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死神と少女と新月と

死神と少女と新月と(5)

今回は死神君が家出少女の知らない所で何をしているのかを……。

 月に一度訪れる新月の夜,死神スレアにはすることがあった。それはれっきとした理由があっての事。二人の間に存在する契約を維持するためにある意味必要な過程である。その夜だけは彼が寝室を訪れることは許されている。

 だが,下弦の月が夜空にかかる今夜も,彼は主の寝室を訪ねる。



 屋敷中が寝静まった深夜。白銀の月明かりが冷たく廊下を照らし,窓枠の影を床に落とす。絨毯が敷き詰められているせいか,足音はしない。彼の服が擦れる微かな衣擦れの音が聞こえるだけだ。彼の足は屋敷の中で一番見晴らしがよく,外の良く見える部屋にまっすぐ向けられていた。そこには彼の主の寝室がある。外に憧れを持つ彼女を気遣って,彼女が屋敷に来た後に居室を移させたのだった。これも彼の,彼なりの気遣いだった。

 部屋の扉の前まで来て,真鍮で出来たそのドアノブにそっと手をかける。音もなくその鍵が開き,これまた音もなくその扉が開く。ほんの僅かに開いたその隙間から,彼は部屋の中に身体を滑り込ませた。本当は空間転移の魔術を使ってもいいのだが,この方法ならほぼ確実にほとんど音を立てることなく部屋の中に入ることができるため,彼はあえてこんな夜這いのような方法で主の部屋に入っているのだった。

(れっきとした理由がなければこの行為は夜這い以外の何物でもありませんがね……。)

 天蓋付きの大きな寝台の傍まで音もなく歩き,その中央に沈み込むようにして眠っている少女を見つめる。まだあどけないその寝顔には,少し女性らしさが滲み出していて,中途半端なあでやかさを醸し出していた。ほのかに薔薇の香りが漂う白いシーツに鮮やかに広がる金色の髪。その髪をさらりと白く長い指で彼は梳いた。

「ん……。」

 小さな主がほんの少し身じろぎをする。一瞬,起こしてしまったかと彼はたじろいだ。動きを止め,息を止め,そのまま眠りに落ちて行く事を祈る。幸い寝返りを打とうと身じろぎしただけらしく,主はそのまま目を覚ますことなくすやすやと眠っていた。

(まったく……ドキドキさせてくれますね。)

 死神らしくもなくホッと胸をなでおろす。何にこんなにビクビクしているのか,自分にもよくわからない。

(信頼関係が失われることを恐れているわけでは……ない。)

 そもそもまだ主従契約を結んでからろくに時間も経っていない。彼女がどこまで自分を信頼しているのか,そもそも信頼関係が成り立っているのか,そのことさえ定かではない。つまり,この段階では信頼関係,などという言葉はある意味彼らには不似合いであった。

(ならいったい私は何を恐れているのでしょうね……?)

 信頼ではない。契約の破棄でもない,そもそも破棄などできない契約だ。その主の眠っている横顔を見つめたところで,答など得られないのだが。彼は寝台の上に身を乗り出して,その横顔に吸い寄せられるように自分の顔を近づけていく。

 淡い桜色の潤って柔らかな,そのわずかに開いた唇に,その持ち主を覚醒させぬようゆっくりと優しく,けれどしっかりと,自分の唇を重ねる。シーツから漂う甘い薔薇の香りに混ざって,ほのかに石鹸と髪の匂いが混ざっているのを,死神の鋭い嗅覚はしっかりと感じ取っていた。麻酔を仕込まれたかのように頭が痺れる感覚。ほどなくして,唇と唇の間から金色の光がちらりと漏れた。それを薄く開いた目で確認した彼は,唇をそっと離した。妖艶に唇同士の間に細い糸が渡り,ぷつり,と切れた。

 魔力供給。

 もちろん自動で受けることもできる。(めったにないが)魔力の消費量が膨大な戦闘などになったときは自動供給の方が明らかにリスクも低く安全なのだが,彼はその術式をあえてとらなかった。こんなことは初めてだった。もっとも,その形式にしても,新月の晩に唇を重ねるだけで,次の新月の晩までに必要な魔力はすべて主から得ることができる。だがしかし。

 彼は毎晩その力を少しずつ受け取る為にこの寝室を訪れる。

 なぜ自分がこうしたのか,自分でもよくわからない。どこでこうしたいと思ったのかも良くわからない。こんな非効率的かつ非生産的な方法を取るのは,本来性に合わないのだが。性に合わないはずなのに,この行為になんとなく淡い期待のようなものを抱いている自分がいることもまた確かで,その期待に何か見返りを求めるわけでなくともどこか満足を覚えていることもまた確かだった。

 なんとも,理解しがたいこの感情。どう言い表したものか。

 「ねえ……我が主。」

 貴女が私に毎晩このようにされていることを知ったら,貴女はどんな顔をするのでしょうね……?

あとから読み返してみて思ったのですが,リアルだったら逮捕もんですね。ファンタジーなので許してください。

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