9月14日午後2時頃 警察官 「阿久津 俊樹」 勤務中の考察
俺は生まれてから今の今までこの来婆という地で生活してきたし、多分これからもここから出ることなく生涯を終えるんだろう。
とは言え俺は、この来婆が好きかといえば決してそうじゃない。ひとつは特に美味いものがないこと。もうひとつはここに住む人間の目だ。
ここの人間の目は狂気に満ちている。何回か東京には行ったことがあるが、東京の人間の目は淀んでいた。まあ良いことじゃないけども、別段それで他人が迷惑を被るわけでなし。俺は嫌いじゃない。けど、ここ来婆の人間の目は真っ直ぐだ。いい意味じゃない。何もないのに何かを見ているような、あるはずのないものに今にも語りかけるような目つきをしている。
そして、今こんなことを考えているのには理由がある。目つきの話は当然ここ、来婆警察でも例外ではない。どいつもこいつも似たような目で俺を見てくる。その危ない目つきの中には上司のものだってある。
「京谷」はその上司の内の一人だが、今日の京谷は普段よりもさらに危険な目をしていた。当然と言えば当然ではある。自分の妹とその家族を殺した犯人が近くまで来ているわけだ。だが問題は、今にもトチ狂いそうな京谷警部がこれから何をやらかすのかにある。
面倒事が嫌いな奴は、多分何かやらかしそうな京谷警部なんか放っておくだろう。世の中の大体8割方はそういう人間じゃないかと思う。次に、残り1割が困っている人を放っておけない、「お優しいタイプ」の人間だ。それで、じゃあ俺はどういう人間なのかといえば、残り1割の「面倒事が超嫌いなタイプ」に属している。世の中の8割方の皆さんとあまり違いはないが、ある1点について俺は人と違う。俺は面倒事を避けるためなら、どんな面倒事だって引き受ける。
例えば、殺人犯を追い詰めるために嵐の中、山に突っ込もうとする上司を止めるのも面倒だが、その後万が一つにも警部に死なれて、書類やら引き継ぎやらをする方がよっぽど面倒くさい。
前置きが長くなった。以上の理由から俺は今、事務仕事を放って京谷警部を尾行している。山に行こうとするものなら力尽くで止めてやる覚悟だ。いや、覚悟だった。今の今までは。
あの親父、どうも様子がおかしい。雨風の対策用に合羽なんかを買い込むのはいいんだが、何でか知らないがスコップまで買っている。それにナイフも。ここまで来たら誰だって、家族を殺された哀れなあの親父が何を考えてるか分かるだろう。
ヤル気なんだろうな。色々な意味で。そんな中年男、尾行したってロクなことにならん。俺はやっぱり署に戻ろうとしたが、ふとそこで妙なことに気付いた。
アレ、ただ殺すならナイフとスコップどっちか1つでよくないか?




