Section 3
ルカがスイス・バーゼルに着いたのは大体正午頃だった。
駅前のカフェでチーズとトマトがメインのシンプルなサンドイッチとコーヒーで軽く昼食を済ませ、再び移動。一時間半ほどかけてスイスの首都ベルンに到着した。
ベルンには、《教団》のヨーロッパ本部がある。
十代の頃からこの地を拠点に仕事をしているルカにとっては、第二の地元、馴染みの街だ。
ベルンは氷河が作ったアーレ川というきつく蛇行した川に囲まれた半島を中心に形成されていった美しい街だ。本部はアーレ川の外側にある比較的新しい建物だが、ごみごみした歓楽街で仕事をしてきたルカの心を癒やすには十分だった。
本部は、歴史こそ浅いが非常に豪奢で大きい聖堂を持つ教会の地下に存在している。ルカは聖堂でひとしきり祈ってからエレベーターで地下に下りた。IDカードと手のひらの静脈による認証を経れば、《教団》の実質的核とも言える施設にようやく入ることが出来る。
とことん無機質でシンプル、合理性にのみ特化した内部は、地上に建っている教会とはまるで真逆だ。
「あ、ルカさん。おかえりなさい。噂の彼は一緒じゃないんですか?」
本部エントランスから七条伸びる廊下の一つから、ルカに声をかけてきた青年がいる。サンディブロンドの髪にヘーゼルの瞳、ソバカスの散った顔は、素朴で華はないが自然に笑い慣れている印象がある。
互いにスーツ姿で、更に首にかけたIDカードケース、黒い革のビジネスバッグという出で立ちなので、まるで会社のエントランスで立ち話をしているビジネスマンのようだ。
「お疲れ様です、ハンス。噂の彼とはどういう意味ですか?」
「いや、あのアジア支部で抱えきれなくなってこっちで扱うことになった……えぇと、ツバキ、氏ですよね。あなたと組むことになった話が、本部で持ちきりなんです。当然僕も気になりますしね、これから僕が担当するわけですし」
ルカの一つ年下で、ここでは三年後輩のハンスだが、真面目で勤勉なのをルカはとても気に入って、自ら申請を出して自分の担当につけている。
「そうですね、きっと彼は多大なる迷惑をかける問題児ですが、ハンス、めげずに頑張ってください。ちなみに、一緒ではないです。朝、起きる気配がないのでドイツに置いてきました」
「えぇ!?」
「一刻も早くこちらに戻りたかったので……彼にも昨日のうちに、翌日の朝まで自由行動は許さないと伝えたので、とりあえず次の任務まで解散、という意図は伝わっていると思いますし、彼も解散したいと思っていると思いますので、特に何も言わずに置いてきました」
「えぇ……。あの、まぁ、はい。ルカさんのことだから、居場所はきっちり把握してらっしゃるんだろうし、問題ないと言えば問題ないんですけどね……」
「どうせ、同行しろと言っても嫌がると思います。無理に連れてくる理由もないので」
ハンスはルカの真顔に圧倒されつつ苦笑いしている。ルカが歩き始めたので、その後ろを歩きながら伝達事項を伝え始める。
「えぇと、ルカさんに次の任務来てます。それの詳細はルカさんの都合のいい時に室長のところへ行ってもらうことになってますね。まぁ、室長は暇してると思いますが念のため連絡入れてから行ってください」
「室長から直ですか?」
「そうなんです。大変なことが続くようですが、頑張ってくださいね」
「はい、了解しました」
「それから、来月の第三日曜日ですね、聖歌隊の方からお声がかかっています」
「任務が終わっていたら参加するつもりでいる、と伝えてください」
「はい、わかりました。いやー、シスター・アグネスたちが喜びますよ」
「そうですか? 息抜きをさせてもらって恐縮なんですが」
「ルカさんの歌声のファンはルカさんが思っている以上に大勢いますよ?」
「私の歌にファンがいるなんて初耳です」
「みなさん、シャイで伝えられないだけですって。あと、デュルヴィル氏がルカさんの帰りを待っているようでした」
「だと思ったので、今向かっています」
「なるほど。では、僕はツバキ氏の任務の処理の方に戻ります。総務課のデスクにいるので何か用があったら呼んでください」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
立ち止まって軽く頭を下げたハンスに見送られ、ルカはきびきびと廊下を進んでいく。
デュルヴィルに文句を言わなくてはならない。
リュウイチ・デュルヴィルは《教団》お抱えの技術者だ。
とにかく細かい作業と小さい物作りが好きで、仕事の合間にも米粒に絵を描いたりピンセットで折り鶴を作ったりしている、極めて目立つ変人である。
生まれも育ちも血筋もフランスという生粋のフランス人だが、手先が器用で精密な仕事をする技術者の多い日本に憧れて、何故かファーストネームだけ日本風に改名している。
しかしデュルヴィルの手仕事には誰もが一目置いており、本部内には彼の居室兼仕事部屋が設えられて、彼に仕事を頼む者は直接交渉しなくてはいけない、というシステムになっている。デュルヴィル本人に嫌われてしまうと仕事を頼めなくなるのだ。
ツバキもそうだが、《教団》は扱いが難しい変人でも自由人でも欲しいとなればある程度の特別な待遇を用意して囲い込む。それを気に食わないと思う者も少なくないが、ルカは見合う仕事をするなら特別待遇の者がいても構わない、というスタンスだ。
だがデュルヴィルに関しては、性格や言動の面で気に食わないというか、少なからず嫌悪を感じるので、ルカは彼のことが個人的に嫌いだった。
彼の部屋に近付くだけで嫌な気分を思い起こすが、今回は言うべきクレームがあるので仕方がない。意を決してインターフォンを押し、その下のタッチパネルにIDカードをかざす。基本的に全ての個室はかざされたIDカードの情報を室内のインターフォンの画面で確認出来るようになっている。
デュルヴィルが部屋を留守にしていることは滅多にないが、やはり今日も在室していたようで、すぐにドアは解錠され、中に通された。
「はぁい、ルカ……どうだった? 俺からのプレゼントは……クク」
水族館のような、薄暗い室内。壁面に並んだガラスは水槽ではなく、展示用のケースだ。中身はとても小さくて近寄らないと何が置いてあるのかわからないが、恐らく彼の作品であろうものが並んでいる。細かい作業をする彼のデスクにはさすがにライトが備え付けてあり、その明かりの中に黒いウェーブヘアを伸ばしっぱなしにしている男の顔が浮かんでいる。地下にあるこの施設から殆ど外出しないので、肌が骨のように真っ白だ。
彫りが深いというより落ち窪んでいると言った方が妥当な暗い目元がじっとり笑ってルカを見つめている。
「どうだったもこうだったもありません。注文通りに仕事が出来ないのなら、そのように上に報告しますよ」
「えェ~? 渡されたシルバーのピアスにいつものGPS受信機とチェッカー仕込んでくれって言われただけだからなァ、俺は……」
「確かに、無駄な細工は入れるなと指示はしませんでしたが、あれでは何のためにこちらからピアスを提出したのか」
「はははァ、そんなに怒らないでよルカァ~……でもどう? 新しい彼に似合ってただろう?」
デュルヴィルはまるで少し酒に酔っているのではないか、と思われるほどヘラヘラした話し方をしているが、これでシラフである。ルカは自分の手のひらに爪が食い込んでいくのを感じた。
「新しい彼、とは?」
「ルカさァ~、わかってることをいちいち相手に確認するの、やめない? ツバキのことだよ……クク」
「なら最初からツバキと言えばいいでしょう。それに私はわざわざ新しい彼などと表現する理由を尋ねているんです」
「ちょっとからかっただけだよォ……そんなに目くじら立てないでさ、教えてよ、どうだった?」
「……」
「ツバキってさァ……俺、前から気になってたんだよね、日本人だっていうから……」
ねっとりと笑うデュルヴィルが心底気持ち悪く、苛立ちを越えて目眩さえする。それを堪えようとして一層筋肉が強張った。爪が手のひらの皮膚を食い破ってしまいそうだ。
デュルヴィルが同性愛者だとか、変態性欲の持ち主だとか、そういった具体的な噂は一切ないし、本人もそういう発言はしないのだが、どうにもそういった嗜好の気配が見え隠れする笑みなのだ。
根っからの信徒であるルカには到底看過出来ない。
「無駄口はいいので、何故不必要な細工を入れたのか説明してください。理由次第では本当にあなたのミスとして報告します」
「その前に、俺の質問に答えてよ? ……クク。先に質問したのは俺だよ……ねぇ、どうだった?」
「……」
ルカは溜息に見せかけて深呼吸をする。気をつけないと、嫌悪を堪えようとして呼吸まで止めてしまいそうだ。
金輪際会わなくても仕事が成り立つなら即刻縁を切りたいが、ルカが仕事で使う小道具は他の人間に任せられない。観念して彼の要求を飲まないと、へそを曲げられたら一層面倒で、不快な思いをすることになるだろう。
「……わかりました。答えるので、質問をより明確にしてください」
「ツバキがピアスを見てどういう反応してたか……それと、ピアスを着けたツバキを君がどう思ったか……。どうせ君のことだからさ、つけさせたんだろう? それだけデザインに文句を言ってもさ……」
喉を鳴らすように笑うデュルヴィルは、非常に機嫌が良さそうだ。ルカの不快さは、まるで喉に異物を押し込まれているような有り様だが。
「彼は、明らかに引いていましたね。ピアスを着けろという私の要求に対しての拒絶もあったでしょうが、鱗の模様を見て一層嫌な顔をしていました。私が蛇と呼ばれているからでしょうね」
「ふっふ……ふふ、そう、そうかァ……」
デュルヴィルは痙攣するように笑い、ひどく満足そうに「そうか」と繰り返している。それを遮るように、ルカは回答を続ける。
「それを見て、私はあなたにクレームを付ける決心をしました。彼に不必要な不快感を与えたからです。あと私自身、彼に着けなければならないので彼の前では一切そんな素振りは見せませんでしたが、配達されてきたものを見た瞬間、かなり不愉快な気持ちになりました」
「ふ、ふふ。そっかそっかァ……ごめんね? 喜んでくれると思ったんだけどなァ……ふ、クク」
「残念でしたね。全く喜べませんでした。中身の挙動は随分良いのでその点は評価していますがね。……では、あなたが答える番です」
デュルヴィルは笑うのを一旦止め、にぃ、と口角を上げてルカを見つめた後「ツバキが日本人だって聞いたから、リュウイチって名前のフランス人が日本の龍をイメージして鱗を彫ったんだよ、って伝えてあげてよ」と、ひどく愉快そうに言った。
いつでもこの調子で、且つルカを大層気に入っている様子なので、ルカはこのデュルヴィルという男が大嫌いだ。
名残惜しそうに唇を尖らせたデュルヴィルの部屋をそそくさと後にし、鞄のポケットからPDAを取り出す。室長に音声通話をかけると、すぐに応答があった。
「はい、本部統括室」
「執行課第六班ルカ・クラインです。任務についての詳細を聞きにうかがいたいのですが」
「あぁ、ルカくんか。こっちに帰っているのか? 今から来られるならすぐに来たまえ。今ならアンジェリーニ神父もおられる」
「はい、帰還しております。今からそちらへ向かいます。失礼します」
通話を切断し、しばしPDAを見つめて室長の言葉を反芻する。
アンジェリーニ神父が来ている。
イザイア・ジョヴァンニ・アンジェリーニ司祭。
イタリア出身のカトリックの司祭で、《教団》とのパイプになっている。というか、だいぶ《教団》に体重をかけて立っている人物。
本部の地上階である教会の主たる人物でもある。
四十代前半という年齢にそぐわず肉体は若者のように壮健、しかし顔つきと表情はやや老成しており、精神年齢の高さ、人生経験の重厚さをうかがわせる。
現在、ルカが父と呼びうる唯一の人物。
PDAに表示されたデジタル時計が時を刻んで表示が変わったので思考に区切りをつけ、ルカは歩き出した。
デュルヴィルの工房はセカンドエリア(エントランスのエレベーターから見て最も左側)の地下三階だが、室長室はエントランスホールの真下にあたる空間にある。一旦エントランスまで戻り、中央エレベーターで地下へ潜らねばならないが、中央エレベーターでエントランスより下層へ降りる際は下層からワンタイムパスワードを受け取り、それを入力する必要がある。
《教団》の実働部の核たる本部の中でも、本部に含まれる諸々の部署全てを統括している本部統括室は厳重に守られねばならない。
エレベーターから降りたらすぐに武装の完全解除を確認するボディチェック、悪魔や悪魔憑きではないことを証明するために聖水に指を浸して十字を切る儀式を終えてようやく本部最深部に足を踏み入れることが許されるのだ。
通る者それぞれ、通る度に長さが変わっているように感じる不思議な弧を描く廊下(恐らく統括室の周りを取り囲むように作られている)を進むと、右手に扉が現れる。ここまで来ると、インターフォンを押し、IDカードをかざすのは他の部屋と同じだ。
「執行課第六班ルカ・クライン参りました。失礼します」
「入りたまえ」
インターフォン越しに室長の声が聞こえるか否かのタイミングで解錠される音が聞こえた。一呼吸おいてドアを開ける。
「おかえり、ルカくん。どうだったね、アジアの問題児は」
部屋は一面、黒だ。床も壁も天井も艶のある黒。調度品も全て黒とガラスで揃えられている。デスクの背後に三つあるモニターや電子機器のLEDランプだけが様々な色をきらめかせていて、夜景を閉じ込めたような部屋。
デスクに向かって部屋の主である本部統括室室長が鎮座しており、少年のような好奇心を持ってルカを見つめている。
ロマンスグレーの髪や肌のしわには年齢が出ているが、着ている黒いスーツもネクタイも、彼が着るには少しデザインが若い。しかし、それが不思議と似合う。
そして、視線を左に移すと、部屋の隅に周囲の黒に紛れるように黒いカソック姿の神父が立っていた。ルカは久しぶりに神父と相見えたが、相変わらず肌は蝋のように白い。そして、それ以上に眼球の白が目立つ眼光の鋭い男だ。変わったところと言えば、まだ白髪の一本もなく、細く煙るような黒髪が肩まで伸びていたことくらいか。笑むように目を細められたので、会釈をして室長に向き直る。
「はい、昨日彼が個人的に《教団》から請け負った任務に参加し、問題なく遂行し、無事帰還しました。ツバキという人物については、まだ不明な点が多いので判じかねるところもありますが、戦力としては申し分ないかと思います」
「うんうん。彼はサロンの方と直の契約者だから、統括室でも素性がよくわかっていないからね、わかったことがあったら些細なことでも報告書を出してくれ」
「了解しました」
サロンという単語にルカは少なからず動揺するも、表情には出さなかった。執行課の課長から「上の方からの命令があって、君はツバキと組むことになった」と言われていたので、てっきり統括室か、或いは室長命令なのだと思っていたが、更に上層の意向だったらしい。
サロンは《教団》の指針を影から操る存在で、サロンとしか呼ばれず、構成員が何人いるのか、どんな人間が参加しているのか、《教団》内部の人間ですら大多数が全く知らない。
「次の任務から正式に二人でやってもらうことになるわけだが、大丈夫そうかね?」
「お任せください。なんとしてでも手綱を握ります。彼に好き勝手はさせないので、ご安心ください」
ルカは至極真面目にそう答えたが、室長と、影のように立っていた神父が弾かれたように笑い始めた。
「はっはっは、手綱。なるほど、さながらじゃじゃ馬馴らしということか? どういうコンビになるか楽しみじゃないか、なぁイザイア!」
「あぁ、私は一体、どこで育て方を誤ってしまったのか……否、ブラザー・ルカらしくて個人的にはとても好感が持てるがね」
ルカは困惑しながら、二人の男が笑うのをやめるのを黙って待った。幼い頃から、この二人はことあるごとにルカをネタにこうして笑うのだ。
「はぁ……あぁ、笑った。しかし、本当にルカくんは相変わらずで頼もしいな! 次に報告に現れるのが楽しみで仕方ない」
「ブラザー・ルカ。人物も、事柄も、試練も、君が出会うものは全て、例外なく主の思し召しだ。真摯に取り組みなさい」
「はい……」
何故笑われたのか釈然としないが、この二人に期待されたり、諭されたりしたら返事はYES以外にあり得ない。
そうやって頷いたルカを見て、室長は一つ息を吐いて咳払いをし、改めてルカをまっすぐ見つめてくる。
「では、これから君と、ツバキに取り掛かってもらう任務について説明する。久々にリスクの大きい任務だ。心して聞くように」
×××
■主なる目的
悪魔憑きの粛清
■任務完了の条件について
当該悪魔憑きによる犯罪行為の全停止
悪魔憑きの生死は問わない
悪魔本体については、原則、調査に留める
■当該悪魔憑きについて
名 アイリン・ホァン
性別 女 年齢 二十五歳 国籍 中国
職業 秘書
戦闘能力 未知(但し、拳銃の行使を確認済)
備考 勤務先は青松貿易株式会社本社 代表取締役秘書
現在住所は日本東京都港区
但し、現在その住居に住んでいる事実はない
■主なる罪状
殺人 人身・内臓・違法薬物の密売
■備考
憑かれたのはおよそ半年前と推測される
悪魔本体に関しての情報なし
添付された写真には、モンゴロイドの女性が写っていた。
肩に届かないボブカットで、モスグリーンのフレームの眼鏡をかけた、理知的だが控えめな印象を与える面差し。
悪魔憑きだと断定されていながら悪魔本体の情報が一切ないのは、本体がすぐに標的を乗り換えたからだろう。
悪魔に一度憑かれたら、悪魔本体が標的の側から姿を消しても、簡単には悪魔憑きを正常な状態には戻せないので、悪魔の目的が標的を狂わせることそのものだった場合は悪魔が標的のそばに居続ける理由はない。
とは言え、悪魔の思考回路は人間のそれとは全く異なる。本来、人間が理解しうる規則性などないに等しい。悪魔が比較的とりがちな行動を人間がわかりやすく納得しやすい説明をつけているだけに過ぎないが、悪魔憑きの側に悪魔本体がいないケースは稀ではないのは確かなことだ。
今回の任務に本体の殲滅は含まれていないが、なんら情報がない悪魔と戦闘するのは自殺行為に近い。
悪魔を倒すには、昔ながらの方法しかない。すなわち、悪魔の真の名を告げて弱体化させた上で、ということだ。弱体化していない悪魔はこの世界の法則に対して非常に強靭且つ理不尽で、人間が現在持ちうる武装ではまず殺せない。それどころか、悪魔はその姿を見せるだけで人間から正気を奪う。だから魔法に耐性がある戦闘員が必要だし、それでも正気を失うまでの時間が多少伸びるだけなので、事前に相手の正体がわかっているのとわかっていないのとでは大きな差があるのだ。
もし何らかの理由で悪魔が現れたりしたらということを考慮に入れると、三流の異端魔法使いの処分などとは比べ物にならないほどハイリスクな任務だ。
室長からの説明を反芻しながら任務に関する最低限のメモをPDAに打ち込んだルカは、一つ溜息を吐いて保存するとファイルを閉じ、別のファイルを開いた。
ハンスから送られてきたツバキの任務遂行履歴を見る限り、ツバキは弱体化させた下級悪魔を仕留めるだけの能力は持っているようだ。魔力でも物質でも、しかも短距離・遠距離も選ばず攻撃出来るというのはやはり強みだ。
そして、ツバキに足りない調査や追跡、交渉の能力と魔力は、ルカが補える。
(まるで奇跡のような組み合わせ。しかし)
サロンの意向である今回の人事異動、そしてパイプ役と言っても教会の一司祭に過ぎないアンジェリーニ神父が《剣》の任務の説明の場に同席したこと、どうも引っかかる。
任務自体のリスク以上に警戒すべき何かがあるような気がしてならなかった。




