第六話:女の子
二人は森の中を探索しながら歩いた。
この森は鳥の声も聞こえず、ひっそりとしていた。
それに、二人が真っ先に気付くことは、空気がとても悪いらしく、息が苦しいということだ。
「……だいぶ荒れてるみたいだが……。ゴホッゴホッ。……それより、かなり空気が悪いな、ここは」
シリルは口もとを手でおさえている。
「何か悲しくならねえか?」
アジズは、側にある一本の傷付いた、スカスカな樹木の幹に手を当てながら言った。
シリルも真剣な面持ちだった。
「何が原因か分からないな……。
全体的に被害を与えているようだから、何か自然現象が要因だろう」
シリルはいつもの考察力で情況を大体把握していた。
「ちょっと、シリルっ」
アジズが、目でシリルに『何かが聞こえる』ということを伝えた。
確かに聞こえる。この音は……。
(せき……咳だ!!)
シリルはさらに辺りを見渡した。
(どこかに人がいるのか?)
一方のアジズもシリルと同様、その音が、人の『咳』であると知覚し、音源を探し始めた。
こういうのには強いアジズだ。狩りで慣れている。一歩一歩、近づいているようだ。
アジズは場所を特定すると、シリルにまたもや目で知らせた。
二人は、太い根の下にすっぽりとあいた、ちょうど低くなっている場所に目をやった。
「女の子だ!」
二人は、苦しそうに咳をしている女の子を見つけたのだ。
歳は二人と同じか、ひとつふたつ下、といった印象を受ける。
アジズたちの世界――大陸――では珍しい、……と言うか『いない』だろうが、そのショートな髪とつぶらな瞳は、純の黒色をしている。
「ゴホッゴホッ……」
彼女はひどく咳き込む。
アジズたちに気付いてはいるものの、言葉が出てこない。
あまりの咳き込みに、のどがやられてしまったようだ。
「シリル、どうする?」
アジズは、博識なシリルに尋ねた。
「……これは『喘息』……か? それにしても、咳がひどすぎる。呼吸するのもやっとじゃないか!
……とにかく、さっき見えた町に一緒に連れていこう」
と、その時、微かだが、女の子は首を横に振りながら
「今は、ダメ……」
と言った――ようにアジズたちには聞こえた――。
「何かあんのかなぁ?」
アジズは考える。
「きっと事情があるんだろう。少しここで、様子を見るとしよう」
シリルは簡潔に事態を処理した……のだが、新たな“事態”が一行を襲った。
「……おい、シリルっ。こりゃ、やばいぞ……」
アジズはもう、うっすら勘づいていたようだが……、三人の周りを取り囲むように、三つの大きな塊――見た目はクマだが、異常に大きい――がこちらをじっと見ている。
「なっ……何だ、あの生物は!? 僕が今まで見てきた本には載ってないぞ!」
シリルは叫んだ。
シリルは、普通に暮らしていれば、大陸の全生物を知っていると自慢すらできただろうに。
新大陸を発見した今となっては、その未知の生命体の数に圧倒されることになるのだろう。
シリルは、今すぐにでもこれら異生物や異大陸の情報を手に入れたかったが、世界以上に、情報の占める空間は広かった。
「シリル! その女の子を頼む! どうにか逃げるぞ!」
アジズは、いつもの狩りのときのように、剣を背中から抜いた。ただ、この時ばかりは『狩り』とはケジメをつけて、命を奪うという所までは行ってはならないと心に決めていた。
シリルの方はと言うと、この情況からして、女の子を背負って逃げるだろうことが、はっきり読み取れた。
……シリルはためらっていた。
(女の子……、走れそうもない……、誰かが背負う……、アジズに任せる訳にはいかない……、やはり僕が……)
実のところ、シリルは女性に対して『得意』という方ではなかった。……かなり苦手な方である。
シリルは苦渋の決断を迫られた。
「せ、背負ってやるから……」
シリルはそう言って、女の子に背を向けた。
シリルがほっとしたことに、女の子は言った通りにしてくれた。
(……神様、ありがとう……っ!)
ある意味モンスターと言える、この三体の化け物が、三人をこのまま待ってくれるはずがなかった。
……一体がアジズに、その巨大な腕を振りかざした。
「なっ、素早いな、コイツ……っ!!」
アジズは、予想を越えたスピードに驚きはしたが、かわすのにはまだ余裕があった。
砂煙があがる中、他の二体もアジズとの間隔を狭めていく。
(仕方ねえ、一振りいくか……)
アジズは、シリルたちに近い側の一体を標的と決めるといなや、その肩めがけて渾身の一振りを食らわせた。
……が、ここでまたもや予想外なことに、剣が振り抜けない!
「うっ……、カタいっ!」
結局それは、斬るというより、叩くといった感じに終わった。
だが、モンスターをひるませる程の威力は十分にあった!
(今だっ!)
アジズが、そう心の中で思ったとき、シリルもまた、ここが逃げるチャンスだということを知っていた。