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06

どちらが幸せなのか答えなさい06


幼い頃、リムフェはよく城を抜け出しカイルの家に来た。勿論無断ではなく、外出許可は取ってきたらしいが、王子という地位を考えれば近距離とはいえほいほいと城外を出歩くなど信じられない。しかしリムフェの置かれている立場をすれば頷けた。生まれた時から父親に拒絶され、周りの人々からも相手にされなかった子供。リムフェは何も言わなかったけれど城に居辛いのだろう。だからカイルは受け入れた。


「リムフェ様。狭い家ですが、ここを自分の家だと思っていつでも帰ってきて下さいね」

「自分の家?」

「はい。自分の家です。おかえりなさい、リムフェ様」

「カイル……」

「リムフェ様。自分の家に帰ったら何て仰るんですか?」

「……あ、」


カイルの言葉にリムフェは戸惑った顔を見せる。カイルは悲しくなった。この言葉をリムフェは言った事がないのだろうと思ったから。だからカイルは優しく促した。


「ただいま、です」

「……ただいま」


辿々しく呟いたリムフェの言葉をカイルは笑顔で受け入れた。


「おかえりなさい、リムフェ様」



「ーール! カイル!」


物思いにふけていたカイルは一瞬状況を飲み込めなかったが、直ぐに現実へと引き戻ってきた。


「呼び掛けても反応しないなんて体調でも悪いんですか?」


心配してくれてるのだろう。友人であるキールの眉宇がぐっと下がり、ほぼ手付かずで置かれているカイルの昼食を見た。朝の稽古が終わり、カイル達は今昼食の時間を迎えている所だった。周りを見渡せば、皆食べ終わってしまったのか食堂にはもう殆ど人影は残っていない。


「いや、大丈夫だ」

「ここ最近のカイルはずっと心ここにあらずですよ。ーーカイル。貴方は気にしなくていいのです」

「何のことだ?」

「リムフェ様のことです」


カイルの肩がぴくり、と震えた。


「どうしてこの国から出ようと思ったのかは知らないですが、あのスコウィールも一緒に消えたらしいじゃないですか。彼は良い噂を聞きませんでしたし、彼と逃げ出したとしたら呆れますね。二人で何か企んでるんでしょうか?」

「……」


カイルの返事はない。しかしキースは思うところがあるのか止まらなかった。


「カイルは優しいから気になるんでしょうけど、カイルには関係ないですよ。リムフェ様はご自分の立場を弁えず自ら国を捨てたのです。もう二度と帰ってこれないでしょう」

「……くるよ」

「えっ?」

「リムフェ様は必ず帰ってくる」


キースは言いしれぬ違和感を感じた。長年苦楽を共にした友人なのに、今まで見たことのない表情を張り付けたカイルがそこにいたからだ。


「カイル?」

「リムフェ様の帰る場所は俺の所だけだから」


心の底から絞り出したかの様な声色で一人ごとのようにそう呟いたカイルは、呆然とするキースを残して席を立った。


カイルしか見ていなかった幼なじみが姿を消してから今日で一週間。面白可笑しく作られたリムフェの噂話が色んな所から耳に入ってくる。カイルにはまだ余裕があった。信じていたから。リムフェは必ず自分の元へ帰ってくると。他の男と一緒なのは気に入らないが、リムフェは王子だから護衛が必要だ。


(俺に言ってくれれば良かったのに)


どこに出掛けたのかは知らないが、自分に何も告げなかったのは酷い。リムフェの事だから遠慮したのだろうか。カイルは部隊を任せられている騎士団長だし、余程の事がなければ長期間は休めない。


(いつ帰ってきますか?)


深海色をした瞳を思い出しながら、心の中で問いかけた。


それから二週間、三週間、一ヶ月と経った頃、皆飽きてしまったのかリムフェの噂話はおろか名前すら口にする者もいなくなった。しかしカイルの頭の中は未だリムフェの事で一杯だった。仕事に打ち込んでいる時だけ忘れられるが、それは一時に過ぎない。気がおかしくなりそうだった。


ーーただいま。


リムフェはカイルの教えた言葉と共に自分の元へと帰ってくるはずだ。そう信じながらリムフェの帰りをずっと待っている。



ネイは相変わらず愛らしいオーラを振りまいている。全てに恵まれた少年。汚れの知らないネイの笑顔を見ながらそう言えば、とカイルは思った。自分は事あるごとにリムフェとネイをいちいち比べていた気がする。半分しか血が繋がっていないとはいえ、兄弟だから対比しやすいのだと思ったがそれだけじゃないかも知れない。リムフェを思い出す。脳裏に浮かぶのは決まって寂しそうな表情のリムフェだ。幼い頃からずっとずっと一緒にいたが、リムフェの心からの笑顔を見たことがなかった。


(ネイ様みたいに思いっきり笑って欲しかった)


誰よりも孤独な少年。カイルに執着していたけれど、いつだって幸せそうじゃなかった。扉は開けてるくせに、一人で殻に閉じこもりカイルにさえ最後まで踏み込ませない。そんなリムフェにずっとじれていた。リムフェは自分しかいないのにどうして全て曝け出してくれないんだろう。ネイの様に我が儘の一つでも言ってくれたらカイルの心は満足するのに。


(俺は……)


ここまで考えて愕然とする。カイルはずっとネイに惹かれていたはずだった。しかし感情のひとつひとつを紐解いていくとネイを通して理想のリムフェ象を作り上げていただけではないのか。リムフェにはネイの様に笑って、ネイの様に我が儘を言って、ネイの様にもっともっと幸せになって欲しい。でもリムフェはネイの様にはならない。自分の気持ちを押し殺し、肝心な所でカイルに頼ってこない。リムフェはカイルしかいないのに。どうして。どうしてなんだ。この屈折した想いを自分でも持て余してた為、あくまでただの幼なじみとしてリムフェに接して無理矢理辻褄を作ろうとしていたのではないか。カイルは苦笑するしかない。幼い頃はもっとシンプルな想いだったのにどうしてこう拗れてしまったのか。自分はただ。


『ただいま』

『おかえりなさい、リムフェ様』


ーーリムフェの帰る場所でありたかっただけだ。



自分の気持ちをようやく理解したカイルはリムフェを待ち続けた。途中、ネイから告白されたが丁重に断った。諸に仕事に影響したが、元々そこまで地位に拘りはないし、理不尽だとはいえネイを振った時点である程度の罰は覚悟していたので問題はなかった。時間がさらさらと砂の様に手応えなく落ちていく。時間の感覚は日々失われていった。カイルはもうどれくらいリムフェを待ち続けてるのか。そんなカイルに転機が訪れたのは、五年後の事だった。友人から送られた書簡。カイルの時間が大きく動き出す。

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