05
どちらが幸せなのか答えなさい05
リムフェは絶対に自分から離れていかない。カイルは昔からそう確信していた。リムフェはこの国の王子で身分こそ高いが、誰よりも孤独である事を知っていたからだ。可哀想に他国から嫁いできた母親と共に煙たがられるリムフェを幼なじみであるカイルはずっと気に掛けていた。するとどうだろう。リムフェはカイルしか見なくなった。普段は何事にも興味を示さず人形の様に表情が固いリムフェ。きっと感情の炎を灯せば綺麗であろうリムフェの青い瞳はいつも薄暗く曇っていた。そんなリムフェの瞳を見ていると吸い込まれそうになる。いや、吸い込まれるというより溺れてしまう、と言った方が正しいか。リムフェの瞳の色は深海によく似ていると思った。以前、絵画で見たことがある。黒と青を織り交ぜた、とても悲しく寂しい色だ。しかしカイルを見る時だけ、深海色の瞳にほんの少しだけ揺らめきが見える。リムフェから具体的な好意の言葉こそ言われた事はなかったが、リムフェの青い目はカイルだけを追い求めていた。カイルの本音を言えば、困るというのが正直なところだ。好かれること自体は悪い気がしないがリムフェの気持ちには答えられない。カイルの中でリムフェはあくまでも幼なじみで、それ以上でもそれ以下でもなかった。何よりカイルはリムフェの義弟であるネイに惹かれていた。
「カイル、大好き」
屈託なく好意を唇にのせたネイは、紫色の瞳を宝石のようにキラキラと輝かせながら笑う。母親は違うけれど同じ王の血を分けた兄弟だと言うのに何もかも正反対の二人だ。誰に対しても気軽に好きだと言うネイ。国中から好かれていると言っても過言ではないほど皆から愛されているネイは、少し我が儘なところもあるが純粋で真っ直ぐだ。彼は愛らしさに溢れている。カイルはネイの無邪気さに頬を緩めながら、同時に他の男にも同じ事を言ってるのかと嫉妬で目の奥が熱くなった。ネイを自分のものだけにしたい。それこそライバルは山のようにいる。カイルに勝算があるのかは分からないが、ネイを想ってる以上リムフェの手は取れない。そう決めているカイルはリムフェに対して予防線のようなものを常に張っていた。二人きりの時でも敬語や敬称を絶対に外さない事もそうだし、極力身体に触れない様に気を付けていた。それが崩れたのはリムフェからの信じられない一言だった。「抱いて欲しい」と彼は言う。勿論最初は断った。しかしいくら言葉を選んで突っぱねてもリムフェは一歩も退かなかった。普段は薄暗い青い双眸が必死にカイルを求めていた。リムフェはとても控えめな男だ。物心つく前からずっと一緒にいるが、リムフェが何かを欲しがっているのを聞いたことがない。それが今、カイルを欲しがっている。
「カイル。身体だけでいいんだ」
何て寂しい言葉を彼は紡ぐのだろうと思った。どうしてリムフェはネイの様な笑顔を見せないんだろう。ああ、と息を吐く。リムフェはカイルの想いに気付いているのだ。リムフェの瞳がゆらゆら揺れている。カイルは息をするのも忘れ、見入るように覗き込み、そしてーー……溺れてしまったのだ。
一度抱いてしまえば、二度、三度と続き、その行為は日常のものとなる。流れに任せてリムフェを抱いてしまったという後悔がなかった訳ではない。ネイへの想いを断ち切った訳でもない。様々な想いの念がカイルの中で絡み合ったが、当のリムフェはというと抱く前と全く変わらないように見えた。リムフェは言葉通り、身体しか求めない。カイルを縛り付けたりはしない。態度だけを見れば頓着がない様に思えるが、リムフェの瞳は相変わらずカイルだけを求めていた。カイルはやはり確信する。リムフェはどんな事があっても自分から離れていかないのだと。




