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夢幻草紙  作者: 阿望 凜
桜花の君と緑翠王
4/5

龍神

三月目の月夜が過ぎたそんなある日…

町の界隈で、月夜になると池の側から笛の音が響く…という噂が持ち上がる。

池の側に通りかかり、その音を聞いた者が広めたらしい。

人の話は枝葉が付き広がるもの…

笛の音の元を辿ろうと、月夜に池を訪ねた者があった。

雲に月が隠れる刹那、その者が見たのは大男に背負われ飛び去る子供の姿だった。

その者がどうやら話を広めたらしい。

それがどうも黒松の屋敷にいる子供と容姿が似ている…そんな話が静かに広まった。


「あの子供なら…さもあらん。」

「…そうよ、何せあの子の母親は…」

「おう、そう言えば…あれにまつわる話なら…」

「あのじじ殿のやることだから…」


池の笛童子の噂話は、そのうち当家黒松の館にも届いた。

当家の名前があがっては、主もこのままにほうっておくわけにもいかない。

主は家人にそれとなく萌木の事を問いかけてみた。

すると、家人の中に月夜になるとこっそり家を抜け出す萌木を見た者があった。

四月目の月夜の晩…主は、萌木に気取られぬように様子を見るように言いつけた。

家人が、庭に潜み様子を見ていると…

部屋から萌木がこっそり出て来る姿を見る。

家人は悟られぬように、萌木の後をつけていくと一人の大男が現れ萌木を背負い雲を呼んで飛び去っていった。

家人は驚き慌てて館に帰り、主にその事を話した。


「確かにお前は見たのだな?」

「はい。館から抜け出た萌木様が、月明かりに浮かぶように立っていた大男に背負われたのを確かに見ました。それから急につむじ風が舞い上がり、気がついたときには姿がありませんでした。」

「そう……か…」


主は何か考えるように宙を見つめていたが、その家人に固く口止めをして下がらせた。

そうしてすぐに出掛ける支度を言いつけ、何やらあわただしく館を出ていった。

その次の朝主は先日の家人を呼んで、今度はくだんの池に潜み様子を見るように家人に命じる。

家人は先日見た大男の姿を思いだし、相手の者が妖しの者だったら命がない…と伏して断った。


「そう申すだろうと思うての、名のある御方にこれを頂いてきた。」


主は懐から一枚の札を取りだし家人に渡す。


「これを懐に入れておけば、彼方の者には見つからぬそうじゃ。頼む、私を助けると思うて…」


主は家人にそう頼み込む。

家人は主にそこまで言われたら断れぬと渋々ながらそれを受け取り、夕刻…池の側にある木の陰に潜み息を殺して夜を待った。

やがて月が昇り、その光が煌々と辺りを照らし始めた頃…二人の男が池の側にやって来た。

一人は昨夜萌木を背負い飛び去った男…もう一人は、華やかな衣装に身を包んだ貴族の男だった。

やがて…昨夜の男は姿を消し、しばらくすると萌木を背負い空から舞い降りて来た。

そうしてしばらく笛を吹いてまたかき消すように姿を消した。

二人の姿が消えてほっとするも、家人は飛ぶように主のもとへ走っていき事の一部始終を話す。

主は昨日と同様家人に固く口止めをして下がらせた。


翌日…萌木は祖父に呼ばれ、館の奥まった部屋に連れてこられた。


「のう…萌木。そなたこのじじに話すことがないか?」


祖父はやんわりと聞きながら、その目は萌木を見据えるように見つめていた。

しばらく萌木は何の事だろうと思っていたのだが、見据える目の厳しさに満月の夜の事だと悟る。

『親に問われても話してはならぬ…』という桜花の君との約束が頭を過る。


「何もございません。」


そう床に伏すようにして言うとそのまま口をつぐんでしまった。

祖父は、あれこれと言葉をかえて萌木の口から聞こうとしたが頑として口を開こうとしない。

そのうち例の見張りをしていた家人が呼ばれ見た事を話すように命じられた。

家人が一昨日からの一部始終を話すと伏して泣き始める。

祖父はなだめるように萌木に責めるのではない…と話していたその時、女が一人走り急ぐように入ってきた。

萌木の養母であり、異母兄の実母…祖父の実の娘であるこの女は、部屋に入るなり金切り声を上げて萌木に掴みかかろうとした。


「萌木!そなた一体これはどういうことかえ!」


あまりの剣幕にその場にいた者は一瞬呆気にとられていたのだが、怯えた萌木が物陰に隠れようとするのを女は追いかけ髪を掴んで引きずり出そうとする。

祖父と家人は慌ててその手を押し止めようと女の体を取り押さえる。


「何をする!そなたは下がっておれ!」


そう言って祖父はそのまま部屋から女を出そうとしたが…その手を振りほどくように身をよじらせすり抜けると、今度は物陰に隠れていた萌木の前に立ち部屋を出ようとしない。


「萌木...そなた何の恨みがあってこのように人の口の端に乗るような事をした!」


そうして萌木の顔をじっと見つめてそう問いかける。

萌木はあまりの剣幕に、鬼のようなその顔が怖くて物陰から今度は祖父のところに這い出すように逃げていく。

女はその様子がまた勘に触るのか萌木の肩を掴み、申し開きせよと言いながら床に引き倒した。

萌木は怯える目で女の顔を見ながらその場に座り、口を固く閉じじっと床を見ている。


「やめよ!子供に…可哀想とは思わぬのか!」


見かねた祖父が声を荒げて女のを止める。


「何を申されます!」


女は止まるどころか、厳しい声で言い返す。そうして今度は自分の父親に矛先を変え食ってかかる。


「男の勝手で母は出自の知れぬ女を引き取り、私は娘であるただそれだけでその女の産んだ子の世話を押し付けられる。挙句の果てには妖しの者と人の噂にかあがるような!

こっ……このような者、あの時捨て置けばよかったんです!この者のお陰で私の可愛い若松は…」


そう言うと女は頭をかきむしるようにしながら泣き崩れてしまった。

余りの言いように、萌木は悲しくなりポロポロ涙を流し始めた。


「えっえっ…」


萌木は女の言葉に小さく声を上げての泣きはじめた。

その声を聞いて女は振り乱した髪越しに萌木を睨みながら、ゆっくりと身を起こし再び萌木に掴みかかろうと手を伸ばす。


「育てられた恩も忘れ、我らに災いなそうとしたのか?親も親なら子も子じゃ!なんとか言わぬか!」


着ている衣装も乱れ髪を振り乱し半狂乱で叫ぶ姿は物語に出てくる鬼女のような有り様で、大人の家人ですら怯えた。

何故なら普段見る女の姿は大人しくとても優しいものだったのだから。

萌木の祖父は、傍にいた家人と共に何とか女を取り押さえる。そうして人を呼び押さえ、そのまま部屋から引きずり出すように命じた。

騒ぎが静まると祖父は、小さく身を震わせ泣いている萌木の傍らに座りなだめるように体を抱こうとした。

…が萌木は、女の怖さとあまりの言葉に傷ついたのか身をよじりそれを拒んだ。


「…私は……母上の子ではないと知っておりましたが……でも…」


しゃくりあげながら言葉にならない言葉を萌木は呟いていた。


「…すまぬ…もう少しお前が大人になって、分別がつくようになったらすべてを話してやるつもりだったのだが…」

「実の母上も私もこの館には厄の者だったのですか?」

「そのような事があろうはずもない。わしにとってそなたの母もそなたもかけがえの無いもの…」

「でも…あの母上の言い様は………おじじ様、本当の事を教えてください。」


そう言いながら泣き濡れた萌木の目は、苦い顔をしている祖父を見つめる。

遠くで雷がゴロゴロと音を立てて近づいて来る。

晴れ渡った空にはいつの間にか灰色の雲が広がっている。

祖父は大きなため息をひとつこぼし、萌木の頭を撫でながら語り始めた。


「そなたの産みの母は、私の腹違いの弟の思い人が産んだ娘だった。

わしは思うことがあってその娘をわしの娘として引き取ったのじゃ。その後ある事があっての、そなたの母をしばらく寺に預けたことがあった。

そなたの母とそなたの父親はその時に結ばれたと聞く。

寺から呼び戻してしばらくしてそなたの母が身籠った事がわかった。が、相手が誰であるかは最後のときまで明かさずにいた…だから口さがない者は妖しい者と噂した。

周りの者から責められてもそなたの母は口をつぐんだままなにも言わぬ。ただの…そうしてまであの娘には守りたかったのであろう…そなたの父親との絆をな。」


祖父は萌木の顔を見ながら、そこに何かを探すようにじっと見つめている。

萌木は涙で濡れた目を祖父に向けながら震える声で尋ねた。


「……おじじ様、なぜ、母上はあんなおっしゃり方をしたのですか?親も親なら……と。

私は母上の子供ではないといつの頃からか感じていました…ただそれだけであのようなおっしゃり方はされないはずです。」


その萌木の問いかけを祖父は目を閉じ苦い顔をして答える。


「そなたの母がこの家に来た頃、あれにも通う者がおった。

もうすぐ結婚か…というところで相手の者が来ぬようになり破談になった。それはあれの母親がつまらぬことを相手に言ったことが元なのだが、あれの母親はそれをそなたの母が元で破談になったと吹き込んだのじゃ。

自分は思う者と添われずにいたからの、そなたの母が自分に厄したと心の中では思っていたのであろう…」


しばらく二人は黙って身じろぎもせずそのままでいた。

やがて…パタパタと廊下を走る音がして、家人が萌木の祖父に何かを告げに来る。


「…まったく…困ったもの…」


耳打ちをするように家人は何事かを伝える。祖父はすぐに行くからと家人に伝え、先に行っておくように命じた。

ゆっくりと立ち上がり、扉の前に立つそうして…萌木に向かい…


「かわいそうだが、しばらくこの部屋にお前を閉じ込めなくてはならなくなった…

ほとぼりが冷めたら、早めに出してやるからしばらくこの部屋で大人しゅうしておれ…」


そう言うと部屋から出て行った。


ガチャン!!


祖父が部屋を出ると扉が閉まり、小さく鍵がかかる音が聞こえた。

萌木は慌てて扉のところに行き、押したり引いたりしたが扉は動かない。

声をあげても誰も応えてはくれなかった。

そのうち、助けを呼ぶ事に疲れた萌木は部屋の奥…陽の差し込む小さな小窓の下でうつらうつらと眠り始めた。

柔らかな陽の光はさわさわと優しく吹く風を纏い眠る萌木の体を照らす。


やがて…その陽も傾き夕刻になると、冷たい風が小窓から入り萌木を起こした。風の冷たさに思わず身震いをする。

小窓から外を眺めると、黄昏の陽の光はやがてきれいに暮れ落ち…一つ…二つ…と星が光を放ち始めた。

そのうち月が昇り、萌木のいる部屋にも煌々とした光を落とし始める。

萌木はその月を眺めながら、今宵…桜花の君に会いに行けないが悲しくなりぽろぽろと涙を流し始めた。


きっと…今頃は、緑翆王もいつものところで待っているはず…


「緑翆王様……申し訳ありません…今宵は参る事が出来ません…」


萌木は月を眺めながら、小さく悲しい声でそう呟いた。


萌木が館の一室に閉じ込められていた頃、緑翆王はいつもの辻のところで、萌木を待っていたのだがいつまで経っても萌木は来ない。

どうしたものかと考えていたその時…風に混じり萌木の泣く声が聞こえた気がした。

程なく…一羽の鳥が黒松の館の方角からやって来て何かを伝えて飛び去った。


「…黒松殿の使いか…さては何かあったか…」


緑翆王はそう呟くと、萌木の住む黒松の館へと走った。


黒松の館では萌木の養母が気がふれたようになり、家の者は何かが取り憑いた…などと大騒ぎになっていた。

そこへたまたま館の前を通りかかった術者が、館に不穏な気配があると言い入り込んできた。

そうしてその術者は騒ぎの元となる者を調伏しなくてはならないと言い始めた。

押しとどめる萌木の祖父と家の者の間で、鍵を渡す渡さないで揉み合いをしていた。

緑翠王はそんな時に黒松の館にやって来た。


萌木の閉じ込められた部屋を探り当てた緑翠王は、小窓から小さな声を萌木にかける。


「萌木…おい聞こえるか?」


その声に気がついた萌木は小窓から顔を出す。


「緑翠王様!?」


驚きと嬉しさで萌木は顔をくしゃくしゃにして、どうしたのかと尋ねる緑翠王にこれまでの話を聞かせた。

小窓の前に立ち緑翠王が萌木の話を聞いていると、庭を見回っていた家人が緑翠王に気づき声を上げる。


「誰だお前は!」


家人は大きな声を上げて人を呼ぶ、その声に庭にいたものが皆がやって来る。

緑翠王を囲むようにいつの間にか人垣が出来た。

その人垣を掻き分けるようにして、術者が緑翠王の前に立つ。


「お前は何者だ…ははぁさてはお前だな…この子をたぶらかし災いをもたらそうとしたのは。」


ジロジロと緑翠王を見ながら、術者はそう言い放つと声を出し何やら呪文を唱え始める。

緑翠王はその様子を一瞥すると、萌木に向き直し話しかけた。


「…のう萌木、こんなところより我らのところに来ぬか?さすれば…はばかることなく桜花の君と笛を吹くことが出来るぞ。」


萌木はしばらく考えていた。

脳裏に浮かんだのは鬼のような顔をして自分を睨み付ける養母の顔と、苦い顔をして自分の実母の話をしている祖父の顔…そうして二人の言い争う姿だった。

自分がこのままここにいれば祖父に迷惑をかけてしまう。

萌木はそんなことを思い、やがて決意をしたのか緑翠王に向かい大きく頷いた。


「よし…一つ約束してくれぬか?これから本性を出すが驚かぬと…」

「…緑翠王様の本性…ですか?」

「そうだ。腰を抜かすなよ。」


その言葉に少し戸惑いを感じたが、部屋を出る喜びが勝りにっこりと笑った。


「うむ…いい子じゃ…では、そこを退いておれ。」


そう言うと緑翠王はニヤリと笑いながら、何かしら呪文を唱え続いている術者に向かい叫んだ。


「己が器量どれだけのものと知って、わしを調伏すると申すか…笑止な…出来るものならやってみるが良い!」


そう言い放つ刹那強い風が巻き起こりみるみる空がかき曇り始める。

呪文を唱えていた術者は、その風に煽られ呪文を唱え終わる前に吹き飛ばされてしまった。

風が緑翠王の体を包み込み過ぎ去った時、そこにいたのは深い緑色の輝く鱗に包まれた龍の姿だった。

ぬらぬらと月の光に照らされ光る龍は雷を呼び部屋の一角を打ち壊した。


「萌木…早う!」


その声に応えるように萌木は部屋から出て来て龍に駆け寄った。


「さぁ…いつもの様に背に乗るのじゃ。上に上がったらしっかりと掴んで決して手を離すでないぞ。」


言われるままに萌木は龍の背に乗る。緑翠王は取り囲む人をひと睨みすると…


「…類まれなる才に恵まれたこの子…長じればこの家の栄となったものを…己の欲でこの子を潰すと言うなら…我が貰い受ける。」


そうひとこと言い放ち雷が鳴り響く中を、緑翠王は風を起こし空へと舞い昇る。

あっという間の出来事に人々は言葉も失い、その場にへたり込んでしまった。

ただ一人…萌木の祖父は複雑な面持ちで空を見上げ立ち尽くしていた。













『やはり緑翠王様は空を飛ぶお方だったのですね。』


萌木は嬉しそうに緑翠王に言った。

風を切りながら飛ぶ緑翠王が尋ねる。


『ほう…萌木はわしが何者か知っておったのか?』


『いいえ…知りませんでした…でも、いつも空を飛ぶように風を切って走るお方だと感じておりましたから。』


『ははは…怖くはないか?もうしばらくすると桜花の君の居る里へ着くからな。』


『はい…大丈夫です。桜花様に叱られないかなぁ…』


『…心配するな。わしがちゃんと話をつけてやるから…さぁもう少し我慢しておれ。』


萌木は手を結び直し、しっかりと緑翠王に体を預けた。


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