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夕闇の彼方へ  作者: 犬公
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第八話:夢の限度

「なるほど、アンタたちは別の大陸から来たと。

まあ、おかしな話じゃないね」

「おかしな話じゃないですって!?」

 シリルは、ほとんど立ち上がりそうになりながら叫んだ。

「そう、確かにアンタの言う『船』とやらはすごいかも知れないが……、王都に行けばさらにすごいものがある。わたしたちが海を越えようとしなかったのは、王都がすでに十分満たされていたからなのかも知れないな」

 シリルが詳しく尋ねたところ、『電気力』に相当するものが、こちらの大陸では珍しくないこと、また、王都の繁栄の裏で、ここ『トリビュー』の町のように徹底的に工業化された地域があることなどを知ることができた。

(この大陸は――この“世界”は――僕の好奇心をエサにでもするというのか?

……面白い、もっと知りたい!)

 シリルは、心を静めるように一息ついて、今、最も気がかりなことについて語り始めた。

「すみません。僕の見当違いかも知れませんが……、なぜ、僕たちは言葉が通じるのでしょう? 

先程、ある婦人に話しかけられた際、僕はその言葉を理解できませんでした。

……言語が違ったんです。

しかし、今、あなたとは普通に話すことができます。この町の人で、あなたと違う言語を話される方もいらっしゃるのですか?」

「いや、そんなことは……。

そうだなあ、お二人が別の大陸から来たと言うなら、もしかしたら、こうやって話し合うことはできんだろうなぁ。

……『人類は共通な言葉をもつ』ってのでどうだろう?」

「そんなバカなっ! ……いや、すみません……。

実際、僕たちの大陸でさえ言語は様々です。それはここでも同じなのでは?」

「うむ……、それはそうだな……」

 こんな二人のやりとりにアジズはついていけない。

「よく分かんねえなぁ。

……ヒナはオレたちの言葉で話してたぞ」

 この、思い出すようにアジズが言ったことこそ、シリルが一番疑問に思っていることなのだ。

「そこさ。おかしな『言語の段差』だ。矢印の向きが普通じゃない」

「へっ?」

 アジズのいつもの反応。

「だから、あの時、ヒナと婦人は、わざわざ言語を変換していたことになるんだ。

僕たちの言語をT、婦人の言語をQとしよう。

ヒナは婦人からQで話しかけられる。

ヒナはそのQを頭の中でTに変換し、Tで応答する。

婦人はそのTをQに戻して返答する。

つまり、ヒナと婦人は、『二つの異なる言語』を知っていることになるのさ」

 一同静まり返る。数字が24個と、針が5本ある『時計』のキッコキッコという音が、不思議にも狂って聞こえる。

「……わたしは、普通に話してただけだよっ」

 ヒナは小さく言った。

「……『以心伝心』ってやつかな?」

 ヒナの父の声が、まとまった空気の振動として、みなの耳へと吸い込まれていった。

「きっと、知らぬ間に、こう無意識のうちに、心で感じとっているだけに過ぎないんじゃないかな? 俺たち人間は不思議な生きもんだから、こういうのもあっていいと思うんだ」

「そ、そんな理屈ハズレたことが……っ!」

 シリルは、またも口を滑らせた。

「まあ、シリルくんだっけ? 俺は理屈っぽいことが得意じゃなくてね、いつも思うんだが……、必要『以上』に証拠を強調したり、根拠のないことを否定するってのは、夢のないことだって思わないかい? 

俺たちはもっと、夢を見ていいと思うんだ」

 ヒナとアジズはあまり話に参加していないが、それぞれ何かを感じているようだ。……もちろん、シリルもである。

「……名を何とおっしゃるんですか……」

「ん? 俺の名前か? 俺はヘンズだが」

「……僕の思想に影響を与えた一人として覚えておきましょう」

「ハッハッハ、そりゃ嬉しいねっ」

 シリルは、ヘンズさんの気ままな一言に少々あきれていた。

(……ヘンズさんの考えも一理あるかな……。ただ……)

 シリルは、ヘンズさんに体当たりするかのように語り始めた。

「ただ、ヘンズさん……、あなたももっと夢を見て下さい。このままでいいんですか。森は枯れ果て、……恐らくこれは町の工業化が原因でしょうが、空気も異常に汚染されています。

……王都への貢献より大切なことがあるでしょう?」

「ゴホッゴホッ」

 ヒナがちょうど咳き込み始める。シリルにとっては都合が良いが、アジズにとっては心配である。

「……夢を見るのには限度があるんだよ……。王権国営の工場をいまさらどうしようもないだろ?」

「頼めばいいじゃん」

 アジズが割り込んだ。

「ヒナもこうなんだ。絶対わかってくれるよ」

 アジズの目は輝くように純粋だった。言葉にも不安など感じられない。

 シリルは考えた。

(いつもの僕なら否定するだろうが……)

 なぜか笑みがこぼれた。

「そうですよ、ヘンズさん。なんなら僕たちが王様に直接お会いして、訴え申し上げましょう」

「……そんなこと、できるはずがないだろ?」

「いや、できます」

「行っても無意味だと思うがね……」

 シリルは、この言葉にはすぐに反応した。

「この世に『無意味な事』なんてないんですっ」

 ヘンズさんはヒナを見つめて、それからゆっくりとまぶたを閉じた。

「……そうか」

 深いため息とともに沈黙が訪れる前に、ヒナが動いた。

「お父さん……、わたしもこの人たちと一緒に行っていい?……」

 ヒナは少し息が苦しそうではあったが、いつにないはっきりとした口調で言った――言い切った。

「ヒナ……お前……」

 ヘンズさんは戸惑っていた、……というのは当たり前だが、ヒナの真剣な目に戸惑っていた。

 ヒナはいつも、優しい目をしていた。

楽しいときも寂しいときも、……悲しいときは特に。

 ヒナは泣き虫だが、泣いた後には笑ってくれる子だった。

怒ることはほとんどないが、もし、ヒナが怒るといったら、それは、何か自分の中で守りたいものがあるときだ。

そして、真剣なときというのは、その延長、ヒナが『女の子』であるときだ。

「……お二人さん、ヒナを頼んだよ……。男二人だ。守りきれないとは言わせないぞ」

 どうもこう話が進んでいく……。やはり、熱意とは、それを受け取った誰もの心の奥底にまで届くことができるものらしい。

 アジズとシリルは顔を見合わせた。その顔には、自然と笑みが浮かんだ。

 二人はヒナに出会ったときからずっと、こうなるのではないかと予感していたようだ――と言うより、こうなってほしいと……。

「……ありがとう、お父さんっ……」

 ヒナは目を閉じていた。

ほっとしたのだろう、やわらかく微笑んだ。アジズはその一瞬を見てしまった。

 息が苦しいなんて言ってられない。喜ばなきゃ。……なんて思っているのだろうか。

 アジズは、ヒナが目をつぶっている間に――ヒナに気付かれない間に、じっとそれを見つめていた。

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