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Brotherhood  作者: 逢桜カイン
Brotherhood 第一巻
1/14

Section 1

「ルカ? 女みてぇな名前だな」

 ツバキと名乗った男は自らの名前を棚に上げてそう言った。

 そもそもルカは男性名である。彼の故郷の言葉ではどうか知らないが、初対面でいきなり失礼な輩だ。

「聖人の名前ですよ。我々の教義に関して、そんなことすら把握していないんですか、あなた」

「うるせえな、ガチでは信仰しなくても構わねぇから協力しろっつったのはてめぇら《教団》だぞ」

 ガラの悪い口の聞き方をする男だ。こんな野蛮な輩を引き入れるとは、《教団》も相当人材に余裕のない状態なのだろう。しかし、いくら表沙汰にしない汚い仕事をする掃除屋が必要だとしても、ここまで人選に拘らないのはどうかと思う。

「せめて《教団》の人間の前でくらい、取り繕ったらどうです」

「そこ取り繕ってイイコトがあんならするぜ? ねぇだろ。大体、口先だけで信仰してるって言うのが一番みっともねぇんだ」

 ツバキはそう言うと煙草を咥え、ひとしきり何かを探し(恐らくライターだろう)、見つからなかったらしく「お前、火ぃ持ってるか」と訊いてきた。

「私には喫煙の習慣がないので」

「使えねぇな……」

 そう言って舌打ちすると、不意に指先に一瞬、火を灯した。

 無から、である。

「あなた、魔法が使えない筈では」

「これが限界の人間を魔法使いって呼ぶか? 俺は呼ばねぇな」

 ツバキはこちらを馬鹿にした振りをしてかなり自嘲たっぷりに煙を吸い込んで吐き出し、「だから魔力タンクが欲しいって注文出したんだが不良品だったな」と、とことん失礼な物言いを更に続ける。

「俺と組むのに気が利かねぇのは、命取りだぜ?」

「さっきから言わせておけば……!」

 胸倉を掴むも、ツバキは眉一つ動かさず平然としている。

「おっと。俺を殴りてぇんだったら、ちっと待ちな。真正面から受けて立つから外に出ようぜ」

 ツバキがちら、と視線をやった先では、ウェイターが物言いたげな、というかかなり腹に据えかねつつある顔でこちらを見ている。

 ランチタイムを楽しんでいた客たちは非常に迷惑そうな目でこちらを見ている。

 改めて見てみるとテーブルに灰皿はなく、このカフェはどうやら禁煙だったらしい。



 カフェを出ると、彼は真正面から受けて立つと言ったのを瞬時に忘れたかのように、一人、人混みの中へ歩いていく。流石にこちらを撒く意図はないのか、時折意識的にスピードを落としているようだが、こちらをちらりと振り返りもしないし、普通に歩いていては見失うペースだ。

 この程度で見失う可能性があるなら置いていく、ということだろうか。本当にどこまでも人を馬鹿にしている。どれだけ雑踏に紛れても、剣呑な雰囲気と煙草の煙を漂わせたまま歩いている人間を見失うわけがない。

 《教団》の《剣》をなめてもらっては困る。

 否、他の《剣》のことは知ったことではないが、自らを追っている人間の追跡能力を甘く見るとどういうことになるか、は思い知らせてやらねばなるまい。

 このルカ・クラインは《剣》の間で蛇と呼ばれている。

 彼が歩いたルートをPDAで確認する。会話した人間は全員、半日は監視対象にしている。対象にGPS受信機を付け、衛星からその受信機に送られるべき位置情報を中継地点で盗む。そしてそこと同期しているPDAで確認するというシステムなので、相手が地上波の入らないところに入り込んでも、《教団》が有する神の目と呼ばれる三十機の衛星の全てとの間を分厚い壁で遮られた場所でなければ正確に受信機の位置を割り出せる。当然、そのためには対象に気付かれずに受信機を付けなくてはいけないわけだが、胸倉を掴んだ時に仕込んである。

そして、更に耳を澄ませる。

 蛇のように超音波までは拾えないが、十メートルも離れていない彼の足音を聞き分ける程度は造作もない。

 ドブネズミ一匹捕まえられずに蛇と呼ばれたりはしないのだ。

「大体、行き先は読めましたよ、ツバキ」

 後は徒歩より早い方法で先回りしてやるだけ。



×××



 ツバキと組め、というのは直接の上司ではなく、上層部の意向らしく逆らえるものではなかった。

 新卒者を一般的な方法で採用する集団ではないので中途半端な時期でも容赦なく人事異動は発生するし、なにより、ルカには二週間前からパートナーがいなくて仕事が出来ない状態だった。

 渡されたのは一人の東洋人の男が写った写真と、簡単なプロフィールと経歴が書かれた紙切れ一枚。

 紙切れには氏名・ツバキ、性別・男、年齢・恐らく三十一、出身地・不明、最終学歴・不明、運び、盗み、護衛含む裏稼業の類は何でもやっていたらしいが、現在は《教団》の管理下に下って《剣》同様の活動をしている、と書かれていた。

 要は、明らかなことは何一つないのだ。

 仕方がないのでルカは自主的にツバキについて調べることにした。

 その調査でわかったのは、ツバキは日本語が堪能なため日本人だと思われるということ、銃、爆発物、刃物、鈍器、と武器の選り好みをせず、とにかく破壊活動が好きな輩であること、それら武器の全てが、魔力を用いて出力するものであるらしいこと、しかしツバキ本人は魔力を生成出来ないため、魔法使いではないということ。

 その事実を知った時、ルカは思わず「どういうことだ……」と唸った。魔法使いでない人間が、魔力の制御など出来るものなのだろうか。出来るとしてもそれを破壊活動に使うのは荒業中の荒業だ。危険過ぎる。

 魔力は生命に宿り、感情や意志といった指向性を与えて増幅し出力することで、魔法という現象として発露する。

魔法使いにとって肉体は魔力を作り、蓄える器だ。精神がそれを出力する命令を出す司令塔、そして本人の肉体なり道具なりを介して出力する。

しかし、司令塔たる精神は、非常に不安定なものだ。その上、魔力に指向性を与える段階で、増幅する魔力に引きずられて感情が増幅されやすくなる。だが、精神が魔力を完全に制御出来なければ、魔法を垂れ流してしまったり、己の内側に逆流させてしまったりするのだ。

 だから魔法使いになろうとして暴発させて破滅する者、悪魔に魅入られて魔法を悪用させられる者が後を絶たない。

 おかげで悪魔殲滅も業務の一つである《剣》の仕事は年がら年中忙しい。

 ルカ自身も、魔力を潤沢に生成する体質ではあるが、それに指向性を与えることが出来ないため、魔法使いではない。

 だというのに、ツバキは他人から拝借した魔力で破壊活動を行える、という情報がある。にわかには信じられない。もし、他人から魔力を吸い上げて無尽蔵に破壊活動が出来るとしたら、最早悪魔的な能力だ。

 しかし信じられないとは言え、組んで働けという上からの指示に従わないわけにはいかないし、実際に目の当たりにすれば信じざるを得ないだろう。ガセならガセで構わない。任務に耐え得る人材ならそれでよし、もしそうでないなら使えない、と上に報告すればいい。

 最悪、ツバキの正体が悪魔なら殺してしまえばいいだけのことだ。

 ルカは最終的にそうやって投げやりになった思考をシャットダウンし、無の境地で新しいパートナー(仮)と初顔合わせのセッティングをし始めたのだった。



×××



 (大体、ツバキって明らかに偽名ですよね)

 椿が日本語で、花の名前だということはわかっている。

顔と言動を見るに、自主的に花の名前を名乗る理由が全く想像出来ない、という点から僅かに本名である可能性を考えもするが、日本人であるなら姓が存在している筈だ。それに関する情報がないのだから、恐らく通名の類なのだろう。

太く、ザクザクと大雑把に切られた黒い髪。狼のような鋭い眼光。凶暴さをちらつかせる悪態。洒落っ気のかけらもない、そして季節を考えたら少し寒々しいよれたワイシャツ。捲った袖から伸びた傷だらけの腕。短すぎる爪。ツバキという名に違和感がありすぎる。

(返り血を浴びた姿が、とか、そういう理由でつけられた通名だったら随分恥ずかしい名前を付けられたものです)

 追っ手の気配が消えたことを意に介している様子もなく歩いていく男の動きをPDAで確認しながら、マンションの屋上からツバキの目的地であろうテナントが入っているビルを眺める。

 ツバキと会うにあたって、事前にこの街で彼が出入りした場所は当然調査済だ。この街はツバキの縄張りではないらしく、出入りした場所はかなり限られている。ツバキが何を企んでいるにせよ、こちらが喧嘩を売ればそれに対処する用意がある場所で受けて立ちたい筈。こちらと顔を合わせた場では、少なくとも戦闘訓練を受けている《剣》相手に致命傷を与えうる武器を所持していなかった。彼が魔法で武器を作り出すことが出来るにしても、魔力を補充する必要はあるだろう。

 魔力を生成する能力に乏しい者は、得てして魔力を魔力のまま肉体の中に保持する能力も乏しい。止めどなく魔法にして垂れ流してしまうか、魔法にするのを食い止めたとしても大気に散っていってしまうから、合理的な思考が出来るなら、魔法を使う直前に補充するという方法を取る筈だ。

 目的地と思しきテナントは、表向きにそうとは申請されていないが、実態は売春宿に限りなく近い、異常性癖者御用達の性風俗店、という違法の巣窟だ。

 真っ昼間から営業しているかどうかは怪しいが、多少の流血沙汰では問題にならないし、魔力が手に入りやすそうという点で最も目的地の可能性が濃厚だ。

(魔力目的で殺傷事件を起こしたらたとえ《剣》でも粛清対象ですがね)

 魔力は生命に宿る。

 それを他者から奪うということは、他者の生命を構成している肉体を奪うということに他ならない。先月も魔法使いによる生体からの血液強盗事件があって、犯人を粛清したばかりだ。魔力を持つ者の命を構成する肉体(肉体の持ち主が命を帯びていると認識している部分)は、液体だろうが細胞一つだろうが、魔力が循環する。

逆に言えば、便や抜けた髪の毛や切った爪には魔力は宿っていない。更に魔力は持ち主を失うと消滅するので、生きている人間から直接、身体から身体へ移動させる方法でしか奪うことは出来ない。

故に、魔力強奪はしばしば猟奇的な事件の様相を呈する。

ほぼ全身に魔力を循環させているのだから、ツバキが言った魔力タンクという表現は的外れではない。

 だが、人間を魔力タンクなどと呼ぶ男がまともなわけがない。

 魔法使いにはありがちな思考だが、魔法使いは往々にして頭がおかしい。そうでなくて魔力を制御する精神性を得たとしたら、神による奇跡だろう。

(さて、目的地は間違ってなさそうですし、行きましょうか)

 溜息を吐いて意を決し、駆け出した。屋上と宙とを仕切るフェンスで踏み切り、隣のビルの屋上へ飛び移る。

 目的地に先回りして被害者となりそうな人間たちを全員避難させ、ツバキを正面から殴らなくてはならない。



×××



 怪しげな店が軒を連ねる通りである。

 この時間はごく普通の風体の人間も通り抜けるためだけに歩いているが、それでもどこか足早である。

 ポイ捨てされているのは空き缶や煙草だけでなく、避妊具のパッケージ、避妊具そのもの、白い粉が残った透明なパッケージや、謎の植物の燃えかすなど。

 一般ゴミに混じってガラスの管や注射器、血のついた革ベルトが転がり、この通りで行われている商売がどういうものかは、徹底的に俗世と隔離されて生きてきた人間でない限り、一目瞭然だ。

 そういう通りの雰囲気に、ツバキは決して押し負けない。

 慣れているような軽い足取りで足元に転がったゴミを蹴りどけて、お目当てのビルに近付き、迷わず階段を上がっていく。

 そのビルの地下にはバーらしき店、一階は身体を隠したり保護したりする用途には全く使えない服の店、二階には性感マッサージ店、三階は空きテナントで、四階は仮眠室と銘打った、売春や変なプレイに使うスペースを貸す店が入っている。

 この時間は全てのフロアが閉店しているようで、看板には電気がついていないしエレベーターも動いていないから階段を上がるしかないのだが、ツバキは階段を上らされていることにイライラしているらしく、二階で踊り場近くに置いてあった段ボール箱を蹴り飛ばして更に階段を上がっていく。

 ルカが予想していた通り四階まで上がっていったが、店のドアは閉まっていて、施錠された上にCLOSEDの札がかかっている。

「知ってらァ、だからこの時間に来てんだろ、わざわざ階段上がってな……」

 ひとりごとを漏らしながら、ツバキはポケットから携帯電話を取り出す。そしてどこかへ電話をかけ始めた。

「もしもし? 俺だ。ツバキ。……寝てた? だろうな。わりい。起こしたついでに今ちと開けてくんねぇかな、急ぎの用なんだ。外じゃ落ち合えねぇ相手と待ち合わせなんだよ」

 ツバキは通話の相手には見えないというのに、軽く頭を下げたり申し訳なさそうな顔を作ったりしながら話している。

「いつもみてぇに頼むよ。なんなら上乗せしてもいい。ん? ……あぁ、そうだな、三か四までなら……五はダメだ。無理。……俺だってそんなに儲かっちゃいねぇから危ない橋渡ってんだよ。……《教団》? 潜ってるだけだよ、俺に信仰心があると思うか? ……だろ? ……マジ? 恩に着るわ……今日この後も仕事なかったら愛情表現として半殺しにしてやりたいくらいだわ……いや、マジで愛情表現だって、これくらいで勘弁してやる的なアレじゃねぇから……」

 そこで通話が終わり、ツバキが携帯電話をポケットに戻すのと同時に解錠される音が聞こえ、内側からドアがのそりと開けられた。

「マジ四半とか暴利だぜ? 営業時間外とは言え……」

「黙れ、どうせロクな用事で使わねぇバチ当たりなんだから、見逃し料と思って現金で払ってけ」

 ドアの内側にいる人間は酒で喉が焼けたような声の男だ。暗がりにいるせいで表情がツバキにすらうかがい知れないが、互いに親しげな声を掛け合っている。



×××



(聞かれているとも知らず、迂闊なことだ)

 三階の空きテナントにいるルカには全て聞こえている。

 道路を行くよりも直線距離に近い距離を移動したルカはツバキよりも先にビルに入っていた。

 四階が閉まっているのを確認してから、三階の空きテナントにピッキングで侵入して、ツバキと店主のやりとりを聞いていた。

 地獄耳と言われたりもするが、異能でも魔法でも何でもなく、ルカが生まれ持った自然な聴力である。

 ツバキが誰と落ち合うつもりなのかは現時点ではわからないが、怪しい動きがあるようなら即座に窓から四階に押し入るつもりだ。

 ゴミゴミと狭苦しい空間に建物を密集させているから、壁と壁の間を登るのが簡単だし、窓はシャッターが下りているか板が打ち付けてあるかするだろうが、防犯ガラスは使っていないだろう。無理矢理入っていいのならこれ以上ない楽な物件だ。

 突入の機会をうかがうため、ツバキと店主の会話に引き続き耳を澄ませる。

 下世話な世間話をしながら、店主がツバキを「いつもの部屋」に案内しているようだ。

 いつもの部屋がどの部屋なのかはわからないが、もし荒事に使うのだとしたら窓際の可能性が高い。万が一の場合の逃走ルートを確保しないで狭いスペースに入り込むのは得策ではないからだ。

 どの窓に面した部屋かまでは会話からは拾えないが、足音で辿れそうだ。真っ昼間の歓楽街に建つ、殆ど誰もいない安普請のビルでは、音を遮るものが少ないのが幸いした。

 不意に上で動きがあり、ルカの肩に少し緊張が走る。

「てめぇ! やっぱりそういうことか!」

 怒鳴り声。店主のものだ。ツバキの声は聞こえない。が、二人分の足音が動き始めた。

(馬鹿な……、何故今、ことを起こした? 魔力の補充はしていない筈……店主相手に襲いかかろうとして感付かれた? そんな無茶なことを、わざわざ相手を起こしてやるわけがない……。……っ!)

 その瞬間、ルカにも大体筋書きが読めた。

「とんでもないですね、ツバキ……!」

 小さくだが、つい声に漏らしてしまったことに驚きつつ、それだけ驚きと苛立ちを隠し切れないルカは空きテナントを飛び出した。階段を使って直接上の階の店に突入するのだ。

(聞かれているのではなく、聞かせていた……。何をやっているんだ私は? いとも簡単に冷静さを欠いている。愚かにも程がある。いくら常識で計れない相手だからといって、安易に振り回される理由にはならない……!)

 ツバキの思い通りに動いてやるのも癪だが、思惑が汲み取れなかったと思われるのは論外だ。

 先ほど解錠された四階店舗のドアは、ツバキが「待ち合わせに使う」と言ったためか、解錠されたままになっている。気が利いていると評価する以前に無性に腹が立った。ルカは蛇と呼ばれる追跡者だ。店舗のドアの鍵くらい、ピッキングでどうとでもなる。

 ドアの向こうの音で安全を確認し、ドアを開けて店舗に滑りこむ。聞こえていた怒鳴り声と足音が大きくなった。次いで、銃声。

「どこ行った《教団》の犬! 撃ち殺してやる!」

 ルカの耳は、ツバキと店主の距離は僅かニメートルほどと聞いた。ただ、壁を一枚隔てている。ベッド一つ分より少しだけ広い程度の個室がぎっしり入っている上、窓を全て目張りした店舗は迷路のようだ。その上今はフロントしか照明がついていないようだ。非常灯以外灯りがないとなると、奥の方は手探りで進まざるを得ない状況になっている可能性が高い。

「鬼さんこちら! 手の鳴る方へ! ヘヘ、そのチンケな拳銃じゃこんな紙みてぇな壁すら貫通出来ねぇだろ! 得意の催眠術も真っ暗で見えなきゃ使えねぇな!」

 ツバキが挑発しつつ、隠れていた部屋から移動し始めた。

 敵が拳銃を持っていること、催眠術を使うことを言いふらしているのはルカが到着したのを察しているからか。リスクをかなり高めてまでそんなことをされるとは、相当見くびられているらしい。

 ツバキはどうやらこちらに来るようなので、銃を脇のホルスターから抜いて待つ。店主もツバキが店の出入口に向かったと勘付いたようだ。

「逃げられると思うな!」

 店主の怒鳴り声が響き、出入口のドアが遠隔操作で施錠された。

 次の瞬間、暗がりからツバキの姿が飛び出てくる。

 不敵な笑顔だ。

 その笑顔でツバキは、思い切りぶつかる程の勢いでルカに駆け寄り、そして――

 口の中に血の味が広がる。

 広がったが、回収されていった。

 噛み付くようなキス、などという表現があるが、「ような」で済まされない暴力を受けた。舌先が切れている。

 ツバキは最初からそのつもりでルカに尾行させたのだろう。

 気が利く魔力タンクを所望していると明言していたし、ルカの能力を確認しつつ彼が受け負っている仕事をこなして一石二鳥、といったところに違いない。

 理解は出来るが、納得は出来ない。

 ルカは口を離したばかりの至近距離でツバキに笑いかけた気がする。ツバキがほんの一瞬きょとんとした顔を見せた。一瞬で済んだのは、ルカに殴られて床に倒れ込んだからだ。

「ってぇ……!」

「真正面から受けて立つという約束、果たしていただきました」

「確かに蛇みてぇな野郎だ……」

 ツバキがそう言って身体を起こしかけた時、暗闇から銃声。ルカの髪が何本か切れ、少し焦げた臭いがする。静かな空間なら、撃鉄を起こした音で避けられる。

 店主だ。

「おっと外したか。待ち合わせ相手ってのはてめぇか? 誰だか知らねぇが《教団》の犬とつるむような奴は地獄行きだ。精々ツバキを恨むんだなぁ!」

「つるんでなんかいませんし、この人は犬なんて大層なものじゃなくて、やぶ蚊か山蛭です。或いは寄生虫ですよ。ただ、そんな彼ですが、一応彼と殺し合いをしようとしている人は殺しても良いことになってるんです。甚だ理不尽ですが」

 ルカが銃口を向ける。が、店主は怯まない。催眠術がある分向こうの方がまだカードが多いと思っているのだろう。だとしたら、なんら動かなくてもかけられる類の催眠術なのだろう。

 ルカの視界が一瞬歪む。やはりノーモーションで来た。

 銃を持った腕が勝手に動き、ツバキに銃口を向けようとする。

「犬だのヒルだの言いたい放題言いやがって」

 歪んだ視界でツバキが倒れたまま「何かを」撃った。

 銃を視認出来なかったし、発砲音が余りにも小さかったが、店主が胸から血を吹き出して倒れた。心臓に穴が開いたのだろう。

 すぐに歪んだ視界が正常に戻った。

「すげぇ威力。ルカちゃん予想外に優秀な魔力タンクだったわ……」

 ツバキが床に転がったまま何か言っている。

 ルカはそれを蹴り飛ばした。


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