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銀葉の大樹の下で

作者: 大きな愚

 すべては、アキバで起きた他の多くの事件(事故、騒動、災害etc.)と同様に、〈妖精薬師〉ロデリックの来訪から始まった。


 〈天秤祭〉の開催を数日後に控える早朝、建物を貫通する大樹から舞い散る落ち葉も、秋の訪れを告げようと訪れる寒風すらも吹き飛ばすような勢いで、威勢の良い声が往来に響き渡った。

「いよーっし! お前ら準備はできたかー!?」

「おう! 万端整えてきたぜっ、師匠(シショー)!」

「ふっ、このゥルンデルハウス=コーゥドに任せるのだな。ところで、この格好は一体?」

 大樹に貫通されるという奇異な外観をもつ〈記録の地平線(ログ・ホライズン)〉のギルドハウス前には、それを遥かに越える奇妙な出で立ちの男子が三人。

 頼れる〈守護戦士(ガーディアン)〉の直継、やんちゃな〈武士(サムライ)〉のトウヤ、そして自信たっぷりに前髪を掻き上げる〈妖術師(ソーサラー)〉ルンデルハウス=コード。

 紺色、小豆色、緑色とそれぞれ色違いのジャージに似た生地の地味な上下を着込み、足元は絶縁性の高い〈屍食鬼(グール)〉の皮で作られた〈那須の半長靴(はんちょうか)〉、手には生地の荒い軍用手袋を着用している。いずれも三日月同盟の若手〈裁縫師〉がメニューから作った製作級装備であるため、自動洗浄機能が備わっている。

 首から上も奇天烈な格好である。鼻と口を隠すように覆面のような小汚い布を巻き、目元はゴーグルでがっちりと守られ、更に首からは汗を拭くためのタオルがかけられている。これでは髪型くらいしか露出している部分がない。見るからに不審者の様相である。

 見る人が見れば〈円卓会議〉が発足した日に姿を消した悪徳ギルド〈ハーメルン〉のメンバーに似た格好だと思うかもしれない(それはつまり、〈ハーメルン〉のメンバーが不審者に見えるということだ)。


「それでは三人とも、頑張って行って来るですにゃあ」

 玄関が開き、一人だけ普段と変わらない服装の猫人族(にゃん太)が見送りに出てくると、直継は懸念していたことを訪ねる。

「なぁ、班長。シロは起きてきたか?」

「大丈夫ですにゃあ。シロエちは既に自分の領分に取り掛かっていますにゃ」

 彼らの友人たる〈付与術師(エンチャンター)〉の青年は〈天秤祭〉を間近に控えて、より一層多忙な日々を送っている。本来ならばこのような仕事に駆り出すべきではない、それは直継もにゃん太も判っているのだ。だが、人の層が薄い零細ギルド〈記録の地平線〉において、シロエにしか務まらない役割というのは決して少なくはない。現にシロエは玄関ホールに設置された木箱の前に正座して世の無情に対する呪いの言葉を吐きながら薄紙とスティック糊を手に眼鏡を光らせていた。

「なぁ、班長」

 師匠たる直継と同じ調子でトウヤが問いを発する。

「シロエ兄ちゃん、本当に大丈夫なのかな?」

「き、きっと大丈夫ですにゃあ。我輩はシロエちを信じていますにゃあ。それよりも、急がないと朝日が昇りきってしまいますにゃあ」

 珍しく後頭部に大粒の汗を浮かべ、にゃん太は三人を急かす。実際、彼らが行なおうとしている作業は、通行人が増える時間になるとやり難くて仕方がないのだ。そのために早朝から集まって準備をしていたのである。

「でぇは諸君、張り切って出発しようじゃないかぁ!」

「おう!」

「行くぜ!」

「行ってらっしゃいですにゃあ」

 ルンデルハウスが高々と拳を天に突き出し、それに師弟の声が追随する。手を振るにゃん太の激励に背中を押され、三人は目的地へ向かって歩き出した。

「ところでミスター直継、ボクたちはどこへ向かっているんだい?」

 いや、約一名は目的地を消失(ロスト)していたようだが。


 三人が目指していたのはアキバの街の待ち合わせスポットとして名高い〈銀葉の大樹〉であった。

 とはいえ、朝も早いこの時間、この樹の下に居る人間は大きく三種類に分かれる。

 ひとつは〈円卓会議〉に雇用された〈大地人〉の〈清掃人〉だ。巨大なイチョウの樹である〈銀葉の大樹〉は当然ながら、秋になると大量の葉と実を落とす。他の季節であれば舞い散るだけで幻想的な空間を作り出す銀色の葉も、これだけの量を放置すれば街の美観を損ねることになるのだ。

 ひとつはアキバの下水道に(たむろ)する〈廃棄児〉たちだ。〈大災害〉以降、夜を知らない街となったアキバでは、暗がりで物を落とす人が絶えない。銀の葉に紛れた落し物は彼らのメシノタネになるため、探す姿は必死そのものだ。

 そして最後のひとつが、直継たち三人と同様の目的を持ってやってきた〈冒険者〉たちだ。同じような汚れと匂いに強い衣服、目鼻を覆い肌を隠す格好、手に持った長い火ばさみと袋、それはすべて銀葉の影に隠れた、落下した果実を拾うための武装だったのだ。

 〈銀葉の大樹〉はアキバの有名な待ち合わせスポットだ。日が昇れば人の行き来が増え、人口密度も上がり、地面に落ちている物を拾うという行為は困難を極める。注目度も高くなるし、唯でさえ不審者と見間違われそうな服装でもある。彼らが早朝から動き出すのも当然と言えるだろう。

 (あんまり匂わないなー。最初は〈冒険者〉だからかと思ったけど、そんなことはないや)

 トウヤは〈ラグランダの杜〉で〈動く死体(ゾンビ)〉や〈不定形(スライム)〉と戦った時のことを思い出す。〈冒険者〉の嗅覚はリアルな身体と比べて鈍いどころかより鋭敏になっている。〈動く死体〉の腐敗臭や〈不定形〉の放つ酸性の刺激臭、亜人間種族や肉食獣などの血臭や口臭といった嗅覚情報は、戦えない〈冒険者〉が増える原因の中でも高い割合を占めているのだ。


 実の所、トウヤが銀杏の匂いに悩まされずに済んでいるのは、その顔を覆うスカーフの性能によるものだった。

 (深く考えずに選んだけど、これって結構良いアイテムだったんだな、神への冒涜兄ちゃん)

 トウヤは、このゴーグルとスカーフをくれた神への冒涜を思い出す。

 この人名にはとても思えない名前は、かつてアキバにあった悪徳ギルド〈ハーメルン〉のメンバーが名乗っていたものだ。ゴーグルとスカーフで顔を隠したおかっぱ頭の〈武闘家(モンク)〉で、〈大災害〉の直後、トウヤは彼の勧誘を受けて〈ハーメルン〉の門を叩いたのだ。

 今となっては、なんでそんな胡乱な外見の人物に頼ったのかとも思うが、少なくとも彼の物腰や態度はトウヤの危機感に引っ掛からなかったのだ。〈大災害〉直後の混乱の中、姉のミノリと二人で〈PK〉にあい、生きて行く厳しさを知った直後だというのに、いや、だからこそ、他者への猜疑心に満ちながらも誰かの助けを求めていたトウヤは、それでも〈ハーメルン〉への加入という路を選んだ。それは、ひょっとして・・・・

 もしもシュレイダやくすぶる稲妻といった初心者に対して高圧的な態度をとるメンバーからの誘いであったならば、トウヤたちはその毒牙にかかっていなかったかもしれない。そして、シロエたち〈記録の地平線〉や〈三日月同盟〉に助け出されることもなかっただろう。

 〈円卓会議〉が設立してから数日後、まだトウヤが〈三日月同盟〉に居候している内に〈ハーメルン〉は解散を決定した。

 メンバーの一部は新天地を求めてアキバを去り、別のメンバーは他のギルドに加入したり、新しく広まった手作り生産に賭けることにしたようだった。気になって、解散の様子を見に行ったトウヤを見つけた神への冒涜は謝罪と共に顔を覆っていたゴーグルと覆面を外したのだ。

 〈ハーメルン〉に囚われていた間、一度も見ることのなかった彼の素顔は不思議と晴やかで、「あぁ、こんな顔してたんだ」とトウヤが一言も発せられずに居るうちに、彼は「人前に顔を晒せないような真似は金輪際しないよ。だからこれは、もう要らない」と、その二つを手渡し、去っていったのだった。


 トウヤが過去を振り返る間にも時間は未来へと向かって容赦なく流れていく。それが天体の運行という目に見える形をもって現されるのは、人の営みが育まれ出した頃から今にまで連綿と続く倣い。

 太陽が東の山並みからその身を引き剥がし天に昇りだした頃、直継・トウヤ・ルンデルハウスの三人は〈銀葉の大樹〉の下での作業を終える。大樹から落ちた果実、つまり銀杏を用意してきた袋いっぱいに確保し、〈記録の地平線〉ギルドハウスに凱旋するのだ。

 ギルドハウスの裏手では、アカツキたち女性陣が桶に水を張って用意してくれていたが、三人が近づくと鼻を押さえて距離を取る。なにしろ、彼らは銀杏の果肉や果汁を全身に染み付かせているのだから。とはいえ、この後の彼女らが担う掃除と洗濯の労を考えれば文句を言う訳にもいかない。

 彼らは神妙な面持ちで水桶の周りに座り込み、銀杏の実から種を取り出す作業に取り掛かる。銀杏の果肉は素手で扱うと触れた場所に「かぶれ」を生じさせるため、軍用手袋を耐水性の高い〈木葉海竜リーフィー・シードラゴン〉の皮弁(ビニールに似ている)から作られた手袋に換えて、橙に近い黄色の果肉を取り除いていく。そうやって取り分けた種の大部分はにゃん太の待つ台所へと運ばれて行き、数十個の種が彼らの手元に残った。

 そのタイミングを見計らったかのか、ギルドハウスの裏口からは幽鬼のような足取りのシロエが姿を現す。目の下には酷く隈ができており、表情も鬱々とした陰が濃いものであったが、瞳には不敵な光が、口元には笑みが称えられていた。出来栄えに自信があるのだろう、その手には、物を作る時には特に神経質になる彼が自ら図面を引き手作業で作り出した薄紙の封筒が抱えられている。

 そう、彼らは封筒銀杏を作ろうとしていたのだ。


 事の起こりは昨夜のこと。

 アキバの街の生産系ギルドナンバー2である〈ロデリック商会〉、そろそろ定着しつつある通称〈ロデ研〉のギルドマスターである〈妖精薬師〉ロデリックが、(後のアキバでは風物詩となるものの、この段階ではまだ)珍しくハイテンションな様子でにゃん太を訪ねて来た。

 彼は大きめの箱を持参しており(無論、実際に持ってきたのは彼の召喚した〈巨石兵士(ゴーレム)〉なのだが)、それを搬入しながら解説を垂れ流す。

 曰く、「良いですか、起きたことをありのままに話します。注文を受けて櫓炬燵(やぐらごたつ)を作ろうとしていたら電子レンジができていた。何を言っているのか判らないでしょうが、私も何が起こったのか判りません」と。

 人差し指と親指で眼鏡フレームの上下を挟んで持ち上げるように位置を直しながら言い放つロデリック。眼鏡のレンズを無意味にキラーンと光らせる彼に、にゃん太は

「疲れてるんですにゃあ、ロデリックちは」

 ともあれ、日頃世話になっているにゃん太と〈記録の地平線〉に試用してもらい、使用感などを提出して欲しいという趣旨を告げてロデリックは帰っていった。用はモニター役を頼まれたのだ。

 その話を聞いた直継が「電子レンジが使えるっていうなら、封筒銀杏祭に決まりだろ!」と主張し、「ふっ、〈ナカスの胡桃拾い(ナッツイーター)〉と呼ばれた僕の華麗な技術(テクニック)を見たまえ!」とルンデルハウスが意味不明な啖呵を切り、「封筒銀杏が奏でる最高の景色を皆で見るんだ!」と疲れ気味のシロエが眼をグルグルさせながら拳を突き上げた事で、ギルド全体を挙げての行事となっていたのだ。

「シロエちも相当、疲れているんですにゃあ」

 そして、にゃん太の呟きは誰の耳にも入らなかった。


 「なんで主君ではなくバカ継のを・・・・」

 「この汚れ、染み、臭い、中々落ちませんね・・・・」

 「もう、くっさい! あの御馬鹿わんこ後で説教しなきゃ・・・・」

 ミノリと五十鈴を率いたアカツキがテンションも低く、汚れに汚れた裏口や水桶を清め、衣類を洗濯(自動的に汚れや臭いが取れるとはいえ、気分の問題ということがある)している間に、男子四名は銀杏の種を人数分に分け、それぞれ紙封筒に入れて口をきっちりと折り封をする。そして、電子レンジの蓋を開けて中に設置し、ダイヤルを回す。

 時計役をシロエに任せて待つこと数分。レンジの中から「パンッ! パンッ! パパパンッ!!」と破裂音が連続して響く。驚いて杖を構えるルンデルハウスをトウヤと直継が押さえる騒ぎの中でシロエが「時間です」と呟く。

 「チーン!」と小気味の良い、〈大災害〉を経た今となっては郷愁を誘う、懐かしくも聞き慣れた音が鳴り、箱の開いた蓋からは芳ばしい香りがたなびいてくる。封筒の中身を掌に開けてみると割れた種の殻と翡翠のように輝く緑色の粒が転がりだす。〈冒険者〉の、特に〈守護戦士〉が持つ耐性のせいか、熱した銀杏を素手の上に開けても思ったより熱くなかったことに一抹の寂しさを覚える直継だったが、それなら熱々のままでも食べ易いじゃないかと思考を切り替え、おもむろに一つを口に運ぶ。

 「うーまーいーぞー!!」

 「何を独りで、しかも主君より先に食べているのだ!!」ごきゃっ

 アカツキの膝蹴りに吹っ飛ばされながらもピースサインを送る直継。はふはふもぐもぐと口を動かしており、表情は幸せに満ちている。

 そんないつもの遣り取りを合図に、後片付けを終えたミノリと五十鈴も加えて封筒銀杏を食べ始める。

 「折角にゃので、こんなものも作ってみましたにゃあ」

 その間、ずっと姿を見せなかったにゃん太が茶碗蒸しの器を満載した蒸篭(せいろ)を手に姿を現したことで皆のテンションは最高潮となったのだった。

追記

 〈ロデ研〉製の電子レンジは三回使った所で大爆発した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 自身のキャラを用いての作品も面白いですが、時にはこういったメインキャラに関する話もいいですね。 さて感想ですが、いつも通りの楽しい雰囲気で銀杏を集めているログホラメンバーの様子や、少しハー…
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