Interlude
強い風が吹いている。
その場所が高いところだからだ。
細い塔の上。教会の屋根だ。
「なぁ、イザイア。悪魔とはなんなのかね」
グレーの髪と黒いストライプのスーツをはためかせながら、男は少しだけ困った様子でそう、問う。
「なんなのだろうか? 私にもよくわからない。人間が悪魔と呼ぶまでは、名乗る名を持たなかったくらいだからな」
答えた声は宙に浮いていて、黒い裾が作る波が美しかった。
「君にわからないのであれば、お手上げだな」
「そうだな。だが、ただひとつ言えることがある。悪魔と人は決定的に違うということだ」
ワルツを踊るように、暗闇に溶けるような姿の男がくるり、くるりと回って見せる。
それを見つめる男には、男の背に黒い翼が生えているような幻覚があった。
悪魔に実像なんてものはないし、いかなる法則も通用しない。
「残念ながら、人間は私達の生を理解しない。私達の嘆きを嫌悪し、私達の幸福を願わない。仕方のないことだ。ムシケラに人間の思考を理解しろと言ったところで叶わんのと同じことだからな」
「そのムシケラの身体の住み心地はどうなんだね?」
「存外悪くない。まぁ、このように居心地の良い人間はそういないだろうがね。身体に人間らしい情緒が残っていると気色悪くてかなわないだろう」
「ルカくんがそういう人間に育たなくて良かったよ」
スーツの男の声には安堵ではなくどこか余裕の色があり、闇を舞う男は面白くなさそうに表情をしかめた。
「サロンの連中も、余計なことをしてくれる」
「やはりルカくんのことも悪魔の器にしようとしていたのか。彼は君に預けはしたがそもそも《教団》の子だ。手放すものか」
「《教団》の執着心を甘く見ていたが、まぁ、今後は私が《教団》に出し抜かれるようなこともないだろう。あの醜い黒羊も若くて急ごしらえの二人組で勝てるような代物ではないし、少なくともツバキは潰れている頃だ」
一際強い風が吹き、二人の髪と服が音を立ててはためいた。
「それはどうかな。私ですら、イザイア。君を倒す自信があるというのに、よく人を侮れるものだ」
「それこそ現時点で私が生きているのに、よくもそんなことが言えるな。……まぁ、そんな愚かなお前がいたから、教会で過ごした刹那は悪くなかったのかもしれんがな……クク、それに免じてお前を狂わせずに去ってやろう。お別れだ、剣の王」
そう言うと、闇のような男は風に散るように姿を消した。
残された男の手には、金色の十字架がある。
「君の心臓はもう少し奥だったな、イザイア……落し物に気付いたらいつでも取りに来たまえ」
スーツの男の声が風に舞い、夜の空に吸い込まれて行く。
男は十字架を胸ポケットに入れ、東の空に十字を切ってその場を後にした。




