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天才のいる教室

作者: 志々十勒

 それはとある世界のとある国。


 自然に囲まれた小さな農村のお話。


「先生。またセルジュがやらかしました」


 農村に一つだけある学校に子供の声が響きわたる。


 教師を勤めるメナードは何度目かと頭を抱える。


 この村に赴任してきて以来、この手の言葉は耳にタコが出来るくらい聞き飽きていた。


「セルジュは今度は何をしたんですか?」


 子供達のざわめく声を静止して、出来るだけ優しい口調で興奮する皆から事情を聞く。


 小さい村と言っても、知識を得ようとする意欲的な子供は結構多い。


 国王が変わり、国内の識字率や教育に重きを置く政策になって早十数年が経っているお陰であろう。


 その中の一人に問題のセルジュと言う生徒がいる。


 彼だけが皆ドングリの背比べな成績の中で、一人だけ突出して理解力に欠ける生徒だった。


 例えば簡単な数式を教えても、何故そうなるのか理解してくれないのだ。


 公式の暗記など勿論しない。


 どうしてそうなったのかしつこく聞いてくる。


「火が点く原理がわからないって言って、裏の森が火の海です」


 悠長にしていられない。


 毎回これだと、胃が痛くなる。


「魔法学は基本、術式の暗記と元素の概念理解で出来ていると言ったのに、あの子は……」


 放っていたら、子供を預けている親御さん達に何を言われるかわかったものではない。


 メナードは頭を抱える。


 それなりの生徒を数多く育ててきたメナードにとって、セルジュは今までに会ったことの無い異質な生徒であった。


 学校の裏手にある森へと急ぐ。


「かっかっか、坊主。お前、面白いな!」


 そこでメナードは、森を焼いたセルジュと奇妙な老人が森の手前で呑気に話している姿を見つける。


「坊主じゃないよ、俺はセルジュ」


 燃えている森に二人とも無関心で、会話を続けている。


「セルジュ!!」


 非常識な状態で日常のように話している頭のおかしい生徒をメナードは叱りつける。


「おっと、お嬢さん。坊主を叱るのはストップだ」


 そこにいた老人に止められる。


「貴方は誰ですか? 私は教師としてこの子を教育しなければいけない義務があります。口出ししないでください」


 ぼろ切れのような汚いなりの老人に止められて、“はい、そうですか”と注意する手を下ろす理由にはならない。


「ん~。アイツのやってることは間違っちゃいないんだがな。道理で似たようなのばっかり出来上がる訳だ」


 遠くの空を眺めながら喋ってくるその老人は何日も風呂に入って無い様で、頭をかくとフケが雪のように辺りに舞う。


「そもそも、お嬢さん。まずは小僧の注意する前に、この山火事を何とかせにゃならんの」


 老人が森を見る。つられてメナードも火の手の上がる森を見る。


 あまりに危機感の無い二人を見て完全に失念していたメナードは森を見てハッとする。


 そうだった。


 セルジュを注意するより先にやるべき事を忘れていた。


「ええぇと、炎の概念で点いたモノの相殺属性は水だから……」


 辺りに水が無い状態で水の魔法を構築するには高度な術式が必要になる。媒体の無い状態では不可能だ。


「杖、私の杖。あぁ、教室に置きっぱなしだわ」


 慌てて教室に戻ろうとするメナード。


「かっかっか、慌てすぎじゃよ。どれ、今回は儂がやろう」


 そんなメナードを見て笑いだす老人。


 少しムッとしてメナードは老人を見る。これでも教師になれる実力を持つ魔術師である。


 そんな自分が杖も無しに出来ないことが、こんな辺境の村の森の奥に住む隠者の老人にできる筈が無い。


「公式の相殺は水、正解じゃ。だが、火を消すのには水が最善なだけで何もそれ以外が間違いだって訳ではないんじゃ」


 老人が右手に魔力を集める。


「どうやって消すの? 」


 そんな老人をセルジュはキラキラした目で見ている。


「火が点く原理を調べていたんじゃろ? 小僧の予想は」


 悠長にセルジュの予想を聞く老人。


 この二人は何をしているんだろう。奇人と変人の会話を聞いているみたいだ。


「えっとね、僕は火が燃える為に必要なモノがそこから無くなれば良いんだと思う」


 セルジュはなんて残念な答えを言っているんだろう。教えている自分が恥ずかしくなる。


「なる程の~。ではソレで行ってみるか」


 そんなセルジュのいたたまれない答えを聞き、その白いアゴヒゲをさする老人。


「教師のお嬢さん。確かに理論は重要じゃが、発想の自由を奪うと新しいものは産まれん」


 老人がメナードに語りかける。そして紡がれる術式は今まで聞いたこともないオリジナルの呪文であった。


「その要因を取り除きたまえ“特定物質除去マテリアル・デリート”」


 辺りの炎が燃える為に必要な物質の消去によって、みるみるうちに鎮火していく。


「な、なんですかコレ? 夢ですか。新しい魔法をその場で作成するなんて……」


 生まれてから三十数年、新体系の魔法などメナードは初めて見た。


 しかも子供の自由発想から生まれたなんて信じられない。

 

「凄いな!お爺さん。想像通りの魔法を使えるなんて」


 セルジュは大喜びである。


「坊主。一つ、注意じゃ。火の点く原理を知りたいと思ったのは良いが、点いた火を一人でなんとか出来たか? 」


 老人の言葉にあのセルジュが腕組みして考えている。


「出来なかった……」


 そして、ボソっと呟き反省している。


「調べるなら、後始末まで計画に入れなければ合格とは言えない。理解できないものをむりやり理解しろとは言わんが、きっちりと責任を持たんとな」


 老人の手がセルジュの頭を撫でる。


「次に教師のお嬢さん。もっと自由に教えてやれんか? ただ単に知識を詰め込むのは、儂は教育では無いと思うぞ」


 メナードに一言、向き直り頭を掻きながら老人は語りかける。


「とにかく大事が無くて良かったのぅ、かっかっか」


 それだけ言うと老人は鎮火した森へと姿を消していくのだった。


 セルジュとメナードはその老人の言葉を聞き、無言でその場にしばらく立ち尽くすだけであった。





 それから十数年と時が経つ。


「いやぁ、メナード様の生徒は優秀な創造魔術師クリエイターが多いですね」


 すっかり初老に差し掛かったメナードの前には王国から派遣された教師見習いがいた。


 少しあとになりあの老人は国王を教えたと言われる大賢者カルキだとわかった。


 子供の発想の自由を奪うな。ただ単に知識を詰め込むのは教育では無い。


 あの時、大賢者カルキに言われた言葉は深くメナードの胸に響いた。


「特にあの英雄セルジュ様の創造魔法は凄いですよ。あの方の恩師のメナード様の学舎で教鞭を振るえるとは嬉しい限りです」


 懐かしい生徒の名前が出て来て思わず笑みが零れる。


「まさか、あのセルジュが英雄と呼ばれているなんてね」


「え、セルジュ様は幼少の頃より優秀であったと聞きましたが? 」


 メナードの表情と言葉に、教師見習いは不思議そうに聞き返す。


「えぇ、彼は優秀だったわよ。発想力の天才だったわ」


 それまでの自分の型通りの教育では見えてなかった生徒達の個性、それをフィルターを外して見て気付かされた。


 私にとっての都合の良い子、勉強の出来る子が優秀なのではなく、それぞれの生徒がなにかしらの天才なのだったと。


 暗記の天才。運動の天才。美術の天才。……食べる事や寝ることの天才だった子もいたっけ。


 短所を埋めるのに躍起になっても仕方がない。そもそも短所も長所も表裏一体だったのだから。


 だからどの子もめいいっぱい長所を伸ばしてあげた。自分だけの武器を磨く手伝いをした。


「ここでの教育は一風変わっていますよ。それではこれから生徒達の紹介をしましょうか? 」


 メナードは今期の優秀ななにかしらの天才達のいる教室へと教師見習いを案内するのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 程よく短編としてまとまっていると思います。 [一言] セルジュは、発明王エジソンのエピソードを彷彿とさせますね。この話を、「これだから、ゆとり世代の若者は」とぼやく詰め込み教育を受けた大人…
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