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どちらが幸せなのか答えなさい01


※男同士で結婚出来る世界観です

※男の妊娠描写も有ります


母は最期まで孤独な女だった。リムフェは亡くなった母の印象をそう思う。政略結婚ながら国王である父に恋をしていた母だが、父には母以外に愛する女がいたようで母の想いを最期まで受け止める事はなかった。隣国の姫だった母は、幼い頃から蝶よ花よと愛でられてきた所為かリムフェを産んでなお少女の様なあどけなさがある。無垢で何も知らない母を父は蔑ろにし冷たく当たった。そんな国王の態度に城中の従者達は影響されたのか、母とリムフェの待遇はそれは酷いものであった。表向きは王妃と王子だったが、敬われる事など一切なく常に冷たい視線と心ない中傷が二人に浴びせられた。リムフェの周りは敵だらけだ。味方といえば、母とリムフェの担当医であるムラクル、そして幼なじみのカイル、三人だけだった。リムフェはそんな自分の冷遇を嘆くよりも母を不憫に思う気持ちの方が強かった。幼いとはいえリムフェは男で母は女だ。自分よりも幾分か大きい母の柔らかい手に自分の小さい手を重ねて母を励ますリムフェに母は決まってこう問い掛けるのだ。


「自分の愛する人と結ばれるのと、自分を愛してくれる人と結ばれるのと、どちらが幸せなのかしら?」


この頃にはもうカイルに恋心を抱いていたリムフェの答えもまた決まっていたのであった。



「愛する人の方に決まってるよ母さん、か……」


母の唯一の形見である指輪をはめた右手の薬指を見ながらリムフェは静かに囁いた。


「何か仰いましたか、リムフェ様?」

「いや、いいんだ。それよりカイル早く来て?」


リムフェの誘いにカイルの緑色の瞳が困惑に揺らめいた。もう何度も情交を重ねているというのにカイルの態度は未だつれない。リムフェはカイルの戸惑いに気付かない振りをして煽る様な仕草でカイルを追い詰める。カイルにはリムフェを抱かないという選択肢はないのだと。リムフェとカイルが身体の関係を結ぶのは、リムフェがカイルを脅しているからだ。リムフェは幼い頃、カイルに一生ものの傷を付けられた過去がある。火の魔法を使ったカイルが誤ってリムフェの左肩に火傷を負わせてしまったのだ。とはいえあれは事故だったとリムフェは思っている。まだ覚えたてで危ないからと断ったカイルにリムフェは駄々をこねて我が儘を押し通したのだ。どうしてもカイルの火の魔法を見たいと。カイルの家も名家とはいえ、王子であるリムフェの地位とは雲泥の差がある。カイルはリムフェには逆らえない。結局、カイルが折れる形となり火の魔法を披露する羽目になった。風向きが悪かった。リムフェが大声で気を散らしたのも悪かった。好奇心旺盛な弟のネイが突然飛び出して来たのも悪かった。様々な偶然が重なっての運が悪い事故だったのだ。リムフェは本心ではそう思っていたが、この事故を自分の良いように利用した。火傷の責任をカイルに負わせ彼を縛り付けた。カイルの良心を食いものにし、彼に抱いてくれるよう請うた。最低だと自分でも思う。カイルはネイが好きなのに。ーーネイ。母の死後、父と父が本当に愛した女との間に産まれた義弟である。ネイはリムフェとは全てにおいて正反対だった。一目を惹く可愛らしい容姿も生き生きとした表情も甘えたで素直な性格も、父や継母、城中の皆から愛されているところも全部。ネイは何でも持っている。リムフェは天使の様に愛らしいネイをが皆から愛されるのは自然な事なのだと納得していた。だけどカイルはダメだ。カイルだけは絶対に譲れない。


「いつまでカイルを縛り付けておく気だ」

「……キールには関係ないでしょう?」


これで何度目だろう。カイルの親友でもあり同僚でもあるキールから警告されたのは。キールが忌々しげにリムフェを見据える。悪意に満ちた視線に最近身体の調子が悪いリムフェはよろけそうになった。睨まれ促される度にリムフェは自分がカイルにいかに酷い事をしているのか身につまされた。でもそれで良いと思った。今の自分とカイルの関係はカイルの人格を無視して成り立っているのだという事を忘れてはいけない。


「リムフェ様はカイルの同僚にも嫌われているのですね?」


キールが去った後、愉快そうな表情で柱の影から出てきたのはリムフェの護衛をしているスコウィールであった。リムフェは彼の実力を目の当たりにした事はないがかなり凄腕の魔法使いらしい。裏で危険な事もやっているらしく、スコウィールには良い噂はあまりない。


「僕はキールだけじゃなく城中から嫌われてる。スコウィール、お前にもな」

「その通りです。私は貴方が憎い」


リムフェと同じ青い瞳を持つスコウィールは堂々とそう言った。リムフェは自分に向けられている負の感情を抵抗する事なく受け止める。リムフェを憎いというスコウィールの気持ちが分かるからだ。これは城中ではスコウィールとリムフェしか知らない事実だが、スコウィールはリムフェの父違いの義兄であった。母がまだ父と出会う前、スコウィールの父からそれはそれは熱烈にアプローチされたらしい。スコウィールの父のあまりの情熱に母も一度は流され妊娠までしたが、父と出会い権力にものを言わせて政略結婚にこぎ着けるとスコウィールの父とスコウィールを捨てたという。母の死後から数年、リムフェの護衛として雇われたスコウィールは自分の素性をあっさりと話した。復讐する為にリムフェに近付いた事もだ。客観的に見て、母は最低の人間だと思う。捨てられた立場のスコウィールからすれば母だけでなく、母と血が繋がったリムフェを憎んでも仕方ないだろう。


「貴方が王子という身分である事も許せない。跡を継ぐのはネイ様に任せて貴方は城から出られたらどうです?」

「王座はネイにやる。元々そのつもりだし、周りも望んでいる事だろう。でも城から出るのはありえない」

「……医務室に行きなさい」


スコウィールは突然会話の脈略を断ち切った。


「医務室?」

「今にも倒れそうな顔をしていますよ」


兄弟の証の一つである青い瞳がリムフェを見下ろした。



「妊娠してますね」

「えっ?」


ここ最近、体調の思わしくなかった原因をムラクルはそう診察した。リムフェは意味が飲み込めずに呆然としていたが、しばらくすると歓喜に胸を震わせた。リムフェのお腹に新しい命が宿っている。それは間違いなくカイルの子であった。カイルとは幼なじみ以上の関係を築けていない。けれどリムフェの懐妊を話せば、優しく責任感の強いカイルの事だ。二人の関係は深まるに違いない。そしてネイよりも自分を選んでくれるはず。卑怯な手段だという自覚はあったがリムフェは何としてでもカイルを手に入れたかったのだ。カイルの姿は直ぐに見つかった。しかしリムフェはカイルに近寄れなかった。カイルの傍にはネイがいたからだ。二人の間にはリムフェには割り込めない甘い雰囲気が漂っていた。リムフェは二人に気付かれぬよう自室へと戻った。


「馬鹿みたいだ」


リムフェは一人きりの部屋でまだ膨らみのないお腹を優しくさすった。カイルの緑色の双眸はネイしか映さない。リムフェにとって愛しい我が子でもカイルにとっては煙たい存在でしかないのだ。母が生きてきた頃から散々父から思い知らされたではないか。愛されないとはどういう事なのかを。父の氷の様に冷たい瞳を思い出す。瞬間、リムフェはぞくりと背筋を震わせた。自分は母の二の舞になるのか。リムフェの子供にもリムフェと同じ思いをさせてしまうのか。そんなのは嫌だ。この子には誰よりも幸せになって欲しいのに。誰からも愛されて欲しいのに。すっかり母の顔になったリムフェの行動は早かった。


「スコウィール」

「リムフェ様」

「……お前は僕を憎んでると言ったな? 城から出ろとも言ったな?」

「ええ」

「僕はここを出たい」


リムフェの決意にスコウィールは驚く事なく満足そうに青眼を細めて頷いた。


「勿論ご協力致します。ですがリムフェ様。王子である貴方を連れ出すとなると相当骨の折れる仕事になります。私の立場も危うくなるでしょう。それ相応の報酬を頂かないと」

「いいだろう。僕を外の世界へ連れ出してくれた暁にはそれなりのお金をくれてやる」


覚悟に身を固めながら拳を握るリムフェは自分の持ちうる財産のほぼ全てを投げ出しても惜しくないと思った。外に出たら働くつもりだから、多少の貯えがあれば良い。城という籠の中で王子として育った自分に、それも妊娠している身で何が出来るか分からない。籠の外という未知数な世界に不安もある。それでもお腹の子がいるならば何でもやれそうな気がしてくるのだ。カイルと別れるのにだ。あれほどカイルに執着していた自分が嘘の様に今はお腹の子の事でいっぱいだった。世界中のありとあらゆる悪しきものからこの子を守りたい。こんな気持ちは初めてだった。


「お金? そんなものはいりません」

「じゃあ、何が欲しいんだ?」

「そうですね。もっと別の、例えば貴方のーー」




「お母さん?」


心配そうにリムフェを覗き込むのはユラの真ん丸い緑色の瞳だ。しばらくユラの瞳を一心に見つめ続けたリムフェだったが不意に我に返る。


「ああ、御免。何だっけ?」

「あのね、僕、キースから聞いたの。王子様がもうすぐ結婚するんだって。お母さんは王子様見た事ある?」

「王子様ってネイ王子だっけ? ないなぁ。そういえば僕、国王様や王妃様も拝見した事ないや」


リムフェは国の象徴である王家の一族を一度も見た事はなかった。一国民として興味はあるが、何せリムフェの在住地は王家がある首都から遥か遠い田舎である。仕方のない話なのかも知れないとリムフェは苦笑して続けた


「でもいいねぇ。結婚式かあ。国中お祭り騒ぎになるだろうね」

「王子様の相手ってどんな人だろうね?」

「王子様が選んだんだもん。きっとキースくんの様に素敵な人だよ」

「お母さん!」


ユラの頬が林檎色に色付いた。キースとはユラの幼なじみでどうやらユラは恋心を抱いているらしい。ユラの初々しい態度に微笑ましく思ったリムフェは、恥ずかしさからかユラの瞬きが忙しくなった事に気付く。ユラの吸い込まれそうに綺麗な緑色の瞳は一体誰に似たんだろうか、とリムフェは時々不思議になる。リムフェもリムフェの夫も青眼なのだ。隔世遺伝という事もある。数年前に全ての記憶を無くしてしまったリムフェには見当がつかないが身内に緑色の瞳を持つ者がいるのだろう。


「あっ! お父さんだ。お帰りなさい」

「ただいま、ユラ」

「ウィール、お帰り!」

「ただいま、リム」


リムフェの夫ーースコウィールが仕事から帰ってきたのでリムフェは夕飯の用意に取り掛かった。キッチンには鍋一杯に炊いたシチューの匂いが充満している。ユラに三人分の皿を出して貰い、リムフェは手際良くシチューを注いでいく。親子三人で食卓を囲む。ただそれだけの、何気ない日常をリムフェは心底愛おしく感じた。夜も深まり、ユラが眠りについた後、スコウィールはリムフェに呟いた。


「愛してる、リム」


『自分の愛する人と結ばれるのと、自分を愛してくれる人と結ばれるのと、どちらが幸せなのかしら?』


スコウィールの愛の言葉を聞きながら知らない女性の声がリムフェの耳元で聞こえた気がした。リムフェの左手の薬指に嵌められている指輪が鈍い光を放った。

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