Section 4
ツバキが目を覚ましたのは、午後一時過ぎだった。
恐らく寝付いたのは朝六時半時前後。六時間半で目が覚めたのは、魔法を使った翌日ということを考えたら奇跡に近い。
疲れが取りきれていない頭と身体を無理矢理起こすと、ルカと荷物がなくなっていることに気付く。
「あんにゃろ……」
置いていかれたことになんとなくイラッとしそうになったが、無理に起こされるよりはよかった、というか、解放されたのか、思い直す。
テーブルの上に「お疲れ様です。私は本部に戻ります」と英語で書かれた書き置きがあり、几帳面な奴だ、とツバキは思わず笑った。
自分だったら何も残さずに置いていく。
自由の身になったツバキは身支度を整えてホテルを出た。
貸し金庫に預けていた己の荷物を回収して、次はどの辺りで仕事だろうか、休暇になるなら日本か、或いは香港に顔を出そうか、などと考える。
今度の相方は、世界中のどこにいても連絡がつきそうで恐ろしい。恐ろしいが、いちいち相手がこちらに連絡をとれるかどうか、新しい任務があるかどうかを気にしなくていいのだ、と前向きに考えることにした。
精神の枷になるような事柄は、魔法を使う時に障害にしかならない。何か気がかりなことがあるなら、諦めて気にしないようにするか、とっとと解決するかすべきだ。些細な気がかりも、魔法を使う局面では運命を大きく左右する。
それだけではない。
ツバキのように供給を受けない限りは一般人と変わりないかなり特別なケース、或いはこちらは百人に一人程度はいるし、自覚のない者も多いが、ルカのように自らは使役出来ないが保持している魔力が極端に多い者たちも含めて、魔法使いは悪魔に狙われ易い。その理由を悪魔から聞いた者はいないが、恐らく魔法が使えるという時点で、一般人を堕落させたり狂わせたりするのに比べて、桁違いに大きな被害を安易に出せるからだと考えられている。
人間の心の隙間に悪魔は入り込んでくる。そういう意味では一般人より魔法使いの方が抵抗力は強いが、悪魔との精神戦は、たとえ勝っても十年、二十年は寿命が縮むほどの熾烈なものだ。そもそも目をつけられないようにする方がよっぽど賢明である。
魔法使いである以上は、常に精神を安定させる努力を続けなくてはならない。
「あー。温泉でも浸かって気晴らししてぇ……」
日本語が通じない国ではひとりごとが完全にひとりごとだ。
何を言っても自由な感じがして、ツバキは現地で伝わらない言語のひとりごとが地味に気に入っている。
次の行き先は日本に決めた。適当に腹ごしらえをして空港に向かうことにする。
任務が一つ終わったばかりだし、数日くらいは休んでいてもバチは当たるまい。まだ行ったことのない温泉地などいくらでもある。
どうせなら紅葉が見頃の場所を選んで。
今の時期だと九州あたりはどうだろうか――。
×××
雑踏をすり抜けていく。歩く障害物でしかなく、雑踏、とひとくくりにするしかない、個など一切感じない人の群れ。
日本人は誰も彼もが雑踏を抜けるのが上手い、きっとビデオゲームで敵を避けるのも上手い、ニンジャの末裔でニンテンドーのお膝元に住んでるから、と誰かに(多分フランスに行った時に)言われたことがあるが、ツバキは先祖はおろか親の顔すら知らないし、日本で育ったわけではないし、ゲームをやれるようなまともな子供時代も過ごしていない。
何の血が流れていようと、知ったことではない。この体を動かしているのは自身の鍛錬と経験だ。
……さすが日本人、と言われるのは満更でもないが。
不意に、雑踏のささやき声が耳に入ってくる。
「オルタナティブ」
耳が拾ってしまう嫌な言葉。
舌打ちをして、極力気にしないように、しかしその場から逃げるように足を速める。
ムキになって歩いていくうちに、空腹を思い出した。
そうだ、腹ごしらえをしたいと考えていたのだ、と周囲を見渡すも、どこまでも続きそうな雑踏が視界を阻み、自分が今どこにいるのかさえわからない。
いつまでもチビと呼ばれていた十代の頃を思い出す。ずっと自分より背の高い人間しかいない世界で育ってきたのだ。
闇雲に歩くが、雑踏に切れ目はない。一度思い出したらどんどん空腹が気になっていく。これはもう、空腹というよりは飢餓だろう。殺意さえ掻き立てられる程の空腹なのだ。
「いただきます」
雑踏の向こう側から、そんな声が聞こえてきた。
「おいしい」
「おかわり」
「乾杯」
「デザートは別腹」
「とりあえずビール」
「うまいね」
「まだまだ食べられる」
「美食こそ最高の幸せだ」
色んな方向から、そういった声が聞こえる。
怒りや妬みが煽られ、鼓動が速くなっていく。
食事をする人間の姿は見えないし、食べ物の匂いもしない。食器がたてる音は微かに聞こえてくる。
食べ物の匂いはしないが、血と肉と、何か汚いものの臭いがした。
「おあがり」
急に背後から男の声がして、ギョッとしたツバキは振り返る。
振り返りざま、頭を掴まれて口の中に生臭いとしか形容出来ない何かの塊を押し込まれる。
すぐに吐き気がこみあげてきた。必死に抵抗しているのに、男は信じられない程の強い力でツバキの頭を押さえていて、口の中に押し込まれたものを飲み込むしかない。
腹が満ちるのを感じた。
涙がこぼれて止まらない。
腹が満ちたら、空腹が掻き立てた殺意だけが残った。
考えるのをやめる。
吐き戻すほど詰め込まれて膨れた腹を抱えて、ツバキは考えるのをやめた。
×××
「起きなさい、黄色い寄生虫!」
「あぁあ!?」
強烈な耳の痛みでツバキは目を覚ました。
昨日開通したばかりの穴に入っているピアスを摘んで引っ張られて耳元で怒鳴られている。
「いたっ、痛い! 痛い痛い、離せっ!」
「ようやく目が覚めましたか」
声を聞いただけで見下されているのがわかる、そんな声である。
ルカだ。
あたりを見回すと、視界に広がったのは見慣れない質素な部屋だ。簡易ベッドに寝かされていたらしい。悪夢を払いのけるように記憶が整理されていく。軽く腹を満たして空港に来て、チケットを取ろうとするも、次のフライトまで二時間半あると言われたのでとりあえず喫煙室に行って、戻って、……そこからはよく覚えていない。
「あぁ~……」
「一体どういうことです? 不意打ちで魔法をかけられたのだとは思いますが、まさかただの居眠りだったとか、体調不良だとか、薬を嗅がされたとか、そういう理由なら、少しこちらも対処を考えますよ」
対処という単語をここまで不穏に使う人間もそう多くはあるまい。そして、魔法で昏倒している人間を起こすのに、開けたばかりの軟骨ピアスを引っ張って耳元で人種差別的な表現を使った罵倒語を怒鳴るとは、全くプロなのか素人なのか、育ちが良いのか悪いのかわからない。
「魔法じゃねぇな、多分」
「じゃあ」
「悪魔だ」
ルカが息を呑んだのがわかる。
悪魔と聞いたら、普通は生命と正気があったのが奇跡だ、と考えるべきだろう。
ただ、ツバキは何度か似た経験をしている。
「誰だかわかんねぇが、悪魔にちょっかいをかけられたんだと思う。こちらとしては無意識に相当抵抗してるだろうし、相手もちょっとしたちょっかいのつもりだったんだろうから、何の後遺症もねぇがな。ひっでぇ悪夢を見せられた」
思い出しただけで吐き気がする悪夢だ。精神の弱いところを的確に突いてくる辺り、悪魔のしわざに違いない。
「ていうか、なんでお前ここにいるんだよ。そしてここどこだ」
「ハンブルク空港の最寄りの《教団》容認派の教会の宿房です。空港であなたが倒れて目覚めないようなので、この教会で一時預かってもらって、空路で急いで迎えに来ました」
「空港の医務室から病院を経由しないで教会に?」
「そうです。なんのためにそれを着けてもらったと思ってるんですか」
ルカが耳を指差すので、あぁ、やはりピアスで把握されているのは居所だけではなかったか、と確信を得る。
「有無を言わせず最初にそれを着けてもらって正解でした。病院に入れられていたら、あなたの場合は特に引き取るのが面倒なことになるでしょう」
「そうだな、パスポートは偽造した奴しか持ってない上何種類か持ってるからな」
「警察沙汰になるような間抜けは《剣》に要りませんよ、ツバキ」
「わーってるわーってる。今回はなんで悪魔にちょっかい出されたのか全く身に覚えがねぇし魔法使って疲れてたから、襲撃に対処出来なかった。反省はしているのでそんなに睨むなください」
「……睨んでません」
ルカは一度視線を逸らし、溜息を吐きながらいくらか表情をゆるめてツバキに向き直った。
「教会の方で引き取ってもらう時にスムーズにするにも、私と同業であることを説明しやすくするためにも、十字架を首から下げてもらえたらかなり楽なんですが。そこまでは強要出来ませんね」
「……今はまだ、嫌だな。あれを首からかけるのは」
「まだ?」
「俺は悪魔じゃねぇから、一生何があっても首からかけないとは言い切れねぇよ。人生何があるかわかりゃしねぇ。いつか、クリスチャンになる日も来るかも知れねぇ。けど、今は違う」
ルカは神妙な顔でツバキを見つめた後、少し思案顔を見せた。
何を考えているのやら、ツバキには全く見当もつかない。
「あと、偽造した奴じゃないパスポートも当分手に入らないから、そのつもりでいてくれ」
「……どういうことです?」
「俺、本籍地とか戸籍とか、存在してるかどうかすらわかんねぇから、パスポート取りようがねぇんだよ。あ、今更だけどここって盗聴とかされてねぇよな?」
ルカが目を丸くした。さすがに驚いたようで、何か言いかけて咳払いをして誤魔化している。
「あなた日本人でしょう? 日本でそんなことってあり得るんですか? ……とりあえず移動しましょう、機械による盗聴がされていないのは確認していますが、他人に聞かれて得をする話ではないでしょうから。それと、新しい任務の話もあります」
「あぁ、そうだな、ってマジかよ……ああ~~~~由布院!」
儚く散った温泉プランを惜しんで嘆きつつ、不承不承ツバキはベッドから起き上がった。
移動はルカの運転だった。空港で借りたレンタカーだそうだが、ほぼ電気だけで走れるハイブリッド車なので、すごく静かだった。
ルカ曰く車は日本車に限る、だそうだが、ツバキも、まぁ、燃費は良いしな、と適当に頷いておいた。
「魔力もガソリンも、食い過ぎないに越したことはねぇや」
「魔力はやはり、燃料のような感覚なんですか」
「いや、そう言われるとちとちげぇな。燃料って感覚で魔力使ってる奴って俺より無駄が多そうだ」
「ほう?」
「俺はエンジンじゃねぇ。だから、お前が俺に寄越すのはガソリンじゃねぇ。俺の感覚だと、お前の魔力を俺に弾として詰めて、俺はそれを叩いて撃ち出す。言わば俺は生きた銃、お前の魔砲だ」
ルカの表情は運転に集中したままで、中身までは全く窺い知れないが、何か考えているような間があった。
「あの」
「なんだよ」
「いえ、やはり遠慮しておきます。ただの好奇心でした」
「ああ?」
二人揃って無言になると、静かな走りが売りのハイブリッド車の走行音も耳が拾うようになる。ハイウェイの風景は全くつまらないが、他に見るべきものもない。
「クルマに乗る前に、お前、俺に日本人だろって訊いたよな」
「……えぇ。口が滑りました」
「なんだよそれ。……まぁ、結論から言うと、俺は血統的には日本人だが、育ちは日本じゃねぇ。香港で育った」
ルカは、言葉を咀嚼しているらしかった。少し間を置いて口を開いたが、相槌以上の何者でもない、シンプルな言葉しかこぼれてこなかった。
「そうなんですか」
「どうも、親に捨てられちまったらしくてな。物心ついた時には、香港のはずれの歓楽街でツバキって呼ばれて知らねぇおっさんの膝に乗せられてた。店長は、日本人の女……多分それが俺のおふくろなんだろうけど、そいつが俺を売って行ったっつってたから、まぁ、血筋は日本人なんだろうよ」
「……」
「まぁ、信じるか信じねぇかはお前の自由だ。だが、そういう経緯だから俺のことは俺自身、よくわからねぇ。一度も本名を晒してねぇから悪魔なんじゃねぇかって疑われたことが何度もあったんだが、ツバキって名前だって店長がつけた俺の商品名だし、店長すら俺の本名知らねぇんだから、名乗りようがねぇ」
「せめて源氏名と言ったらどうです」
「似たようなもんだ。今だって俺は命一つ切り売りして生きてる」
「……」
またも車内に沈黙が降りる。ツバキは要らないことを喋ったか、と反省しつつ、要らないことを喋った原因が口寂しさだと気付く。
「なぁ、窓開けても良いか」
「ハイウェイなのでダメです。それにこの車、禁煙ですからね」
「……」
ルカはツバキのイライラというか、そわそわした態度でとっくにヤニ切れに気付いていたらしい。
気付いてしまうとその先は地獄だ。よくよく考えたら、数時間昏倒していた時間も含めてかなりの時間煙草を吸っていない。
「今の今まで忘れていられる程度のニコチン中毒なら、いっそ禁煙したらどうですか」
「ニコチンは俺の燃料なんだよ」
「幻想です。それに空港まであと十分もかかりませんから、我慢してください」
ツバキの溜息を最後に、また沈黙が車内に充満した。
ツバキは無言で過ごすことが嫌いではなかったが、ルカの無言が醸し出す空気にはまだ当分慣れそうにない。
×××
かつては旅客機の中では一切電波を発するものの電源を入れてはならなかったが、最近はそういった機器には電波の送受信をしない機内モードが搭載されているのが一般的になって、どこの航空会社の便でも機内モードにすれば電子機器を使えるようになっている。
ハイジャックやテロの道具を与えたようなものだという意見も根強い中、時間を惜しんで仕事をするビジネスマンや、電子書籍愛好家は空の旅をより有意義なものにしていた。
ツバキとルカもルカのタブレット型PCをオフラインモードにし、ルカがまとめた任務の要件についてタッチパネルキーボードを使って筆談している。
悪魔憑きの若い女か……、生死は問わないって言うが要は殺せってことだろ?
浄化が可能ならば浄化でも構わないということでしょうが、私もあなたも浄化する術は持っていませんからね。それも、憑かれてから半年も経ってしまっては素人のカウンセリングや浄化術の真似事では如何ともし難いでしょう。
神父はいないのか? 《剣》には。
《剣》に神父はいませんね。シスターはいますが、彼女はエクソシズムの使い手ではなかった筈……《杯》にはいる、と聞いたことがありますが、私は会ったことがありませんし、現場に出られる人材なのかどうかもわかりません。
《教団》ってのはつくづく胡散臭ぇ集団だな。
あなたのような存在に言われる筋合いはないと思いますが?
尤もだ。俺自身、もうちっと俺のことが知りてぇくらいだ。
もし本気でそう思っているなら、そういうことが得意な知り合いがいますが、そういうことをして欲しいとは思っていないでしょうね。
……気持ちだけ受け取っとく。
はい。
ツバキの脳内に、ルカが「プライバシーという言葉は無効」などと宣っていたな、と記憶がよぎるも、不思議と言われた時ほどの危機感はなかった。
ところで。
なんでしょう。
ターゲットは今日本にいるって言うが、社長秘書ってことは社長と一緒にいる時間が長いんだろ? そっちの調査はしてるか?
えぇ、彼女が登録している住所に住んでいない状態なのは、外泊を続けているからなのですが、その宿泊先として社長の出張先への同行や、社長宅に泊まるといったことが少なくないんです。当然調べていますよ。青松貿易の社長はええと……、これですね、リン・アオマツ、二十五歳。先代社長の一人娘で、最初はそれが理由で大学卒業後すぐ会社を全て任されるに至ったようですが、なかなかに切れ者のようで、三年目にして既に父親の代よりも業績を伸ばしています。
青松凛……二十五歳、ってことは三つ下か。
いえ、同い年ですよ。ターゲットとは大学の同級生という縁です。
いや、俺と三つ違いだな、って。
……三十一じゃなかったんですね。
あ? なんで三十一? あっ、唯一偽造じゃない運転免許の情報か。いや、だってまだ三十路には見えねぇだろうよ。
日本人は童顔だし、その中でも更に童顔となればあなたの外見で三十一もあり得るのだろうか、と思っていました。
ねぇわー。
それより偽造じゃないのに年齢が違うってどういうことですか。
まぁ、それは説明めんどくせぇから今はスルーしとけ。
そうですか。
だが三つ下で、リン……。
何か心当たりでも?
いや、リンって名前は日本ですげぇ人気の名前だからな、俺が知ってるリンと同一人物って可能性は低いだろう。
そうなんですか、日本人の名前は規則性が見えなくてよくわかりませんが、人気の名前というものもあるんですね。
まぁ、年々変わるけどな。俺もまだ人生の半分も日本で過ごしてねぇからわかんねぇことはいくらでもあるんだが。
そうですか……では、もし日本に日本語が喋れる中国人がいたら、目立つかどうかなどは……
あぁ、そりゃわかるぜ。顔つきと日本語の完成度にもよるが、両親が中国人、中国で育った中国人なら、ちょっと日本語が上手いくらいじゃすぐバレる。
そういうものですか。
そういうもんだ。西洋人のお前には視覚で判別するのは難しいのかも知れねぇが……、あ、お前は耳が良いんだから僅かでも中国訛りが残ってりゃすぐに日本人じゃないってわかると思うぜ。発音の仕組みが全く違うからな。
あなたは正常な発音の日本語を喋れると聞いていますが?
おう。日本に渡ってすぐはしょっちゅう中国人と間違われたけどな。それぐらい、日本と中国の言語は文法も発音も明確に違う。
では、ターゲットは周囲の日本人から、外国人だ、ひいては異質だ、という目で見られ続けている可能性が高いですか?
そうだな。日本語が完璧なら多少変わってくるだろうし、勤務先が貿易会社だし、英語で会話するとだいぶ目立たないだろうが、それでも日本人は文化や価値観の違いに敏感だし、ガッツリ排他的ってほどじゃないが英語喋れねぇ奴が多いせいか、外国人アレルギーみたいな奴が結構いる。もちろん打ち解けちまえば国籍とか育ちとか気にせず普通に接する奴が殆どだが。ターゲットが孤独を感じて悪魔の誘いに乗りやすい状態だったとしても、なんの不思議もねぇや。
ルカが返事を打つ手を少し止めて、何か思案している。
ツバキはその間に任務の概要を改めて咀嚼する。
それにしても不思議というか、腑に落ちない。
昨日初めて顔を合わせた相方と任務をこなし、翌日には次の任務に向けてもう飛行機に乗っている。
気味が悪いほどの急展開だ。
前のパートナーと組んでいた時に請け負った宙ぶらりんの任務がある中の人事異動、それで出来た急ごしらえのコンビにわざわざアジア支部管轄内の悪魔憑きの任務を押し付けてくるなんて、《教団》は何を考えているのだろうか。
ろくなことではないのは確かだが、ツバキにはこの仕事をやめるという選択肢はない。
ツバキ、私はこの任務をかなりきな臭いと思っています。
奇遇だな、俺もだ。
私はともかく、あなたは悪魔にちょっかいを出されたんです。不安ではないですか? 飛行機に乗せておいて言うのもなんですが、あなたはこの仕事をしない方がいいのかもしれません。
お前、意外とまともなことも言うんだな。
意外とはどういう意味ですか。
意外は意外だ。もっとひでぇ奴だと思ってたってことだよ。ただ、俺は仕事を降りねぇ。どうせろくなことにならないってのはわかってるが、いっつもそうだ。俺をろくでもない目に遭わせたい奴はいくらでもいるからな。
再びルカが手を止めたので、ツバキがタブレットを取り引き続き打ち込んだ。
こんな俺と組まされたお前に同情しねぇわけじゃねぇぜ。だが、否だ応だ言ってもどうしようもねぇことに否を唱えるのはダセぇ。お前は黙って俺に弾をこめろ。俺が望んでるのはそれだけだ。
私はあなたが嫌いです。
知ってらぁ。だから本気で頑張ってくれるんだろ?
「最悪だ」
「何がだ」
「考え事をしたいので、会話を打ち切ってもいいですか?」
「お前本ッ当に自由人だな……」
「初めて言われましたね、そんなこと。そして、あなたには言われたくないです」
「なんで飛行機って密室なんだろうなクッソ」
「ニコチンの禁断症状がいくらつらくても自業自得なので八つ当たりはしないでください」
「失礼致します。お客様、他のお客様のご迷惑になりますので」
CAに完璧な苦笑いでうるさいと怒られ、ツバキは舌打ちを、ルカは盛大な溜息を吐いてそれきり一言も口を利かなかった。




