悪殺拷苦の獄卒鬼 ~地獄より来たりし処刑人~
『おにさんこちら』
今一部で話題の、掲示板サイトである。
名前の通り、様々な鬼。
自分の周りに住む、鬼と呼ぶしかない様な悪人についてを書き連ねる、ストレートに言ってしまえば、鬱憤晴らし用の愚痴サイトである。
検索エンジンに載らず会員登録が必要な事もあって、サイト内では鬼についてを皆、一切伏せたりせずに実名で書いたりしている。
*
謝罪。
罪や過ちを詫びる事。
(ふざけるな)
薄暗いカラオケボックスの部屋の中。
タバコのヤニの臭いと、安っぽいアルコールの臭いが不快に漂う。
「ごめ、んねぇ……ごめんねぇ……」
体格の良い青年が一人、女子高生の上に興奮した様子で生臭い息を荒く吐きながらのしかかっている。
その女子高生の両手を別な青年が掴んで押さえているので、彼女はろくに抵抗する事も出来ない。
だがその女子高生は、自分を押さえこむ青年二人の顔を一切見ずに無視して、少し離れた床に直接座り込み、涙を流しながら自分に謝罪の言葉を告げている少女の顔を、憎々しげに睨んでいる。
(謝る位なら、最初からこんな事をするな)
青年にのしかかられている鋭い目つきの女子高生の名は、山本栞。
涙を流しながらごめんと謝り続けている少女、大谷真奈の友人である。
(言葉が軽いのよ)
そもそもの発端は、真奈の男運の無さが原因だった。
真奈は、いつもろくでもない男に引っかかる。
本人の好みの問題と言うより、真奈は強引に迫られるとNOと言えなくなる気弱な性格なので、そういう男にすぐ引っかかってしまうのだ。
その度に栞は、相手とすぐにでも別れる様に言うのだが、真奈はあれこれと言い訳をして中々別れず、最終的に相手に痛い目にあわされて、捨てられる。
そして今回も、その新しい彼氏について相談をしたいからと栞は呼び出されたのだが、その結果がこれだった。
見事にはめられたという訳だ。
「へへ……へへへへ……」
下卑た表情で栞にのしかかっている短髪の男。
この男が真奈の彼氏で、名を暮井浩二という。
真奈に栞を呼びだす様指示したのは彼だ。
「早くしろよ浩二~。次俺の番だからな?」
「わかったってのうっせーな。少しくらい待てよ。焦り過ぎだっつの」
そして、栞の腕を掴んで抵抗出来ない様にしている男は、浩二の友人。
栞の全く知らない初対面の相手、田木修平だ。
浩二に比べると体格もヒョロッとして、顔つきも気弱そうで、はっきり言ってこういう事をするタイプには見えないのだが、あくまでもそう見えないだけ。
今回の様に、いつも浩二と一緒になって様々な悪事を行っている、紛れも無いクズである。
(ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな……!)
栞が憎しみを込めた目で男達を睨む。
「うわ、目つき怖ぇー」
浩二が鼻で笑いながら、にやけた顔で言う。
「栞ちゃん、だっけ? そんな怒らないでよ」
すると修平も、似た様な表情を浮かべながらそんな事を言ってくる。
「無理やりなのは謝るけど、俺達そこまで酷い事する気はないからさ。怪我する様な事しないし、ゴムとかもちゃんと付けるし、ね?」
「は? ねぇよ、ゴムなんて」
「え、マジで?」
「マジ。お前だって持ってきてないだろ?」
「勿論。ある訳ねぇし」
「「………………」」
一瞬後、男二人が爆笑し出す。
何が面白いのかわからないし、笑いどころなんてどこにも無かった。
「………………」
栞が抵抗を諦めて、ギュッと口を結ぶ。
下手な事をして怪我をさせられるよりはマシだと思ったのだ。
だが、受け入れた訳ではない。
口には出さずに、心の中で憎しみの言葉を告げる。
(死ね、クズ共)
「ひぃっ!?」
すると、ちょうどそのタイミングで、真奈が妙な声を上げた。
「っせぇな。何だよ真……奈?」
浩二が真奈の方を見て、真奈の視線の先を追い、黙り込む。
「あ……あは、あははは……」
修平も同じ様に視線を動かした後、同じ物を見て、少し引き気味に笑い出した。
「おいおい、何だよコスプレマン。部屋間違えてるぞ?」
視線の先に居たのは、一人の人間。
修平の言葉通り、コスプレみたいな妙な格好をした人物が、いつの間にか部屋に入ってきていた。
身長は、百八十センチ半ばほど。
履いているブーツの高さを含めれば、百九十センチ近い。
着ている者は全身どれも真っ黒で、気温も高いのに長袖な上、生地の厚そうな黒いロングジャケットを羽織っている。
頭には髪型もわからなくなるフルフェイスのマスクを被っており、手にはグローブを付けているので、肌の露出が一切無い。
そして一番目につくのが、マスクの上につけた、真っ赤な血の色で二本の角が生えた、骸骨の面。
材質は金属製で、その赤い色と合わさる事で不気味な光沢を見せ、額の部分には、まるで鈍器で殴られてひびが入った様な装飾が施してある。
面の奥に見える瞳はギョロッと見開いていて、とても異様だった。
不気味で、怪しい雰囲気の漂う人物。
コスプレマン、と修平は軽く言ったが、その人物がただのコスプレ好きの変人だと、その場の誰も思っていない。
「………………」
「おい、何とか言えよ」
「………………」
浩二が話しかけても骸骨面の人物は返事をしない。
無視をしたまま部屋の中を軽く見渡した後、組み敷かれている栞の元へ、一歩踏み出す。
「……チッ」
無視をされた事で不愉快になったらしく、浩二が栞の事を修平に任せて立ち上がり、骸骨面の男に近寄る。
「んだよてめぇはよぉ。俺達に――」
そして胸倉を掴もうと、右手を伸ばす。
「――……?」
だが、掴めない。
「何だ……それ?」
骸骨面の人物の手首から、キラリと光る細い何かが伸びている。
よく見ると、それはどうやら極細のワイヤーの様だった。
「え?」
そして、それが、
「あ? あ……あぁぁあああああああああああああ!!!!!!」
浩二の手首から先を、切断していた。
「な、何なんだよこれぇぇええええええ!!!! 俺の手がぁぁあああああああ!!!!!!」
足元に転がる、浩二の手。
胸倉を掴めないのは当然だった。
何故なら、掴む為の手が、切り落とされていたのだから。
切られた手首から、血が噴き出す。
骨、筋肉、太い血管。
黄色い脂肪、そして皮膚。
切断面が荒れていないので、まるで人体標本の様にその構造がよく見える。
「きゃああああああああああ!!!!」
「浩二ぃぃいいいいいいいい!!!!」
真奈と修平が叫ぶ。
「…………田木、修平だな」
骸骨面の人物が喋った。
低く、思ったよりは若い声。
男だった。
「な、なんだよ! こっちに来るな!」
浩二をそのままにし、自分の元へと歩いてくる骸骨面の男に怯え、栞から手を離し、修平が壁際に逃げる。
「田木修平。小心者の……小悪党」
骸骨面の男が両手をジャケットの中に入れ、入れた手をそこから勢いよく出すと同時に、何かを投げる。
「ぎゃぁぁああああああああ!!!!!!」
投げたのは、黒塗りの長い二本の杭。
それが修平の両肩に突き刺さり、壁に磔にする様に打ち付けた。
「一人で居る時は、列で人に横入りをされても文句の一つも言えない様な、弱い人間」
「痛ぇぇええええ! 肩が、肩がぁぁああああああああ!!!!」
「だが、そこの男の様に、自分よりも強い者と一緒になれば、途端に態度を翻し、卑屈な心の奥に潜む悪意を解放する」
骸骨面の男が修平の元に近寄ると、その服を素手で破り、胸元を露出させる。
「多くの悪人と共に沢山の人間を苦しめ、絶望を与えてきた、許されざる……罪人」
「な、何すかぁ……何なんですかぁ…………。止めて下さいよぉ……」
修平が骸骨面の男を、自分達よりもずっと強い者だと認識し、先程彼が言った様に気弱で卑屈な態度に変わる。
「その矮小な心の臓を、見せてみろ」
骸骨面の男が手を修平の胸元に向けると、手首から真っ白な液体の様な物が噴出され、辺りを白い煙と共に冷気が包む。
「いぎゃぁぁああああああああ!!!!!!」
それをかけられた修平が、悲鳴を上げる。
煙が晴れると、その胸元が真っ白に凍結していた。
「…………」
その様子を確認すると、骸骨面の男がグッと拳を握り、白く凍結した胸元を、手の甲で強く叩く。
「がぁぁああああああああ!!!!」
バキィッ!
と、明らかに人体が鳴らすとは思えない様な音が部屋の中に響き、修平の胸部の皮膚は勿論、胸骨や助骨までが砕け、骸骨面の男が言った様に心臓が露出する。
ドクン、ドクンと脈を打つ、命の源。
凍結した傷口からは血が流れず、心臓が動く様子をじっくりと観察出来る。
「う、嘘、だろぉ……何だよ、これぇ……」
修平が自分の身に起きた悲劇に、絶望の涙を流す。
「受け取れ」
「…………ぇ?」
骸骨面の男が懐から、片方の先端に膨らんだ風船の付いた、ストローのような管を取り出す。
「そ、それ……何……?」
怯えながら訪ねる修平を無視し、骸骨面の男がヒュッとその管を投げると、心臓に突き刺さる。
「ヒッ!」
すると次の瞬間。
風船の中の空気が勢いよく心臓の中に吹きこまれ、それこそ、心臓の方が風船の様に膨らむと。
「ぎ――ご、ぁぁああああ!!!!」
赤黒い大量の血液を辺りにまき散らし、破裂した。
「………………ぁ」
小さなうめき声を最後に、絶命する修平。
「お、お前は一体…………」
切り落とされた右手首を左手で押さえながら、震える声で浩二が訪ねる。
「お前達と同じ者だ」
「俺達と……同じ?」
「そう。俺はお前達と同じ……鬼だ」
「鬼……?」
それ以上の説明はせず、鬼と名乗った骸骨面の男が浩二に近寄る。
「暮井浩二」
「く、来るなぁ! こっちに来るなぁ!」
「何を言うまでも無い、典型的なクズ。知能が低く、感情を制御できない。苛立つとすぐに暴力を振るい、欲しくなれば人の物でも店の物でも、当たり前の様に奪い取る。相手の痛みも考えず、楽しければただそれだけの理由で人を傷付け、苦しめる」
鬼が浩二の前に立つと、クイクイッと手首で招く。
「そら、かかってこい喧嘩自慢。チャンスをやる。このまま死ぬよりは、抵抗してから死にたいだろう? 自慢の腕っぷしを見せてみろ」
「お、お前、何言って……」
「今までそうやってきた筈だ。不快な存在を、誰彼かまわずその拳で蹴散らして来たんだろう? だったら今もそうしてみろ。俺を、蹴散らしてみろ」
「…………」
浩二が血濡れの左手を、切断された右手から離す。
「う、うわぁぁぁぁああああああ!」
「………………」
そして闇雲に叫びながら、拳を握り、鬼に向けて突き出す。
「ッ!?」
だがその拳は、いとも容易く手の平で受け止められる。
「や、やめ……ろぉ!」
それだけではなく、鬼は受け止めた拳をグッと強く握り始める。
「ぐ、あ、あぁ……」
メキメキと拳が軋む音。
「あぁぁああああああああああ!!!!!!!!」
そして鬼はそのまま浩二の拳を、ぐしゃりと握り潰した。
「……非力なゴミめ」
「い、がぁ!」
鬼がつまらなそうに言うと、浩二の頭を片手で掴み、持ち上げる。
「何なんだよお前! 何で俺達にこんな事!」
「そんなに疑問か?」
不思議そうに鬼が言う。
「ぎぃいい!」
鬼が頭を掴んでいるのとは反対の手で、今度は顎を掴み、ゆっくりと上下から浩二の頭を押し潰していく。
「お前が今までやってきた事と同じだ」
「ぃぃいいいい!!!! ぎひ、ぎ、ぃぃいいい!!」
込められた力によって口は開けられず、歯は折れ、砕ける。
歯ぐきの肉が割れた歯によって裂け、ダラダラと顎の下を血が流れていく。
「その時の気分で、自分勝手に強引に、相手を暇潰し程度の軽い気持ちで苦しめる。そこに、深い理由も理屈も無かっただろう? 俺も同じだ」
「いいいいいいいいいい!!!!!!」
バキバキと顎の骨が砕け、頭蓋骨全体が軋み始める。
「不愉快だから。ムカつくから。ただそれだけの理由で、俺はお前を、殺す」
「い――ギヒィッ!」
スイカが割れた様な、水っぽく、中身の詰まった物体が潰れた音が鳴る。
浩二の顔が、カエルの顔の様に平らに潰れる。
眼球は勢いよく飛び出し、脳は割れた皮膚の隙間から、ぶりゅりと溢れ出す。
「いやぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!!!」
顔を潰した後、無造作に鬼が捨てた浩二の死体を見て、真奈が大きな悲鳴を上げる。
「大谷真奈か……」
「ひぃっ!」
鬼が自分の名前を呼んだ事に、驚き、恐怖し、叫ぶ。
「止めて! いや! 来ないで! 殺さないで!」
だが鬼は、真奈の訴えを無視してそのまま近寄る。
「お前は何故、そうも被害者面をし続けていられるんだ?」
「…………え?」
鬼が手を伸ばし、グイッと真奈の顎を掴む。
「お前が自覚している通り、お前は弱い。その小心さから、自分から悪事を行う事も無い。今回の様に、お前が罪を犯す時はいつも、お前から発信された悪意では無いんだ」
「な、だったら……」
「だが」
「んぅ!」
「お前の弱さの代償を、何故他の人間が支払わなければならない?」
顎を掴む手の力が強くなる。
「うううう!」
「お前はそこの女に会う前からずっとそうだったな。人と揉める事を面倒くさがり、トラブルを怖がり、それは嫌だと本心では思っていても、断る事をせず、自分が我慢すればいい事だと、ただ従う。その癖、自分だけじゃ処理しきれない、我慢だけじゃ済まない出来事が起きると、その厄介事を平気で周りの人間に押し付ける。仕方のない事だと。そもそも自分は人に言われてやっているのだから、悪いのは命令した人間で、自分は一切悪くないのだと自分勝手な言い訳をして」
「きゃっ」
鬼は一度真奈を離すと、テーブルの上にある料理や飲み物の載ったメニュー票を手に取り丸め、真奈の口の中に差し込み、一気に奥までねじ込む。
「ぅ、ぉお!」
すると次に、ジャケットの内側から何やら白い石みたいな物が沢山入った袋を取り出し、その石を真奈の口の中にザラザラと流し込む。
最期に、テーブルの上にあった飲み物の残りを口の中に注ぐと、先程差し込んだメニュー票を口から抜き取り、更にジャケットから太いテープを取り出して、グルグルと口を塞ぐように何重にも巻きつける。
「んんんんんんんん!!!!!!!!」
鬼が口の中に流し入れた白い石は何だったのか。
真奈が喉に手を当てて、激しく苦しみ始めた。
目を限界まで大きく見開き、顔を真っ赤に染めると、ガリガリと口に張り付いたテープを剥がそうとする。
だが、そのテープはただのガムテープやビニールテープと違って、丈夫で粘着力が強いらしく、剥がれる様子は全く無い。
それどころか、テープの周りの皮膚が爪で抉れ、真奈の爪の間に赤い肉片が溜まっていく。
「んん! んんんん!!!!」
苦しみに耐えられなくなったのか、今度は口ではなく、首の根元や胸元を、ガリガリと必死にかきむしり始める。
あの白い石がその奥で、真奈の粘膜を焼いているのだ。
それを取り出そうと必死に爪でかくと、柔らかな肉は先ほどの口の周り同様どんどん引き裂かれ、胸元が流れる血液で赤く染まっていく。
「んんんんんんーーーーーー!!!!」
プシュッ、プシュッ、と鼻で呼吸する度に大量の血液が鼻の穴から吹き出す。
しばらくすると、真奈が目を充血させながらブルブルと震え始め、突如グルン、と白目を剥くと、そのまま動きを止める。
ビクッ、ビクビクッ、とそのまま二度、三度、全身を大きく痙攣させると、彼女の呼吸が止まった。
「………………」
栞が何も言わずにその光景をジッと見つめている。
「山本、栞だな」
すると鬼がそう言いながら、今度は栞の前に立った。
「………………」
栞が、鬼の顔を見上げる。
だが何故か、彼女は他の者とは違い、怯える様子を見せない。
むしろ、友好的な笑みを見せる位だ。
「来て下さって、ありがとうございました」
栞が鬼に、頭を下げる。
「『おにさんこちら』。あのサイトの噂は本当だったんですね」
栞が何かに納得した顔でそんな事を言う。
彼女の言うサイトの噂というのは、『おにさんこちら』、そのサイト名が示す言葉の意味が違う、という物だった。
『おにさんこちら』は、鬼さんはこちらです、と世に巣食う鬼達を紹介するサイトではなく、もっと単純に、鬼さんこちらですよ、と鬼を呼び寄せるサイトだというのだ。
栞はそちらの噂の方を信じて、サイトに書き込んでみた。
人がいくら心配しても言い訳ばかりで無視をして、あげくその心配をしている自分を利用しようとする友人を、どうにかしてくれと。
「何を言っている?」
「え?」
だが、鬼は栞の言った事とは全く別な話をしだした。
「お前は、小西優華という少女を知っているな?」
「!?」
栞の顔色が変わる。
「お前が中学時代にいじめをして、不登校になるまで追い詰めた者の名前だ」
「ま、待って下さい!」
栞が焦りだす。
「その件についてはもう解決しています! 私は、彼女に謝罪しているんです! あの頃にやった事を後悔して、彼女に謝りました! 嘘だと思うなら確認してみて下さい!」
「確認など出来る訳が無いだろう」
「え?」
「小西優華はもう、自殺をしてこの世には居ないのだから」
「…………嘘」
栞の顔色が、真っ青になる。
「ど、どうして……」
「お前のせいだ」
「…………私?」
「そうだ。お前が、自分の罪悪感を解消する為だけに、形だけの謝罪をしたからだ」
「か、形だけだなんて……私は……」
「自分はいじめが原因で学校にも行けなくなり、人生が崩壊したというのに、相手は自分がした事全てを忘れて水に流して、幸せな生活を送ろうとしている。そんな事許せると思うか?」
「それは…………」
「お前は軽い謝罪の言葉で全てを済ませ、いじめをしていた事実を無かった事にしようとした。それも、ただ忘れるのではなく、いじめていた相手に謝罪をして、改心して心を入れ替えた、だなんて、自分の罪を安っぽい美談に作り変えて」
「美談だなんて……そんな、私は……」
「小西優華はそんなお前の態度に、プライドをズタズタに引き裂かれて、惨めさに耐えられなくなり、自ら命を絶ったのだ。ちょっと謝られた位でお前の事を許したりなんかしない。許す筈が無いだろう。お前は小西優華に自分が何をしたのか、忘れたのか? 彼女は、最後の最後までお前の事を、恨んでいた、憎んでいた。殺意を抱き続けていたんだ。許してなんか、一切無い」
「そ、そんな……だって、だって私……私は……」
鬼が懐に手を入れる。
「後悔、しているか?」
「え?」
「自分のした事を、後悔して、反省しているか?」
「は……はい! しています! 反省しています!」
「そうか。……ならば、小西優華に謝罪してこい」
懐から取り出した手の指に、液体の詰まった小さな瓶の付いた針が、何本も挟まっている。
「それ、何……」
「直接あの世でな」
鬼が腕を振るうと、その何本もの針が全て、栞の顔面に突き刺さる。
「きゃああああああ!!!!」
悲鳴を上げる栞。
針には何か仕掛けがしてあるらしく、突き刺さると同時、瓶の中身がどんどん減っていき、針を通して栞の顔の皮膚の内側に流れ込んでいった。
「罪というのは、犯した本人が思うよりも、より広くに影響を与える物だ」
「ああああああああああ!!!!」
液体の注入された部分が赤く腫れあがり、水ぶくれを起こす様にぶくぅと膨れ上がっていく。
「小西優華の母は、娘が登校拒否を起こす程に苦しんで事を気付けなかったと自分を責め、遂には心を病んでしまった」
「ああああああああああああああああああ!!!!!!」
「小西優華の父は、そんな妻と娘の姿に心を痛め、プロジェクトの大事な時期に仕事の能率を下げてしまい、昇進のチャンスを失ってしまった」
膨れ上がった皮膚はそのまま赤から紫に、そして濁った血の色、濃い赤黒い色に染まっていき、更にはその膨らみを内側から溶かし始めた。
「その後、小西優華が自殺した事で、心優しき小西優華の家族が、小西優華を愛していた彼女の祖父母や親戚が、どれだけ傷つき、最終的にどうなってしまったか、聞きたいか?」
「ああ……ぁああ……ぁ…………」
破れた皮膚からどろどろと流れ落ちる体液。
溢れ出る体液は、流れながら顔全体の皮膚を焼く。
焼かれた顔の肉がただれ、ぐずぐずと崩れると、腐れ落ちる様にべろりと顔の骨から剥がれる。
それでも融解は止まらず、そのままぼちゃぼちゃと顔の肉は落ち続け、最終的に血に染まった顔の骨だけとなった。
「ぁ…………」
真っ白に染まった目は、もう何も見てはいない。
力無く前のめりに倒れ込むと、液体は骨まで浸食していたらしく、衝撃で顔の骨までがぐしゃりと崩れ、砕ける。
そうして、彼女の命の鼓動が完全に止まった。
「……………………」
部屋の中に転がる複数の死体を、鬼が見つめる。
「うわぁぁぁぁああああああああ!!!!!!」
すると、いつの間にか部屋のドアが開いていた。
入り口の所でカラオケ店の店員が部屋の惨状を見て腰を抜かし、床に座り込んでいる。
「神谷耕だな?」
「ひ、いいぃぃ……」
「このカラオケ店内に犯罪を黙認する部屋を用意し、時にはそのおこぼれを貰い、随分と良い目を見てきたようだな」
「な、な……あ……ぁ……」
「この場所が無ければ、お前が見過ごさなければ……苦しまずに済んだ者も沢山居た筈だ」
「や、だ……止めろ……」
自由にならない下半身はそのままに、逃げる為、耕が手でずるずると後ろに下がろうとする。
「報いを、受けろ」
「嫌だぁぁああああ!!!!」
必死に逃げようとする耕が、部屋の中に強い力で一瞬にして引きずり込まれ、バタンッ! とドアが閉まる。
すると店内にはまた平穏が戻り、廊下ではいつもの様に、今流行りのヒットソングが陽気に流れていた。