いきらなきゃなんねぇって感じだから」

 ツバキが狭く、角度がやや急な階段を上がっていく。

 外から見た限り二階建ての建物だったので、ツバキの部屋は二階にあるのだろう。

「だから、供給量が多すぎるといけない、と」

「そういうこった。そんで、最大でもトイレットペーパーくらいとはいえ、強度も疲労で落ちてくから全快にしたいわけだ」

「そうしないと、私の魔力が原因であなたが発狂する……なんていうこともあり得るわけですか」

「あり得る。悪魔のちょっかいもほんの少しやられただけでかなりグラつくし、そういう理由もあってホテルじゃなくてここに来さしてもらった」

 二階の廊下の一番奥に、隣のドアとの距離を考えたら部屋があるとは思えないスペースの木の扉がある。閂と一体化した取っ手をとり、ツバキはその扉を開けた。

 狭く短い階段があり、行き止まりになっている。

「あなたの部屋はこの上ですか?」

「あぁ、屋根裏部屋なんだ。物置のつもりで作ったらしいんだが、俺ここに来た時ガキだったから、死ぬほどワクワクしちまって。ばあちゃん掃除すんの大変そうだし、俺がいない時は物置にしてて良いって何度か言ったんだけど、俺が出たらいよいよ掃除が億劫になるから、って断られちまってなー。でもおかげでいつ来ても泊まるとこに困らねぇ」

 器用にグラスを持ったまま手を使ってはしごを登るように階段を上がり、ツバキが天井を外す。上がってみると、ガランとした屋根裏部屋で、立ち上がることは出来なかった。膝をついたまま部屋を見回すと窓から入る日光で裸電球が一つぶら下がっているのが見えた。それから窓際に文机が一つ、くずかごが一つ、それから段ボール箱が一つ、寝具が一セットあり、机の上には数冊の本と灰皿がある。

 床にはホコリが全くなかった。

 ツバキは窓を開けて文机の側に座り、煙草を取り出している。

「俺の部屋だから文句は言わせねぇからな」

「……なるべくこちらに煙を吐かないでください」

「わぁったよ」

 窓の桟も綺麗に拭かれているらしく、ツバキは平然と桟を肘掛けにして窓の外を眺めながら煙草を吸い始めた。

「一つ、確認してもいいですか?」

「あぁ」

「おばあさんに、自分の職業のことを話していますか?」

「職業のジャンル的には魔法使いだとだけ。詳しいことは一つも話してない」

「訊かれないんですか?」

「あぁ。ばあちゃんは何も訊かねぇ。黙って受け入れて、黙って見送ってくれる。だから安心していいぜ、俺達がなにやってるかなんて詮索されねぇし、ばあちゃんから何か漏れることもねぇ」

「別にそういうことでは」

「俺がクズ野郎だって話なら、自覚してるから言わなくていい」

「……」

「ばあちゃん、すんげぇ優しいよな」

「……えぇ」

「魔法使いだってだけで気味悪がる奴も沢山いるし、霊媒商法と一緒くたにされたり、物件借りられなかったり、国によっちゃ犯罪者扱いされるのにな。俺が良い魔法使いだって信じてくれてる」

 グラスの飲み物は飲んだことのない味のお茶で、何か穀物の気配がほのかにしていて香ばしかった。

「まぁ、そういうことだから今日はもうばあちゃんに甘えて全力で休む。ターゲットのことは明日昼に起きたら考える。シレンが早くやれって言ってたが、どうせ相手が動くのは夜だし、となると俺は生活時間を多少ずらさないと肝心な時に集中力が切れる。一徹くらいはなんとかなるが、一晩で片がつくとも限らねぇ」

「だから魔法使いは夜行性が多いんでしょうか」

「どうせお前が見てきた魔法使いは、大体夜闇に紛れてろくでもねぇことやってる奴らだろ。正当な商売しかしてない魔法使いは夜行性じゃなくても全く問題ねぇからな。まぁ、そうなるとちょくちょく夜行性にならざるを得ない、悪い魔法使い狩りが正当な商売かどうか怪しくなってくるが」

「我々が行っているのは商売ではありません。神の代行とも言うべきこの上なく正しく、且つ人類にとって不可欠な行いです。たとえ信仰を持たなくとも、誇るべきです」

「そりゃどうも」

「悪魔にどんなちょっかいを出されたのか知りませんが、迷わないでください」

「迷いはしねぇよ。女だろうが老人だろうが子供だろうが、殺す時は殺す。そこで迷って俺が殺されるってのが、俺にちょっかい出してきてる悪魔の望みなんだろうからな、思う壺にハマってたまるかよ」

「……なら、構いませんが……」

 ツバキは「今更心配されるようなことじゃねぇ」と笑ってグラスの中の飲み物を飲み干し、再び煙草を口に咥えた。


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