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Brotherhood  作者: 逢桜カイン
Brotherhood 第一巻
2/14

Section 2

ツバキは新しい相方に殴る蹴るの暴行を受けた。

 こちらは少し舌先を切ってほんの少し血を頂いただけだというのに、新しい相方は気性が荒いしケチだ、とツバキは思う。

 ケチついでに、経費節約のために宿も一部屋しかとらないと言って聞かない。信じられない。部屋を分けろと言ったら、自腹でどうぞという返事だった。信じられない。

「あなたとは話さなければならないことがいくつかあります。ので、明日の朝まで自由行動は許しません。あなたが問題児だからお目付け役として私が選ばれたのだと確信しましたし」

 という物言い、前の相方以上に口うるさい予感しかしない。

 前任者は自由人なツバキに愛想を尽かして早々に配置換えを申請して離れていったが、今度の相方はイライラすればするほど近寄って締めあげてくるタイプのようだ。まさに蛇。嫌な相手だ。

 《教団》の上層部も馬鹿ではないらしい。

「とりあえず、宿にチェックインしますよ。あなた、この街にはアジトの類を作っていないでしょう」

「あぁ、歓楽街がある街にわざわざ部屋は借りねぇ」

「そうだろうなと思いました。先ほどの店主とも仲がよろしいようでしたし」

「あいつは無料で部屋貸したりしなかったぞ」

「あんな店の主と平気でつるめるのだから、娼婦に取り入ってヒモになるのも容易いだろうと」

「……ご明察」

 ルカはツバキを見下しているのを隠そうとせず言いたい放題言っているが、ツバキにはそれが不思議で仕方ない。

 《教団》が事前に寄越した資料には、追跡と暗殺と交渉を得意とする冷静沈着且つ狡猾な男だと書いてあった。

 ツバキはルカに関する資料を読んで、愛想笑いが上手くて、且つ無駄口を一切叩かない人物像を思い浮かべていた。こんなに他人に干渉したがるタイプだとは予想していなかった。

「口うるさい、と思っているでしょうが、私だってあなたがもう少し大人しく常識のある人間だったら黙っていますよ。人を値踏みするにしても、何の伝達もなしに任務に参加させるのは常軌を逸していますし、標的を油断させる目的があるにしても汚い街に馴染み過ぎです」

 ずっとPDAを操作し、ツバキの方を殆ど見ずに続くお説教に、ツバキはうんざりさせられている。

「うるせぇなぁ、もうちっとドライに行こうぜ、俺ベタベタされんの嫌いなんだよ」

「だから、干渉されたくなかったら人に言われずともまともに《剣》の自覚を持てと言っているんです。人を魔力タンク扱いしようという腐った根性を叩き直すまでは解放しませんよ」

「それ気にしてんのか」

「後処理の要請と宿の確保が出来ました。移動します」

「はいはい」

 プライドの高さだけは予想通りだったな、と思いながらツバキは歩き出したルカの後を追った。



 ルカ・クライン。聖人の名前に、よくあるドイツ姓。七三で分けられた明るい黄土色の髪、緑色の目。きちんと糊が効いている白いシャツ、地味なグレーのネクタイ、紺色のスーツ、更に薄手のトレンチコートの色は定番のベージュ。何か徹底している気配さえする。

 ツバキに話しかけてきた言語は英語。それだけでは国籍などわかる筈もない。ツバキも英語の他に、日本語、中国語、あとスペイン語は少しわかる。《剣》として派遣される地域は必ずしも《教団》の影響下に限定されない。世界中が職場になりうる。現にツバキも今日、ここドイツで仕事をしたばかりだ。ルカが英語以外の言語を話せない可能性の方がよっぽど低い。顔つきからするに北欧の血を連想するが、外国人は中国人と日本人が同じ顔に見えるらしいから、外見もアテにならないだろう。

 つまり、ルカのことは殆ど何もわからない。

 追跡の能力の上限は見えないが下限は十分及第点を超えているし、書類に書いてあった高い聴力も本当のようだが、パーソナルな部分……彼の芯の部分は何も見えていない。

 本来なら、待ち合わせ場所に現れたルカが本当に《教団》が寄越した新しい相方なのか、もう少し慎重に調べてもよかったくらいなのだが、いきなり組んで仕事をしてしまったのは何故なのか、ツバキにもよくわからない。

 シャツの襟の裏に付けられた発信機か何かを外しながら、首を傾げる。

「ルカ、これ返すぞ」

「おや、気付いていましたか」

「いや、さっき気付いた。まさか本当に殴るとは思わなかったし、仮に何か付けられるとしてもお前が俺を確実に追えなきゃ話にならねぇからな、お前に掴みかかられた時何も警戒してなかった」

「迂闊すぎます。私が《剣》を装った犯罪者だったらあなた死んでいましたよ」

 そうだよなぁ、とツバキはしみじみ思って反論しなかった。

「その点に関して以外も、あなたは無茶なことをし過ぎです。店主が使った催眠術に私が一瞬も抵抗出来なかったら、店主が催眠術を使わずに、或いは催眠術を使いながらあなたを直接撃っていたら、店主に協力者がいたら、私の魔力があなたの予想を下回るものだったら、私があなたの意図に気付かなかったら、あなたは死んでいた可能性が高い。他にも数えきれない」

「お前、それはねぇよ。《剣》が奴程度の催眠術に一瞬も抵抗出来ないなんてことはありえねぇし、店主はお前の銃を視認したらぱっと見丸腰ですっ転んでる俺じゃなくてお前を操らざるを得ねぇだろう。奴が魔法使いとしちゃ下等も下等で術使ってる間に他のこと出来ねぇことも調査済みだったし、なんとなくお前の出来がいいことは信じてたからな」

「なっ……」

「ん? 何か変なコト言ったか」

「今日初めて会った人間を安易に信じてしまっているところが迂闊で無茶だと言ってるんですよ、私は!」

「気難しいやっちゃなぁ」

 なんというか、神経質を絵に描いたような男だ。

 しかしそんな自身の言動にブレーキをかけられないタイプでもないらしく、少し間を置くように黙った後、やや深めに息を吐いた。

「……。……次のブロック右折したところがホテルです」

「ふーん。この辺りってことは、所謂ビジネスホテルって奴だな」

「ビジネスで訪れているのだから他に選択肢はありませんよ」

「確かに。高級ホテルとかラブホとかに野郎二人でなんてぞっとしねぇな」

 無言で裏拳が炸裂した。

「ルカちゃん、下ネタ嫌いなら口で言おう?」

「今日初めて会った相手、しかもビジネスの相手に下品なジョークを言う神経の方がおかしいんですよ、わかりませんか?」

「わかりません」

 二発目の攻撃はルカが振り向いて繰り出してきたので、流石に回避した。

「あなた、本当に頭がおかしいんじゃないんですか?」

「生きてきた世界がちと違うだけだろ、カリカリすんなよ。あとあんまり街中で暴力振るってると通報されることこそ常識だと思う」

「あなたに常識なんて言葉を使ってほしくないですね。殴られたくないだけでしょうに」

 ひどく苛ついた様子でルカは前に向き直り再び歩き始めた。

 可哀想になってきたので、その背を黙って追って行くことにする。



 ホテルの部屋に入ってツバキが一番驚いたのは、ルカの荷物が既に運び込まれていたことだった。

「お前、さっきホテル決めたんだよな!?」

「あぁ、荷物は本部に連絡して運ばせているので。恐らく近くの教会に預けていて、そこから運んでもらったんでしょうね」

「なんだそれ! そんなシステム初めて聞いたぞ」

「あなたがまともに本部と連絡をとらないからです」

 部屋はごくごく普通のビジネスホテル。

 シングルベッドが二つあって、クローゼットとテーブル、椅子、チェストがある。チェストには小さなテレビが置いてあり、引き出しの中に番組表、扉の一つの中には小さな冷蔵庫がはめ込まれていた。

「これからは私と組んで仕事をするのだから、あなたの荷物も一緒に運んでもらいましょうか」

「あ、あぁ」

「あなたの今までの担当が誰だったのかは知りませんが、今後は私の担当があなたの面倒も見てくれる筈です」

 ルカは、何だかんだと文句を言いながらもツバキと組む気満々らしい。スーツケースを開いて中身を改めながら、当然のように言う。

「お前、本当に俺と組むのか」

「上の命令ですからね」

「おま……それだけで?」

「いえ、他の人間に押し付けるわけにはいかないと思いましたし」

「……」

 荷物の中から、何か小さくて光るものを取り出したルカがツバキに近付いてくる。

「なんだそれ」

「ピアスです。……この辺りにつけるとバランスが良さそうですね」

 ツバキの左の耳元の髪を避けて、軟骨がある上の方にピアスを当てている。ツバキの左耳には既に耳たぶに二つピアスが付いているが、それらとのバランスを見ているらしい。

「なんでピアスなんか」

「あなたの迷子札ですよ」

「やっぱりか……」

 蛇系相方の束縛は基礎からしっかりしている。

 ピアスの内部に、先ほど襟の裏に付けられていたものと同様の機械が入っているのだろう。そのピアスをつけている限り、常にツバキの動向がルカにわかるようになるというわけだ。

「新しい穴開ける意味は」

「耳たぶより、軟骨を通した方がなくしにくいかと思いまして」

「軟骨に穴開けるの、結構いてぇって聞いてやってねぇんだけど」

「痛むのは長くて一日ですよ。多分。要るなら鎮痛剤もありますし」

「ていうか、プライバシーって言葉知ってるか」

「残念ながら、このルカ・クラインの前にその言葉は無効です」

「もし、俺がお前と組みたくねぇっつったら?」

「そう主張して逃げ出すのであれば、命令違反に憤りますし、ことと次第によっては私があなたを処理します。が、配置換え申請を出すのは自由です。受理されるかどうかは別ですが」

 ルカの真顔を至近距離で直視すると、蛇に睨まれているようだ。

 ツバキは蛙ではないので竦んで動けなくなることはないが。

「今のところ、お前のことは優秀だと思ってるし、当分は《教団》の仕事してくつもりだし、逃げはしねぇよ」

「なら、何も問題はないですね」

「いや、でも軟骨はちょっと」

「人の舌先を何の予告もなく切って血を奪っておいて、その尻込みはないですよ、観念しなさいツバキ」

 ツバキ、と呼ばれた瞬間、何故だか背筋に冷たいものが垂れたような感覚があって、それ以上言葉が出てこなかった。蛇と呼ばれる男、恐るべし。

 そのままエタノールと思しき液体を染み込ませた脱脂綿で耳を拭われ、針状のものを突き立てられた。

 ジク、と痛みだして、そのうち耳全体が熱くなってくる。

「せめてどんなの着けるか見せろよ」

「着けた後に鏡を見ればいいでしょう」

 ピアスが開けられたばかりの肉の中をこじ開けるように通っていく感覚が痛くて気持ち悪い。次第に、耳が心臓になったかのような脈打つ痛みが大きくなっていった。

「はい、装着完了。外したらすぐにバレるものなので、外そうと思わないように。そうでなくともピアスって、開けたらひと月は着脱してはいけないんでしょう?」

「軟骨の場合はニ、三ヶ月おいといた方が良いかもな、いてて」

 髪を恐る恐る避け、鏡があるであろうバスルームに向かう。

 バスルームではなくシャワールームだったことに甚だ落胆しつつ鏡をのぞき込むと、耳にリング状のピアスが増えていた。

 恐らくシルバー製、よくよく見ると鱗のような模様が刻まれている。

「……うわっ」

 蛇が肉を食い破って頭を突っ込んでいるようなピアスに戦慄せざるを得なかった。



「とにかく一つ確認したいことがあります」

 新しいピアスの穴が放つ痛みに耐えかねて鎮痛剤を飲み、ベッドに横になったツバキの目線の先に、ルカはわざわざ椅子を移動させて腰掛けた。

「なんだよ」

「あなたの能力についてです。どの程度の魔力でどの程度の火力が出るのか、そして魔力はどの程度の血液で供給され、どの程度の時間保持出来るのか」

 ルカの側から見たら至極まともな質問だが、ツバキとしてはなるべく他人に教えたくない情報である。

 もしルカに手の内を明かせば、ツバキが《教団》に狩られる側になった時、間違いなく逃れられないだろう。

 ツバキの強みは、手の内が殆ど明らかになっていない点にある。魔力を自らの身体で生産しないため、周囲からはどれだけデータを取っても火力の限界は推測出来ないし、丸腰と見せかけることが出来るため、面と向かっての不意打ちが可能だ。

「こちらとしては、どれだけ血液を提供すべきか見当がつかないのは困ります。そして割に合わない場合は上に報告して然るべき対応を取らねばなりません」

「お前、馬鹿だなー。割に合わなかったら《教団》は俺なんか無理に拾わねぇだろ」

「もちろん、《教団》の見立ては正しいと思います。しかし魔力も魔法も物理法則に則るものではない以上、単純に損得が計れませんし、私は知識として魔法の概論は知っていますが、実際には魔法が使えませんからきちんと説明してもらわないと細かい部分や個人の感覚に由来する部分は全くわかりません。税金だって使い道が明らかになっていなかったら誰も素直に払いませんよ。そして多少の金銭ならまだしも、戦闘時の魔力の場合、すぐに命がかかってきます」

「まぁ、そりゃそうなんだが」

「私に寝首をかかれるのが怖いですか」

「……そりゃ、まぁ」

「私は《教団》の意向にそぐわぬ行動はとりません。あなたが私に殺される時は、あなたが《教団》の敵になった時です。そうなれば、あなたの能力の限界値なんて知っていようがいまいが、大集団対個人という構図がある以上、大した差ではありません。つまり、私一人を警戒する意味なんて最初からないんですよ。仮に私一人を撃退出来ても、《教団》が本気になれば何挺の《剣》があなたに襲いかかると思います?」

「お前と大人しく仕事した方が賢明なことぐらい、わかってらぁ。そもそも《剣》と一緒に仕事しろ、って交渉してきた時だって相当なアレだったからな、そう簡単には逃げられねぇのはわかってる」

「……あなた、一体《教団》との間に何があったんです?」

「……」

 ルカを信用するとかしないとか以前に、誰にも話すわけにはいかないことは現時点では山ほどある。

 粘って質問されたら厄介だと思ったが、そういう事情は、ルカも理解して受け入れる姿勢らしい。

「まぁ、その辺りのことは、今はいいです。私はあなたの正確なスペックが知りたいだけですから。差し当たって仕事に関係のない情報は答えなくても結構。あなたに勝手に野垂れ死なれると困るから、常に場所を確認させてもらうし、必要な魔力についての情報を開示しろと」

「わかったわかった。説明する。説明するから落ち着け。まずどっから話せばいいんだ」

 やや身を乗り出し始めていたルカを制し、ツバキは溜息を吐いた。

 既に疲労が溜まり始めている。

「必要な魔力の量と、得られる結果の話を」

「あぁ……そうな、うーん……魔力ってのは、物理的に存在してるものじゃねぇし、目に見えねぇし、計れねぇし、単位とかねぇからフワッとした説明になるがその辺は許せよ。そうだな……俺の身体の中に入る魔力の限界量を仮に百として話そう。さっきお前から貰った魔力が多分五くらいだ。五を全部純粋な衝撃として射出するとあのくらいの威力になる。物質を作るとなると、大体十は要る。十だとナイフ一本とかは余裕で出来ると思う。二十弱ありゃ日本刀くらい作れそうだな。拳銃と弾丸六発作るとしたら、大体三十くらいは要る……無理な話だが百全部使えばロケランとか、そういうでっかいものも作れるかも知れねぇ。ただ、今の説明でわかっただろうが、必要な魔力の量は作り出す物質の重さに比例とかじゃねぇから、俺にも法則はわからん。経験則しかない。それは承知しておいてくれ。あと、調子が良い時はいくらか少ない魔力で出来るし、調子悪い時は作ることそのものが出来ねぇこともある」

「武器以外のものを作ったり、破壊用途以外の魔法を使ったりは」

「俺はほぼ無理。やったことねぇけど多分出来ねぇと思う。慣れねぇことに魔力を使おうとすると暴走することが多いから」

「なるほど。では、私の中には最低でも三百はありそうですね。血液量的にもあなたの容量的にも、一度に三百全てを供給するのは不可能だと思いますが。さっき魔力が盗られた実感が殆どなかったので」

「まじかよ……魔力の貯蔵量と言い、供給率と言い、かなり優秀だとは思ったが」

 悔しいが、相当相性が良いということだろう。

ツバキはそう思ったが、口には出さなかった。

「血液の量と魔力の量も比例はしねぇ。魔力は命に宿るから、無理矢理奪おうと思ったら不意打ちで肉や血を食らう方法が有効だが、魔力は物質じゃねぇから精神による制御で一箇所に集めることも出来る。理論上は一滴の血に全魔力込めることも不可能じゃねぇ。ただ、人間の精神は雑多な情報に絶えず揺らされてるからな、そこまで集中出来たって話は聞いたことがねぇ。まぁ、三百流し込まれたら俺は確実に頭おかしくなって暴走するだろうから挑戦しなくていいというかしないで欲しい」

「暴走に関しては大体知っていますが。ちなみに、あなたの場合はどういう状態になるんですか」

「なんら制御出来ずに魔力を魔法として垂れ流すタイプもいるが、俺は今までなんとか垂れ流さずに済んでる。ただ、魔力で増幅された精神的な衝動を制御しきれねぇことはあるな……しかも内側にこもるタイプっていうか……暴走しまいと我慢しようとした結果なんだろうが、魔力を普段破壊や殺傷に使うせいで、自傷し始める。あんまりひどいと魔法使って自殺しちまうだろうから、本当に不必要なほどの魔力はあっても邪魔だ」

「ふむ……なるほど。あなたの腕の傷跡は、魔力暴走による自傷の痕ですか」

「半分くらいは」

「意外と管理出来ないものなんですね。私は魔力が体内にあっても魔法として使ったことがないせいでしょうか、暴走の感覚はよくわかりませんが、気をつけなくてはいけませんね……」

「お前はそんなに気をつけなくていい。俺が加減すりゃいいだけの話だから、むしろ変に意識しないでいてくれた方が」

「なるほど。だから不意打ちだったわけですか」

「……そういうことだ」

「大体わかりました。ですが、あと一ついいですか」

「なんなりと」

「何故舌先だったんですか?」

 ルカは真顔でツバキを見つめている。

 まさか初めてのキスを奪ってしまったのではと心配になるほどの視線に晒され、背中に嫌な汗が流れた。書類には現在二十七歳(今年度二十八歳)と書かれていたし、表情が冷たく怖いが造形自体はハンサムなので、まさかキスの一つもしたことがないなんてことはないだろうと、ツバキは思っているのだが。

「ダメだったか? 口の中は普通の皮膚より回復が早いし、切り易いし、傷痕を他人に見られずに済むし、魔力を貰ってるって傍目からわかりにくいから、俺は今までずっとそうしてきてたんだが」

「……合理的な理由があったんですね。なら構わないです」

 なんとか許されたようで、一瞬二人の間で張り詰めた空気が緩んだ。このルカ・クラインという男、本当に恐ろしい蛇である。



×××



▼ツバキ さんが入室しました。

紫蓮 やっほー、ツバキちゃん久しぶりー

ツバキ おう、久しぶりだなシレン

紫蓮 元気にしてるー?

ツバキ まぁ、なんとか。でも耳がいてぇ

紫蓮 やだ、それどっちの意味? 体調気遣われて耳が痛いなんて思ってるんならちゃんとお野菜も食べなさいよ

ツバキ うるせぇ。今日も野菜は食ったわ。前菜からデザートまで全部出るような店に連れてかれたからな。落ち着かねぇったらありゃしねぇぜ。耳は普通に痛覚が刺激されてるって話だ

紫蓮 あら、新しい彼女はセレブなの? ていうか、どうしたの、怪我?

ツバキ 彼女じゃねぇ。仕事の相方だ。その新しい相方がな、今日初めて会ったんだが、そいつが軟骨に穴開けてピアスを入れやがっていてぇのなんの……

紫蓮 なにそれ。かなりヤバい子じゃない? 仕事やめたら?

ツバキ そういうわけにも行かねぇよ。ヤバい奴なのは間違いねぇがな。そのピアス多分GPS受信機だし、下手するとバイタルとかもチェックされてるから

紫蓮 いよいよヤバい子の気配だわ……お姉さんは心配だわ、可愛いツバキちゃんが妖怪ヤンデレストーカーに目をつけられたなんて……でもか弱いアタシには何もしてあげられない……

ツバキ 誰がか弱いお姉さんだゴリゴリオカマの内臓ブローカーのくせに。俺の倍は筋肉あるだろ

紫蓮 ツバキちゃんが細いのよぉ。ちゃんとお野菜やお魚食べないからー

ツバキ 俺は別に細くねぇ。それに仮にもっと筋肉があってもあの相方と上手くやってけるかってーと無理だな。

紫蓮 冗談抜きに、そんなにキツい子なわけ?

 ツバキ あぁ、冗談抜きにやべぇ。風呂桶使わねぇ派だし、他人と同室でも平気で眠れるし、煙草嫌がるし、ファストフードか居酒屋で飯食おうって言っても却下してくるし、下ネタにいちいちキレるし、束縛キツいし、一言で言って何から何まで合わねぇ

 紫蓮 ちょっと待って、なんでそんな生活面の愚痴なの既に。今日初めて会った仕事の相方なんじゃないの? 一瞬、数ヶ月付き合った彼女の愚痴かと思ったわよ?

 ツバキ 馬鹿言え、アレが女だったとしても俺は真っ先に敬遠するわ。仕事じゃなかったら相手にしねぇよ。

 紫蓮 今度の子はそんなにベッタリなのね……で、同室に慣れない他人がいて眠れないからそっちは夜中の二時なのにチャットなんかしてる、と。監視がキツくなったの?

 ツバキ いや、命令されてるとかではなくて、あいつの個人的な性質だろうな。根性が蛇みたいな奴なんだよ……

 紫蓮 もう、ご愁傷様、としか言い様がないわ。

 ツバキ 仕事の能力に関しては申し分ねぇんだがなー

 紫蓮 ツバキちゃんて、本当変なオトコに絡まれるの得意よね

 ツバキ 得意じゃねぇ。そういうおっかねぇ奴が多い業界なだけだ

 紫蓮 確かに、それは言えてるわねー。魔法使いも、人を殺す職業の人も、本ッ当に変な人が多いわ。

 ツバキ その中でも悪魔を殲滅しようだなんて言ってる集団だから一層やべぇ。そりゃわかってるんだが……わかってるんだが、正直しんどい……

 紫蓮 でもツバキちゃん、アタシに愚痴っても相手に直接言わないで全部相手の言いなりになってあげてるのよね。

 ツバキ 好きで言いなりになってねぇよ。あいつ怖ぇんだよ……

 紫蓮 ツバキちゃんのそういう優しいとこ、アタシ本当に心配よ。

 ツバキ 別に優しくもなんともねぇって。シレンもあいつの真顔見たら「あ、反抗しない方が賢明だな」って思うって!

 紫蓮 どんな面構えよ。真顔を見せただけで人を従わせるなんて、正体見たら狂っちゃう悪魔じゃないんだから

 ツバキ めちゃくちゃ冷たい西洋人のハンサムだよ。

 紫蓮 あら、それは興味深いわねぇ……けどアタシ、そういう子は言いなりになるより、調教したいわ♡

 ツバキ それは是非俺の知らないところでやってくれ

 紫蓮 あらぁ、冷たいのね。知られたくない相手に知らせるのって、結構ダメージ大きいから楽しいのに。

 ツバキ 知らされる身にもなれよ……

 紫蓮 まぁ、それもそうね。参加してないお楽しみの話なんてされても楽しくもなんともないわね

 ツバキ まぁ、知らせないでくれれば理由は何だっていいわ……

 紫蓮 あんた、本当に疲れてるみたいね……

 ツバキ だから深刻にしんどいんだって……

 紫蓮 本当にダメなら潰れる前に逃げなさいよ。アタシじゃ数日くらいしか匿ってあげられないだろうけど。

 ツバキ いや、数日ももたねぇだろうな、あいつの能力と性格から鑑みるに。だから逃げはしねぇよ。無駄だからな。あぁ……悪魔やクソ魔法使いと戦う気力よりもあいつと戦う気力が欲しい……

 紫蓮 可哀想なツバキちゃん……近くにいるなら抱きしめてあげるのに……

 ツバキ 肋骨へし折られそうでおっかねぇな

 紫蓮 もう、すぐそうやってそういう可愛くないこと言う。アタシ、いつも本気であんたの心配してるし、他に出来ることないのも結構悔しいのよ?

 ツバキ や、わかってる。わかってたんだが、悪い、想像したらちと恥ずかしかったから……

 紫蓮 そうね、もうオトナだものね。お姉さんの抱っこに甘えるのはカッコ悪いと思って当然だわ。でもアタシ、素直にごめん恥ずかしいって言えるツバキちゃんが大好きよ。

 ツバキ あんたの中で俺はいつまで経ってもガキに見えるんだろうな……あと俺、昔っからあんたをずっと尊敬してるし頼りにもしてるがお姉さんとは微塵も思ったことがねぇ

 紫蓮 もう、本当に可愛くないわね!

 ツバキ 尊敬はしてるんだからいいじゃねぇか。単に異性として見たことは一度もねぇってだけなんだから

 紫蓮 その一方的な「いいじゃねぇか」が命取りよツバキちゃん……アタシは別にそこまで気にしないけど、絶対その判断で色んな地雷を踏み抜いてるわ……


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