卵のおはなし
○ちゃんのお父さんのお母さん――つまり、おばあさんです――が亡くなりました。お葬式が終わったあと、家族みんなで、おばあさんの家へ行きました。おじいさんはだいぶ昔に亡くなっていて、おばあさんがひとりで暮らしていました。住む人がだれもいなくなったので、片づけないといけなかったのです。
○ちゃんが縁側でお絵かきをしていると、お母さんがやって来ました。卵をひとつ持っています。
「おばあちゃんが、あげるって」
卵を受けとりました。卵の殻には、文字が書いてありました。
「割らないで」
○ちゃんが読みおわると同時に、お母さんが言いました。
「明日の朝ごはんに、目玉焼きにしてあげる」
でも、割らないで、と書いてあります。目をぱちぱちさせて、お母さんの顔を見ました。
「それはね、卵はとても壊れやすいものだから、使うまでは『割らない』ように気をつけなさい、ということよ」
お母さんは笑っています。お父さんもやって来て、言いました。
「おばあちゃんは、おいしいものを見つけるのが上手だったからね。きっと、おいしい卵だよ」
*
○ちゃんは、卵を隠すことにしました。
おもちゃ箱をひっくり返して、中身を全部出しました。床の上に、いろいろなものが散らばります。
そっと、卵を置きました。ころん、と卵は横になります。おもちゃを入れたら、割れてしまうかもしれません。キッチンからタオルをもってきて、くるくると、くるみました。
うん、これで、だいじょうぶ。
ひとりでうなずき、しずかにしずかに、ゆっくりと、慎重な手つきで、おもちゃを箱のなかに戻しました。
*
次の日になりました。卵を無くしたというので、○ちゃんは、お母さんに怒られました。
「おばあちゃんが、せっかく、あなたにくれたのに。おばあちゃんが、お空の上で泣いていますよ」
お母さんは、おもちゃ箱のほうを、じろり、と見ました。
○ちゃんは、ひやり、としました。
お母さんの眼は、つりあがっています。
「だらしなくしているからよ。お片付けしなさい!」
*
卵は助かりました。
おうちへ帰ってくると、○ちゃんは、お母さんお父さんが見ていない隙を狙って、おもちゃ箱から、そおっと卵を取りだし、タオルをはずして、卵が割れていないかどうか、確かめます。
どうして、割ってはいけないんでしょうね?
この卵は、何なのでしょう?
ふつうの卵じゃないんでしょうか?
お店に行くと、棚に並んでいる卵と、同じに見えるんですけどね。
*
卵をもらって、何日か経った、ある日。○ちゃんが、いつものように、よくよく気をつけて、おもちゃ箱をひっぱりだしたら――
なにか、変です。
くるくる巻いたタオルが、丸くないんです。
胸がどきどきしました。汗が出ます。
なんだか、こわい。そう思いましたが、確かめないわけにはいきません。
そおっとそおっと、タオルをもちあげて、はずしていきます。
卵の殻のかけらが、ころり、と出てきました。
割れてしまったんです。
びっくりしました。ショックがすぎさると、悲しくなってきました。涙が目にもりあがります。しくしく泣きました。
鼻をちん、とかみます。
あれれ? なにか、聞こえますよ。
ピイピイピイ、ピイ
おもちゃの中から、小さなふわふわの、黄色いひよこが、ぴょこん、と出てきました。
(終わり)