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9月14日午後6時40分 殺人犯 「長谷川 沙織」 叔父を前にして語る

 この狸親父、真相を知っているくせに。この男が私を犯人だと思っているはずがない。

 それでも茶番を続けてくれるのなら願ったり叶ったりだ。私としても時間を潰したい。だからここはこいつの悪ふざけに付き合ってやる。


「今更信じてくれないかもしれないけど、本当にやってないんだから」


「信じられないな。ならやっていない証拠はあるのか」


 ないものを証明すること程難しいことはない。まあ証明する必要なんてないんですが。


「証明は……できないけど」


「ならダメだな。お前を連れて行く」


 連れて行くって、どこにだ。意味深過ぎる。署じゃなくてあの世か?

 私としては時間を稼ぎたいところだけど、早くもダルくなってきた。


「本当なの!信じて!」


 不毛な会話だ。傍から聞けば有りがちな犯人と警察の会話なんだろうけど、お互い腹の中では全く別のことを考えている。


「……」


 まずい、叔父が全く喋らなくなった。時間を稼いでいたのがあからさま過ぎたか。下手をしたら今すぐにでも距離を詰められる。先手を打たなきゃならない。


「とにかく叔父さん、この距離で話してもお互いの表情が分からないよ。一回近くで話そうよ。それとも私のこと怖いの?」


 これは賭けだ。素直に言葉の裏を読んで罠があると勘違いし、叔父が近付かないことに賭ける。もし裏の裏を読んで近付かれたら終わりだ。


「沙織」


 来た。叔父が一歩近付いた。嫌な汗が流れる。


「なら明かりを点けてくれ。暗くて足元がおぼつかないんだ」


「この小屋には明かりなんてなかったよ」


「なら近付けないな」


 よし、あと少し。もう20分耐えれば概ね勝てると言えるだろう。このまま叔父と会話を続ければ楽に時間は稼げるはずだ。


「そういえば沙織」


「何?」


 よしよし、適当に話を続け……。


「何で時間を稼いでいるか当ててあげようか?」


 うん?


「すぐ近くに川があるな」


「あるけど?」


 おいおいまさかこの親父。


「川を氾濫させて殺す気じゃないだろうな」


「馬鹿じゃないの?雨で氾濫?今晩あたりならそうなるかもしれないけどね」


 今私に出来ること。それは真相を突かれて慌てたフリをすることだ。


「狙って出来るわけないじゃんそんなこと!」


「さっき小屋の裏手を見たけど、川から水を引いていた水路を見つけた。小さな堤防まで作ってあったな?」


「……」


 そう、慌てたフリをしなければ。例え図星だったとしても。


「小屋に入る前に壊しておいた。水を溜めて鉄砲水で殺そうとしたのか?それとも堤防は保険で、さっきのお粗末な罠が本命だったか?どっちにしろ子供の発想だったな」


 仕方がない。もう私に切り札はない。こうなったら少し早いけど『本命』を話すしかない。


「分かった。それじゃ、ここに来た本当の目的を教えるよ」


「殺したいだけだろ、俺のこと」


 そう思ったでしょ。違うんだな、叔父さん。


「ううん、時間稼ぎのためなの」


「堤防はもう壊れたから意味はないだろう」


「残念ながら、本命は今署に向かっている最中だから」


「……署?」


 叔父の顔は見えないが、動揺が走ったのが見える。そろそろ教えてやろう。


「一家惨殺事件の真犯人、アンタがやったって証拠よ」


「……沙織、今すぐそこから出て来い」


 嫌なこった。


「私が狙ったのは元よりアンタ自身じゃないから。署に物的証拠を郵送するときに、アンタに妨害されないためにここに拘束させてもらったの。7時には署に証拠が送られるから」


「おいガキふざけんな!何で私が犯人にならなきゃ……捕まらなきゃいけない?そんな証拠あるはずが……」


「父を刺したナイフ……父の血と、アンタの指紋がべったりくっついているやつ」


 叔父が面白いくらい動揺している。


「ああ、母さんの指紋も付いてるけど、わざわざそこは説明しなくてもいいよね」


「ふざけるなよ貴様!信じるはずが……署の人間が信じるはずが!」


 そう言いつつも、叔父のシルエットが震えている。そりゃそうだ。まだ犯行に使われた凶器は見つかっていないんだから。捜査状況がひっくり返ってもおかしくない。


「この悪ガキが!許さんぞ!許さないからな!」


 叔父は今すぐにでも署に向かいそうな勢いだが、もう遅い。


「無駄だよ、今日の日没は7時くらいだから。真っ暗で足元が御留守な中、いつ嵐になってもおかしくない山を生きて降りられる?」


「行ける……1時間あれば余裕で降りられる」


 そう言いながらも、叔父は絶対に分かっている。今山を降りれば死にに行くようなものだってことぐらい。


「朝まで待って降りた方がいいと思うけど、私としては勝手に山の中で死んでくれた方が都合はいいから止めないよ」


 私の言葉を聞いて、叔父はついに頭を抱えてしゃがみこんでしまった。


「可哀想な叔父さん」


「クソ!俺じゃない!俺がやったんじゃないのに!」


「私がそう言っても信じなかったくせに。叔父さんの言うことだって誰も信じないよ」


「違う!やったのは……やったのは俺の妹、お前の母親だろうが!」


「何言ってるの叔父さん」


 そんなこと知ってるよ。

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