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Brotherhood  作者: 逢桜カイン
Brotherhood 第一巻
14/14

Section 9

迷いはあった。

 父と仰いできた人が悪魔だったとか、ツバキと青松凛の間に何があったのかとか、考えるなというのは無茶な注文だ。

 しかし、ルカはそんな無茶な注文に答えるのがプロだと教えこまれてきた。心を殺して、成すべきことを成せと、父が……その父が悪だったとしても、その教えまでが嘘だったとは思えない。

「ツバキ!」

丸太のような腕に腹を薙ぎ払われたツバキが宙を舞う。

「馬鹿ですか!? せめて私に説明してから始めてください!」

 ルカが察さなかったらどうするつもりだったのだろう。

 言わなくても察してもらえるだろう、などという考えは信頼ではなく、単なる甘えだ。唾棄すべき怠惰だ。

 任務が終わったらきつく言ってやらねばならない。

 そう思いながら、ツバキを抱きとめて一緒に壁に叩きつけられた。

 ルカの背中に強烈な衝撃が走る。しかし、ツバキはそれどころではない。肩を脱臼し、肋骨が粉々に折れているであろう身体には全く力が入る気配がなく、ゆるく咳き込んで血を吐いた。

しかし、これで部屋の対角に近い位置関係になる。

 距離がとれた。

「私の命を分け与えるんですから、せめてあれを倒すまでは死なないでくださいよ」

 目を開けてもいられないツバキの口元が少し笑ったようだった。

 少しその笑顔にむかつきながら即座に抱き起こし、自らの歯で治りかけている舌の傷を開いてツバキにくちづける。

襲いかかってくる敵の動きがスローモーションに見えるほど、ルカの神経は極限まで張り詰めていた。

接敵まであとコンマ七秒。ルカは関節が外れているツバキの右腕を抱えて構える。

まるで、社交ダンスみたいだ、とちらりと思った。

「撃て!」

 ルカの声が早いか、ツバキの発動が早いか、というタイミングだった。

 魔力は青黒いプラズマのように空気を走り、敵の体を捉える。

 ルカはすぐさまツバキにくちづけ、ツバキは受け取ったそばから全ての魔力を攻撃に変換して放出し続ける。

 一瞬で肉が爆ぜ散る不快な匂いと、それに伴って大音響のノイズが部屋を埋め尽くす。

「おおおぉぉぉあああああああああああ!」

 硬化した皮膚をも弾き飛ばして貫く攻撃に、堪らず上がった咆吼は空気をビリビリと震わせ、悲しみと絶望を撒き散らす。

 敵には悪魔に与えられた恐るべき再生能力があり、本来なら数秒で人が跡形もなくなるであろう火力を浴びせられても死ぬどころか、動きを止めることすら叶わず、しばらくその巨体は身を焼く痛みに悶え転がっていた。

 ルカの魔力が尽きてツバキの攻撃が止んでしまった後も、敵は最早動くことはないとは言え、まだ息絶えてはいなかった。

 だが、精神力を使い果たしたツバキも、生命力をギリギリまで削ってツバキに魔力を与えたルカも、最早意識を保てる限界をとうに越えている。床に倒れ込んでしまった。

 遠のく意識の中で、ツバキが何か言っていたような気がしたが、疲弊しきったルカの脳はそれをまともな情報として処理出来なかった。



悪魔の成せる業は天井を知らない。

そして、常に悪意に満ちている。

悲しみと憎しみを際限なく大きく広げ、知るべき真実や得る筈だった幸福を覆い隠してしまう。

 それに対し、ツバキの魔法は純粋だった。

 善も悪もなく、何ら別け隔てなく、ただただ破壊する。

 破壊以外の用途には使い道がない力。

 癒やすことも直すこともない。

 しかし、残酷なようで、最も誠実だ。

 少なくともルカは、そう思った。



 次にルカが目を覚ましたのは、次の日の夕方だった。

 失った血液は微々たる量でも、生命を源とする魔力が一瞬でも尽きるほどの供給を行うということは、生命を維持しようとし続ける身体には大きな負担がかかることなのだそうだ。

 とは言え、魔力が完全に吸い取られたからと言って死ぬわけではない。無理をした分休息すれば、自然に回復するものらしかった。

 ツバキはツバキで、死んではいなかった。

 肋骨が七本、それから左の橈骨と尺骨が完全に折れていたし、肋骨が折れた状態で乱暴に動かしたせいで内臓に何箇所も傷がついて一部壊死し始めていたとかで、見事に瀕死の状態だったらしいが、《教団》のアジア支部極東教会には、「骨のことなら何でも任せてください」という魔法使いと、半径五センチの範囲に限って、魔力を注ぎ込んだら注ぎ込んだだけ若返らせることが出来る魔法使いという、かなり局地的に優秀な人材がいて、その二人の協力によって一命を取り留めたらしい。

 医学では起こせない奇跡だ。

 しかし、ツバキが死ぬ前にその奇跡にありつけたのは、他でもない、彼の過去の善行の結果だった。

 青松凛が本社ビルを無事脱出し、《教団》のアジア支部に電話をかけたのだ。聖女と呼ばれる自らの声の影響力と、アジアの貿易において強い力を持つ会社の力を最大限に利用し、自らの会社で起きた事件について、可能な限り死者を出さずに解決せよ、と。

 《教団》は基本的に、応援を求めることを良しとしない。

 安易に応援を欲しがる人材を救うために人材を割くほど、戦闘に参加出来る人材の数に恵まれていないからだ。

 そうでなければわざわざアジア支部の管轄内に本部所属のルカとツバキが派遣されたりもしない。

 それに、悪魔が出たら戦闘を避けろと言われていたのだから、いくら戦闘が避けられない状況だったとしても、敵を倒さなければ被害が広がったであろうことが確実だったとしても、最低限、ルカかツバキが死ぬまでは《教団》への連絡をするつもりは二人ともなかった。

 《剣》が殉教するのは、よくあることだ。

 人材不足ではあるが、敵を叩き斬る前に折れるような《剣》は必要とされていないのだ。

 結局ルカとツバキはアイリンを戦闘不能にはしたものの、完全に息の音を止めることは出来なかったので、死んで当然とみなされる立場だった。

 ツバキとルカがあの場で死んだとしても、その後多少の被害は避けられないが、国が抱える軍隊などの武力の類が寄ってたかって攻撃すればアイリンを殺すことは全くの不可能ではない。

 だが、そういったものを動かすのには時間を要し、且つ様々な力や金が動く。素早く、最小限のコストで被害を最小限に抑えるために存在しているのが《剣》なのである。

 もし青松凛が《教団》を半ば脅して(どういった取引が行われたのかはルカの知るところではないが)《教団》を動かさなかったら、ルカはともかく、ツバキは死んでいただろう。

 青松凛がそこまでの行動に出た理由は、自分がそんなことまで出来る強い大人に成長したことを示したかったからだ、と未だ目を覚まさないツバキを前に自ら語った。誰に、と問えば、在りし日のカメリア、という回答が返ってきた。

 それ以上の質問はしなかったが、ルカはそれで十分だった。

 ツバキという人間について、過去を知る者に頼ればかなり見えてくることは大きいだろうが、ルカは敢えてその近道を避けようと思っている。

 自分の目と耳で彼を確かめたいと思うのだ。



×××



 ツバキはあの夜から複数の魔法使いに代わる代わる治療を受けて三十四時間後にようやく目を覚ました。

その時にはもう凛は《教団》の施設を後にし、諸々の後始末に奔走し始めていて、ツバキは直接話すことは出来なかった。

アイリンはというと、《教団》のエージェントによって捕縛された時にはだいぶ落ち着いており、凛が要求した面会も許可され、凛との会話で完全に取り憑いた悪魔の魔性は抜けきったらしい。

悪魔に憑かれて犯した犯罪については、大概の国の刑法では責任能力がない状態での行動とされるため法的には無罪となるが、《教団》は悪魔に取り憑かれるだけの心の弱さや歪みを持ったまま社会に戻しはしない。悪魔に対して万全の備えというものは存在しないが、なるべく再度目をつけられても抵抗出来るように訓練を受けさせてから社会復帰させるシステムになっている。

アイリンの家族は娘の凶行を許さず絶縁すると言い放ってそれっきり連絡がつかないらしいが、凛がアイリンの身元引受人としてアイリンの帰りを待つ、ときっぱり言い切り書類にサインしていったので、アイリンはいつか、帰るべき場所に帰ることが出来るだろう。



ツバキは目を覚ました日の午後、ルカと共に初めてスイスの《教団》本部に顔を出した。

 本部の職員に妙に見られている気配を感じながら、まずは室長室に赴き任務終了の報告をする。

 奇妙な造りの建物だ。

 無機質さを目立たせてはいるが、油断すると迷いそうな構造は、宗教やオカルトの気配が消え切らない、とツバキは感じる。

「失礼します」

 室長室に一礼して入っていくルカに続いて、ツバキも軽く会釈をした。

「おかえり、ルカくん。悪魔が出たという報告は既に受けている。無事でなによりだ」

「全然無事じゃねぇよ、俺死にかけたっつー、痛ッ」

 つま先に強烈な衝撃が走った。

「はっはっは、そうかそうか。君がツバキくんかね、サロンとアジア支部の方から聞いてはいるが、中々の反骨精神だ」

「申し訳ありません、私の教育が行き届かず、大変失礼を」

「なんでお前先輩面してんだよルカ。ふざけんなよ」

「ふざけるな、は私のセリフです。どこの世界に上司にため口で悪態をついて許される職場があるんですか」

「はっはっはっは。相性は中々悪くないじゃないか。うんうん」

「そんな、相性は最悪です。戦闘面では補い合える点も多いですが、度々彼は理解に苦しむ言動を見せるので……」

「まぁ、君たちにはそれも良い試練だ。これから頑張ってくれ。外道の魔法使いや悪魔との戦いにおいて重要なのは精神力と、他者の思惑への想像力だ。悪魔の思惑など、およそ人間に理解出来るものではないと言われているし、実際予想しても解析しても無駄なことが殆どなのだが、悪魔に魅入られた人間の思考は人間の域を出ないし、悪魔が狙うのは必ず人間だ。他者という存在への想像力を養おうとするなら、自分とは全く違うタイプの人間と接するのが一番手っ取り早い」

「はい……」

 ルカは渋々頷き、ツバキを睨んでくる。恐らくツバキにも肯定の返事をしろという視線なのだろうが、ツバキは素直に従わない。

 どうしても、目の前の男がタヌキおやじに見えて仕方ないのだ。

武力を抱えた宗教集団である《教団》の中でもかなり高い地位にいるという時点で、食えない男であることは間違いない。

「まぁ、詳しいことは書類での報告を待とう。アジア支部から話も聞いているし、次の任務が入るまで、ゆっくり体と心を休めたまえ。特に、ツバキくん」

「なんだよ」

「今回のことで君は我が《教団》の切り札だと私は確信した。上の方の判断はまだだがね、心して自愛してくれ。では、下がってよろしい」

 室長の言葉にルカもツバキも狐につままれたような顔をするしかなかったが、下がれと言われたからにはそれ以外の選択肢はなく、顔を見合わせて首を傾げながら室長室を後にした。



 報告が済んだら特に用事はなかった、というか、ルカがどうしてもと言わなければツバキは確実に報告書を送りつけてそれで終わりにしていた。

 とっとと解散して心身ともにリフレッシュしたい、と仕事をする時は常に思っている。

 流石にルカも相当疲れているのか、一言も喋らず早足で歩いていたが、エレベーターの中で不意に沈黙を破った。

「すみませんでした」

「なんだ、藪から棒に」

 あまり済まなそうな顔はしていないし、ツバキの顔を見ようともしていない。ドアを見つめたまま「私が随分手荒に扱ったせいで、内臓の損傷が大きかったのだと聞いています」と続ける。

「別に、悪気があったわけじゃねぇし、あん時はあれで最善だろ」

「しかし、あなたの体をあそこまで起こす必要はなかった。焦って強引に動かさなければ、恐らく傷はもっと少なく済んだでしょう」

 反省しているというよりは、悔しいのかもしれないが、ツバキが思うに、ルカが気にすることではない。

「言ったろ、ルカ。お前は俺の魔力タンクだ。んで、俺はお前の銃だ。俺はお前を道具として使うし、俺もお前の道具だ。少なくとも俺はそう思ってるから、お前に手荒に扱われようが、痛い思いをしようが、結果的に死んでなくて、敵が倒せてりゃ良い」

 ルカはその言葉に頷かなかったが、反論もしなかった。

 無言が広がり始めたところでエレベーターのドアが開く。

地下一階のフロアに出たところで、妙に癖のある男に声をかけられた。

 ルカの知り合いのようだったので顔色をうかがってみると、かなり露骨に嫌な顔をしていた。

「ルカァ、こっちに戻ってきたら寄ってってメールしたよね……? 忘れちゃったかなァ~……」

 妙に間延びさせながら、馴れ馴れしい声の出し方をする男だ。

 ルカが嫌な顔をするのも頷ける。

「こちらに用がないし、あなたの対面で用事を聞く義務もないので」

「つれないなァ……。あ、君がツバキ? 初めまして、俺はリュウイチ・デュルヴィル……んっん~、やっぱり似合ってるね、俺が作ったんだよ、そのピアス……ふっクク」

「そりゃどうも」

「俺さァ~、日本って国が本ッ当に好きでさ、ルカの新しい相手が日本人って聞いたから、日本リスペクトで龍のウロコ彫ったんだけど。気に入ってもらえたァ?」

「……あぁ、龍だったんだ、これ。蛇かと思ってた」

「完全にイチから作るんだったらたてがみとか脚とか作れるけどさァ? ルカがピアス持ってきて加工しろって言うから蛇と見分けつかない仕上がりにしかならなかったんだよねェ……ざぁんねん」

 なんだ、蛇じゃなかったのか、とツバキは内心ホッとしたが、ルカが敢えてそれを言わなかった理由が絞りきれずもやもやした何かは心の片隅に残っている。

「それだけですか、用件は?」

「いやいや……ふっふ。君たちのコンビ結成を祝福してやろ~と思ってね、これ。君たちに。片方ずつ着けて」

 デュルヴィルが差し出した黒い手のひらサイズの箱の中には、リング状のピアスが入っていた。よく見ると、リングの内側に光る石のようなものが見える。

「い、いや、コンビ結成ってったって、祝うほどのものじゃねぇし、ただの人事異動だし、俺あんたと初対面だぜ?」

「まさかあなた、経費で落としていないでしょうね。受け取りませんよ、第一私はピアスの穴なんて開けていませんし」

 デュルヴィルは骨の目立つ痩せた顔でへらへら笑いながら「まだ経費もらってないよォ」と答える。

「でもこれ、便利だからね、絶対受け取ってくれると思って作ったんだァ。骨伝導スピーカーで、軟骨の辺りにつければピアスのキャッチ側のコレね、この部分が耳の後ろに当たって、耳の穴を塞がずに通話出来る。あと、作り始めてから思いついたんだけど、マイクはさ、舌ピか銀歯とかで口の中に仕込むっていうのはどう? 最悪口開けなくても喋れるってワケ……普通のボタン型マイクも一応作ったんだけどさ。どこでも喋れるし電波も一般の基地局使わないから傍受もされにくいよォ」

「歯は噛み締めてぶっ壊すだろうな、俺。あとルカの舌にピアスあると邪魔だしっていうかこれ以上ピアス増」

「スピーカーとマイクの音質と使い勝手次第ですね。インカムに見えない骨伝導インカムは悪くありません」

「じゃあ、持ってって良いから試してみてよ。ダメならリテイクしてくれて構わない……フッフッフ、クフゥ」

 ルカがツバキの意見を聞かずに勝手に決めて受け取ったので、デュルヴィルは機嫌良さげに去っていった。

 デザインのセンスと緻密な機械の性能を見る限り、恐ろしい才能だが、あの態度と物言いはなかなか嫌われやすいだろうな、と思う。

「ルカ、あいつなんなんだ?」

「気色悪い変態です。腕は確かですがね。彼の発言は一切気にしなくて良いです」

「なぁ、ピアスの内側の石ってダイヤだと思う?」

「ですから、気にしたら負けですよ、ツバキ」

「おっかねぇな、《教団》……」

「彼が特殊なんです。他は皆、あんな逸脱した神経の持ち主ではありませんから、偏見を持たないでいただけますか?」

「……」

 ツバキは返す言葉を見失った。

 今度ルカの耳の軟骨にピアスの穴を開けたら、せめて軟骨ピアスの痛みくらいは分かち合って理解を深めてもらいたいと思う。

「しかし、誰が彼に私達が戻ってきていることを告げ口したのか……。まぁ、考えてもわからないことは探るまでですが。では改めて、ここを出て解散にしましょう。行きますよ、ツバキ」

「……あぁ」

(まぁ、ルカの感覚はとんでもねぇし、室長も食えなさそうだし、デュルヴィルも気色悪いって言ったら確かに全くその通りだが、悪人ではない。少なくとも、現時点では)

 そう脳内で決着を着けて、ツバキは歩き出した。

 日本に戻って紫蓮の店やシェアハウスに顔を出し、今度こそ由布院に行くのだ。


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